脱分極性筋弛緩薬の作用機序
スキサメトニウムで筋弛緩が5時間続いた症例が実在します。
脱分極性筋弛緩薬における神経筋接合部の作用
脱分極性筋弛緩薬の作用機序を理解するには、まず神経筋接合部の正常な機能を把握する必要があります。運動神経終末から放出されたアセチルコリンは、シナプス間隙を通過して筋終板のニコチン性アセチルコリン受容体に結合します。この結合により受容体のイオンチャネルが開口し、ナトリウムイオンが筋細胞内に流入することで終板電位が発生します。
終板電位が閾値を超えると筋細胞膜全体に活動電位が伝播し、最終的に筋収縮が起こるのです。
通常、アセチルコリンは神経筋接合部に存在する真性コリンエステラーゼによって速やかに分解されます。これにより終板は再分極し、次の刺激を受け入れる準備が整います。この一連のプロセスは数ミリ秒という極めて短時間で完結し、筋肉の精密な制御を可能にしています。
脱分極性筋弛緩薬の代表格であるスキサメトニウム(サクシニルコリンとも呼ばれます)は、アセチルコリン2分子が結合した構造を持っています。この薬剤は神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、アセチルコリンと同様に受容体を活性化して脱分極を引き起こします。投与直後に観察される筋線維束攣縮(fasciculation)は、この初期脱分極の視覚的な証拠です。
しかし、スキサメトニウムは真性コリンエステラーゼでは分解されず、血漿中の偽性コリンエステラーゼ(ブチリルコリンエステラーゼ)によってのみ代謝されます。そのため、受容体との結合時間が延長され、終板の持続的な脱分極状態が維持されるのです。
持続的脱分極により、終板周囲の筋膜は不応期に入ります。つまり、次の活動電位を発生させることができない状態になるということですね。この結果、神経からの刺激があっても筋収縮は起こらず、筋弛緩状態が持続します。この現象は「脱分極性遮断」または「第一相遮断(Phase I block)」と呼ばれています。
神経筋接合部のアセチルコリン受容体の構造と機能について、日本臨床麻酔学会誌の詳細な解説
脱分極性筋弛緩薬の作用時間は薬剤の代謝速度に依存します。スキサメトニウムの場合、血漿コリンエステラーゼによって速やかに分解されるため、通常の用量(1mg/kg)では作用持続時間は6~11分程度と短時間です。これが緊急気道確保時の迅速導入で好まれる理由の一つとなっています。
ただし、長時間投与や高用量投与を行うと、作用様式が変化することがあります。これが「第二相遮断(Phase II block)」と呼ばれる状態です。
第二相遮断では、脱分極性遮断から非脱分極性遮断に類似した状態へと移行します。この状態では、筋弛緩モニタリングでTOF比の低下や反復刺激後の増強(fade)が観察されるようになります。第二相遮断のメカニズムは完全には解明されていませんが、受容体の脱感作や細胞膜の再分極障害が関与していると考えられています。
第二相遮断に移行した場合、通常の脱分極性遮断とは異なり、ネオスチグミンなどのコリンエステラーゼ阻害薬による拮抗が可能になる場合があります。
脱分極性筋弛緩薬と非脱分極性筋弛緩薬の相違点
脱分極性筋弛緩薬と非脱分極性筋弛緩薬は、どちらも神経筋接合部に作用して筋弛緩をもたらしますが、その作用機序は根本的に異なります。この違いを理解することは、臨床における適切な薬剤選択と安全な使用のために不可欠です。
非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム、ベクロニウム、パンクロニウムなど)は、ニコチン性アセチルコリン受容体に結合しますが、受容体を活性化することはありません。つまり、アセチルコリンが受容体に結合する場所を物理的に塞ぐことで、競合的にアセチルコリンの作用を阻害するのです。受容体に結合しても脱分極は起こらないため、投与直後の筋線維束攣縮は観察されません。
競合的拮抗が基本です。
対照的に、脱分極性筋弛緩薬は受容体を活性化して脱分極を引き起こすため、初期には筋収縮(筋線維束攣縮)が観察されます。この違いは、薬剤投与後の臨床的観察において最も明確に現れる特徴の一つです。
拮抗薬の使用においても両者は対照的です。非脱分極性筋弛緩薬による筋弛緩は、ネオスチグミンなどのコリンエステラーゼ阻害薬やスガマデクスによって拮抗できます。ネオスチグミンはアセチルコリンの分解を抑制してシナプス間隙のアセチルコリン濃度を上昇させ、競合的に非脱分極性筋弛緩薬を受容体から追い出します。スガマデクスはロクロニウムやベクロニウムを直接包接して不活化する選択的結合拮抗薬です。
しかし、通常の脱分極性遮断(第一相遮断)に対しては、有効な拮抗薬は存在しません。
コリンエステラーゼ阻害薬を投与すると、スキサメトニウムの分解が阻害されてかえって作用が増強・遷延してしまいます。そのため、脱分極性筋弛緩薬使用後は、血漿コリンエステラーゼによる自然な代謝を待つしかありません。ただし、第二相遮断に移行した場合は、ネオスチグミンによる拮抗が可能になる場合があります。
作用持続時間にも大きな違いがあります。スキサメトニウムは血漿コリンエステラーゼによって速やかに代謝されるため、作用持続時間は6~11分と非常に短時間です。一方、非脱分極性筋弛緩薬の作用持続時間は薬剤によって異なり、ロクロニウムで30~50分、ベクロニウムで40~60分、パンクロニウムでは90~120分と比較的長時間です。
