デシタビン日本承認の経緯
類薬のアザシチジンが先に承認されると開発できません。
デシタビン開発要請の背景と米国承認
デシタビンは骨髄異形成症候群(MDS)に対する治療薬として、2006年5月に米国FDAから承認を取得しました。この承認は、支持療法を対照とした第III相試験(D-0007試験)のデータに基づくもので、寛解率は本剤群17%に対し支持療法群0%、AMLへの進展または死亡までの期間は12.1ヵ月対7.8ヵ月という結果が示されました。
日本では米国承認を踏まえ、2006年10月27日に開催された第10回未承認薬使用問題検討会議で検討され、「早期に開発着手が必要な薬剤」と結論付けられました。当時の日本にはMDSに対する標準的治療法が確立しておらず、輸血やG-CSF、抗生剤投与などの支持療法が中心でした。
デシタビンは核酸代謝拮抗物質で、1980年代から様々な用量での少数例の臨床試験が行われていました。
つまり長い開発の歴史があります。
近年になりエピジェネティックなDNAメチル化がMDSの病態に深く関与していることが判明し、DNA脱メチル化作用を持つデシタビンへの期待が高まった背景があります。
厚生労働省の資料では、デシタビンの開発要請から取り下げに至る詳細な経緯が記載されています
2010年には米国で5日間投与レジメン(20mg/m²/日の5日間連日投与)が追加承認され、それまでの3日間レジメン(15mg/m²を8時間ごとに1日3回、3日間連日投与)よりも患者負担が軽減されました。投与回数が1日3回から1回になったことは大きな進歩です。
デシタビン欧州開発中止と日本の臨床試験
一方で欧州では異なる展開を迎えます。欧州がん研究・治療機構(EORTC)が実施したEORTC-06011試験は、支持療法を対照に生存期間を主要評価項目とした第III相試験でしたが、主要評価項目である生存期間で統計学的有意差が得られませんでした(p=0.38、ログランク検定)。この結果を受けて、デシタビンの欧州での開発は断念されることとなりました。
日本では5日間レジメンにて骨髄異形成症候群患者を対象とした第I/II相試験(JPN-MDS-101試験)が実施されました。この試験では34例が登録され、完全寛解(CR)が7例(20.6%)を含め、寛解率(CR+PR)は26.5%(9/34例)でした。日本人における5日間レジメンの忍容性は良好という結果が得られています。
しかし2011年1月21日に類薬のアザシチジン(商品名:ビダーザ注射用)が骨髄異形成症候群の治療薬として日本で承認されたことが、デシタビン開発の大きな転換点となりました。アザシチジンの第III相試験では、通常治療と比較して統計学的に有意な生存期間(OS)の延長を認めており、生存期間中央値はアザシチジン群24.46ヵ月、通常治療群15.02ヵ月でした。
日本新薬のニュースリリースでは、アザシチジンの承認取得について詳細が報告されています
デシタビンとアザシチジンはともにシチジンヌクレオシド誘導体で、化学構造が類似しており、活性物質の一部が同一と考えられています。シタラビンとの併用など他の薬剤との組み合わせも検討されました。
デシタビン開発要請取り下げの理由
2012年7月30日、厚生労働省はヤンセンファーマに対して行っていたデシタビンの開発要請を取り下げました。取り下げの理由は複数の要因が重なったものです。
第一に、アザシチジンが承認された時点で、支持療法を対照とした優越性試験は倫理的に困難になりました。標準治療が存在する状況で、それより劣る可能性のある治療法を対照群に設定することは患者の不利益につながります。
第二に、アザシチジン不応例を対象とした臨床試験も現実的ではありませんでした。デシタビンとアザシチジンは構造が類似しており、アザシチジン不応例にデシタビンを投与しても十分な治療効果は望めないと考えられたためです。
交差耐性の問題が懸念されました。
第三に、アザシチジンを対照とした優越性試験を実施したとしても、成功確率は非常に低いと判断されました。国内第I/II相試験で得られたデシタビンの有効性結果は、アザシチジンの有効性を明らかに上回るものではありませんでした。生存期間を主要評価項目とした優越性を示すのは困難です。
