ミドスタウリン日本未承認の治療選択
米国では生存期間を約3倍延長できるミドスタウリンが日本では使えません。
ミドスタウリンのFLT3阻害薬としての位置づけ
ミドスタウリンは第1世代のマルチターゲットプロテインキナーゼ阻害剤です。FLT3受容体だけでなく、PKCやVEGFRなど複数のキナーゼを同時に阻害する特性を持っています。
2017年4月に米国FDAが急性骨髄性白血病(AML)治療薬として世界で初めて承認しました。これがFLT3阻害剤という新しいカテゴリーの薬剤誕生の瞬間です。欧州でも同年9月にEMAが承認しており、欧米では標準治療として確立されています。
ところが日本国内では2026年2月現在も製造販売承認を取得していません。厚生労働省の未承認・適応外医薬品リストにも「開発中」との記載があり、承認申請の動きは確認されていない状況です。
厚生労働省の未承認医薬品リストには、ミドスタウリンが「未治療のFLT3変異陽性の急性骨髄性白血病」に対して米国で2017年4月に承認されたことが記載されています
適応症は「新たに診断されたFLT3遺伝子変異陽性の成人AML患者に対する化学療法との併用」です。シタラビンとダウノルビシンによる寛解導入療法・地固め療法に併用し、その後1年間の維持療法として単剤投与を行います。
海外の臨床試験RATIFY試験では、標準化学療法にミドスタウリンを併用した群の生存期間中央値は74.7ヶ月でした。
一方、プラセボ併用群では25.6ヶ月です。
つまり約3倍の延長が基本です。
この数字の意味は非常に大きいです。FLT3-ITD変異を持つAML患者は従来、変異のない患者より予後が悪く、5年生存率が20%前後とされていました。ミドスタウリン併用により50%以上の患者が5年以上生存できる可能性が示されたということです。
死亡リスクを22%低減したというハザード比0.78も統計的に有意な結果でした。イベントフリー生存期間でも同様の改善が認められています。
日本血液学会の造血器腫瘍診療ガイドラインでも「本邦ではミドスタウリンは未承認であり、長期にわたり欧米とは異なる治療戦略を考える必要があった」と明記されています。
ミドスタウリン日本未承認の理由と影響
日本でミドスタウリンが未承認のままである具体的な理由は公式には明らかにされていません。製薬企業であるノバルティスファーマからの承認申請が行われていないことが最大の要因です。
考えられる背景には複数の要素があります。開発コストと市場性のバランス、日本独自の臨床試験要件、すでに競合薬が承認されている状況などが影響している可能性があります。
実際、日本では2018年にギルテリチニブ(ゾスパタ)が世界に先駆けて承認されました。さらに2019年にはキザルチニブ(ヴァンフリタ)も承認されています。これら第2世代FLT3阻害剤は、ミドスタウリンより選択性が高く、FLT3に対する阻害活性が強いという特徴があります。
キザルチニブは2023年5月に一次治療での使用も追加承認されました。未治療のFLT3-ITD変異陽性AML患者に対し、化学療法との併用が可能になったのです。これによりミドスタウリンが担うはずだった役割の一部がカバーされています。
ただし治療戦略には違いがあります。ミドスタウリンは寛解導入から地固め、維持療法まで一貫して使用できる設計でした。一方、キザルチニブは寛解導入療法での併用を主眼としています。
この未承認状況は医療従事者にとってジレンマを生んでいます。海外の標準治療を日本の患者に提供できない状況だからです。
国際共同治験に参加している施設では、プロトコルに基づいてミドスタウリンを使用できる場合があります。
しかし一般診療では使えません。
患者申出療養制度を利用すれば理論上は使用可能ですが、費用負担や手続きの複雑さから現実的ではありません。結果として日本の患者は欧米と異なる治療選択肢の中で治療を受けることになります。
日本血液学会の造血器腫瘍診療ガイドラインには、FLT3変異陽性AMLに対する詳細な治療指針と、国内で使用可能な薬剤の情報が掲載されています
医療経済的な観点も無視できません。
ミドスタウリンの海外での価格は高額です。
