イソフルラン副作用と対策
肝機能障害18例のうち5例は死亡しました
イソフルラン副作用の全体発現率と主要症状
イソフルラン使用時の副作用発現率は12.8%と決して低くありません。国内第III相試験では296例中38例で副作用が確認されており、医療従事者として常に副作用のリスクを念頭に置いた麻酔管理が求められます。
主な副作用として最も頻度が高いのは頻脈で14例報告されています。これは成人の安静時心拍数60〜100回/分が、投与により100回以上に増加する状態です。次いで肝機能障害が8例、血圧下降が6例、頭痛・不整脈・吐気が各3例となっています。
これらの副作用は投与中のモニタリングで早期発見が可能です。心電図、血圧、呼吸状態の継続的な観察を怠らないことが基本です。
循環器系では不整脈、血圧変動、ST低下、心電図異常が0.1〜5%未満の頻度で発現します。血圧変動は収縮期血圧が基準値から20%以上変動する状態を指し、迅速な対応が必要になります。肝臓への影響としてAST・ALT上昇を伴う肝機能異常も同様の頻度で認められており、術後の肝機能検査値の確認が欠かせません。
精神神経系では激越や譫妄が報告されています。覚醒時に患者が興奮状態を示したり、見当識障害を呈することがあるため、覚醒過程での注意深い観察が求められます。覚醒困難も0.1%未満ですが報告されており、投与終了後も患者から目を離さないことが原則です。
副作用の詳細な発現頻度と症状について確認できる公式データベースです。
イソフルラン肝機能障害と死亡リスク
イソフルランによる肝機能障害は極めて重篤な副作用です。厚生労働省の報告によると、肝炎・肝機能障害の副作用報告18例のうち5例が死亡に至っています。これは約28%という高い致死率を意味します。
年間使用者数が約9万人と推計される中で18例の肝機能障害報告は、発生頻度としては稀ですが、一度発生すると生命に関わる重大な事態になることを示しています。
特に注意すべきは短期間内の反復投与です。
添付文書では少なくとも3ヵ月以内の反復投与を避けることが推奨されており、反復投与により肝機能障害の頻度が増すことが報告されています。
肝機能障害の早期発見には術後のAST、ALT値の著しい上昇に注目します。通常の基準値上限は30〜40 IU/L程度ですが、100 IU/Lを超える上昇が見られた場合は要注意です。さらに300 IU/L以上の著しい上昇は肝障害を強く示唆します。
他のハロゲン化麻酔剤との交叉過敏性も報告されています。過去にハロタン、セボフルラン、デスフルランなどで肝機能異常を呈した患者には、イソフルラン使用を慎重に検討する必要があります。肝機能障害患者では肝疾患がさらに増悪するおそれがあるため、既往歴の確認が不可欠です。
使用成績調査では肝臓・胆管系障害の副作用発現率は0.75%でした。男性、MAC・hour(総投与量)の高い群、術中併用薬あり群でそれぞれ副作用発現率が高く有意差が見られています。長時間手術や高濃度投与が必要な症例では特に注意が必要です。
イソフルラン悪性高熱の発生頻度と致死性
悪性高熱は全身麻酔の最も恐ろしい合併症の一つです。日本麻酔科学会のガイドラインによると、全身麻酔症例10万に1〜2人の頻度で発症し、1960年から現在まで日本で劇症型の発生総数は400症例を超えています。
発症時の死亡率は約10%と報告されており、適切な対応が遅れれば生命に関わります。イソフルランによる悪性高熱では原因不明の頻脈・不整脈・血圧変動、急激な体温上昇、筋強直、血液の暗赤色化(チアノーゼ)、過呼吸、ソーダライムの異常過熱・急激な変色、発汗、アシドーシス、高カリウム血症、ミオグロビン尿(ポートワイン色尿)などが認められます。
頻度不明とされていますが、実際の遺伝学的異常の保有率は400人に1人にも上る可能性が指摘されています。つまり潜在的な悪性高熱素因者は想像以上に多いということです。
血族に悪性高熱の既往歴がある患者は禁忌とされています。またスキサメトニウム塩化物水和物の静注により筋強直が見られた患者も悪性高熱があらわれやすいため、術前の問診で必ず確認します。
