カルバペネム系の抗菌薬一覧と特徴
カルバペネム系抗菌薬は、β-ラクタム系抗菌薬の一種であり、非常に広い抗菌スペクトラムを持つ薬剤群です。1970年代にStreptomyces cattleyaという放線菌からthienamycinが発見され、そこから開発されました。細菌の細胞壁合成を阻害することで殺菌効果を発揮し、多くの重症感染症の治療に用いられています。
カルバペネム系抗菌薬は、グラム陽性菌、グラム陰性菌、嫌気性菌など幅広い細菌に対して強力な抗菌活性を示します。特に多剤耐性菌による感染症や複数菌種が関与する混合感染症において重要な役割を果たしています。しかし、その広域スペクトラムゆえに、不適切な使用は耐性菌の出現を促進する可能性があるため、適正使用が強く求められています。
カルバペネム系抗菌薬の種類と特性比較
日本で現在使用可能なカルバペネム系抗菌薬には、以下のような種類があります。
- イミペネム/シラスタチン(IPM/CS)
- 商品名:チエナム®など
- 特徴:最初に開発されたカルバペネム系抗菌薬
- 用法用量:0.5g×2〜4回/日(最大2g/日)
- グラム陽性菌に対する活性が比較的高い
- メロペネム(MEPM)
- 商品名:メロペン®など
- 特徴:グラム陰性菌に対する活性が高く、中枢神経系への移行性が良好
- 用法用量:0.5〜1g×2〜3回/日(最大3g/日)
- 髄膜炎にも適応がある
- ドリペネム(DRPM)
- 商品名:フィニバックス®
- 特徴:緑膿菌に対する活性が高い
- 用法用量:0.25〜0.5g×3回/日(最大1.5g/日)
- パニペネム/ベタミプロン(PAPM/BP)
- 商品名:カルベニン®
- 特徴:腎毒性軽減のためベタミプロンと配合
- 用法用量:0.5〜1g×2回/日(最大2g/日)
- ビアペネム(BIPM)
- 商品名:オメガシン®
- 特徴:グラム陽性菌と嫌気性菌に対する活性が高い
- 用法用量:0.3〜0.6g×2〜4回/日(最大1.2g/日)
- レレバクタム・イミペネム・シラスタチン(REL/IPM/CS)
- 商品名:レカルブリオ®
- 特徴:β-ラクタマーゼ阻害薬(レレバクタム)配合で耐性菌にも有効
- 用法用量:1.25g×4回/日
これらの薬剤は、それぞれ特徴的な抗菌スペクトラムや体内動態を持っており、感染症の種類や患者の状態に応じて選択されます。例えば、中枢神経系感染症にはメロペネムが、緑膿菌感染症にはドリペネムが好まれる傾向があります。
カルバペネム系抗菌薬の適応症と使用法のポイント
カルバペネム系抗菌薬は、以下のような重症感染症の治療に用いられます。
- 敗血症・菌血症:原因菌不明の重症敗血症の初期治療として
- 肺炎(特に院内肺炎、人工呼吸器関連肺炎):多剤耐性菌が疑われる場合
- 複雑性尿路感染症:多剤耐性グラム陰性桿菌による場合
- 腹腔内感染症:腹膜炎、肝・胆道感染症など
- 髄膜炎:グラム陰性桿菌による髄膜炎(主にメロペネム)
- 発熱性好中球減少症:血液疾患や化学療法後の重症感染症
使用法のポイントとしては、以下の点に注意が必要です。
- 適応の厳選:広域スペクトラムゆえに、安易な使用は避け、重症感染症や多剤耐性菌感染症に限定する
- 投与量・投与間隔の調整:腎機能に応じた用量調整が必要(特にイミペネム/シラスタチンは腎機能低下時に注意)
- 投与方法の工夫:時間依存性の殺菌作用を持つため、持続投与や延長投与が有効な場合がある
- デエスカレーション:培養結果判明後は、可能な限り狭域スペクトラムの抗菌薬に変更する
- 併用療法の検討:特に多剤耐性菌感染症では、アミノグリコシド系やポリミキシン系との併用が考慮される
カルバペネム系抗菌薬は「最後の砦」と呼ばれることもあり、その使用には慎重な判断が求められます。特に、培養検査の結果が判明した後は、可能な限り狭域の抗菌薬へのデエスカレーションを検討することが重要です。
カルバペネム系抗菌薬と耐性菌問題への対応
カルバペネム系抗菌薬の使用増加に伴い、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)やカルバペネム耐性緑膿菌(CRPA)などの耐性菌の出現が世界的な問題となっています。
カルバペネム耐性のメカニズムには主に以下のようなものがあります。
- カルバペネマーゼ産生。
- KPC型(Class A)
- NDM型、IMP型、VIM型(Class B:メタロ-β-ラクタマーゼ)
