イミペネム・シラスタチン配合剤の特性と使用上の注意
バルプロ酸内服中の患者にはイミペネム投与後に血中濃度が急激に低下しけいれん発作が再発します
イミペネム・シラスタチン配合剤の基本的な作用機序と配合理由
イミペネム・シラスタチン配合剤は、カルバペネム系抗生物質であるイミペネム水和物と、腎臓における代謝酵素阻害剤であるシラスタチンナトリウムを1:1の割合で配合した注射用抗菌薬です。商品名としてはチエナムが最も知られており、1987年に日本で承認されてから30年以上にわたり重症感染症の治療に使用されてきました。
イミペネムは細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカンの合成過程において、ペニシリン結合タンパク質(PBPs)に結合することで細菌の細胞壁合成を阻害し、殺菌的に作用します。グラム陽性球菌からグラム陰性桿菌、嫌気性菌まで幅広い抗菌スペクトルを持ち、多くのβ-ラクタマーゼに対しても安定性を示すため、重症感染症や基礎疾患を有する患者の感染症治療において重要な選択肢となっています。
シラスタチンナトリウムが配合されている理由は非常に明確です。イミペネムは優れた抗菌力を示すにもかかわらず、腎臓に存在するデヒドロペプチダーゼ-I(DHP-I)という酵素によって代謝を受け、不活性化されてしまうという弱点がありました。シラスタチンはこのDHP-Iを選択的に阻害することで、イミペネムの腎臓における代謝を抑制し、尿中への活性型での排泄を増加させます。加えて、シラスタチンは腎尿細管上皮細胞へのイミペネムの吸収を阻害することで、腎毒性を軽減する効果も持っています。
つまりシラスタチンの配合は単なる補助的なものではありません。実際、動物実験においてシラスタチンを併用することでイミペネムの尿中回収率が大幅に改善し、血中濃度の維持が可能になることが確認されています。この1:1配合という製剤設計は、抗菌効果を最大限に発揮しつつ腎毒性を最小限に抑えるという、薬物動態学的に非常に理にかなった組み合わせと言えます。
イミペネム・シラスタチンの詳細な薬理作用と配合理由については、KEGG医薬品データベースの添付文書情報が参考になります
イミペネム・シラスタチン配合剤とバルプロ酸の併用禁忌とその臨床的重要性
イミペネム・シラスタチン配合剤において最も重要な注意事項の一つが、バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカなど)との併用禁忌です。この併用禁忌は2011年に設定され、現在ではすべてのカルバペネム系抗菌薬とバルプロ酸の併用が禁忌とされています。
併用禁忌となった理由は極めて明確です。カルバペネム系抗菌薬とバルプロ酸を併用すると、バルプロ酸の血中濃度が急激に低下し、てんかん発作のコントロールができなくなる事例が複数報告されたためです。バルプロ酸の有効血中濃度は通常40~120μg/mLですが、カルバペネム系抗菌薬との併用により、この治療域を大幅に下回る濃度まで低下することが確認されています。
具体的なメカニズムとしては、カルバペネム系抗菌薬がバルプロ酸のグルクロン酸抱合を促進し、さらに腎排泄を亢進させることで、血中濃度が低下すると考えられています。実際の臨床報告では、併用開始後わずか数日でバルプロ酸の血中濃度が治療域以下に低下し、けいれん発作が再発したケースが複数報告されています。
注意が必要なのは単にイミペネム・シラスタチンだけではないということです。メロペネム、ドリペネム、ビアペネム、さらに2019年に承認されたレカルブリオ(レレバクタム・イミペネム・シラスタチン)など、すべてのカルバペネム系抗菌薬がバルプロ酸と併用禁忌になっています。てんかん患者に感染症が発生した場合、カルバペネム系以外の抗菌薬を選択する必要があります。
万が一併用が避けられない緊急事態が発生した場合でも、バルプロ酸の血中濃度をコントロールすることは非常に困難です。バルプロ酸を増量しても十分な血中濃度を維持できないことが多く、結果としててんかん発作の再発リスクが極めて高くなります。そのため投与前の併用薬確認は必須項目として位置づけられています。
バルプロ酸とカルバペネム系抗菌薬の併用禁忌に関する副作用モニター情報は、全日本民医連の報告が詳しく解説しています
イミペネム・シラスタチン配合剤の中枢神経系副作用と発生頻度
イミペネム・シラスタチン配合剤において特に注意すべき副作用が中枢神経系への影響です。痙攣、意識障害、呼吸停止、錯乱、不穏などの中枢神経症状が報告されており、その発生頻度は従来考えられていたよりも高いことが臨床研究で明らかになっています。
日本臨床薬理学会で報告された調査では、イミペネム投与患者78例中6例で神経毒性が発生し、その発生率は7.7%に達しました。症状別では痙攣が3.8%、振戦が6.4%、意識レベルの低下が5.2%という結果でした。これは発売前の臨床試験で報告された痙攣の発生率0.1%や、海外報告の0.9%と比較して著しく高い数値です。
重要なのはこれらの副作用が常用量範囲内で発生しているということです。調査対象患者の93.4%が1日2g以下の常用量範囲内での投与であり、腎機能が正常であっても神経毒性が発現した症例が含まれていました。特に60歳以上の高齢者が約60%を占め、80歳以上では17%という高い割合でした。
中枢神経系副作用が発生するメカニズムとして、β-ラクタム系抗菌薬がGABA受容体への結合を阻害し、神経終末からのGABA放出を抑制することで痙攣を誘発すると考えられています。動物実験では、イミペネムは他のβ-ラクタム系抗菌薬であるペニシリンGやセフォタキシムと比較して、より低濃度で痙攣を誘発することが確認されています。
