原薬GMPの基準と製造プロセスにおける品質管理

原薬GMPと医薬品の品質確保

原薬GMPの基本知識
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原薬GMPとは

医薬品の有効成分(API)の製造管理・品質管理の国際基準で、高品質な医薬品を恒常的に製造するための要件をまとめたもの

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GMPの三原則

①人為的な誤りの最小化 ②医薬品の汚染・品質低下防止 ③高品質保証システムの設計

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国際的な調和

ICH(医薬品規制調和国際会議)で合意された原薬GMPガイドラインが世界標準として各国で採用されている

医薬品の有効成分である原薬(API: Active Pharmaceutical Ingredient)は、最終製品である医薬品の品質に直接影響を与える重要な要素です。原薬の品質を確保することは、安全で効果的な医薬品を提供するための基本となります。そのため、原薬の製造には厳格な管理基準が必要とされ、それが「原薬GMP」として確立されています。

原薬GMPとは、Good Manufacturing Practice(適正製造基準)の略で、「医薬品の製造管理及び品質管理の基準」を意味します。この基準は単に最終製品の品質検査だけでなく、製造プロセス全体を通じて品質を作り込むという考え方に基づいています。原薬GMPは医薬品の安全性と有効性を確保するための重要な基盤となっているのです。

原薬GMPの歴史と国際的な発展

原薬GMPの歴史は、医薬品の安全性に関する重大な事件と密接に関連しています。特に1960年代のサリドマイド事件を契機として、米国では1963年に世界で初めてGMPが法制化されました。この動きは世界に広がり、1969年にはWHO(世界保健機関)の総会で国際貿易におけるGMP証明制度の採用が勧告されました。

1970年代から1980年代にかけて、GMPは英国、日本、カナダ、台湾、EUなど世界各国で法制化が進められました。しかし、各国で独自の基準が設けられていたため、国際的な調和の必要性が高まりました。

1990年代に入ると、医薬品の国際化に伴い、GMPについても統一の動きが活発になりました。特に重要なのが、日米欧三極による医薬品規制調和国際会議(ICH)での取り組みです。ICHでは1997年から国際標準の原薬GMPの検討が開始され、2000年に最終合意に達しました。日本では2001年11月に「原薬GMPのガイドライン」(ICHQ7)として通知が発出されました。

現在では、多くの規制当局から組織される「医薬品査察協定及び医薬品査察協同スキーム(PIC/S)」で採用されているGMPガイドラインが世界標準となっています。日本も2014年7月にPIC/Sに加盟し、国際的な調和を進めています。

原薬の製造プロセスとGMP管理の重要ポイント

原薬の製造プロセスは複雑で、各工程において厳格な管理が求められます。低分子医薬品の原薬製造を例に、その流れと各段階でのGMP管理のポイントを見ていきましょう。

  1. 仕込み工程:基準をクリアした原料を、パイプラインを通して反応釜に投入します。この段階では、原料の品質確認と正確な計量が重要です。交差汚染を防ぐための設備設計と手順が必要とされます。
  2. 反応工程:原料を混合し、熱を加えたり冷やしたりしながら化学反応を進行させます。反応条件(温度、時間、pH等)の厳密な管理と記録が求められます。
  3. 晶析工程:反応液を濃縮し、結晶化させます。常に結晶の形状・大きさが同じになるように、温度や時間、かき混ぜる速さなどを厳密に管理します。結晶形の一貫性は、原薬の溶解性や生物学的利用能に影響するため重要です。
  4. 分離工程:結晶が含まれた晶析液を遠心分離機に入れ、高速で回転させて余分な液体を分離し、結晶だけを取り出します。この工程では装置の洗浄バリデーションが重要です。
  5. 乾燥工程:スプレードライなどを用いて原薬を乾燥させます。乾燥条件は原薬の安定性に影響するため、厳密に管理する必要があります。
  6. 篩分・充填工程:交差汚染に配慮しながら、粒の大きさを整えた上で無菌処理された容器に充填します。高い清浄度が求められる工程です。
  7. 製品試験:分析試験を実施し、品質や安全性を厳しくチェックします。規格に適合していることを確認します。
  8. 保管・流通:温度管理された倉庫で適切に保管し、流通過程でも品質が維持されるよう管理します。

これらの各工程において、GMPに基づいた文書化された手順、トレーニングされた人員、適切な設備・機器、そして厳格な品質管理システムが必要とされます。特に重要なのは、製造の一貫性を確保し、バッチごとの品質のばらつきを最小限に抑えることです。

原薬GMPの三原則と品質保証システム

原薬GMPを理解する上で重要な考え方として「GMPの三原則」があります。これは日本のGMPをはじめ、世界各国のGMPの基本となる考え方です。

  1. 人為的な誤りを最小限にすること

    製造プロセスにおける人的ミスを防ぐため、明確な手順書の作成、適切な教育訓練、ダブルチェックシステムなどが求められます。また、可能な限り自動化やコンピュータ化を進め、人為的ミスのリスクを低減することも重要です。

