インジセトロン販売中止の背景と代替薬選択

インジセトロン販売中止の経緯と影響

シンセロン錠の在庫確認を怠ると患者の制吐療法が中断されます

インジセトロン販売中止の3つのポイント
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2020年3月末で経過措置期限満了

シンセロン錠(インジセトロン塩酸塩)は薬価基準から削除され、完全に市場から撤退しました

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5-HT3受容体拮抗薬は5種類に

インジセトロン製剤の撤退により、国内で使用できる5-HT3受容体拮抗薬の選択肢が減少しました

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代替薬への切り替えが必要

グラニセトロン、オンダンセトロン、パロノセトロンなどへの処方変更が求められています

インジセトロン販売中止に至った背景

インジセトロン塩酸塩(商品名:シンセロン錠8mg)は、抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状を抑える5-HT3受容体拮抗型制吐剤として、1993年より日清ファルマ株式会社が創製し開発されてきました。通常成人にはインジセトロンとして1回8mgを1日1回、経口投与する用法で、抗がん剤投与の30分から2時間前に服用する薬剤です。

セロトニンという伝達物質の受容体(5-HT3受容体)への拮抗作用により、抗がん薬による嘔吐中枢への刺激を阻害し、悪心や嘔吐を抑える働きを持っていました。がん化学療法において、シスプラチンなどの催吐性リスクの高い抗がん剤投与時の制吐薬として臨床で使用されていたのです。

しかし、2020年3月31日に経過措置期限を迎え、薬価基準から削除されることが2020年3月5日に告示されました(2020年4月1日以降適用)。つまり2020年3月末をもって、インジセトロン塩酸塩製剤は国内市場から完全に姿を消したということですね。

販売中止の具体的な理由については公式発表では明示されていませんが、一般的に医薬品が市場から撤退する背景には、使用実績の減少、製造コストの問題、より優れた代替薬の登場などが考えられます。実際、インジセトロンが販売中止となった2020年前後には、第2世代の5-HT3受容体拮抗薬であるパロノセトロンが既に臨床現場で広く使用されるようになっており、半減期が長く遅発期悪心・嘔吐に対しても高い抑制効果を持つ新世代の薬剤が選択肢として定着していました。

インジセトロン販売中止による5-HT3受容体拮抗薬の選択肢変化

インジセトロン製剤の販売中止により、国内で使用可能な5-HT3受容体拮抗薬は5種類に減少しました。

残った選択肢を具体的に見ていきましょう。

第1世代の5-HT3受容体拮抗薬には、グラニセトロン、オンダンセトロン、ラモセトロン、アザセトロン、トロピセトロンが含まれます。これらは急性期悪心・嘔吐の予防において重要な役割を果たしており、抗がん剤投与前に投与することで、化学療法に伴う悪心・嘔吐を効果的に予防します。

第2世代の5-HT3受容体拮抗薬としては、パロノセトロンがあります。パロノセトロンの最大の特徴は、血漿中消失半減期が約40時間と非常に長いことです。これは第1世代のグラニセトロン(半減期約9時間)と比較すると、4倍以上の長さになります。

この長い半減期により、パロノセトロンは遅発期悪心・嘔吐(抗がん剤投与後24時間以降に発現する悪心・嘔吐)に対しても第1世代より高い抑制効果を発揮するのです。2010年にアロキシ静注として承認されて以降、中等度から高度催吐性リスクの化学療法において広く使用されるようになりました。

ただし、医療経済的な観点からは注意が必要です。パロノセトロンの薬価は第1世代のグラニセトロンと比較して約5.9倍と高額であり、医療費を圧迫する要因となりうる側面があります。このため、制吐療法ガイドラインでは、中等度催吐性リスクの抗がん剤に対して5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2剤併用療法を行う場合には第2世代のパロノセトロンを選択することが望ましいとされていますが、NK1受容体拮抗薬を加えた3剤併用療法の場合は第1世代を考慮しても良いとされています。

日本癌治療学会の制吐療法ガイドラインでは、各催吐性リスクに応じた制吐薬の選択基準が詳しく解説されています。

インジセトロンから代替薬への切り替え時の注意点

インジセトロン製剤が販売中止となったことで、それまでシンセロン錠を使用していた患者については、速やかに他の5-HT3受容体拮抗薬への切り替えが必要となりました。この切り替え時には、医療従事者として押さえておくべき重要なポイントがあります。

まず、5-HT3受容体拮抗薬は基本的に同じクラスの薬剤であるため、作用機序は共通しています。セロトニン5-HT3受容体に結合し、その活性化を阻害することで制吐効果を発揮する点は変わりません。したがって、インジセトロンから他の5-HT3受容体拮抗薬への切り替えは、薬理学的には大きな問題なく行えるということですね。

ただし、薬剤ごとに用法・用量は異なります。インジセトロンは1回8mgを1日1回経口投与でしたが、例えばグラニセトロンの注射薬は通常成人に40μg/kgを1日1回静注または点滴静注し、必要に応じて1回追加投与が可能です。オンダンセトロンの注射薬は1回4mg、1日1回緩徐に静脈内投与し、効果不十分な場合には同用量を追加投与できます。

