グリオーマ 神経膠腫の基礎知識と治療法
神経膠腫(グリオーマ)は、脳を構成する神経膠細胞(グリア細胞)から発生する腫瘍です。脳腫瘍の中でも発生頻度が高く、原発性中枢神経系腫瘍の約4分の1を占めています。神経膠細胞は本来、神経細胞に栄養を与えたり、神経活動を支えたりする重要な役割を担っていますが、これが腫瘍化することで神経膠腫が発生します。
神経膠腫の大きな特徴は、周囲の正常脳組織に浸潤していく性質(浸潤能)を持つことです。この性質により、手術で完全に摘出することが難しく、治療が困難な腫瘍として知られています。また、同じ腫瘍内でも異なる遺伝子異常を持つ腫瘍細胞が混在していることが明らかになっており、これが治療の複雑さにつながっています。
グリオーマ 神経膠腫の分類と悪性度グレード
神経膠腫は、組織学的特徴と遺伝子異常に基づいて大きく分類されます。主な分類としては以下のものがあります。
- 星細胞系腫瘍(アストロサイトーマ)
- 毛様細胞性星状細胞腫(グレード1)
- びまん性星状細胞腫(グレード2)
- 退形成性星状細胞腫(グレード3)
- 膠芽腫(グリオブラストーマ)(グレード4)
- 乏突起膠細胞系腫瘍(オリゴデンドログリオーマ)
- 乏突起神経膠腫(グレード2)
- 退形成性乏突起神経膠腫(グレード3)
- 上衣細胞系腫瘍
- 上衣腫(グレード2)
- 退形成性上衣腫(グレード3)
- その他
- 脈絡叢系腫瘍
- グリア神経細胞系腫瘍など
神経膠腫の悪性度は「グレード」で表され、グレード1(最も良性に近い)からグレード4(最も悪性)まであります。グレードが高いほど増殖速度が速く、浸潤性が強く、予後が不良となります。特にグレード4の膠芽腫(グリオブラストーマ)は最も悪性度が高く、診断後の平均余命は約14ヶ月とされています。
悪性度の判定には、細胞の異型性、核分裂像、血管内皮増殖、壊死の有無などの病理学的所見に加え、近年では遺伝子変異(IDH、p53、TERT、EGFR、CDKN2A/B、H3.K27M、BRAFなど)の有無も重要な指標となっています。
グリオーマ 神経膠腫の一般的な症状と診断方法
神経膠腫の症状は、腫瘍の発生部位、大きさ、成長速度によって異なります。初期症状として現れることが多いのは以下のようなものです。
- 頭痛:特に朝方に強く、徐々に頻度や強さが増していくことが特徴
- 吐き気・嘔吐:頭蓋内圧亢進に伴う症状
- 痙攣発作:特に大脳皮質に腫瘍がある場合に多い
- 神経症状。
- 運動障害(手足の麻痺や脱力)
- 感覚障害(しびれや感覚鈍麻)
- 言語障害(失語症)
- 視野障害
- 高次脳機能障害:記憶力低下、計算力低下、判断力低下など
- 性格変化:前頭葉に腫瘍がある場合に見られることがある
これらの症状が出現した場合、以下の検査によって診断が進められます。
- 画像検査
- MRI(磁気共鳴画像法):最も重要な検査で、腫瘍の位置、大きさ、性状を詳細に評価
- CT(コンピュータ断層撮影):頭蓋骨の状態や出血の有無を確認
- PET(陽電子放射断層撮影):腫瘍の代謝活性を評価
- 生検または手術摘出による病理診断
- 腫瘍組織を採取し、顕微鏡で観察することで確定診断
- 免疫組織化学染色や遺伝子解析も実施
- 遺伝子検査
- IDH変異、1p/19q共欠失、MGMT遺伝子プロモーターのメチル化状態など
- 治療方針の決定や予後予測に重要
早期発見・早期治療が予後改善につながるため、持続する頭痛や神経症状がある場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。
グリオーマ 神経膠腫に対する最新の治療アプローチ
神経膠腫の治療は、腫瘍の種類、悪性度、患者の年齢や全身状態などを考慮して、個別に計画されます。主な治療法は以下の通りです。
1. 外科的治療(手術)
手術は可能な限り腫瘍を摘出し、症状の緩和、診断確定、その後の治療効果向上を目的として行われます。特に低悪性度のグレード1腫瘍では、完全摘出により根治が期待できることもあります。
最新の手術技術には以下のようなものがあります。
- 覚醒下手術:患者を一時的に覚醒させ、神経機能を確認しながら手術を行う方法
- ナビゲーションシステム:術前の画像を基に、腫瘍の位置を正確に把握する技術
- 術中MRI:手術中にMRI撮影を行い、リアルタイムに腫瘍の残存を確認する方法
- 神経線維イメージング:重要な神経線維の走行を可視化し、温存する技術
2. 放射線治療
特にグレード3、4の高悪性度神経膠腫では、手術後に放射線治療が標準的に行われます。
- 通常分割照射:6週間程度にわたり、少量ずつ照射する方法
- 強度変調放射線治療(IMRT):腫瘍の形状に合わせて放射線の強度を変化させる高精度な照射法
- 定位放射線治療:小さな再発腫瘍に対して、高線量を集中的に照射する方法
3. 化学療法
主に使用される薬剤には以下のようなものがあります。
- テモゾロミド(テモダール):血液脳関門を通過しやすく、特に膠芽腫の初期治療で標準的に使用
