潰瘍性大腸炎の基礎知識と治療法
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜にびらんや潰瘍を形成する慢性炎症性疾患です。炎症性腸疾患(IBD)の一種として分類され、直腸から始まり連続的に口側へと炎症が広がる特徴があります。日本では指定難病に指定されており、長期的な治療と管理が必要となります。
この疾患は、活動期(症状が悪化する時期)と寛解期(症状が落ち着いている時期)を繰り返すことが特徴で、患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。近年、日本では患者数が急増しており、この20年で約3倍に増加したとされています。平成25年度末時点での患者数は約16万6,000人で、人口10万人あたり約100人の割合となっています。
潰瘍性大腸炎は様々な基準によって分類されます。重症度による分類では軽症、中等症、重症、劇症に、病変の広がりによる分類では直腸炎型、左側大腸炎型、全大腸炎型に、臨床経過による分類では再燃寛解型、慢性持続型、急性劇症型、初回発作型に分けられます。これらの分類は治療方針の決定や予後予測に重要な役割を果たします。
潰瘍性大腸炎の症状と患者の生活への影響
潰瘍性大腸炎の主要な症状は、下痢、腹痛、血便の三大症状です。これらの症状は炎症の程度や範囲によって現れ方が異なります。初期症状は比較的軽度で、下腹部の違和感や軽い腹痛、便意切迫感、軽度の下痢や血便などが見られます。このため、初期段階では痔と誤認されることもあります。
症状が進行すると、以下のような状態に陥ることがあります。
- 1日に20回以上の頻繁な排便
- 激しい腹痛と持続的な下痢
- 高熱
- 体重減少、貧血、脱水症状
- 血液や粘液のみの排泄物
- 夜間症状による睡眠障害
また、腸管外症状として以下のような合併症が現れることもあります。
- 皮膚症状(結節性紅斑、壊疽性膿皮症など)
- 関節症状(関節炎、強直性脊椎炎など)
- 眼症状(ぶどう膜炎、虹彩炎など)
- 肝胆道系症状(原発性硬化性胆管炎など)
これらの症状は患者の日常生活に大きな影響を与え、社会生活や就労にも支障をきたすことがあります。特に若年層での発症が多いため、学業や就職、結婚などのライフイベントに影響を及ぼすことも少なくありません。
患者の生活の質(QOL)を維持するためには、症状のコントロールだけでなく、心理的サポートや社会的支援も重要です。医療従事者は患者の身体的症状だけでなく、心理社会的側面にも配慮した包括的なケアを提供することが求められます。
潰瘍性大腸炎の診断方法と検査アプローチ
潰瘍性大腸炎の診断は、臨床症状、内視鏡所見、病理組織学的所見、血液検査などの総合的な評価に基づいて行われます。診断の流れと各検査の意義について詳しく見ていきましょう。
1. 問診と身体診察
まず詳細な問診を行い、症状の経過、家族歴、既往歴などを確認します。身体診察では腹部の圧痛や腸蠕動音の亢進、肛門部の視診などを行います。
2. 血液検査
- 炎症マーカー(CRP、赤沈、白血球数):炎症の程度を評価
- 貧血の評価(ヘモグロビン、ヘマトクリット):慢性出血による貧血の有無
- 栄養状態の評価(アルブミン、総蛋白):炎症による栄養吸収低下の評価
- 自己抗体検査(p-ANCA):診断の補助として有用
3. 便検査
- 便潜血検査:微量の出血を検出
- 便中カルプロテクチン検査:腸管炎症の活動性を非侵襲的に評価できる有用なマーカー
- 便培養検査:感染性腸炎との鑑別や二次感染の評価
4. 下部消化管内視鏡検査(大腸カメラ)
潰瘍性大腸炎の診断において最も重要な検査です。特徴的な内視鏡所見として。
- 直腸から連続的に広がる粘膜の発赤、浮腫、易出血性
- びらん、潰瘍の形成
- 偽ポリポーシスの形成(重症例)
- 血管透見像の消失
内視鏡検査中に生検を行い、組織学的検査も実施します。特徴的な病理所見
- 杯細胞の減少
- クリプト膿瘍の形成
- 粘膜固有層へのリンパ球、形質細胞の浸潤
- 粘膜の破壊と再生
5. 画像検査
- CT検査:重症例での合併症(穿孔、中毒性巨大結腸症など)の評価
- MRI検査:特に小児や妊婦での評価に有用
- カプセル内視鏡検査:通常の内視鏡検査が困難な場合の代替法
診断の際には、クローン病、感染性腸炎、虚血性腸炎、薬剤性腸炎、放射線性腸炎などとの鑑別が重要です。特に初発例では、感染性腸炎との鑑別のために便培養検査やClostridium difficile毒素検査を必ず実施すべきです。
定期的な検査によるフォローアップも重要で、特に長期罹患例では大腸癌のサーベイランスのために定期的な内視鏡検査が推奨されています。
潰瘍性大腸炎の治療法と薬物療法の進歩
潰瘍性大腸炎の治療は、病態の重症度や範囲に応じて個別化されます。治療の主な目標は、炎症を抑制して症状を改善し、寛解を維持することです。現在の標準的な治療アプローチを重症度別に解説します。
