慢性膵炎の基本知識と治療法
慢性膵炎の定義と膵臓の機能低下について
慢性膵炎とは、膵臓に長期間にわたって炎症が続き、膵組織が破壊され、線維化や萎縮が進行する疾患です。この進行性の炎症により、膵臓の正常な機能が徐々に失われていきます。
膵臓は消化器系において非常に重要な役割を担っています。主に以下の2つの機能があります。
- 外分泌機能:食物の消化に必要な酵素(アミラーゼ、リパーゼなど)を含む膵液を分泌
- 内分泌機能:血糖値を調節するホルモン(インスリンなど)を分泌
慢性膵炎では、これらの機能が段階的に低下します。初期段階では、膵臓の炎症により膵管が狭窄し、膵液の流れが妨げられます。時間の経過とともに、膵臓組織が破壊され、消化酵素の分泌量が減少します。これにより、特に脂肪の消化・吸収障害が起こり、脂肪便や栄養不良につながります。
さらに進行すると、インスリンを分泌するランゲルハンス島のβ細胞も損傷を受け、糖尿病(膵性糖尿病)を発症することがあります。慢性膵炎患者の約45%が糖尿病を合併するというデータもあり、膵機能の低下が全身に影響を及ぼす深刻な疾患であることがわかります。
慢性膵炎の主な症状と消化不良の関連性
慢性膵炎の症状は多岐にわたりますが、最も特徴的なものは以下の通りです。
1. 腹痛
慢性膵炎の代表的な症状は腹痛です。特に上腹部(みぞおち付近)に痛みを感じることが多く、食後に悪化する傾向があります。痛みの性質は鈍痛から激痛まで様々で、背中に放散することもあります。初期は発作的に起こりますが、病状が進行すると持続的な痛みになることもあります。
2. 消化不良と栄養障害
膵臓の消化酵素が十分に分泌されなくなると、食物(特に脂肪)の消化・吸収が困難になります。これにより以下のような症状が現れます。
- 脂肪便(便が油っぽく、水に浮く)
- 下痢や便秘
- 腹部膨満感
- 悪心・嘔吐
これらの消化不良症状は、食事摂取後に特に顕著になります。消化酵素の不足により、食物が適切に分解されず、栄養素の吸収が妨げられるためです。
3. 体重減少
消化不良による栄養吸収障害と、痛みによる食欲不振が重なり、多くの患者さんで体重減少が見られます。特に脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の吸収障害により、栄養状態がさらに悪化することがあります。
4. 糖尿病の発症
膵臓の内分泌機能が障害されると、インスリン分泌が低下し、糖尿病を発症することがあります。慢性膵炎患者の約30~50%が糖尿病を合併するとされています。症状
- 口渇
- 多尿
- 疲労感
- 視力障害
5. その他の症状
- 黄疸(膵頭部の炎症が胆管を圧迫した場合)
- 腹水(進行した場合)
- うつ症状(慢性的な痛みによる)
消化不良と慢性膵炎の関連性は非常に強く、消化酵素の分泌低下が直接的な原因となります。特にリパーゼの不足は脂肪の消化不良を引き起こし、脂肪便として現れます。この症状は、慢性膵炎の診断において重要な手がかりとなります。
消化不良の程度は膵機能の低下度合いと相関し、外分泌機能が正常の10%以下に低下すると明らかな症状が現れるとされています。このため、初期段階では症状が現れにくく、診断が遅れることも少なくありません。
慢性膵炎の原因とアルコール摂取の影響
慢性膵炎の発症には様々な要因が関与していますが、特に重要な原因とリスク因子について詳しく見ていきましょう。
1. アルコール摂取の影響
アルコールは慢性膵炎の最も一般的な原因であり、全症例の約70~80%を占めるとされています。アルコールが膵臓に与える影響は複合的です。
- 直接的な毒性作用:アルコールとその代謝産物(アセトアルデヒド)が膵腺房細胞に直接的な障害を与えます
- 膵液の組成変化:タンパク質濃度が上昇し、膵管内で沈殿・結石形成を促進
- 酸化ストレスの増加:フリーラジカルによる細胞障害
- 膵星細胞の活性化:線維化を促進
アルコール性慢性膵炎の発症リスクは、摂取量と期間に比例します。一般的に、男性では1日80g以上(日本酒で約4合)、女性ではそれより少ない量のアルコールを5~10年以上継続して摂取すると、リスクが顕著に上昇します。
しかし、同量のアルコールを摂取しても発症する人としない人がいることから、遺伝的要因や他のリスク因子との相互作用も重要と考えられています。
2. その他の主要な原因
- 特発性(原因不明):約20~30%の症例では明確な原因が特定できません
- 遺伝性:PRSS1、SPINK1、CFTR遺伝子などの変異
- 胆石症:胆石が膵管を閉塞することで膵炎を引き起こす可能性
- 高トリグリセリド血症:血中トリグリセリド値が1000mg/dL以上
