カナマイシンとフラジール術前併用投与
術前日の経口抗菌薬は実は半数の施設で未実施です。
カナマイシンとフラジールの化学的腸管処置とは
大腸手術の術前に経口抗菌薬を投与する化学的腸管処置は、手術部位感染(SSI)予防の重要な戦略です。この処置は英語でOABP(Oral Antibiotics Bowel Preparation)と呼ばれ、物理的に腸管内容物を排出する機械的腸管処置(MBP)と併用することで効果を発揮します。
化学的腸管処置の目的は、腸管内の細菌数を減らし、手術中の創部汚染リスクを低減することです。特に大腸手術では、腸管内に大腸菌やバクテロイデスなどの嫌気性菌が多数存在するため、これらの細菌による術後感染が大きな問題となります。経口抗菌薬によって腸管内の細菌叢を調整することで、万が一手術中に腸内容物が創部に接触しても、感染を引き起こす細菌量を患者の免疫機能で制御可能なレベルまで減らすことができるのです。
カナマイシンは好気性菌に、メトロニダゾール(商品名フラジール)は嫌気性菌に効果を発揮します。つまり、腸管内の主要な病原菌を網羅的にカバーできるということですね。この2剤併用により、カナマイシン単独投与では対応できなかった嫌気性菌にも効果を発揮し、より確実なSSI予防が可能になります。
欧米では多くのランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシスにより、化学的腸管処置がSSIを約50~66%減少させることが示されています。CDCガイドラインやWHOガイドラインでも術前日の経口抗菌薬投与が推奨されており、世界的なスタンダードとなっています。
大腸癌手術における化学的腸管処置の有用性を示した大分大学の研究では、カナマイシンとメトロニダゾール併用投与群で創部SSI発生率が1.3%と、他の群と比較して有意に低かったことが報告されています。
しかし日本では、過去に長期間の経口抗菌薬投与によるMRSA腸炎の発生が問題視されたことから、化学的腸管処置の普及が遅れているという背景があります。現在では投与期間を術前日1日のみに限定することで、腸炎のリスクを増やさずにSSI予防効果が得られることが明らかになっています。
カナマイシンとフラジールの術前投与方法
具体的な投与方法について詳しく見ていきましょう。標準的なレジメンでは、手術前日の19時と23時の2回に分けて経口投与を行います。カナマイシンは250mgカプセルを4個(合計1,000mg)、フラジール(メトロニダゾール)は250mg錠を3錠(合計750mg)を各タイミングで内服します。
投与スケジュールの一例を示すと、手術前日の15時頃にポリエチレングリコール製剤(ニフレック®など)2,000mLやセンノシド24mgなどの下剤を内服して機械的腸管処置を開始します。その後、19時と23時の2回に経口抗菌薬を投与する流れです。この方法は日本で行われた大規模RCTの結果に基づいており、実臨床での有効性が確認されています。
投与回数については施設により異なる場合があります。1日4回投与(朝・昼・夜・就寝前)を採用している施設もあり、この場合はカナマイシン1,000mg/日とメトロニダゾール1,000mg/日を分割投与します。ただし、明確な統一見解はないため、各施設の状況に応じて投与スケジュールを決定することになります。
重要なのは投与期間です。術前日の1日のみの投与に限定することが推奨されます。これは長期投与による耐性菌出現や腸内細菌叢の過度な乱れを避けるためです。過去の研究では、1日投与が有用であり、それ以上の投与ではMRSAの発生や腸内細菌叢のバランス崩壊から術後MRSA感染症の発生リスクが高まることが報告されています。
機械的腸管処置との併用が必須という点も押さえておきましょう。経口抗菌薬単独では効果が限定的で、下剤による腸管内容物の排出と組み合わせることで初めて十分なSSI予防効果が得られます。WHOガイドラインでも機械的腸管処置と経口抗菌薬の併用が推奨されており、下剤単独の使用は推奨されていません。
基本の静脈投与抗菌薬として第2世代セフェム系薬剤を手術当日から術後2日目まで使用することも一般的です。経口抗菌薬はあくまで腸管内の細菌をターゲットとするため、全身的な予防には静脈投与抗菌薬が必要になります。両者を組み合わせることで、より包括的なSSI予防戦略が完成します。