仮に日本で承認された場合、薬価がどう設定されるか、医療保険財政への影響はどうかという問題があります。
希少疾病用医薬品としての指定を受けていたとしても、AML患者の約25%がFLT3変異陽性であることを考えると、決して少数ではありません。年間数千人規模の対象患者がいる可能性があります。
FLT3変異陽性AML患者数と日本の疫学
FLT3遺伝子変異はAMLに最も多く認められる遺伝子変異の一つです。日本人の初発AML患者のうち、約25%がFLT3変異陽性と報告されています。
日本におけるAMLの総患者数は約7,000人です。毎年の新規発症数は10万人あたり約3~5人とされています。日本の人口を約1.2億人とすると、年間3,600~6,000人程度が新たにAMLと診断される計算になります。
このうち25%がFLT3変異陽性だとすると、年間900~1,500人の患者が該当します。
これは決して少ない数字ではありません。
FLT3変異には主に2つのタイプがあります。傍膜貫通ドメインの重複変異(ITD変異)と、チロシンキナーゼドメインの点変異(TKD変異)です。
ITD変異が全FLT3変異の約80%を占めます。予後への影響はITD変異の方がはるかに大きく、特に変異アレル比が高い症例では著しく予後不良です。
正常核型AMLではFLT3変異の頻度が特に高いです。
約30~40%の症例で変異が認められます。
正常核型AML自体がAML全体の約40%を占めることを考えると、臨床的に遭遇する機会は多いということです。
FLT3-ITD変異陽性患者の6年生存率はわずか6%という報告もあります。変異のない患者と比較して再発率が高く、寛解導入にも抵抗性を示す傾向があります。
このような予後不良群に対して有効な治療薬を使えないことは、患者にとって大きな不利益です。欧米では使える薬が日本では使えないという「ドラッグラグ」の典型例といえます。
年齢分布も重要です。AMLの発症年齢中央値は約70歳ですが、若年者も一定数います。若年者ほど強力な化学療法の適応となり、FLT3阻害剤併用の恩恵も大きいと考えられます。
小児AMLでもFLT3変異は認められます。頻度は成人より低いですが、変異陽性例の予後は成人同様に不良です。小児に対するミドスタウリンの使用も海外では検討されています。
ミドスタウリンと日本承認薬の比較検討
日本で承認されているFLT3阻害剤との違いを理解することが重要です。作用機序、適応症、臨床試験成績を比較してみましょう。
ミドスタウリンは第1世代のマルチキナーゼ阻害剤です。FLT3以外にもPKC、VEGFR、PDGFRなど多数のキナーゼを阻害します。一方、キザルチニブとギルテリチニブは第2世代のFLT3選択的阻害剤です。
選択性が高い第2世代薬は、理論上はオフターゲット効果による副作用が少ないと期待されます。実際、ミドスタウリンでは消化器症状の頻度が比較的高いことが知られています。
しかしマルチキナーゼ阻害作用が有利に働く可能性もあります。複数の経路を同時に抑制することで、耐性獲得を遅らせられるかもしれません。
適応症の違いも明確です。ミドスタウリンは未治療AMLに対する一次治療での併用が主な適応です。地固め療法にも併用し、その後1年間の維持療法を行います。
キザルチニブは当初、再発・難治性のFLT3-ITD変異陽性AMLのみに承認されていました。2023年5月の追加承認により、一次治療でも使えるようになっています。ただし適応はFLT3-ITD変異に限定されており、TKD変異には使えません。
ギルテリチニブは再発・難治性のFLT3変異陽性AML(ITD・TKD両方)に対する単剤療法として承認されています。
一次治療での使用は承認されていません。
臨床試験のデザインも異なります。ミドスタウリンのRATIFY試験は、標準化学療法へのミドスタウリン追加をプラセボと比較した二重盲検試験でした。
対象は717例と大規模です。
キザルチニブのQuANTUM-First試験では、化学療法にキザルチニブまたはプラセボを併用し、その後のキザルチニブ維持療法を評価しています。
対象は539例です。
ギルテリチニブのADMIRAL試験は、再発・難治性患者に対するギルテリチニブ単剤と救援化学療法を比較しました。
