トラスツズマブデルクステカン添付文書の用法用量と投与時の注意事項
生理食塩水で希釈すると配合変化を起こします
トラスツズマブデルクステカンの添付文書に記載された基本的な用法用量
トラスツズマブデルクステカン(商品名:エンハーツ)の用法用量は、効能・効果によって異なる設定がなされています。添付文書では、HER2陽性乳癌やHER2低発現・超低発現乳癌に対しては1回5.4mg/kg(体重)を、HER2陽性胃癌やHER2遺伝子変異陽性非小細胞肺癌に対しては1回6.4mg/kg(体重)を投与することが明記されています。
いずれも3週間間隔での投与が基本です。
投与時間については、初回は90分かけて点滴静注を行います。初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できるという規定があります。つまり患者さんの状態が安定していれば、投与時間を3分の1まで短縮可能です。
PMDAの添付文書情報では、最新の用法用量と適応症の詳細を確認できます
体重に基づいた投与量の算出が必須であり、投与前には必ず最新の体重測定を行う必要があります。体重の変動が大きい患者では、毎回の投与前に体重を確認し、投与量を再計算することが推奨されています。1バイアルが100mgであるため、患者の体重によっては複数バイアルが必要となります。
用法用量に関連する注意として、他の抗悪性腫瘍剤との併用については有効性および安全性が確立していない点が添付文書に明記されています。
単剤療法として使用することが原則です。
トラスツズマブデルクステカン投与前に確認すべき適応疾患と検査項目
添付文書に記載された適応疾患は、2025年8月の適応拡大により大幅に広がりました。化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌に加えて、ホルモン受容体陽性かつHER2低発現又は超低発現の手術不能又は再発乳癌も対象となっています。HER2超低発現とは、IHC法0のうち10%以下の腫瘍細胞にかすかな不完全な膜染色が認められる乳癌を指します。
投与開始前には必ず実施すべき検査が複数あります。胸部CT検査、胸部X線検査、動脈血酸素飽和度(SpO2)検査および問診は必須項目です。間質性肺疾患のリスクを評価するため、これらの検査結果を総合的に判断する必要があります。
心機能評価も重要な確認項目です。左室駆出率(LVEF)の測定を投与開始前に行い、ベースライン値を把握しておくことが求められます。LVEF40%未満の患者や、症候性うっ血性心不全の既往がある患者への投与は慎重に検討する必要があります。
HER2の発現状態を正確に診断することが治療の前提となります。HER2低発現および超低発現乳癌に対する適応では、コンパニオン診断薬による診断が必須とされています。IHC法1+、またはIHC法2+かつISH法陰性がHER2低発現の定義であり、この診断基準を満たしていることを確認してから投与を開始します。
トラスツズマブデルクステカンの調製手順と希釈液の選択理由
調製手順は添付文書に詳細に記載されており、厳格に守る必要があります。まず日本薬局方注射用水5mLでバイアル内の凍結乾燥製剤を溶解し、トラスツズマブデルクステカン20mg/mLの濃度とします。溶解時は静かにバイアルを回転させ、泡立てないように注意しながら完全に溶解させることが重要です。
溶解後、必要量を注射筒で抜き取り、直ちに日本薬局方5%ブドウ糖注射液100mLに希釈します。ここで注意すべきは、生理食塩水は使用できないという点です。生理食塩水を使用すると配合変化を起こし、薬剤の安定性が保たれません。
必ず5%ブドウ糖注射液を使用してください。
調製後は速やかに使用することが原則ですが、やむを得ず保存する場合は遮光が必須です。光の影響を受けやすい製剤であるため、2~8℃で遮光保存し、24時間以内に使用する必要があります。室温での調製および投与は合わせて4時間以内に完了させなければなりません。
4時間が限界です。
第一三共のエンハーツ製品サイトでは、調製方法の動画や詳細な手順書が提供されています
投与時には0.2μmまたは0.22μmのインラインフィルターを使用することが推奨されています。また、投与中は点滴バッグを遮光する必要がありますが、点滴ルートの遮光は不要とされています。他の薬剤との混注や同一ルートでの同時投与は行わず、前後にブドウ糖液でフラッシュすることが求められます。
トラスツズマブデルクステカン投与時の減量・休薬・中止基準の実際
副作用の発現時には、添付文書に記載された減量・休薬・中止基準に従った対応が必要です。適応疾患により通常投与量が異なるため、減量レベルも異なります。乳癌の場合、通常投与量5.4mg/kgから一次減量4.4mg/kg、二次減量3.2mg/kgというステップがあります。胃癌・肺癌の場合は通常投与量6.4mg/kgから一次減量5.4mg/kg、二次減量4.4mg/kgです。
