慢性副鼻腔炎の基礎知識と対策
慢性副鼻腔炎の原因と発症メカニズム
慢性副鼻腔炎は、副鼻腔(鼻腔周囲の空洞)に炎症が生じ、3ヶ月以上症状が続く状態を指します。一般的に「蓄膿症」と呼ばれることもあるこの疾患は、様々な要因によって引き起こされます。
主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 感染症要因。
- 風邪やインフルエンザなどのウイルス感染後の細菌二次感染
- 細菌(黄色ブドウ球菌、インフルエンザ菌など)による直接感染
- 真菌(カビ)による感染
- 解剖学的要因。
- 鼻中隔湾曲症
- 副鼻腔の自然口の狭窄
- 先天的な副鼻腔の形態異常
- アレルギー・免疫要因。
- 歯科的要因。
- 上顎の虫歯や歯周病
- 歯科治療(特にインプラント)後の合併症
発症メカニズムとしては、これらの原因により副鼻腔の粘膜が腫脹し、副鼻腔と鼻腔を結ぶ自然口が狭くなります。その結果、副鼻腔内の換気が悪くなり、分泌物が排出されにくくなります。この状態が続くと粘膜の浮腫が進行し、さらに炎症が悪化するという悪循環に陥ります。
特に注目すべきは、近年増加傾向にある「好酸球性副鼻腔炎」です。これは白血球の一種である好酸球が副鼻腔粘膜に集積することで起こる難治性の慢性副鼻腔炎で、2015年には厚生労働省の指定難病に認定されました。通常の慢性副鼻腔炎とは治療法が異なるため、正確な診断が重要です。
慢性副鼻腔炎の主な症状と診断方法
慢性副鼻腔炎の症状は多岐にわたりますが、急性副鼻腔炎と比較して痛みが少なく、長期間にわたって症状が持続することが特徴です。主な症状には以下のようなものがあります。
主要症状。
- 鼻閉(鼻づまり):持続的な鼻づまりで、特に夜間や朝方に悪化することが多い
- 鼻漏(鼻水):黄色や緑色の粘稠な鼻汁が特徴的
- 後鼻漏:鼻水が喉に流れ落ちる感覚、慢性的な喉の違和感や咳の原因となる
- 嗅覚障害:においがわかりにくくなる(重症例では完全に嗅覚が失われることも)
随伴症状。
慢性副鼻腔炎の診断は、これらの症状に加えて、以下のような検査によって行われます。
- 前鼻鏡検査:鼻腔内を観察し、膿性鼻汁や粘膜腫脹、鼻ポリープの有無を確認します。
- 内視鏡検査:より詳細に鼻腔内や中鼻道(副鼻腔の開口部)を観察します。
- 画像検査。
- X線検査:副鼻腔の陰影を確認
- CT検査:副鼻腔の粘膜肥厚や膿の貯留、解剖学的異常を詳細に評価
- MRI検査:腫瘍性病変との鑑別が必要な場合に実施
- 細菌学的検査:鼻汁の培養検査により原因菌を同定し、適切な抗菌薬を選択するために行います。
- アレルギー検査:アレルギー性鼻炎の合併の有無を確認するために、血液検査(特異的IgE抗体検査)や皮膚テストを実施することがあります。
特に好酸球性副鼻腔炎の診断には、JESREC(Japanese Epidemiological Survey of Refractory Eosinophilic Chronic Rhinosinusitis)スコアが用いられ、両側性の病変、鼻ポリープの存在、CTでの篩骨洞優位の陰影、末梢血中の好酸球数などから総合的に判断されます。
慢性副鼻腔炎の最新治療法と薬物療法
慢性副鼻腔炎の治療は、症状の程度や原因、タイプによって異なりますが、基本的には薬物療法と手術療法を組み合わせて行います。近年の研究成果に基づいた最新の治療アプローチを紹介します。
1. 薬物療法
抗菌薬治療。
- マクロライド系抗菌薬の少量長期投与:通常の抗菌薬治療とは異なり、マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシンなど)を通常量の半分程度で2〜3ヶ月間継続投与します。これは単に細菌を殺菌するだけでなく、抗炎症作用も期待できる治療法です。
- キノロン系抗菌薬:慢性副鼻腔炎の急性増悪時には、耐性菌に対応するためキノロン系抗菌薬が選択されることがあります。
ステロイド治療。
- 鼻噴霧ステロイド薬:局所的な炎症を抑制する目的で使用します。特に好酸球性副鼻腔炎では重要な治療法です。
- 経口ステロイド:重症例や急性増悪時に短期間使用することがあります。
抗アレルギー薬。
- アレルギー要素が関与している場合には、抗ヒスタミン薬やロイコトリエン受容体拮抗薬などを併用します。
- 重症の好酸球性副鼻腔炎に対しては、抗IL-4/13受容体抗体(デュピルマブ)などの生物学的製剤が使用されるようになってきています。これは2020年に保険適用となった比較的新しい治療法です。
2. 局所治療
鼻洗浄。
