VWF含有製剤の種類と特徴
VWF含有製剤の概要と治療における役割
von Willebrand因子(VWF)含有製剤は、von Willebrand病(VWD)をはじめとする出血性疾患の治療に不可欠な医薬品です。VWFは血小板の粘着や凝固第VIII因子(FVIII)の安定化に重要な役割を果たしており、その欠乏や機能異常によって出血傾向が生じます。
VWF含有製剤による治療の主な目的は以下の2点です。
- 出血エピソードの治療
- 観血的処置や手術時の出血予防
現在、日本で使用可能なVWF含有製剤は大きく分けて2種類あります。
- 血漿由来VWF含有第VIII因子濃縮製剤(pdVWF/FVIII製剤)
- 遺伝子組換えVWF製剤(rVWF製剤)
これらの製剤は、低下したVWFおよびFVIIIを補正することで止血効果を発揮します。特に救急医療現場や重篤な出血時には、迅速かつ確実な止血効果が求められるため、適切な製剤選択が重要となります。
VWF含有製剤一覧と各製剤の特性比較
日本で現在使用可能なVWF含有製剤の詳細を以下に示します。
1. 血漿由来VWF含有第VIII因子濃縮製剤(pdVWF/FVIII製剤)
- 製品名:コンファクトF®注射用
- 製造販売:KMバイオロジクス株式会社
- 販売元:一般社団法人日本血液製剤機構
- 特徴:VWFとFVIIIを同時に補充可能
- 含有成分:VWFはリストセチンコファクター(VWF:RCo)としてFVIIIの1.6倍含有
- 単位数表示:FVIII活性として表示(例:コンファクトF®500には800IU相当のVWF:RCo含有)
2. 遺伝子組換えVWF製剤(rVWF製剤)
- 製品名:ボンベンディ®静注用1300
- 有効成分:ボニコグ アルファ(遺伝子組換えVWF)
- 製造販売元:武田薬品工業株式会社
- 特徴:VWF単独製剤(FVIII非含有)
- 投与後の特性:患者本人の内在性FVIIIを安定化し、FVIII活性は徐々に上昇(24時間後にピーク)
両製剤の最大の違いは、FVIIIを含有するか否かという点です。コンファクトF®はVWFとFVIIIを同時に補充できるため、救急搬送を必要とする重篤な出血の初期治療には利便性が高いとされています。一方、ボンベンディ®はVWF単独製剤であるため、FVIIIの迅速な補充が必要な場合は、別途FVIII製剤を併用する必要があります。
VWF含有製剤の用法・用量と投与方法
VWF含有製剤の適切な用法・用量は、出血の重症度や観血的処置の種類によって異なります。以下に一般的な投与指針を示します。
コンファクトF®の投与目安
VWF 1 IU/kgの投与によりVWF:RCoは約2 IU/dL上昇し、血中半減期は12~16時間程度です。ただし、個人差が大きいため、可能であれば個々の症例ごとに事前に輸注試験を行い、薬物動態を確認することが望ましいとされています。
観血的処置および出血時の補充療法の目安。
処置/状況 | 投与量(IU/kg) | 投与回数・期間 |
---|---|---|
大手術 | 40~60(5日目以降減量) | 術前1回,術後7~10日間または創部治癒まで |
小手術 | 30~50 | 術前1回,術後2~5日間 |
抜歯 | 20~30 | 処置前1回 |
外傷後出血 | 20~30 | 1~2日間または止血まで |
口腔内出血・鼻出血 | 20 | 1回または止血まで |
重症出血や大手術の場合
- 初期目標:VWF:RCo 100 IU/dL以上
- 維持目標:7~10日程度はトラフレベルを50 IU/dL程度に保つ
小手術・処置の場合
- 目標:状況に応じて1~5日程度はVWF:RCoを30 IU/dL以上に保つ
ボンベンディ®の投与
ボンベンディ®は比較的新しい製剤であり、血漿由来VWF/FVIII製剤と同等の回収率・半減期が報告されています。投与後、患者の内在性FVIIIが安定化され、FVIII活性は徐々に上昇して24時間後にピークとなります。
VWF含有製剤の副作用と安全性プロファイル
VWF含有製剤は一般的に安全性の高い製剤ですが、いくつかの副作用や注意点があります。
コンファクトF®の主な副作用
- 血漿由来製剤に共通する感染症リスク(現在の製造工程では極めて低リスク)
- アレルギー反応
- 血栓塞栓症(稀)
