CIDPの症状と治療法と診断基準の最新情報

CIDPの診断と治療の最新アプローチ

CIDPの基本情報
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疾患の定義

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)は、末梢神経の慢性免疫介在性脱髄性障害です。

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疫学情報

日本国内で約5,000人の患者さんがいると推計され、男性にやや多い傾向があります。

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臨床的特徴

2ヶ月以上の経過で症状が進行または再発・寛解を繰り返す点が特徴的です。

CIDPの病態生理と免疫機構の関与

CIDP末梢神経の髄鞘(ミエリン)に対する自己免疫反応によって引き起こされる疾患です。この病態では、自己の免疫系が末梢神経の髄鞘を異物と認識して攻撃し、脱髄を引き起こします。脱髄によって神経伝導が障害され、様々な神経症状が現れます。

免疫学的には、T細胞とマクロファージが病変部位に浸潤し、炎症反応を引き起こすことが知られています。また、液性免疫の関与も示唆されており、髄鞘タンパク質に対する自己抗体が検出されることもあります。特に、典型的CIDPでは液性免疫の関与が強く、多発単神経炎型(多巣性)CIDPでは細胞性免疫の関与が強いという報告もあります。

病理学的には、マクロファージ関連脱髄が特徴的で、炎症細胞浸潤と脱髄病変が観察されます。また、慢性的な経過の中で、二次的な軸索変性も生じることがあります。

CIDPの臨床症状と診断基準の最新情報

CIDPの主な臨床症状は、対称性の筋力低下と感覚障害です。特に四肢遠位部と近位部の両方に症状が現れることが特徴的です。具体的には以下のような症状が見られます。

  • 手足の力が入りにくい(筋力低下)
  • 手足の感覚が鈍い
  • しびれ感
  • 深部腱反射の低下または消失
  • 歩行障害

2021年に欧州神経学会(EAN)と国際末梢神経学会(PNS)によって改訂されたガイドラインでは、CIDPの診断基準が更新されました。診断は以下の3つの要素に基づいて行われます。

  1. 典型的CIDPまたはvariantの臨床像
  2. 電気生理学的な脱髄の証拠
  3. 他疾患の除外

電気生理学的検査では、2カ所以上の神経で伝導速度の遅延、伝導ブロック、時間的分散などの脱髄所見が認められることが診断の鍵となります。また、髄液検査では蛋白細胞解離(蛋白増加、細胞数正常)が特徴的です。

EAN/PNS改訂ガイドライン2021の詳細はこちらで確認できます

CIDPのバリアント型と鑑別診断のポイント

CIDPには典型的な病型以外にもいくつかのバリアント(亜型)が存在し、それぞれ異なる臨床像を呈します。主なバリアント型には以下のものがあります。

  1. 多巣性CIDP(Lewis-Sumner症候群、MADSAM)
    • 非対称性の症状を呈する
    • 中間神経部位での多巣性脱髄が特徴
    • 慢性的な経過をたどる
  2. 遠位型CIDP
    • 長さ依存性の感覚・運動症状
    • 慢性的な経過
    • IgM蛋白血症や血液学的疾患との合併が多い
  3. 運動型CIDP
    • 典型的CIDPと同様の対称性筋力低下
    • 感覚症状を欠く
    • 悪性腫瘍や炎症性疾患との関連性が指摘されている
    • ステロイド治療後に急性増悪する可能性がある

鑑別診断としては、以下の疾患を考慮する必要があります。

  • ギラン・バレー症候群(GBS):急性経過(4週間以内に症状がピーク)
  • POEMS症候群:M蛋白血症、臓器腫大、内分泌異常、皮膚変化などを伴う
  • 多発性骨髄腫関連ニューロパチー
  • 傍腫瘍性ニューロパチー
  • 遺伝性ニューロパチー

POEMS症候群との鑑別には神経超音波検査が有用であるという報告もあります。

神経超音波検査によるPOEMS症候群とCIDPの鑑別に関する研究

CIDPの治療戦略と最新の治療法

CIDPの治療は、免疫調節療法が中心となります。2021年のEAN/PNSガイドラインでは、以下の治療法が推奨されています。

  1. 免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)
    • 第一選択治療の一つ
    • 通常5日間連続で点滴
    • 効果は比較的早期に現れるが、持続期間は限られる
    • 維持療法として定期的投与が必要な場合が多い
  2. 副腎皮質ステロイド治療
    • 第一選択治療の一つ
    • 点滴または経口投与
    • 効果発現までに時間がかかることがある
    • 長期使用による副作用に注意
  3. 血液浄化療法(血漿交換療法)
    • 特殊な装置が必要
    • 効果は比較的早期に現れる
    • 維持療法としては実施が困難