悪性高熱を疑った場合の対応は迅速性が生死を分けます。直ちにイソフルランの投与を中止し、ダントロレンナトリウムの静脈内投与、全身冷却、純酸素での過換気、酸塩基平衡の是正などの適切な処置を行います。腎不全を続発することがあるため、尿量の維持も重要な管理項目です。
手術室にはダントロレンを常備しておく必要があります。初回投与量は体重1kgあたり2.5mgで、症状が改善するまで繰り返し投与します。体重60kgの患者なら150mgが初回投与量になります。
イソフルラン心電図異常とQT延長から心停止へのリスク
心疾患及び心電図異常のある患者にイソフルランを使用すると、QT延長、心室頻拍(torsade de pointesを含む)、心室細動、完全房室ブロック等が出現し、心停止に至ることがあります。これは添付文書の慎重投与の項目に明記されている重大なリスクです。
QT延長は心室の再分極時間が延長する状態で、通常QTc間隔が男性で450ms以上、女性で470ms以上を示します。これが480msを超えると致死的不整脈のリスクが急激に高まります。
PMDAの改訂情報によると、2013年にイソフルランの使用上の注意が改訂され、「重大な副作用」の項に「QT延長、心室頻拍(torsades de pointesを含む)、心室細動、完全房室ブロック、心停止」が追記されました。これは実際の副作用報告に基づく安全対策です。
心室頻拍のうちtorsades de pointesは特殊な多形性心室頻拍で、心電図上QRS波がねじれるように変化する特徴的な波形を示します。この不整脈は心室細動に移行しやすく、緊急の除細動が必要になります。
心電図モニタリングは麻酔中の必須項目ですが、心疾患患者では特に注意深い観察が求められます。ST変化、不整脈の出現、QT間隔の延長などの異常が認められた場合は、濃度調整や投与中止を検討します。
術前の心電図評価で既にQT延長がある患者、心不全、虚血性心疾患、心筋症などの心疾患患者では、イソフルランの使用リスクと他の麻酔薬への変更を慎重に検討する必要があります。リスク評価には循環器専門医との連携も有効です。
イソフルラン高齢者使用の副作用リスク増加
高齢者へのイソフルラン使用では副作用発現率が年齢と相関して高くなることが明確に示されています。使用成績調査の結果、80歳以上の高齢者では成人(15歳〜64歳)に比べ副作用発現率が有意に高いことが確認されています。
この年齢による副作用増加の背景には、高齢者の生理機能低下があります。肝臓での薬物代謝能力の低下、腎機能の低下、心機能の予備能低下、脳血管の脆弱性などが重なり、薬剤の影響を受けやすくなっています。
高齢者では麻酔薬の必要量(MAC値)も低下します。26歳の成人ではMAC1.28%であるのに対し、64歳では1.05%まで低下するというデータがあります。つまり同じ濃度を投与すると高齢者では過量投与になりやすいということです。
BISモニタリングを使用したアジア人高齢者の研究では、BIS監視下でイソフルラン使用量が40%減少し、早期覚醒が得られたという報告があります。高齢者では麻酔深度モニターの積極的な使用が推奨されます。
術後認知機能障害(POCD)のリスクも高齢者で懸念されています。イソフルラン投与と術後認知機能障害の関連性が特に高齢者において指摘されており、術後のせん妄や認知機能低下に注意が必要です。
高齢者の麻酔管理では、必要最小限の濃度で維持すること、循環動態の変動に注意すること、術後の呼吸・循環管理を十分に行うことが重要です。術前評価で生理機能を詳細に把握し、個別化した麻酔計画を立てることが安全性向上につながります。
イソフルラン呼吸抑制作用と人工呼吸管理の必要性
イソフルランは他の吸入麻酔剤と同様、強い呼吸抑制作用を持ちます。これは添付文書でも強調されている重要な副作用で、麻酔中は患者の換気動態の観察を十分行い、必要に応じて補助ないしは調節呼吸を行うのが望ましいとされています。
呼吸抑制の機序は中枢性です。呼吸中枢への直接作用により、一回換気量が低下します。健康成人にイソフルラン1.8%を1時間吸入させた研究では、麻酔深度の増加に伴い一回換気量は低下しましたが、呼吸数は不変または軽度増加しました。
