癌性疼痛の症状と治療
癌性疼痛の定義と分類について
癌性疼痛(がん性疼痛)とは、がん患者さんに生じるあらゆる痛みを包括する概念です。単にがん自体が引き起こす痛みだけでなく、がん患者さんが体験するさまざまな痛みを含みます。厚生労働省の定義によると、癌性疼痛は以下の4つに分類されます。
- がん自体が直接の原因となる痛み(腫瘍の浸潤や増大、転移など)
- がん治療に伴って生じる痛み(術後痛や術後の慢性疼痛、化学療法による神経障害に伴う疼痛など)
- がんに関連した痛み(長期臥床に伴う腰痛、リンパ浮腫、褥創など)
- がん患者に併発したがんに関連しない疾患による痛み(変形性脊椎症、片頭痛など)
がん患者さんの痛みは、診断時には20~50%に、進行がん患者さん全体では70~80%に見られるとされています。この痛みは患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させるため、がんの早期から終末期に至るまで、適切な痛みのコントロールが必要です。
癌性疼痛の神経学的分類と特徴的症状
癌性疼痛は神経学的観点から3つの種類に分類されます。
1. 侵害受容性疼痛
これはさらに体性痛と内臓痛に分けられます。
- 体性痛:がんによる組織の圧迫や骨転移による骨破壊などで生じます。うずくような、鋭い、拍動するような痛みが特徴で、比較的場所がはっきりとした痛みが持続します。体の動きに伴って痛みが変化することが多いです。骨転移痛はこの典型例です。
- 内臓痛:食道や大腸などの臓器へのがんの浸潤によって生じます。深く絞られるような、押されるような痛みが特徴で、場所がはっきりしないことがあります。内臓と皮膚は感覚神経を「共有(乗り合わせ)」するため、関連痛という現象が起きることがあります。例えば、膵臓がんの痛みが背中に放散するなどの症状です。
2. 神経障害性疼痛
がんが神経に浸潤したり、化学療法・放射線治療で神経が傷ついたりすることで生じます。しびれ感を伴う痛みや、電気が走るような痛み、灼熱感などが特徴です。アロディニア(通常は痛みを感じない軽い触刺激で痛みを感じる)が生じることもあります。痛みの場所は神経の分布に対応します。
3. 痛覚変調性疼痛
日夜腫瘍のことに頭がとらわれてしまい痛みに過敏になる状態です。精神心理的要素が関与する痛みで、がん患者さんは病状の進行や転移を気にするため、様々な体の変化を敏感に感じ取り、痛みとして認識することがあります。
実際の臨床では、これらの痛みが複合して存在することが多く、適切な評価と対応が必要です。
癌性疼痛の評価方法とWHO方式三段階除痛法
癌性疼痛の適切な治療のためには、まず正確な評価が必要です。痛みは主観的な体験であるため、患者さん自身の表現を重視した評価を行います。
痛みの評価方法
- 痛みの強さ:VAS(Visual Analogue Scale)やNRS(Numerical Rating Scale)を用いて0~10の数値で評価します。
- 痛みの性質:ずきずき、締め付けるような、電気が走るような、などの表現から痛みのタイプを推測します。
- 痛みの部位:痛みの場所を特定し、放散痛の有無も確認します。
- 痛みの時間的パターン:持続痛か突出痛か、あるいはその両方かを評価します。
- 増悪・軽減因子:どのような状況で痛みが強くなるか、和らぐかを確認します。
- ADLへの影響:痛みによる日常生活への影響度を評価します。
WHO方式三段階除痛法
WHOが提唱した癌性疼痛に対する薬物療法の基本的な考え方です。痛みの強さに応じて段階的に治療を進めていきます。
- 第一段階:軽度の痛みに対し、非オピオイド鎮痛薬(NSAIDsやアセトアミノフェン)を開始します。
- 第二段階:軽度から中等度の痛みに対し、弱オピオイド(コデインやトラマドール)を追加します。
- 第三段階:中等度から高度の痛みに対し、弱オピオイドから強オピオイド(モルヒネ・フェンタニル・オキシコドン・タペンタドール)に切り替えます。
なお、2018年のWHOガイドライン改訂により、この三段階除痛ラダーは本文から削除されましたが、現行のガイドラインにおいても「疼痛マネジメントにおける一つの目安である」とされ、付録に残されています。実際の臨床では、明らかに強い痛みを訴えている患者さんには、第1段階から開始せず第3段階の強オピオイドを直接使用することもあります。
鎮痛薬使用の基本四原則
- 経口投与を基本とする
- 時刻を決めて規則正しく投与する
- 患者ごとの個別の量で調整する
- その上で細かい配慮をする(副作用対策など)
日本ペインクリニック学会によるWHO方式三段階鎮痛法の詳細解説
癌性疼痛における難治性症状と対処法
癌性疼痛の中には、標準的な治療では十分にコントロールできない難治性の症状があります。これらの症状とその対処法について解説します。