対象は371例です。
直接比較試験がないため、どの薬剤が最も優れているかは断定できません。患者背景、併用薬、治療ラインが異なるため単純比較は困難です。
薬物動態の違いもあります。
ミドスタウリンは1日2回経口投与です。
キザルチニブは1日1回投与で、薬物相互作用が比較的少ないとされています。
副作用プロファイルも検討材料です。ミドスタウリンでは悪心・嘔吐、下痢などの消化器症状が高頻度です。キザルチニブではQT延長が特徴的な副作用として注意が必要です。
コスト面も無視できません。日本での薬価はキザルチニブ26.5mg錠が27,074.40円です。1日1回投与なので月額約81万円になります。ミドスタウリンが承認された場合の薬価は不明ですが、海外価格から推測すると同等かそれ以上の可能性があります。
ミドスタウリン日本導入の課題と展望
今後ミドスタウリンが日本で承認される可能性について考えてみましょう。現時点では承認申請の動きは確認されていませんが、将来的な導入の可能性はゼロではありません。
最大の障壁は市場の状況です。キザルチニブが一次治療で使えるようになったことで、ミドスタウリンの役割が限定的になっています。製薬企業にとって、追加の臨床試験を実施して承認申請するメリットが小さいと判断される可能性があります。
日本独自の臨床試験が必要になる点も課題です。海外データだけでは承認されない可能性が高く、日本人患者での有効性・安全性データが求められます。
FLT3変異陽性AML患者は一定数いますが、希少疾病の範疇に入ります。患者数が限られる中で、質の高い臨床試験を実施するのは容易ではありません。
一方で、医学的には導入の意義があります。キザルチニブはFLT3-ITD変異にのみ有効ですが、ミドスタウリンはTKD変異にも一定の効果が期待できます。また、キザルチニブ耐性例に対する選択肢としても価値があるかもしれません。
造血幹細胞移植後の維持療法という観点も重要です。移植後の再発予防にFLT3阻害剤を使う戦略が注目されています。ミドスタウリンの長期維持療法データは、この領域で参考になる可能性があります。
国際共同治験への参加を通じて、日本人データを蓄積する方法もあります。グローバル試験に日本が参加することで、承認申請に必要なデータを効率的に集められます。
患者アドボカシーの役割も大きいです。患者団体が治療選択肢の拡大を求めて声を上げることで、状況が変わる可能性があります。
医療従事者にできることもあります。学会を通じて未承認薬問題を提起し、承認制度の改善を働きかけることです。
実臨床では、現在使える薬剤を最大限活用することが求められます。キザルチニブやギルテリチニブを適切に使い分け、最良の治療成績を目指す必要があります。
日経メディカルの記事では、米国で2017年に承認された4つのAML治療薬のうち、ゲムツズマブ オゾガマイシンを除く3剤が日本で未承認であることが報告されています
遺伝子検査の体制整備も課題です。FLT3変異の有無を迅速に判定できる体制がなければ、どのFLT3阻害剤も効果的に使えません。
コンパニオン診断薬の普及が重要です。
リューコストラットCDx FLT3変異検査は、FLT3阻害剤使用前に必須の検査です。初診時から実施する体制を整える必要があります。
治療アルゴリズムの標準化も求められます。どの患者にどのFLT3阻害剤を使うべきか、エビデンスに基づいたガイドラインが必要です。日本血液学会のガイドラインは定期的に更新されていますが、新薬承認に応じて迅速な改訂が求められます。
教育活動も重要です。FLT3阻害剤の特性、適応、副作用管理について、医療従事者への啓発を続ける必要があります。
国際的な情報交換も有益です。海外でのミドスタウリン使用経験から学び、日本での治療戦略に活かすことができます。国際学会での発表や論文を通じて、最新情報を入手することが大切です。
結論は明確です。ミドスタウリンは日本で未承認ですが、FLT3変異陽性AMLに対する治療選択肢は国内にも存在します。現在使える薬剤を適切に活用しながら、将来的な治療選択肢の拡大に向けた取り組みを続けることが、医療従事者に求められる姿勢といえるでしょう。