個人情報保護法と医療機関の取扱いルール

個人情報保護法と医療情報の取扱い

個人情報保護法の基本
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法律の目的

個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護すること

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対象範囲

個人情報を取り扱うすべての事業者(医療機関を含む)

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医療分野の重要性

要配慮個人情報を多く扱うため、特に厳格な管理が必要

個人情報保護法の基本的な理解と医療現場での適用

個人情報保護法は、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的として制定された法律です。2015年の改正により、取り扱う個人情報の数が5,000人以下の小規模事業者も法の対象となり、2022年4月には更なる改正法が全面施行されました。

医療機関では患者の氏名、住所、電話番号といった基本情報だけでなく、病歴や検査結果などの「要配慮個人情報」を日常的に取り扱います。要配慮個人情報とは、本人に対する不当な差別や偏見、その他の不利益が生じないように特に配慮を要する個人情報のことです。

医療現場での個人情報保護法の適用においては、以下の点に注意が必要です。

  • 患者情報の取得時には、利用目的を明確に伝える必要があります
  • 診療目的以外での利用には原則として本人の同意が必要です
  • 電子カルテなどのシステムにおけるセキュリティ対策が不可欠です
  • 個人情報の漏えい等が発生した場合は、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務付けられています

医療機関は患者との信頼関係を基盤としており、個人情報の適切な取り扱いはその信頼関係を維持するための重要な要素となります。

個人情報保護法の改正と医療機関への影響

個人情報保護法は、社会環境やデジタル技術の変化に対応するため、これまでに複数回の改正が行われてきました。特に医療機関に影響の大きい改正ポイントを時系列で見ていきましょう。

【平成27年(2015年)改正法】(平成29年(2017年)5月全面施行)

  • 小規模事業者への適用拡大:これにより、小規模なクリニックや診療所も法の対象となりました
  • 匿名加工情報制度の創設:医学研究等での個人情報の利活用が促進されました
  • 個人情報保護委員会の新設:監督体制が一元化されました

【令和2年(2020年)改正法】(令和4年(2022年)4月全面施行)

  • 漏えい等の報告・通知の義務化:重大な漏えい等が発生した場合、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務となりました
  • 保有個人データの利用停止・消去等の請求権の拡充:患者の権利が強化されました
  • 仮名加工情報制度の創設:より柔軟な情報活用が可能になりました
  • 個人関連情報の第三者提供規制:Cookie等の情報提供にも規制が及ぶようになりました

【令和3年(2021年)改正法】(令和5年(2023年)4月全面施行)

  • 公的部門と民間部門の法制一元化:医療機関における個人情報保護の取り扱いが統一されました
  • 学術研究に係る適用除外規定の見直し:研究目的での個人情報の取り扱いルールが明確化されました

これらの改正により、医療機関は個人情報の取り扱いについてより厳格な管理体制の構築が求められるようになりました。特に電子カルテの普及やオンライン診療の拡大に伴い、デジタル環境における個人情報保護の重要性が高まっています。

個人情報保護法における要配慮個人情報と医療データの取扱い

医療機関が日常的に取り扱う患者の健康情報や病歴は、個人情報保護法において「要配慮個人情報」に分類されます。要配慮個人情報とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実などの情報で、差別や偏見につながりやすい情報のことです。

要配慮個人情報の取り扱いには、通常の個人情報よりも厳格なルールが適用されます。

  1. 取得時の同意: 要配慮個人情報を取得する際は、原則として事前に本人の同意が必要です。ただし、法令に基づく場合や、人の生命・身体・財産の保護のために必要がある場合などは例外とされています。
  2. 例外規定の適用: 医療機関における診療目的での取得は、「法令に基づく場合」または「人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当するため、必ずしも事前の同意は必要ありません。
  3. オプトアウト規定の適用除外: 要配慮個人情報は、本人の同意を得ない第三者提供(オプトアウト)の対象外となっています。

医療データの適切な取り扱いのためのポイント。

  • 電子カルテのアクセス管理: 職種や職位に応じたアクセス権限の設定が必要です
  • 医療情報の保存と廃棄: 法定保存期間の遵守と、期間経過後の適切な廃棄方法の確立が重要です
  • 研究利用における配慮: 診療情報を研究目的で利用する場合は、匿名化処理や倫理委員会の承認など適切な手続きが必要です
  • 画像データの取り扱い: レントゲンやCT画像なども個人情報に該当するため、適切な管理が求められます

医療機関では、患者のプライバシーを守りながら、適切な医療を提供するためのバランスが常に求められます。特に近年は医療情報の電子化が進み、より高度なセキュリティ対策が必要となっています。