- OXA-48型(Class D)
- 非カルバペネマーゼ性耐性。
- ESBL産生+外膜蛋白変異
- AmpC産生+外膜蛋白変異
- 排出ポンプの過剰発現
日本では、感染症法に基づいてCRE感染症が5類感染症として届出対象となっています。国立感染症研究所の報告によると、日本でのCRE感染症のうち、カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)は15〜18%程度で、残りの82〜85%は非カルバペネマーゼ産生CREとされています。
耐性菌問題への対応として、以下の取り組みが重要です。
- 抗菌薬適正使用プログラム(ASP)の実施:不適切な広域抗菌薬使用を減らす
- 感染対策の徹底:耐性菌の水平伝播を防止する
- 新規抗菌薬の開発と適正使用:セフタジジム/アビバクタム、イミペネム/シラスタチン/レレバクタム、セフィデロコルなど
カルバペネム系抗菌薬の副作用と安全性への配慮
カルバペネム系抗菌薬は比較的安全性の高い抗菌薬ですが、以下のような副作用に注意が必要です。
- 中枢神経系副作用
- 痙攣:特にイミペネム/シラスタチンで報告が多い
- 意識障害、幻覚、振戦など
- 腎機能低下患者、高齢者、中枢神経系疾患既往のある患者で注意
- 消化器症状
- 下痢、悪心、嘔吐
- Clostridioides difficile感染症のリスク
- アレルギー反応
- 発疹、蕁麻疹
- アナフィラキシー(稀)
- ペニシリンアレルギー患者では交差反応に注意
- 血液学的副作用
- 好中球減少、血小板減少
- 肝機能障害、腎機能障害
- 局所反応
- 静脈炎
- 注射部位の疼痛、発赤
安全性への配慮として、以下の点に注意することが重要です。
- 腎機能に応じた用量調整:特にイミペネム/シラスタチンは腎排泄型であり、腎機能低下時には減量が必要
- 痙攣リスクの評価:中枢神経系疾患の既往、腎機能低下、高齢者では痙攣のリスクが高まる
- 薬物相互作用の確認:バルプロ酸ナトリウムとの併用でバルプロ酸の血中濃度が低下する可能性
- 投与期間の適正化:必要最小限の期間にとどめる
カルバペネム系抗菌薬の新たな開発動向と将来展望
カルバペネム耐性菌の増加に対応するため、新たなカルバペネム系抗菌薬や関連薬剤の開発が進んでいます。
- β-ラクタマーゼ阻害薬との新規配合剤
- レレバクタム・イミペネム・シラスタチン(REL/IPM/CS):2023年に日本でも承認
- バボルフロキサシン・イミペネム・シラスタチン:開発中
- シデロフォアセファロスポリン
- セフィデロコル:鉄イオン取り込み機構を利用して細菌内に移行し、多くのカルバペネム耐性菌にも有効
- 新規カルバペネム系抗菌薬
- 経口カルバペネム:外来治療への応用可能性
- 新規側鎖構造による耐性克服
- 抗菌薬の新規投与法の研究
- 持続投与や延長投与によるPK/PD最適化
- 吸入療法(特に呼吸器感染症において)
- 抗菌薬スチュワードシップの発展
- 迅速診断技術との連携
- AI活用による最適な抗菌薬選択支援システム
カルバペネム系抗菌薬の将来展望としては、耐性菌対策と適正使用の両立が最大の課題となります。単に新薬を開発するだけでなく、既存薬の最適な使用法の確立や、診断技術の向上による的確な抗菌薬選択が重要です。
また、抗菌薬スチュワードシップの観点から、カルバペネム系抗菌薬の使用を最小限にとどめつつ、必要な患者には適切に使用できる体制づくりが求められています。特に、カルバペネマーゼの種類に応じた治療選択肢の確立は、今後の重要な研究課題です。
以上、カルバペネム系抗菌薬の種類、特徴、適応症、耐性菌問題、副作用、将来展望について解説しました。カルバペネム系抗菌薬は強力な抗菌活性を持つ「最後の砦」として重要な位置を占めていますが、耐性菌の出現を防ぐためにも、その使用は慎重に行う必要があります。適切な症例選択、用法用量の遵守、培養結果に基づくデエスカレーションなど、適正使用の原則を守ることが、これらの貴重な抗菌薬を将来にわたって有効に活用するための鍵となります。
医療従事者は、カルバペネム系抗菌薬の特性を十分に理解し、患者の状態や感染症の重症度、原因菌の推定などを総合的に判断して、最適な抗菌薬選択を行うことが求められています。また、常に最新の耐性菌動向や治療ガイドラインに注目し、知識をアップデートしていくことも重要です。