国立病院機構京都医療センターの畑医師による解説では、手術前日15時に高張性下剤を服用後、19時と23時にカナマイシン250mg×4カプセルとフラジール250mg×3錠を内服する方法が紹介されています。
カナマイシン単独投与とフラジール併用の違い
カナマイシン単独投与とカナマイシン・メトロニダゾール(フラジール)併用投与では、SSI予防効果に明確な差があることが複数の研究で示されています。この違いを理解することは、適切な術前処置を選択する上で極めて重要です。
大分大学の研究では、344例の大腸癌手術を対象に比較検討が行われました。
結果は驚くべきものでした。
カナマイシン+メトロニダゾール併用投与群の創部SSI発生率は1.3%(1/79例)だったのに対し、カナマイシン単独投与群は13.8%(12/87例)、経口抗菌薬なし群は14.0%(25/178例)でした。併用投与群は他の2群と比較して統計的に有意にSSI発生率が低く、約90%の減少効果が確認されています。
この差が生じる理由は腸管内細菌叢の組成にあります。カナマイシンは大腸菌や赤痢菌などの好気性菌には効果を示しますが、嫌気性菌に対する効果は限定的です。一方、大腸手術におけるSSIの原因菌を調べると、Bacteroides fragilis groupなどの嫌気性菌が高頻度で検出されます。カナマイシン単独投与後の腸管内容を調べた研究では、好気性菌は減少していたものの、嫌気性菌は減少していなかったことが明らかになっています。
メトロニダゾールは嫌気性菌に対して強力な殺菌作用を示します。1950年代にトリコモナス感染症治療薬として開発されましたが、早くから嫌気性菌に対する効果も認められていました。欧米では嫌気性菌感染症の治療薬として広く普及していましたが、日本では2012年の公知申請まで膣トリコモナス感染症治療薬としてのみ認可されていたため、嫌気性菌に対する使用ができませんでした。このため欧米から多くの報告があったにもかかわらず、日本ではカナマイシン+メトロニダゾール併用投与が普及せず、カナマイシン単独投与が長年行われてきたのです。
多変量解析の結果では、カナマイシン+メトロニダゾール併用投与群以外であることが、創部SSI発生の独立したリスク因子として抽出されています(P=0.011)。つまり他のリスク因子を調整しても、この2剤併用が強力な予防効果を持つことが統計的に証明されているということですね。
臓器体腔SSIや腸炎、イレウスなどの他の合併症については、3群間で発生率に有意差は認められませんでした。併用投与により副作用が増えるわけではないことも確認されています。安全性を保ちながらSSI予防効果だけを高められる点が、この併用療法の大きなメリットです。
カナマイシン・フラジール投与における日本の現状と課題
世界的に推奨されているカナマイシン・メトロニダゾール併用による化学的腸管処置ですが、日本での普及率は依然として低い水準にとどまっています。この状況を理解することは、今後の改善策を考える上で重要です。
2015年に行われた東京大腸セミナーのアンケート調査では、経口抗菌薬による腸管前処置を実施している施設はわずか9.7%(3/31施設)でした。また2008年の日本外科感染症学会による全国調査でも、実施施設は11.7%(84/714施設)にすぎませんでした。つまり約90%の施設では化学的腸管処置が行われていないということです。
さらに問題なのは、実施している施設の中での薬剤選択です。2008年の調査では、化学的腸管処置を実施している84施設のうち、カナマイシン+メトロニダゾール併用を行っていたのは29.8%(25施設)のみでした。同じ29.8%(25施設)の施設がカナマイシン単独投与を行っており、40%(33施設)では効果が限定的なカナマイシン単独投与が選択されていたのです。
日本で普及が遅れている背景には、歴史的な経緯があります。1980年代から1990年代にかけて、日本では長期間(3~5日間)の経口抗菌薬投与が行われていました。この長期投与により腸内細菌叢のバランスが崩れ、MRSA腸炎などの術後感染症が増加したことが問題視されました。その結果、「経口抗菌薬はSSIを減少させない」どころか「有害である」という誤った認識が広まってしまったのです。