用量設定の違いを理解せずに単純に切り替えると、制吐効果が不十分になったり、逆に過剰投与になったりするリスクがあります。このため、医師は各薬剤の承認用量を確認し、患者の状態に応じて適切な用量を設定する必要があるのです。

また、在庫管理の観点も重要です。医薬品の供給不足や出荷調整が頻発する昨今の医療現場では、処方した薬剤が薬局に在庫がないというトラブルが起こりえます。院外処方における疑義照会簡素化プロトコルでは「在庫がないという理由での変更はしない」という原則が示されていますが、実際には薬剤師が他の薬局を紹介するなどの対応を取る必要が生じます。

特に抗がん剤治療における制吐薬は、患者のQOL(生活の質)に直結する重要な薬剤です。化学療法当日に薬局で「在庫がありません」と言われれば、患者は大きな不安を抱くことになります。医療チーム全体で、どの5-HT3受容体拮抗薬が院内・院外で安定供給されているかを常に把握し、情報共有しておくことが求められます。

インジセトロン販売中止後の制吐療法の変化

インジセトロンが市場から撤退した2020年前後は、制吐療法全体が大きく進化していた時期でもあります。それまでの5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾンの3剤併用療法に加えて、オランザピンを組み合わせた4剤併用療法の有効性が示されるようになったのです。

高度催吐性リスク抗がん薬(催吐頻度90%超)に対する予防的制吐療法は、従来は5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾンの3剤併用が標準でした。しかし、2015年にオランザピン(商品名:ジプレキサ)の制吐効果が報告されて以降、4剤併用療法が3剤併用療法よりも優れていることが複数の臨床試験で証明されました。

オランザピンは本来、統合失調症の治療薬として開発された非定型抗精神病薬ですが、ドパミンD2受容体、セロトニン5-HT2A受容体など複数の神経伝達物質受容体に作用し、制吐効果を発揮します。特に遅発期悪心・嘔吐に対して高い効果を示すことが分かっており、現在では日本癌治療学会の制吐療法ガイドラインでも推奨されています。

この流れの中で、5-HT3受容体拮抗薬の選択も見直されました。4剤併用療法時には第1世代と第2世代のどちらも選択可能ですが、オランザピンを用いない3剤併用療法を行う場合は第2世代のパロノセトロンを選択することが望ましいとされています。つまり、制吐療法全体の組み合わせによって、最適な5-HT3受容体拮抗薬が変わってくるということですね。

中等度催吐性リスク抗がん薬(催吐頻度30~90%)に対しては、5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2剤併用療法が基本です。この場合、5-HT3受容体拮抗薬としてはパロノセトロンが推奨されています。半減期が長いため、遅発期の悪心・嘔吐もカバーできるからです。

また、ステロイドスペアリング(デキサメタゾンによる副作用を減らすため、2日目以降のステロイド内服を省略すること)を行う場合にも、パロノセトロンの長時間作用が有利に働きます。ただし、第1世代の5-HT3受容体拮抗薬を選択した場合のステロイドスペアリングに関してはエビデンスが不足しているため、慎重な判断が必要です。

インジセトロン販売中止から学ぶ医薬品供給の課題

インジセトロンの販売中止は、医薬品の供給体制について考える機会を医療従事者に与えました。特に近年、ジェネリック医薬品メーカーの製造トラブルや品質問題により、多数の医薬品が出荷調整や供給停止となる事態が相次いでいます。

2021年には日医工の品質管理問題により大規模な業務停止命令が出され、同社が製造販売する多数の医薬品が供給不安定となりました。処分理由は、品質試験不適合品を製造販売承認書と異なる製造方法で適合品となるように処理していたこと、適切な製造管理や品質管理が行われるよう管理監督していなかったことなどです。

このような供給不安定状況では、医療機関の薬剤部門は常に在庫状況を監視し、代替薬の準備を進める必要があります。特に制吐薬のように、がん化学療法に不可欠な薬剤については、複数の選択肢を確保しておくことが重要です。

院内採用薬の見直しも定期的に行う必要があります。インジセトロンのように経過措置期限を迎える医薬品は、厚生労働省から事前に告示されます。この情報を早期にキャッチし、在庫が尽きる前に代替薬への切り替えを計画的に進めることで、患者への影響を最小限に抑えられます。

また、院外処方を行う場合には、保険薬局との連携が欠かせません。特定の薬剤が供給停止となった際、どの代替薬が地域の薬局で入手可能かを事前に確認し、処方変更時には薬局への情報提供を行うことで、患者が薬を受け取れないというトラブルを防げます。

医薬品の供給不足に係る対応については、厚生労働省から医療機関向けの通知が出されており、「医療用医薬品の供給不足に係る対応について」という文書で具体的な対処方法が示されています。薬剤師は在庫がないという理由で調剤を拒否することは薬剤師法第21条に基づき原則としてできず、責任を持って他の薬局を紹介するなどの対応が求められます。

インジセトロンの販売中止は過去の出来事ですが、今後も同様の事例は発生しうるのです。医療従事者は常に最新の医薬品供給情報をチェックし、柔軟に対応できる体制を整えておくことが、患者の安全と治療の継続性を守ることにつながります。