1. がん性骨疼痛(Cancer-induced bone pain: CIBP)
骨転移による痛みは、がん患者さんの約70%に見られる症状です。この痛みには3つの要素が混在し、難治性となることが多いです。
- 動作時痛:整形外科・リハビリ科的なアプローチで刺激を回避します。ケタミンの少量投与(50~200mg/日)が有効なこともあります。
- 安静時痛:抗炎症治療とベース・オピオイド(徐放薬)で対応します。
- 神経障害性疼痛:オピオイドが効くこともありますが、抵抗性なら鎮痛補助薬や神経ブロックを検討します。
骨転移痛に対しては、放射線治療が非常に効果的なことが多く、単回照射でも十分な効果が得られることがあります。また、ビスホスホネート製剤やデノスマブなどの骨修飾薬も有効です。
2. 神経障害性疼痛
がんの神経浸潤や化学療法による末梢神経障害は、通常の鎮痛薬では効果が不十分なことが多いです。神経障害の進行段階によって対処法が変わります。
- 初期段階:神経の反応が過敏になる「感作」の状態では、プレガバリン(リリカ®)などの抗てんかん薬が有効です。
- 進行段階:神経伝導が低下し、痛みが慢性化すると、アモキサン®などの抗うつ薬やステロイドの併用を検討します。
- 神経離断前:強いしびれや痛みが生じることがあり、神経ブロックを検討します。
- 神経離断後:知覚・運動が麻痺し、痛みも消失することが多いですが、慢性痛化することもあります。
3. 突出痛(Breakthrough Pain)
持続的な背景痛がコントロールされていても、一過性に生じる強い痛みを突出痛と呼びます。特徴として。
- ピークに達するまでは約3分
- 持続時間は15~30分程度
- ほとんどは1時間以内に消失
突出痛に対しては、速効性のオピオイド製剤(レスキュー薬)を使用します。フェンタニル速放性製剤(ROO: Rapid Onset Opioids)は特に効果的ですが、使用法が通常のオピオイドと異なるため注意が必要です。
4. せん妄や感染症による痛みの増強
癌性疼痛が急に悪化した場合、せん妄や感染症が潜在していることがあります。せん妄により。
- 症状への耐用が低下
- 症状の強さを増強・修飾(訴えの増加、減少)
- 患者、評価者共に症状の適切な評価が困難
このような場合、原因となるせん妄や感染症の治療が優先されます。終末期であっても、せん妄の49%は改善可能だったという報告もあります。
癌性疼痛に対する神経ブロックと緩和ケアの統合的アプローチ
薬物療法だけでは十分な疼痛コントロールが得られない場合、神経ブロックは有効な選択肢となります。特に内臓痛や局所的な体性痛に対して効果的です。
主な神経ブロック療法
- 内臓神経ブロック・上下腹神経ブロック:膵臓がんや上腹部の内臓痛に効果的です。
- 下腸間膜神経叢ブロック:下部消化管の痛みに有効です。
- 肋間神経ブロック(高周波熱凝固療法):胸壁の痛みに対して行われます。
- くも膜下フェノールブロック:下半身の広範囲の痛みに対して行われることがあります。
これらの神経ブロックは、高濃度のアルコールを用いたり、高温の熱(90℃)を加えたりすることで長期的な鎮痛効果を発揮します。ただし、神経障害などの合併症リスクもあるため、超音波画像やリアルタイムのレントゲン、CTを用いて安全性を高める工夫がされています。
緩和ケアの統合的アプローチ
癌性疼痛の治療は、単に痛みを取り除くだけでなく、患者さんの全人的な苦痛に対応する緩和ケアの一環として行われることが重要です。全人的苦痛には以下が含まれます。
これらの苦痛は相互に影響し合い、痛みを増強させることがあります。例えば、不安や抑うつは痛みの閾値を下げ、痛みをより強く感じさせることがあります。そのため、多職種チームによる包括的なアプローチが必要です。
痛みの悪循環を断ち切るアプローチ
癌性疼痛が適切にコントロールされないと、以下のような悪循環が生じることがあります。
- 痛みによる不眠・食欲低下
- 体力低下・免疫力低下
- 抑うつ・不安の増強
- 痛みの閾値低下
- 痛みの増強
この悪循環を断ち切るためには、薬物療法だけでなく、心理的サポート、リハビリテーション、栄養サポートなど多角的なアプローチが必要です。
誤解の解消
「がんによる痛みの治療は、がんの治療をあきらめたときに行うもの」という誤解がまだ存在しますが、これは事実ではありません。癌性疼痛の治療は、がんの診断時から積極的に行われるべきものであり、がん治療と並行して行われることで患者さんのQOLを向上させることができます。
癌性疼痛は複雑な症状ですが、適切な評価と多角的なアプローチにより、多くの場合効果的にコントロールすることが可能です。痛みで困っている場合は、遠慮なく医療者に相談することが重要です。早期からの適切な疼痛管理により、患者さんのQOLを維持・向上させることができます。