特に注意が必要なケース
- VWFを完全欠損している3型VWDでは、VWF含有製剤の投与により5~10%程度の症例でインヒビター(抗体)を生じることがあります。
- インヒビター発生時の問題点。
- VWF投与の有効性が減弱
- 一部では投与されたVWFによりアナフィラキシー反応を惹起する可能性
- 止血治療における著しい障害となる
後天性von Willebrand症候群(AVWS)での注意点
後天性von Willebrand症候群では、症例により異なるものの、一般にVWFの半減期が著しく短縮しています。コンファクトF®を投与しても、先天性VWDのようなVWF:RCoを維持することは難しいことが多いため、止血状況を慎重にモニタリングしながら治療を進める必要があります。
ボンベンディ®の安全性
遺伝子組換え製剤であるため、血漿由来製剤に比べて感染症リスクが理論的に低いとされています。しかし、アレルギー反応などの副作用の可能性は依然として存在します。
VWF含有製剤の臨床的有効性と症例別選択基準
VWF含有製剤の選択は、患者の病型、出血の重症度、緊急性などを考慮して行います。
病型別の製剤選択
- すべての病型のVWDに対して、コンファクトF®は補充療法として使用可能です。
- ボンベンディ®も同様にすべての病型に使用可能ですが、FVIIIの迅速な補充が必要な場合は別途FVIII製剤の併用を検討します。
緊急時の製剤選択
救急搬送を必要とする重篤な出血の初期治療には、VWFとFVIIIを同時に補充できるコンファクトF®の方が利便性が高いとされています。
特殊な使用例
コンファクトF®は、VWDの治療だけでなく、インヒビターを生じた血友病Aにおいて、免疫寛容導入療法に用いられることもあります。
モニタリングの重要性
VWF含有製剤による止血治療中は、適切なモニタリングが重要です。特に重症出血や大手術の際には、VWF:RCoとFVIII活性を測定し、目標レベルを維持できているか確認することが推奨されています。
VWF含有製剤と酢酸デスモプレシンの併用戦略
VWDの治療には、VWF含有製剤の他に酢酸デスモプレシン(DDAVP)も選択肢として挙げられます。DDAVPは血管内皮細胞から内在性のVWFを放出させる薬剤です。
DDAVPの特徴
- 非血液製剤であるため感染症リスクがない
- コスト面で優位性がある
- 一部のVWD患者(主に1型の一部)に有効
DDAVPの限界
- 症例によって効果の違いが著しい
- 一部の症例には無効(特に2型、3型VWD)
- 一部の症例には禁忌(心血管疾患患者など)
- 頻回投与による効果減弱(タキフィラキシー)
併用戦略の考え方
- 軽度~中等度の出血や小手術:DDAVP反応性が良好な患者ではDDAVPを第一選択
- 重度の出血や大手術:VWF含有製剤を使用
- DDAVP効果不十分な場合:VWF含有製剤を追加
実際の臨床現場では
救急医療現場における出血の治療や観血的処置時には、患者のDDAVP反応性が不明な場合も多く、確実な止血が必要なため、VWF含有製剤を用いる方が安全です。
VWD患者が緊急搬送された場合、まず患者が普段止血に使用している製剤名と単位数、通院施設、および体重などの情報を確認することが重要です。患者は緊急時に提示する2つ折りの緊急時患者カードを所持している場合があり、このカードには患者の止血治療に必要な情報が記載されています。
出血の治療方針や観血的処置時の出血予防方法については、可能な限り通院施設の主治医に連絡し、製剤の選択や投与量について相談することが望ましいでしょう。
von Willebrand病の診療ガイドライン 2021年版(日本血栓止血学会)- 詳細な治療プロトコルと製剤選択の指針
VWF含有製剤は、VWDをはじめとする出血性疾患の治療において重要な役割を果たしています。製剤の特性を理解し、患者の状態や治療目的に応じて適切な製剤を選択することが、効果的な止血管理につながります。特に救急時や重篤な出血の際には、迅速かつ確実な止血効果が得られる製剤選択が求められます。
今後も新たな製剤の開発や治療プロトコルの改良が進み、VWD患者のQOL向上につながることが期待されています。医療従事者は最新の情報を常にアップデートし、患者個々の状態に応じた最適な治療を提供することが重要です。