ミトコンドリア病の基礎知識と診断方法
ミトコンドリア病は、細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能が低下することによって引き起こされる疾患群の総称です。出生5,000人に1人という高い頻度で発症し、最も頻度の高い先天代謝異常症として知られています。この疾患は、いかなる症状、いかなる臓器・組織にも影響を及ぼし、何歳でも発症する可能性があり、様々な遺伝形式をとることが特徴です。
ミトコンドリアは私たちの体のほぼすべての細胞に存在し、主要なエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する重要な小器官です。このエネルギー産生過程が障害されると、特にエネルギー需要の高い脳や筋肉、心臓などの臓器に機能障害が生じ、多彩な症状として現れます。
ミトコンドリア病の遺伝子異常と遺伝形式
ミトコンドリア病の原因となる遺伝子異常は大きく2つに分類されます。一つは細胞核内に存在する核DNA(nDNA)の遺伝子変異によるもの、もう一つはミトコンドリア自体が持つミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異によるものです。
核DNAの異常による場合は、常染色体優性遺伝、常染色体劣性遺伝、X連鎖遺伝など様々な遺伝形式をとります。両親から受け継いだ遺伝子変異が原因となるため、家族歴が重要な手がかりとなることがあります。
一方、mtDNAの異常による場合は母系遺伝という特徴的な遺伝形式をとります。これはミトコンドリアが卵細胞を通じてのみ次世代に伝わるためで、母親がキャリアである場合、その子どもは全員が変異mtDNAを受け継ぐ可能性があります。ただし、その割合(ヘテロプラスミー)は個人差があり、症状の重症度に影響します。
近年の研究では、日本人ミトコンドリア病の新たな原因遺伝子としてNDUFA8遺伝子が同定されました。この遺伝子の異常は、ミトコンドリア呼吸に必要な呼吸鎖複合体I全体の欠損を引き起こすことが明らかになっています。このような研究成果は、ミトコンドリア病の病態解明と将来的な診断法・治療法の開発につながることが期待されています。
ミトコンドリア病の症状と臨床的特徴
ミトコンドリア病の症状は非常に多彩で、発症時期も新生児期から成人期まで様々です。特にエネルギー需要の高い臓器・組織が障害されやすく、神経系、筋肉、心臓、肝臓、腎臓などに症状が現れます。
【神経系の症状】
【筋肉の症状】
- 筋力低下
- 易疲労性
- 筋痛
- 眼瞼下垂
【その他の症状】
特に新生児期に発症するミトコンドリア病は症状が重篤なケースが多く、生命予後に関わることもあります。2004年から2020年にかけて国内で出生した新生児期発症のミトコンドリア病281症例の調査によると、臨床的特徴や遺伝子診断、予後に関する貴重なデータが集積されています。
ミトコンドリア病の代表的な病型としては、リー(Leigh)症候群があります。これは乳幼児期に発症し、精神運動の発達の遅れや退行を示す難治性の慢性進行性疾患です。画像検査では特徴的な脳の病変を認めることが多いです。
ミトコンドリア病の診断方法とバイオマーカー
ミトコンドリア病の診断は単一の検査で確定することは難しく、複数の検査を組み合わせて総合的に判断する必要があります。
【基本的な検査】
- 血液・髄液検査:乳酸・ピルビン酸値の測定
ミトコンドリア機能異常により、これらの値が上昇することが多いですが、正常値のケースも存在します。
- 画像検査:頭部MRI、MRスペクトロスコピー(MRS)
特徴的な脳の病変パターンや代謝異常を検出できます。
- 神経生理学的検査:脳波、誘発脳波、筋電図など
神経系の機能異常を評価します。
【より専門的な検査】
- 筋生検:筋組織の病理学的検査
特徴的なミトコンドリアの異常(ラグレッドファイバーなど)を顕微鏡で観察します。
- 皮膚生検:培養皮膚線維芽細胞を用いた酵素活性測定
ミトコンドリア呼吸鎖複合体の活性を評価します。
- 遺伝子検査:核DNA、mtDNAの解析
全エクソーム解析などの次世代シーケンサーを用いた解析により、原因遺伝子を同定します。
診断基準としては、臨床症状、バイオマーカー、画像所見、組織所見、遺伝子解析結果などを総合的に評価し、「確定」「疑い」などのカテゴリーに分類します。遺伝子変異が同定されれば確定診断となりますが、原因遺伝子が同定されないケースも少なくありません。
ミトコンドリア病の治療法と最新研究
残念ながら、現時点ではミトコンドリア病に対する根治的な治療法は確立されていません。治療の中心は対症療法となり、以下のようなアプローチが行われています。
【薬物療法】
【支持療法】
- リハビリテーション(理学療法、作業療法、言語療法など)
- 栄養管理
- 呼吸管理
- 心機能管理
- 遺伝形式の説明
- 次子への再発リスク評価
- 出生前診断や着床前診断の可能性についての情報提供
研究レベルでは、様々な治療アプローチが検討されています。例えば、ミトコンドリア機能を改善する新規薬剤の開発、遺伝子治療、ミトコンドリア置換療法などが挙げられます。
特に注目されているのが、NDUFA8遺伝子などの新たな原因遺伝子の同定です。これにより、病態メカニズムの解明が進み、将来的には標的治療の開発につながる可能性があります。また、バシラス・アミロリクエファシエンス由来のウレアーゼを用いた酵素療法の研究も進められており、部位特異的変異導入によって酵素の機能改善が試みられています。
ミトコンドリア病の診療における医療連携と患者支援
ミトコンドリア病は多臓器に症状が及ぶ複雑な疾患であるため、診療には多職種・多診療科による連携が不可欠です。神経内科・小児神経科を中心に、代謝・内分泌科、循環器科、眼科、耳鼻科、リハビリテーション科など様々な診療科が協力して診療にあたることが重要です。
また、遺伝性疾患であることから、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングも重要な役割を果たします。患者さんやご家族に正確な情報を提供し、心理的サポートを行うことで、疾患と向き合いながら生活の質を維持・向上させることを目指します。
医療機関の例として、東京都立神経病院では神経小児科においてミトコンドリア病の患者さんの診療を行っており、隣接する東京都立小児総合医療センターの専門診療科と協力して多角的な診療体制を構築しています。また、横浜市立大学遺伝学教室などの研究機関と連携し、遺伝子診断なども実施しています。
患者さんやご家族向けの情報源としては、難病情報センターが公開している「ミトコンドリア病ハンドブック」などがあります。また、患者会も組織されており、情報交換や相互支援の場となっています。
医療従事者としては、原因不明の多臓器にわたる症状、発達の遅れ、血中乳酸高値などを認める患者さんに遭遇した際には、ミトコンドリア病の可能性を念頭に置き、適切な専門医療機関への紹介を検討することが重要です。早期診断・早期介入により、合併症の予防や症状の軽減、生活の質の向上につながる可能性があります。
千葉県こども病院代謝科と順天堂大学、埼玉医科大学の共同研究によるNDUFA8遺伝子の同定に関する詳細情報はこちらで確認できます。
ミトコンドリア病ハンドブックなど患者さん向け情報はこちらで入手できます。
新生児期発症のミトコンドリア病に関する大規模調査研究の詳細はこちらで確認できます。