臨床現場で注意すべき点は振戦や意識レベルの低下といった比較的軽度の症状です。これらは痙攣大発作に比べて見逃されやすいのですが、実際には痙攣の前駆症状である可能性があります。実際の症例報告では、投与開始2~12日目に振戦が出現し、その後に痙攣へと進展したケースが複数報告されています。
高リスク患者として特に注意が必要なのは以下の群です。てんかんの既往歴または中枢神経系障害を有する患者、腎機能障害患者、80歳以上の高齢者では、中枢神経症状の発現リスクが飛躍的に高まります。投与中は振戦や意欲低下などの軽微な変化も見逃さず、早期発見・早期対応が重要になります。
イミペネムによる神経毒性の詳細な臨床調査結果は、日本臨床薬理学会の論文で報告されています
イミペネム・シラスタチン配合剤の腎機能障害時における用量調整の実際
イミペネム・シラスタチン配合剤は腎排泄型の抗菌薬であるため、腎機能障害患者では用量調整が必須となります。適切な用量調整を行わないと血中蓄積により副作用、特に中枢神経系副作用の発現リスクが大幅に増加します。
腎機能に応じた用量調整の基本原則は、クレアチニンクリアランス(CCr)または推算糸球体濾過量(eGFR)に基づいて投与量と投与間隔の両方を調整することです。具体的には、CCrが90mL/分以上の腎機能正常患者では1回0.5gを6~8時間ごと、または1回1gを8時間ごとの投与が標準です。
CCrが60~90mL/分の軽度腎機能障害では1回0.5gを6時間ごと、CCrが30~60mL/分の中等度障害では1回0.5gを8時間ごと、CCrが15~30mL/分の高度障害では1回0.5gを12時間ごとへと調整します。CCrが15mL/分未満の末期腎不全患者では原則として投与を避けるか、1回0.25~0.5gを12時間ごとへとさらに減量します。
血液透析患者においては特別な配慮が必要です。イミペネムとシラスタチンはいずれも血液透析により血中から除去されるため、透析後に補充投与を行う必要があります。一般的には透析日には透析終了後に1回分を投与し、非透析日には腎機能に応じた通常の減量投与を行います。
腎機能障害時の用量調整で見落とされがちなのが、高齢者における腎機能の過大評価です。高齢者では血清クレアチニン値が正常範囲内であっても、筋肉量の減少により実際の腎機能は低下していることが多く見られます。Cockcroft-Gault式を用いた推算CCrでは、年齢と体重を考慮に入れるため、より実態に即した腎機能評価が可能になります。
用量調整を行っても中枢神経系副作用のリスクは完全には排除できません。腎機能障害患者では、適切に減量した場合でも神経毒性が発現しやすいことが知られています。投与中は痙攣、意識障害、振戦などの神経症状の出現に特に注意を払い、異常が認められた場合には直ちに投与を中止し適切な処置を行う必要があります。
イミペネム・シラスタチン配合剤の耐性菌対策と適正使用における実践的アプローチ
イミペネム・シラスタチン配合剤はカルバペネム系抗菌薬として「切り札的抗菌薬」と位置づけられており、その適正使用は薬剤耐性菌の出現を抑制する上で極めて重要です。不適切な使用は多剤耐性菌、特にカルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)の出現を促進する可能性があります。
適正使用の第一原則は、原則として感受性を確認してから投与することです。血液培養や感染部位からの培養検体を採取し、起因菌の同定と薬剤感受性試験の結果を待ってから投与を開始することが理想的です。ただし重症敗血症や敗血症性ショックなど、緊急性が高い場合には経験的治療として投与を開始し、培養結果が判明次第、より狭域スペクトルの抗菌薬への変更(de-escalation)を検討します。
投与期間は疾病の治療上必要な最小限にとどめることが推奨されています。長期投与は耐性菌選択圧を高めるだけでなく、真菌症や偽膜性大腸炎などの二次感染のリスクも増加させます。一般的な感染症では7~14日間の投与で十分な場合が多く、漫然とした長期投与は避けるべきです。
カルバペネム系抗菌薬の使用を減らすべき理由は明確です。最も使用を減らすべき抗菌薬はカルバペネムであるという専門家の指摘があります。カルバペネム系抗菌薬の過剰使用により、CREなどの治療困難な多剤耐性菌が世界的に増加しており、これらの耐性菌に対する治療選択肢は極めて限られています。
CREが検出された場合の対応として、2019年に承認されたレカルブリオ(レレバクタム・イミペネム・シラスタチン配合剤)が新たな選択肢となっています。レカルブリオは既存のイミペネム・シラスタチン配合剤に新規のβ-ラクタマーゼ阻害薬であるレレバクタムを追加した製剤で、AmblerクラスAおよびクラスCのβ-ラクタマーゼを阻害することで、カルバペネム耐性機序を持つ一部の耐性菌に対しても効果を示します。
適正使用を実践する上で医療機関が取り組むべき項目があります。抗菌薬使用のサーベイランス、感染症専門医や抗菌化学療法認定薬剤師による介入、届出制や許可制による使用管理、定期的な院内耐性菌の発生状況のモニタリングなどが有効です。これらの取り組みにより、カルバペネム系抗菌薬の使用量を適正化し、耐性菌の出現を抑制することが可能になります。
抗微生物薬適正使用の手引き(厚生労働省)では、カルバペネム系抗菌薬を含む耐性菌感染症の治療アルゴリズムが詳細に解説されています