- 自己免疫性:IgG4関連疾患など
- 解剖学的異常:膵管分割異常、輪状膵など
- 外傷性:膵管損傷
- 薬剤性:一部の薬剤(ステロイド、利尿剤など)
3. リスク因子と予防
アルコール以外にも、以下の要因が慢性膵炎のリスクを高めることが知られています。
予防のためには、以下の対策が重要です。
- アルコール摂取の制限または禁酒
- 禁煙
- バランスの取れた食事(特に脂肪の過剰摂取を避ける)
- 適切な水分摂取
- 定期的な健康診断
アルコール摂取と慢性膵炎の関係は非常に強いため、特にアルコール依存症の患者さんでは、断酒が最も重要な治療戦略となります。断酒により、疼痛の軽減や膵機能のさらなる低下を防ぐことができる場合があります。
慢性膵炎の診断方法と画像検査の重要性
慢性膵炎の診断は、臨床症状、血液検査、機能検査、画像検査などを組み合わせて総合的に行われます。特に画像検査は診断において中心的な役割を果たします。
1. 臨床症状と病歴
診断の第一歩は、詳細な病歴聴取と症状の評価です。以下のような情報が重要です。
- 腹痛の性質、部位、持続時間
- 消化不良症状の有無
- アルコール摂取歴
- 家族歴
- 既往歴(特に急性膵炎の既往)
2. 血液検査
慢性膵炎では以下の血液検査が行われます。
- 膵酵素:アミラーゼ、リパーゼ(急性増悪時に上昇)
- 肝機能検査:AST、ALT、ALP、γ-GTP
- 栄養状態の評価:アルブミン、総タンパク
- 血糖値:HbA1c、空腹時血糖
- 炎症マーカー:CRP、白血球数
慢性膵炎の安定期では膵酵素値が正常範囲内であることも多く、診断的価値は限定的です。
3. 画像検査の重要性
画像検査は慢性膵炎の診断において最も重要な役割を果たします。
- 最初に行われることが多い非侵襲的検査
- 膵臓の腫大、萎縮、石灰化、膵管拡張などを評価
- 検者の技量や患者の体型に依存するという限界がある
b) CT(コンピュータ断層撮影)
- 膵臓の形態変化を詳細に評価可能
- 石灰化の検出に優れている(慢性膵炎の約30~40%で認められる)
- 膵管拡張、嚢胞形成、周囲組織への影響も評価
c) MRI/MRCP(磁気共鳴胆管膵管撮影)
- 膵管・胆管系の詳細な評価が可能
- 造影剤を使用せずに膵管の狭窄、拡張、分枝の異常を描出
- 早期の慢性膵炎の診断に有用
d) 内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)
- かつては診断の標準検査だったが、現在は主に治療目的で実施
- 膵管の詳細な形態評価が可能
- 膵液採取による細胞診も可能
- 合併症リスク(急性膵炎など)があるため、診断目的での使用は限定的
e) 内視鏡的超音波検査(EUS)
- 高解像度で膵臓の微細な変化を評価可能
- 早期慢性膵炎の診断に優れている
- 膵実質の変化(蜂巣状変化、高エコー斑点など)や膵管の微細な変化を検出
4. 膵機能検査
外分泌機能を評価する検査も補助的に行われます。
- 便中エラスターゼ1測定:非侵襲的で簡便
- 13C呼気試験:混合トリグリセリド呼気試験など
- セクレチン刺激試験:最も精度が高いが、侵襲的
5. 診断基準
日本膵臓学会の診断基準では、以下の項目を総合的に評価します。
- 臨床症状(腹痛、消化不良など)
- 膵外分泌機能低下
- 特徴的な画像所見(膵石灰化、膵管の不整拡張など)
- 内分泌機能障害(糖尿病合併)
確定診断には、典型的な画像所見の存在が最も重要視されています。特に、膵石灰化は慢性膵炎の特徴的な所見であり、診断的価値が高いとされています。
画像検査の進歩により、早期の慢性膵炎の診断が可能になってきていますが、早期診断のためには、リスク因子を持つ患者に対する適切なスクリーニングと、複数の検査法を組み合わせた総合的なアプローチが重要です。
慢性膵炎の治療法と消化酵素補充療法の効果
慢性膵炎の治療は、症状の緩和、合併症の予防、疾患進行の抑制を目的として行われます。治療アプローチは、疾患の重症度や症状によって異なりますが、大きく以下のカテゴリーに分けられます。
1. 生活習慣の改善
慢性膵炎の進行を抑制するための最も基本的な対策です。
- 禁酒:アルコール性慢性膵炎では最も重要な治療
- 禁煙:喫煙は膵炎の進行を促進するため、禁煙が強く推奨される
- 食事療法:低脂肪食(総カロリーの25%以下)が基本
- 少量頻回食(1日4~6回の食事)
- 脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の補充
- 十分な水分摂取
2. 疼痛管理
慢性膵炎の最も辛い症状である疼痛に対する治療。