間質性肺疾患が発現した場合の対応は特に重要です。Grade1の場合でも投与を中止し、原則として再開しないことが添付文書に明記されています。ただし、Grade1で回復し、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に限り、慎重に投与再開を検討することがあります。Grade2以上では投与を直ちに中止します。
好中球減少に対する対応基準も詳細に定められています。Grade3の好中球減少(好中球数500/mm³未満1,000/mm³以上)の場合、Grade1以下に回復するまで休薬し、回復後は同一用量で投与再開できます。しかし発熱性好中球減少症が発現した場合は、回復後に1用量レベル減量して投与再開する必要があります。
減量が必要です。
心機能障害に関しては、LVEF40%未満または症候性うっ血性心不全が認められた場合には投与を中止します。LVEF40%以上45%以下でベースラインからの絶対値の低下が10%を超える場合は、3週間休薬し再測定を行い、改善が認められれば投与を再開できます。LVEFのモニタリングは3ヶ月ごとに実施することが推奨されています。
トラスツズマブデルクステカン投与で発現する間質性肺疾患の早期発見と対策
間質性肺疾患(ILD)は本剤の最も重要な副作用であり、死亡例も報告されています。臨床試験における全グレードのILD発現率は10.4%ですが、日本人患者では23.3%(30例中7例)と顕著に高い発現率を示しています。
日本人での発現に注意が必要です。
初期症状は息切れ、呼吸困難、空咳、発熱などですが、初期には無症状または軽度の症状のみのこともあります。ILDの好発時期は明確に定まっておらず、投与開始後いつでも発現する可能性があるため、投与期間を通じた継続的な観察が必要です。初回ILD発症までの期間中央値は約2.9ヶ月という報告があります。
投与期間中は定期的なモニタリングを実施します。毎回の投与前にSpO2測定、胸部X線検査、問診を行い、異常が認められた場合には速やかに胸部CT検査を実施します。患者には息切れ、咳、発熱などの症状が出現した場合、直ちに連絡するよう指導しておくことが重要です。
日本呼吸器学会から発行されている間質性肺疾患に関する留意事項文書には、診断と管理の詳細が記載されています
ILDが疑われる場合の対応として、呼吸器疾患に精通した医師との連携が必須とされています。施設要件として、24時間患者からの連絡受付および入院受け入れなどの緊急対応が可能であることが求められています。Grade1のILDでも投与中止を原則とする厳格な管理が必要であり、ステロイド投与などの適切な治療を速やかに開始します。
トラスツズマブデルクステカンのHER2低発現・超低発現乳癌への適応拡大の意義
2023年3月にHER2低発現乳癌への適応が承認され、さらに2025年8月にはHER2超低発現乳癌にまで適応が拡大されました。これは乳癌治療における大きなパラダイムシフトです。従来HER2陰性と分類されていた患者の中に、実際にはHER2低発現または超低発現の患者が多く含まれており、乳癌全体の約50~55%がHER2低発現、約10%がHER2超低発現に該当すると推定されています。
HER2低発現の定義はIHC法1+、またはIHC法2+かつISH法陰性です。HER2超低発現はIHC法0のうち10%以下の腫瘍細胞にかすかな不完全な膜染色が認められる場合を指します。この診断には専用のコンパニオン診断薬「ベンタナ ultraViewパスウェー HER2(4B5)」の使用が必要とされています。
DESTINY-Breast04試験では、化学療法歴のあるHER2低発現転移・再発乳癌患者において、トラスツズマブデルクステカン投与群は化学療法群と比較して無増悪生存期間を有意に延長しました。無増悪生存期間中央値は9.9ヶ月 vs 5.1ヶ月という結果でした。
有効性が証明されています。
HER2超低発現への適応拡大を評価したDESTINY-Breast06試験では、化学療法未治療のホルモン受容体陽性HER2低発現または超低発現の進行乳癌患者において、標準治療と比較して良好な結果が示されています。これにより、従来治療選択肢が限られていた患者群に新たな治療機会が提供されることになりました。
つまり治療対象が大幅に拡大したわけです。
診断の精度向上が今後の課題となっています。HER2低発現および超低発現の正確な評価には、病理医の経験と専用の診断薬が不可欠です。施設間での診断精度のばらつきを最小限にするため、適切なトレーニングと品質管理体制の構築が求められています。