第四に、非劣性試験を実施するには少なくとも1,000例以上の症例数が必要で、実施には10年以上の歳月を要すると推計されました。これは製薬企業にとって現実的な開発計画とは言えません。
開発要請を受けた時点ではアザシチジンは未承認で選択肢があったものの、医療環境が大きく変化した結果、開発を進めるための選択肢が非常に限られることとなりました。企業は国内開発を断念せざるを得ないと判断したということです。
デシタビン作用機序の再評価と新知見
デシタビンは長らくDNA脱メチル化薬として作用すると考えられてきましたが、2023年9月に東京大学医科学研究所からCRISPRa全ゲノムスクリーニング法による新たな作用機序が報告されました。この研究により、デシタビンの重要な作用機序として有糸分裂制御因子の関与が示されました。
研究では、臨床的低濃度のデシタビンがDNA脱メチル化ではなく、DNA上にトラップされたDNMT1を介して有糸分裂を直接的に阻害することが判明しました。これまでの理解とは異なる新しいメカニズムです。この発見はエピゲノム薬の概念に新たな視点をもたらしています。
DNA脱メチル化薬は、エピゲノム薬として欧米ならびに日本国内で最初に承認された薬剤クラスです。高リスクの骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病の治療に臨床的に用いられており、がん抑制遺伝子の発現回復が期待されていました。
東京大学医科学研究所のプレスリリースでは、デシタビンの作用機序解明について詳細な研究成果が公開されています
この新知見は、デシタビンの臨床効果を最適化するための新たな治療戦略開発につながる可能性があります。有糸分裂阻害という直接的作用を考慮すれば、投与スケジュールや併用療法の選択において新しいアプローチが可能になるかもしれません。
デシタビン経口製剤INQOVI開発と海外承認状況
デシタビンの開発は日本では中断されましたが、海外では新たな展開を見せています。大塚製薬の米国子会社アステックス社が創製した経口DNAメチル化阻害配合剤INQOVI(開発コード:ASTX727)は、デシタビンとその代謝酵素阻害剤セダズリジンの配合剤です。
セダズリジンは消化管ならびに肝臓に分布するシチジンデアミナーゼを阻害することで、経口投与時のデシタビンの分解を防ぎます。これにより欧米で承認されている静注デシタビンと同等の血中濃度時間曲線下面積(AUC)を達成できます。世界初の経口用DNAメチル化阻害配合剤という位置づけです。
2020年7月7日、INQOVIは米国FDAから骨髄異形成症候群および慢性骨髄単球性白血病(CMML)の適応で承認を取得しました。同じく2020年7月にはカナダ保健省からも承認されています。在宅でのDNAメチル化阻害配合剤による治療が可能になったことは大きな進歩です。
推奨用量は1錠(デシタビン35mgおよびセダズリジン100mg)で、28日サイクルの1日目から5日目の空腹時に1日1回経口投与します。臨床試験では静注デシタビンと同等の薬物動態、薬力学、安全性、忍容性を示すことが確認されました。
大塚製薬のニュースリリースでは、INQOVIの米国FDAおよびカナダ保健省からの承認について発表されています
2025年5月には、急性骨髄性白血病(AML)を対象としたdecitabine-cedazuridine(INQOVI)とベネトクラクスの併用療法における第I/II相臨床試験の好結果が米国臨床腫瘍学会(ASCO2025)で発表されました。完全寛解率は46.5%(47例)、30日死亡率3%、60日死亡率9%という良好な成績が示されています。
新たな適応拡大への期待が高まっています。
2025年7月には、米国FDAが急性骨髄性白血病での適応追加申請を受理しました。承認されれば在宅でのAML治療という新しい選択肢が提供されることになります。
国内製薬企業の大鵬薬品工業も本剤の開発を進めており、日本でも将来的に経口製剤が使用できる可能性があります。ただし現時点では日本における承認申請の具体的なタイムラインは明らかになっていません。
開発動向を注視する必要があります。
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