最近の治療法の進歩として、皮下免疫グロブリン療法(SCIG)があります。特にヒアルロニダーゼ併用皮下免疫グロブリン(fSCIG)は、IVIGと同じ用量・間隔で投与可能であり、CIDPの維持療法として米国および欧州で承認されています。

ADVANCE-CIDP 3試験では、fSCIGの長期安全性と有効性が示されており、患者さんの自宅での自己注射も可能となっています。これにより、通院の負担軽減や生活の質の向上が期待されます。

ヒアルロニダーゼ併用皮下免疫グロブリンの長期安全性と有効性に関する研究

CIDPの電気生理学的評価と病態メカニズム解明への応用

電気生理学的検査はCIDPの診断において中心的な役割を果たすだけでなく、病態メカニズムの解明にも重要な情報を提供します。特に、典型的CIDPと多巣性CIDPの病態の違いを理解する上で有用です。

電気生理学的検査で評価される主なパラメータには以下のものがあります。

  1. 神経伝導速度(NCV)
    • 脱髄性疾患では著明に低下
    • CIDPでは正常下限の75%未満が診断基準の一つ
  2. 遠位潜時
    • 脱髄性疾患では延長
    • CIDPでは正常上限の130%以上が診断基準の一つ
  3. F波潜時
    • 近位部の脱髄を評価するのに有用
    • CIDPでは延長が見られる
  4. 伝導ブロック・時間的分散
    • 脱髄の局在を示す重要な所見
    • 多巣性CIDPでは特に顕著

最近の研究では、電気生理学的所見と治療反応性の関連が注目されています。例えば、典型的CIDPと多巣性CIDPでは、電気生理学的所見の違いから病態メカニズムが異なる可能性が示唆されています。典型的CIDPでは主に液性免疫が関与し、多巣性CIDPでは細胞性免疫の関与が強いとされています。

このような電気生理学的評価に基づく病態メカニズムの理解は、個々の患者さんに最適な治療法を選択する上で重要な情報となります。例えば、多巣性CIDPではステロイド治療への反応が良好である一方、典型的CIDPではIVIGが有効であるという報告もあります。

CIDPの病態メカニズム解明における電気生理学的評価の重要性に関する研究

CIDPの患者支援と生活の質向上への取り組み

CIDPは慢性疾患であり、長期にわたる治療と生活の調整が必要となります。医療従事者は治療だけでなく、患者さんの生活の質向上にも目を向けることが重要です。

日本では2006年に「全国CIDPサポートグループ」が設立され、患者さん同士の情報交換や相互支援の場が提供されています。また、2009年にはCIDPが特定疾患(現在の指定難病)に認定され、医療費の助成制度が適用されるようになりました。

患者支援において重要なポイントには以下のようなものがあります。

  1. 疾患教育
    • 患者さんやご家族にCIDPの病態や治療について正確な情報を提供
    • 治療の必要性と副作用について説明
    • 長期的な経過と予後について理解を促進
  2. リハビリテーション
    • 筋力低下や感覚障害に対する適切なリハビリテーションプログラムの提供
    • 日常生活動作(ADL)の維持・改善
    • 二次的な合併症(筋萎縮、関節拘縮など)の予防
  3. 心理的サポート
    • 慢性疾患に伴う不安やうつ状態への対応
    • 患者会などの社会的サポートシステムの紹介
    • 必要に応じて心理カウンセリングの提供
  4. 社会的支援
    • 指定難病医療費助成制度の活用
    • 障害者手帳の取得支援
    • 就労支援や福祉サービスの紹介

最近では、患者さん向けのWebサイト「Shining Through CIDP」が開設され、疾患の知識だけでなく、患者さんの体験談や治療・療養生活に関するアドバイスなども提供されています。このような情報プラットフォームは、患者さんの孤立感を軽減し、前向きな療養生活を支援する上で重要な役割を果たしています。

医療従事者は、治療の提供だけでなく、このような包括的な支援システムについての情報提供も行うことが、CIDPの患者さんの生活の質向上に貢献します。

CIDP患者さん向け情報サイト「Shining Through CIDP」