軽症〜中等症の治療
- 5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA)
- 第一選択薬として広く使用
- メサラジン、サラゾスルファピリジンなど
- 内服薬、注腸薬、坐薬の形態があり、病変の範囲に応じて選択
- 炎症抑制効果と再燃予防効果を持つ
- 副作用は比較的少なく、長期使用が可能
- 副腎皮質ステロイド薬
中等症〜重症の治療
- 免疫調節薬/免疫抑制薬
- 生物学的製剤
- 抗TNFα抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ、ゴリムマブ)
- 抗α4β7インテグリン抗体(ベドリズマブ)
- 抗IL-12/23p40抗体(ウステキヌマブ)
- JAK阻害薬(トファシチニブ)
- 従来の治療で効果不十分な中等症〜重症例に使用
- 高い有効性を示すが、感染症リスクの増加に注意
- 血球成分除去療法
- 顆粒球・単球吸着除去療法(GMA)
- 活性化された白血球を体外循環で除去する
- ステロイド抵抗性の活動期に使用
- 副作用が少なく、安全性が高い
劇症例の治療
- 強力静注療法(IVCY)
- 大量ステロイド静注
- シクロスポリン持続静注
- タクロリムス経口投与
- 生物学的製剤の緊急投与
- 短期間での改善がなければ外科的治療を検討
維持療法
寛解導入後は、再燃予防のための維持療法が重要です。5-ASA製剤が基本ですが、再燃を繰り返す場合は免疫調節薬や生物学的製剤による維持療法を検討します。
外科的治療
以下の場合に外科的治療(大腸全摘術)が検討されます。
- 内科的治療が無効な重症例
- 大量出血や穿孔などの合併症
- 大腸癌の合併または高リスク例
- 薬物療法の副作用で継続困難な場合
手術方法には、大腸全摘・回腸嚢肛門(管)吻合術(IPAA)、大腸全摘・回腸人工肛門造設術などがあります。特に若年患者ではQOLを考慮したIPAAが選択されることが多いです。
近年の薬物療法の進歩により、多くの患者さんで良好な疾患コントロールが可能になってきています。個々の患者の病態、重症度、生活スタイルなどを考慮した最適な治療選択が重要です。
潰瘍性大腸炎の原因解明と最新研究動向
潰瘍性大腸炎の正確な病因はいまだ完全には解明されていませんが、近年の研究により、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。ここでは、現在までに明らかになっている病因論と最新の研究動向について解説します。
1. 遺伝的要因
潰瘍性大腸炎には明らかな遺伝的素因があることが知られています。
- 家族内発症が認められ、欧米では患者の約20%にIBDの家族歴があるとの報告がある
- ゲノムワイド関連解析(GWAS)により、200以上の感受性遺伝子座が同定されている
- 特にHLA領域やIL23R、ATG16L1、NOD2などの遺伝子多型が重要
- 日本人特有の遺伝的背景も報告されており、人種差がある
2. 免疫学的要因
潰瘍性大腸炎では、腸管免疫系の異常が中心的な役割を果たしています。
- 腸管粘膜における過剰な免疫応答(自己免疫的機序)
- Th2優位の免疫応答とIL-13などのサイトカインの関与
- 制御性T細胞(Treg)の機能不全
- 自然免疫系の異常活性化
- 腸管バリア機能の低下による細菌抗原の過剰な曝露
3. 腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の関与
近年、腸内細菌叢の異常(ディスバイオーシス)が潰瘍性大腸炎の病態に深く関わることが明らかになってきました。
- 患者の腸内細菌叢では多様性の低下が見られる
- Firmicutes門の減少とProteobacteria門の増加
- 短鎖脂肪酸産生菌の減少
- 硫酸還元菌の増加
- 腸内細菌由来の代謝産物が腸管免疫系に影響を与える
4. 環境要因
環境因子も潰瘍性大腸炎の発症や再燃に関与しています。
- 食生活の西洋化(高脂肪、高タンパク、低食物繊維)
- 抗生物質の使用歴
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用
- ストレス(直接的な原因ではないが、再燃のトリガーとなりうる)
- 喫煙(興味深いことに、潰瘍性大腸炎では非喫煙者の方が発症リスクが高い)
最新の研究動向
潰瘍性大腸炎の病態解明と新規治療法開発に向けた研究が活発に行われています。
- 精密医療(Precision Medicine)アプローチ
- バイオマーカーに基づく患者層別化
- 治療反応性予測因子の同定
- 個別化医療の実現に向けた取り組み
- 新規治療標的の探索
- JAK-STAT経路を標的とした新規薬剤(フィルゴチニブなど)
- S1P受容体調節薬(オザニモド)
- 抗IL-23抗体(リサンキズマブ、ブラ