個人情報漏えい時の対応と医療機関の責任

医療機関で個人情報の漏えい等が発生した場合、2022年4月の法改正により、一定の条件に該当する場合は個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務付けられています。医療情報は要配慮個人情報を多く含むため、漏えいした場合の影響は特に大きいと言えます。

【報告・通知が必要となる漏えい等の条件】

  1. 要配慮個人情報の漏えい等
  2. 不正アクセスによる漏えい等
  3. 財産的被害のおそれがある漏えい等
  4. 1,000人を超える個人データの漏えい等

医療機関で起こりやすい漏えい事例とその対応。

  • 電子カルテの不正アクセス: システムへの不正アクセスにより患者情報が流出した場合は、直ちに個人情報保護委員会への報告と本人への通知が必要です。また、セキュリティ対策の見直しも急務となります。
  • USBメモリ等の紛失: 患者情報を保存したUSBメモリや外付けハードディスクの紛失は、重大な漏えい事故につながります。データの暗号化や持ち出し制限などの対策が重要です。
  • FAXの誤送信: 他の医療機関や調剤薬局へのFAX送信時に宛先を間違えるケースが多発しています。送信前の宛先確認の徹底や、可能な限り電子的な連携への移行が望ましいでしょう。
  • メールの誤送信: 患者へのメール送信時に、CCとBCCを間違えると、他の患者のメールアドレスが露出してしまいます。メール送信ルールの策定と教育が必要です。

漏えい等が発生した場合の対応フロー。

  1. 事実確認と被害の拡大防止
  2. 個人情報保護委員会への報告(速報と確報)
  3. 本人への通知
  4. 再発防止策の検討と実施
  5. 内部関係者への教育・研修

医療機関は、漏えい等の事態に備えて、対応マニュアルの整備や定期的な訓練を行うことが重要です。また、サイバー保険への加入なども検討すべきでしょう。

個人情報保護法と医療現場の実務における独自視点

個人情報保護法の遵守と医療の質の向上は、一見すると相反するように思えることがあります。例えば、詳細な患者情報の共有は良質な医療提供には不可欠ですが、プライバシー保護の観点からは制限が必要となります。この両立を図るための独自の視点を考えてみましょう。

1. 患者参加型の情報管理

従来の個人情報保護は「情報を守る」という受動的な姿勢が中心でしたが、これからは患者自身が自分の情報をコントロールする「患者参加型」の仕組みが重要になります。

  • 患者ポータルの活用:患者自身がオンラインで自分の医療情報にアクセスし、閲覧履歴や第三者提供の状況を確認できるシステムの導入
  • 同意管理の精緻化:包括的な同意ではなく、利用目的や提供先ごとに細かく同意を取得する仕組み
  • 情報開示請求の簡素化:患者が自分の情報を簡単に確認できる手続きの整備

2. 医療DXと個人情報保護の両立

医療のデジタル化が進む中、個人情報保護を担保しながらDXを推進する方法を考える必要があります。

  • ゼロトラスト・アーキテクチャの導入:「信頼しない、常に検証する」という考え方に基づくセキュリティ対策
  • 分散型台帳技術(ブロックチェーン)の活用:改ざん防止と透明性確保の両立
  • 差分プライバシー技術の導入:統計データの有用性を保ちながら個人の特定を困難にする技術

3. 医療機関間の情報連携における新たなアプローチ

地域医療連携や医療・介護連携において、個人情報を適切に保護しながら必要な情報共有を実現する方法を模索する必要があります。

  • 情報の粒度管理:共有する情報の詳細度を連携先や目的に応じて調整する仕組み
  • 動的同意モデル:患者の状態や状況に応じて、同意の範囲を柔軟に変更できる仕組み
  • API連携による最小限の情報共有:必要最小限の情報のみをAPI経由で共有し、不要な情報の流出を防ぐ

4. 医療者教育の新たなアプローチ

個人情報保護は単なるルール遵守ではなく、医療倫理の一部として捉える視点が重要です。

  • シミュレーション教育:漏えい事故のシナリオに基づく実践的な訓練
  • 患者の声を取り入れた教育:個人情報漏えいを経験した患者の声を教育に活かす
  • 倫理的ジレンマの検討:個人情報保護と最適な医療提供のバランスについて考える機会の提供

医療機関における個人情報保護は、単なる法令遵守にとどまらず、患者中心の医療を実現するための重要な要素です。技術の進化や社会の変化に合わせて、柔軟かつ創造的なアプローチを模索していくことが求められています。

医療機関における個人情報保護の取り組みは、患者との信頼関係構築の基盤となるものです。形式的な対応ではなく、患者の権利と尊厳を守るという本質的な目的を常に意識した取り組みが重要となるでしょう。

個人情報保護委員会による「個人情報保護法の基本」の詳細資料
厚生労働省による「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」