  2. 医薬品の汚染及び品質低下を防止すること

    交差汚染や微生物汚染、異物混入などを防ぐための適切な設備設計と管理が必要です。また、原薬の安定性を確保するための保管条件の管理も重要なポイントとなります。

  3. 高い品質を保証するシステムを設計すること

    単なる最終製品の試験だけでなく、製造プロセス全体を通じて品質を作り込むという考え方に基づき、体系的な品質保証システムを構築することが求められます。

これらの原則を実現するため、原薬GMPでは以下のような品質保証システムの要素が重視されています。

  • 品質マネジメントシステム:品質方針の策定、組織体制の確立、責任の明確化
  • 文書管理システム:手順書、記録書、仕様書などの作成・管理・保管
  • 変更管理システム:製造工程や試験方法の変更を適切に管理
  • 逸脱管理システム:規格外れや手順からの逸脱を適切に処理
  • 是正措置・予防措置(CAPA):問題の根本原因を特定し、再発防止策を講じる
  • バリデーション:製造プロセスや分析法の妥当性を科学的に検証
  • 供給者管理:原材料供給者の評価・選定・監査
  • 製品品質照査:定期的な品質レビューによる継続的改善

これらのシステムが適切に機能することで、原薬の品質が一貫して保証されるのです。

日本における原薬GMPの規制と適用状況

日本では、医薬品医療機器等法(旧薬事法)に基づき、原薬を含む医薬品の製造には厚生労働大臣の許可が必要です。また、許可を受けた製造業者は「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(GMP省令)」を遵守して製造しなければなりません。

日本における原薬GMPの歴史を振り返ると、1974年に「医薬品GMP指導基準」として公示され、1980年に製剤GMPとして施行されました。これに呼応して日本医薬品原薬工業会(原薬工)では、1982年にGMP委員会を発足し、原薬GMP自主基準案を作成しました。1988年には局長通知として原薬GMP基準が示されました。

1992年には、WHOのGMPに則り国際的な調和を図るべく厚労省、日薬連、原薬工からなるワーキンググループにて検討が行われ、1994年には原薬を含む医薬品GMPが公布されました。

2001年には前述のICH Q7ガイドラインが通知として発出され、2002年の薬事法改正により「製造販売承認制度」が導入されました。この制度では、製造販売業者は承認品目ごとに原薬製造業者を含む製造所のGMP適合性調査を当局に申請することが義務付けられています。

2014年の日本のPIC/S加盟に伴い、PIC/SのGMPガイドラインに対する考え方がGMP省令にも反映されるようになりました。これにより、日本の原薬GMPは国際的な基準とさらに調和が進んでいます。

現在、日本国内の製造業者だけでなく、外国製造業者も日本のGMP省令の適用を受けます。また、原薬の製造プロセスにおいては、出発物質から原薬に至る過程においてGMPが適用されます。

原薬GMPの今後の展望と製薬業界への影響

原薬GMPを取り巻く環境は常に変化しており、今後もさまざまな展開が予想されます。特に注目すべき点として以下が挙げられます。

  1. 新技術への対応

    バイオ医薬品やmRNAワクチンなど、新しいモダリティの登場に伴い、原薬GMPも進化しています。例えば、タカラバイオ株式会社は2025年3月にmRNAワクチン等の原薬製造に適したRNA合成酵素のGMPグレード製品を発売しました。このような新技術に対応したGMP基準の整備が進んでいます。

  2. データインテグリティの重要性の高まり

    電子記録システムの普及に伴い、データの完全性(Data Integrity)の確保が重要課題となっています。原薬GMPにおいても、電子データの信頼性を確保するための要件が強化されています。

  3. リスクベースドアプローチの浸透

    ICH Q8(製剤開発)、Q9(品質リスクマネジメント)、Q10(医薬品品質システム)などの概念が原薬GMPにも取り入れられ、より科学的かつリスクに基づいたアプローチが求められています。2016年には、これらの新しい概念を踏まえたICH Q7 Q&Aが発出され、原薬GMPガイドラインの解釈が明確化されました。

  4. グローバルサプライチェーンの複雑化への対応

    医薬品のサプライチェーンがグローバル化・複雑化する中、原薬の品質確保はますます重要になっています。特に新興国からの原薬調達が増える中、製造販売業者による原薬製造業者の適切な評価・監査が求められています。

  5. 製造能力の拡大と技術革新

    AGC株式会社のように、GMP対応合成医薬品中間体・原薬の製造能力を大幅に増強する企業も増えています。特に高薬理活性医薬原体など、取扱いの難しい原薬の製造技術の向上が進んでいます。

これらの変化は、製薬業界に以下のような影響を与えると考えられます。

  • コンプライアンスコストの増加:より厳格なGMP要件への対応には投資が必要となります。
  • 専門人材の需要増加:GMP対応のための専門知識を持つ人材の育成・確保が重要になります。
  • サプライヤー関係の再構築:原薬サプライヤーの選定・評価がより重要になり、長期的・戦略的なパートナーシップの構築が求められます。
  • イノベーションの促進:GMP対応の効率化のための技術革新が進むことが期待されます。

原薬GMPは単なる規制要件ではなく、高品質な医薬品を安定的に供給するための基盤です。今後も国際的な調和と科学的進歩に基づいて進化し続けることで、医薬品の安全性と有効性の確保に貢献していくでしょう。

医療従事者としては、処方・投与する医薬品の品質がどのように確保されているかを理解することで、患者さんにより適切な情報提供ができるようになります。また、製薬企業との連携においても、原薬GMPの知識は有用なコミュニケーションツールとなるでしょう。

原薬GMPのガイドラインの詳細については、厚生労働省医薬局長通知を参照