- 生理食塩水による鼻洗浄は、鼻腔内の分泌物や炎症性物質を物理的に除去する効果があります。自宅でも継続できる基本的かつ重要な治療法です。
ネブライザー治療。
- 薬液を霧状にして鼻腔内に吸入し、副鼻腔へ到達させる治療法です。抗菌薬や抗炎症薬を局所に高濃度で届けることができます。
3. 手術療法の適応と最新技術
保存的治療で改善しない場合や、以下のような状況では手術療法が検討されます。
- 薬物療法で3ヶ月以上改善がみられない場合
- 鼻ポリープが大きく、鼻閉が著しい場合
- 合併症(眼窩内合併症、頭蓋内合併症など)がある場合
現在の標準的手術は内視鏡下鼻副鼻腔手術(ESS: Endoscopic Sinus Surgery)です。この手術は鼻の穴から内視鏡を挿入して行うため、顔に傷がつかず、入院期間も短縮されています。
最新の手術技術としては、ナビゲーションシステムを用いた精密手術や、マイクロデブリッダーという専用の切除器具を使用した低侵襲手術が普及しています。また、バルーンカテーテルを用いて副鼻腔の開口部を拡張するバルーン副鼻腔拡張術(バルーンシヌプラスティ)も新しい選択肢として注目されています。
好酸球性副鼻腔炎に対しては、手術後も再発率が高いため、術後の薬物療法(ステロイド点鼻薬など)の継続が特に重要です。
慢性副鼻腔炎の予防と日常生活での注意点
慢性副鼻腔炎は一度発症すると完全治癒が難しい疾患ですが、適切な予防策と日常生活での注意により、症状の悪化や再発を防ぐことができます。以下に具体的な予防法と生活上の注意点を紹介します。
1. 感染予防
- 風邪予防:風邪は慢性副鼻腔炎の主要なきっかけとなるため、手洗い・うがいの徹底、マスク着用、十分な睡眠と栄養摂取などの基本的な感染予防策を心がけましょう。
- 早期治療:風邪を引いた場合、特に鼻症状が長引く場合は早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。急性副鼻腔炎の段階で適切に治療することで、慢性化を防ぐことができます。
2. 鼻腔ケア
- 鼻洗浄の習慣化:市販の鼻洗浄器や生理食塩水を使った定期的な鼻洗浄は、鼻腔内の清潔を保ち、炎症を予防する効果があります。特に花粉の多い季節や風邪をひいたときには積極的に行いましょう。
- 正しい鼻のかみ方:強く鼻をかむと、副鼻腔内の圧力が上昇し、細菌が副鼻腔に押し込まれる可能性があります。片側ずつ優しくかむことを心がけましょう。
- 加湿と湿度管理:乾燥は鼻粘膜の防御機能を低下させます。特に冬季や空調の効いた環境では、適切な湿度(50〜60%程度)を維持するよう心がけましょう。
3. 生活習慣の改善
- 禁煙:喫煙は鼻粘膜の線毛機能を低下させ、副鼻腔炎のリスクを高めます。喫煙者は非喫煙者に比べて副鼻腔炎の罹患率が高いことが知られています。
- 適度な飲酒:過度の飲酒は鼻粘膜の血管を拡張させ、鼻づまりを悪化させることがあります。
- 歯のケア:上顎の虫歯や歯周病が副鼻腔炎の原因となることがあるため、定期的な歯科検診と適切な口腔ケアを心がけましょう。
4. アレルギー対策
- アレルゲン回避:アレルギー性鼻炎がある場合、原因となるアレルゲン(ハウスダスト、花粉など)を可能な限り避ける工夫をしましょう。
- 適切な治療:アレルギー性鼻炎の症状をコントロールすることで、副鼻腔炎の発症リスクを下げることができます。
5. 市販薬の適切な使用
- 点鼻薬の使用制限:血管収縮剤を含む点鼻薬の長期使用は、薬剤性鼻炎を引き起こし、かえって症状を悪化させることがあります。使用は短期間(1週間以内)にとどめましょう。
- 自己判断での薬物使用を避ける:症状が長引く場合は、自己判断で市販薬を継続するのではなく、専門医を受診しましょう。
慢性副鼻腔炎の予防と管理は、単発的な対策ではなく、日常生活全体を通じた継続的な取り組みが重要です。特に症状が軽度のうちに適切な対応をすることで、重症化を防ぎ、QOL(生活の質)の維持向上につながります。
慢性副鼻腔炎と好酸球性副鼻腔炎の違いと対応
近年、慢性副鼻腔炎の中でも特に注目されているのが「好酸球性副鼻腔炎(ECRS: Eosinophilic Chronic Rhinosinusitis)」です。従来の細菌感染が主因の慢性副鼻腔炎とは病態や治療法が異なるため、両者の違いを理解することが適切な治療につながります。
1. 好酸球性副鼻腔炎の特徴
好酸球性副鼻腔炎は、副鼻腔粘膜に好酸球(白血球の一種)が著明に浸潤することを特徴とする疾患で、以下のような特徴があります。
- 両側性:通常、両側の副鼻腔に病変が見られる
- 多発性鼻ポリープ:鼻腔内に多数の鼻ポリープが形成される
- 篩骨洞優位:CT検査で