- ニムスチン(ACNU):日本で開発されたアルキル化剤
- ベバシズマブ(アバスチン):血管新生阻害薬で、再発膠芽腫に対して使用されることがある
- 低用量ICE療法:イホスファミド、カルボプラチン、エトポシドを組み合わせた治療法
- VAC-feron:カルボプラチン、ACNU、ビンクリスチン、インターフェロン・ベータを用いた治療法
4. 腫瘍治療電場(TTFields)
2023年に日本でも保険適用となった新しい治療法で、頭皮に貼り付けた電極から低強度の交流電場を与えることで、がん細胞の分裂を抑制します。膠芽腫に対して、テモゾロミドとの併用で生存期間の延長が報告されています。
5. 免疫療法・分子標的療法
現在、臨床試験が進行中の治療法として注目されています。
- 免疫チェックポイント阻害薬:PD-1/PD-L1阻害薬など
- CAR-T細胞療法:患者のT細胞を改変し、腫瘍を攻撃させる治療法
- ウイルス療法:腫瘍溶解性ウイルスを用いた治療法
- 分子標的薬:特定の遺伝子変異を標的とした薬剤
これらの治療法を組み合わせた「集学的治療」が、特に高悪性度神経膠腫に対して行われています。治療法の選択は、腫瘍の遺伝子プロファイルに基づく「個別化医療」の方向に進んでいます。
グリオーマ 神経膠腫のがん幹細胞と治療抵抗性のメカニズム
神経膠腫、特に悪性度の高い膠芽腫が治療に抵抗性を示す理由の一つとして、「がん幹細胞」の存在が注目されています。がん幹細胞は自己複製能と多分化能を持ち、腫瘍の再発や治療抵抗性に深く関わっていると考えられています。
がん幹細胞の特徴:
- 自己複製能力を持ち、長期間生存可能
- 多分化能により様々な腫瘍細胞を生み出す
- 従来の抗がん剤や放射線に対して抵抗性を示す
- 休眠状態になることで治療から逃れる能力を持つ
最近の研究では、神経膠腫のがん幹細胞が、正常な脳の学習・記憶に関わるシナプス増強メカニズムを「ハイジャック」して増殖していることが明らかになってきました。スタンフォード大学の研究チームによると、神経由来のBDNF(脳由来神経栄養因子)が、グリオーマ細胞上のTrkB受容体に結合し、CAMKIIの経路を活性化させることで、AMPA受容体の腫瘍細胞膜への輸送を促進し、腫瘍細胞の増殖を助けているとのことです。
また、京都大学の研究グループは、受容体型チロシンホスファターゼゼータ(PTPRZ)という分子が、グリオーマのがん幹細胞に高発現していることを発見し、この分子を標的とした治療法の開発を進めています。
神経膠腫細胞による学習・記憶メカニズムのハイジャックに関する論文(Nature誌)
これらの研究成果は、がん幹細胞を標的とした新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。
- がん幹細胞特異的表面マーカーを標的とした治療
- CD133、CD44、L1CAM、A2B5などのマーカーを標的とした抗体療法
- CAR-T細胞療法によるがん幹細胞の選択的排除
- がん幹細胞の自己複製・分化に関わるシグナル経路の阻害
- Notch、Wnt、Hedgehogなどのシグナル経路阻害剤
- STAT3、NF-κB、PI3K/AKTなどの転写因子・シグナル伝達経路の阻害
- がん幹細胞の微小環境(ニッチ)を標的とした治療
- 血管新生阻害による低酸素環境の改善
- 腫瘍関連マクロファージの機能修飾
- エピジェネティック制御を標的とした治療
- DNAメチル化阻害剤
- ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤
これらの研究は、従来の治療では対応できなかった神経膠腫の再発や治療抵抗性の克服に向けた新たな希望となっています。
グリオーマ 神経膠腫の予後と患者QOL向上への取り組み
神経膠腫の予後は、腫瘍の種類や悪性度によって大きく異なります。一般的に、低悪性度(グレード1、2)の神経膠腫は比較的予後が良好ですが、高悪性度(グレード3、4)の神経膠腫、特に膠芽腫(グリオブラストーマ)は予後不良とされています。
各グレードの予後の目安:
- グレード1:手術で全摘出できれば根治も可能
- グレード2:5年生存率は約50〜70%
- グレード3:5年生存率は約30%
- グレード4(膠芽腫):5年生存率は約5〜10%、中央生存期間は約14〜16ヶ月
ただし、これらの数字は統計的な平均であり、個々の患者によって大きく異なります。予後に影響を与える因子としては、以下のようなものがあります。
- 患者側の因子
- 年齢(若年者ほど予後良好)
- 全身状態(パフォーマンスステータス)
- 神経症状の有無と程度
- 腫瘍側の因子
- 腫瘍の大きさと部位
- 組織学的悪性度
- 遺伝子変異の状態(IDH変異、1p/19q共欠失、MGMTプロモーターメチル化など)
- 治療関連因子
- 手術摘出度
- 放射線治療・化学療法の実施状況
- 分子標的治療の適応
神経膠腫患者のQOL(生活の質)向上は、治療と並んで重要な課