つまり呼吸数は維持されても一回換気量が減少するため、分時換気量が不足し、CO2が蓄積しやすくなります。術中のカプノメトリー(呼気終末CO2分圧測定)は必須のモニタリング項目です。正常値は35〜45mmHgですが、これが50mmHgを超えると換気不足を示唆します。
呼吸抑制に伴い咳、喉頭痙攣、気管支痙攣などが出現することもあります。喉頭痙攣は声門が閉鎖し換気が不可能になる緊急事態で、速やかな気道確保と陽圧換気が必要になります。
動物実験では肝腎への影響はほとんどないとされる一方、呼吸抑制が強いという特徴が明確に示されています。このためイソフルラン使用時は基本的に気管挿管と人工呼吸器による調節呼吸が推奨されます。
中枢神経抑制作用を有するオピオイド系薬剤やベンゾジアゼピン系薬剤との併用では、呼吸抑制等の副作用があらわれやすくなるため注意が必要です。相互に作用を増強させるため、併用する場合は各薬剤の減量を検討します。
イソフルランとアドレナリン併用の不整脈リスク
イソフルランとアドレナリン製剤の併用は重要な併用注意事項です。頻脈、不整脈、場合によっては心停止を起こすことがあり、心筋のアドレナリンに対する感受性が亢進することが知られています。
具体的なリスクの目安として、イソフルラン麻酔中のヒトの50%に心室性期外収縮を誘発するアドレナリン量(粘膜下投与)は6.7μg/kgと報告されています。これは体重60kgのヒトの場合、20万倍希釈アドレナリン含有溶液80mLに相当します。
手術中に局所止血目的でアドレナリン添加局所麻酔薬を使用することは一般的です。しかしイソフルランはセボフルランよりも不整脈が発生しやすいため、使用量には特に注意が必要です。セボフルランでは比較的安全とされる量でも、イソフルランでは不整脈のリスクが高まります。
不整脈発生のリスクを最小限にするためには、いくつかの対策があります。まずアドレナリンの総投与量を制限することです。添付文書に具体的な上限は記載されていませんが、前述の50%誘発量を参考に、その半分以下に抑えることが安全域と考えられます。
高炭酸血症も不整脈のリスクを高めます。PaCO2が上昇するとアドレナリンに対する心筋の感受性がさらに亢進するため、適切な換気管理でPaCO2を正常範囲(35〜45mmHg)に保つことが重要です。
心電図の継続的モニタリングで、心室性期外収縮、心室頻拍などの不整脈の早期発見に努めます。不整脈が出現した場合は、アドレナリン投与の中止、イソフルラン濃度の調整、抗不整脈薬の投与などを検討します。
外科医との緊密な連携も欠かせません。
イソフルラン濃度管理とモニタリングの実際
イソフルラン使用時の安全性を確保するには、適切な濃度管理とモニタリングが不可欠です。添付文書では正確な濃度の気体を供給できるイソフルラン専用気化器の使用が推奨されています。
導入時は0.5%から始めて徐々に濃度を上げ、手術に必要な濃度にすることが望ましいとされています。急激な高濃度投与は循環動態の急変を招くリスクがあります。
通常4.0%以下の濃度で導入できます。
維持麻酔では患者の臨床徴候を観察しながら、酸素・亜酸化窒素と併用し、最小有効濃度で外科的麻酔状態を維持します。
通常2.5%以下の濃度で維持可能です。
最小有効濃度での管理は副作用リスクの軽減につながります。
気化器の性質上、濃度は酸素流量で変化することに注意が必要です。分時送気量が4L以上で安定する気化器が多いため、低流量麻酔を行う際は吸気・呼気濃度の実測値を確認します。
麻酔ガスアナライザを用いた呼吸回路濃度の定期的または連続的モニタリングが推奨されます。気化器の設定濃度と実際の吸気濃度、さらに呼気濃度(終末呼気濃度)を確認することで、より精密な麻酔深度管理が可能になります。
BIS(Bispectral Index)などの麻酔深度モニターの使用も有効です。BIS値40〜60が適切な麻酔深度とされており、過深麻酔や覚醒リスクの回避に役立ちます。特に高齢者や長時間手術では積極的な使用が推奨されます。
長期にわたって高流量、高濃度で使用すると、出力濃度が低下するおそれがあります。
定期的な気化器の点検と校正が必要です。
また二酸化炭素吸収剤が乾燥しないよう定期的に新しいものに交換し、異常発熱や一酸化炭素発生のリスクを回避します。