実際には投与期間を術前日1日のみに限定すれば、腸炎の発生率は増加しないことが近年の複数のRCTで証明されています。大分大学の研究でも、3群間で腸炎を含む合併症の発生率に有意差は認められず、カナマイシン+メトロニダゾール併用投与群ではMRSA関連感染症も確認されませんでした。
もう一つの要因として、メトロニダゾールの保険適応の問題がありました。2012年まで嫌気性菌感染症に対する使用が認可されていなかったため、術前化学的腸管処置は適応外使用となっていました。現在は多くの施設で適応外使用の説明と同意を得た上で使用されていますが、この適応外使用という点が普及の障壁になっている可能性もあります。
島根県立中央病院では、カナマイシンとメトロニダゾールによる化学的腸管前処置について適応外使用の情報を公開しており、アレルギーを持つ患者には両薬剤とも投与しないことを明記しています。
最新の調査では、経口抗菌薬を使用している施設でのレジメン選択が変わってきています。88.1%の施設がメトロニダゾールとカナマイシンの併用を選択し、91.4%の施設が手術前日のみの投与を行っています。エビデンスに基づいた適切な方法への移行が進んでいることは心強い傾向です。
カナマイシン・フラジール術前投与の安全性評価
化学的腸管処置の安全性については、投与期間を適切に設定すれば問題がないことが確認されています。医療従事者として患者に説明する際には、この安全性データを正確に理解しておく必要があります。
腸炎発生リスクについて見てみましょう。大分大学の研究では、経口抗菌薬なし群で5.1%(9/178例)、カナマイシン単独群で4.6%(4/87例)、カナマイシン+メトロニダゾール併用群で1.3%(1/79例)の腸炎発生率でした。3群間で統計的有意差はなく、併用投与により腸炎リスクが増加することはありませんでした。むしろ併用群で数値的には最も低い傾向でした。
MRSA関連感染症についても安全性が確認されています。経口抗菌薬なし群では2例の創培養からMRSAが検出され、1例にMRSA腸炎が認められました。カナマイシン単独群では1例にMRSA肺炎が発生しましたが、カナマイシン+メトロニダゾール併用群ではMRSA関連感染症は1例も認められませんでした。術前日1日限定の投与であれば、耐性菌の問題は回避できるということですね。
その他の術後合併症の発生率も安全域内です。臓器体腔SSIは全体で4.1%、イレウスは5.5%、肺炎は1.2%、尿路感染症は0.9%、心血管系合併症は1.2%でした。これらすべての合併症について3群間で有意差は認められず、経口抗菌薬投与が他の合併症を増やすことはありませんでした。
薬剤の副作用についても注目すべきデータがあります。大分大学の研究では、全344例において経口抗菌薬の副作用と考えられる有害事象は認められませんでした。フラジールの一般的な副作用として下痢、悪心、食欲不振などが知られていますが、術前1日の短期投与では臨床的に問題となる副作用はほとんど発生しないと考えられます。
カナマイシンは内服では腸管からほとんど吸収されないため、全身性の副作用(腎障害や難聴など)のリスクは極めて低いです。メトロニダゾールについては、飲酒によるアンタビュース様作用(腹痛、嘔吐、潮紅)が知られていますので、投与中および投与後3日間は飲酒を避けるよう患者指導が必要です。
アレルギー歴のある患者への対応も重要です。カナマイシンまたはメトロニダゾールに対してアレルギーがある患者には、両薬剤とも投与しません。事前の問診で薬剤アレルギー歴を確認し、該当する場合は化学的腸管処置を行わず、機械的腸管処置と静脈投与抗菌薬のみで対応することになります。
安全性を確保するためのポイントをまとめると、投与期間を術前日1日のみに限定すること、アレルギー歴を必ず確認すること、飲酒制限について患者教育を行うことの3点が基本です。これらを遵守すれば、SSI予防効果を得ながら安全に化学的腸管処置を実施できます。
I have gathered sufficient information about エチオナミド (Ethionamide) and its abbreviations.