筋弛緩モニタリングの所見も両者で異なります。脱分極性遮断では、四連刺激(TOF)に対して4回の反応が均等に減弱し、反復刺激後の増強(fade)は認められません。一方、非脱分極性遮断では、TOFの4回目の反応が最初の反応より明らかに減弱するfadeが特徴的です。
副作用プロファイルも大きく異なります。
脱分極性筋弛緩薬は筋線維束攣縮による術後筋肉痛(約50%の患者で発生)、血清カリウム値の上昇(正常患者でも0.5mEq/L程度上昇)、眼圧・胃内圧・頭蓋内圧の一時的上昇、徐脈などの副作用を引き起こす可能性があります。特に、広範囲熱傷、脊髄損傷、長期不動化などアセチルコリン受容体のアップレギュレーションが生じている患者では、致死的な高カリウム血症を引き起こすリスクがあるため、投与禁忌となっています。
非脱分極性筋弛緩薬は一般的に副作用が少なく、高カリウム血症のリスクもありません。ただし、薬剤によってはヒスタミン遊離(パンクロニウムなど)や迷走神経遮断作用による頻脈(パンクロニウム)が見られることがあります。
スキサメトニウムによる高カリウム血症のメカニズム
スキサメトニウム投与後の高カリウム血症は、脱分極性筋弛緩薬の最も重篤な副作用の一つであり、特定の病態を持つ患者では致死的となる可能性があります。このリスクを理解し適切に回避することは、麻酔科医にとって極めて重要です。
正常な患者にスキサメトニウムを投与した場合でも、血清カリウム値は一時的に約0.5mEq/L上昇します。これは筋細胞膜の脱分極に伴って、細胞内から細胞外へカリウムイオンが移動するためです。健常者ではこの程度の上昇は臨床的に問題となることはほとんどありません。
しかし、特定の病態では状況が一変します。
広範囲熱傷、脊髄損傷、脳血管障害による片麻痺、長期不動化、敗血症、デナベーション(神経支配の喪失)、重症筋疾患などの状態では、筋細胞膜上のニコチン性アセチルコリン受容体が異常に増加する「アップレギュレーション」が生じます。通常、これらの受容体は神経筋接合部の終板領域にのみ存在しますが、アップレギュレーションにより筋細胞膜全体に受容体が広がります。
この状態でスキサメトニウムを投与すると、増加した受容体すべてが活性化されるため、通常の何倍ものカリウムイオンが細胞外に放出されます。その結果、血清カリウム値が10mEq/L以上にまで急激に上昇し、不整脈、心室細動、心停止に至る可能性があるのです。実際に、このような患者へのスキサメトニウム投与による心停止の報告が複数存在しています。
熱傷患者では、受傷後48時間から約1年間はこのリスクが持続すると考えられています。
脊髄損傷患者では、受傷後24~48時間から数か月間がリスク期間とされています。長期不動化(1週間以上)の患者でも同様のリスクがあります。これらの患者では、スキサメトニウムは絶対禁忌です。
高カリウム血症のリスクを回避するためには、詳細な術前評価が不可欠です。患者の既往歴、最近の外傷や疾患の有無、活動性の低下や長期臥床の有無などを慎重に確認する必要があります。リスク因子を持つ患者には、非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム、ベクロニウムなど)を選択すべきです。
万が一、スキサメトニウム投与後に高カリウム血症が疑われる場合は、迅速な対応が求められます。心電図モニタリングでT波の増高や尖鋭化、QRS幅の拡大などの変化を認めた場合は、直ちに治療を開始します。
治療としては、グルコン酸カルシウムの静脈内投与による心筋保護、グルコース・インスリン療法によるカリウムの細胞内シフト、過換気による呼吸性アルカローシスの誘導などが行われます。
脱分極性筋弛緩薬と悪性高熱症の関連性
悪性高熱症は、遺伝的素因を持つ患者が特定の麻酔薬に曝露された際に発症する、生命を脅かす重篤な合併症です。脱分極性筋弛緩薬のスキサメトニウムは、揮発性吸入麻酔薬とともに悪性高熱症の主要なトリガー薬剤として知られています。
悪性高熱症の発症頻度は、全身麻酔を受ける患者の約10万人に1~2人とされていますが、男性は女性の約3倍発症しやすいとされています。日本では1960年から現在までに400人以上の発症が報告されており、決してまれな合併症ではありません。
悪性高熱症の根本的な原因は、筋小胞体のリアノジン受容体(RYR1遺伝子)やジヒドロピリジン受容体(CACNA1S遺伝子)の遺伝子変異です。
これらの受容体は筋収縮に必要なカルシウムイオンの放出を制御していますが、変異により機能異常を来すと、トリガー薬剤への曝露時に筋小胞体から大量のカルシウムイオンが制御不能に放出されます。その結果、持続的な筋収縮、骨格筋の過代謝、酸素消費の著しい増大、熱産生の亢進が生じるのです。
典型的な症状としては、原因不明の頻脈、不整脈、血圧の変動、急激な体温上昇(1時間に2℃以上上昇することもあります)、筋硬直、呼気終末二酸化炭素濃度(ETCO₂)の急速な上昇、ソーダライムの異常加熱などが挙げられます。血液検査では、代謝性アシドーシス、高カリウム血症、クレアチンキナーゼ(CK)の著明な上昇、ミオグロビン血症が認められます。
治療が遅れると、横紋筋融解症、急性腎不全、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全へと進行し、死に至る可能性があります。早期診断と迅速な治療介入が予後を大きく左右するため、麻酔科医は常に悪性高熱症の可能性を念頭に置いておく必要があります。
悪性高熱症が疑われた場合、直ちにトリガー薬剤(スキサメトニウムや揮発性吸入麻酔薬)の投与を中止し、全身麻酔を静脈麻酔薬に切り替えます。同時に、悪性高熱症の特効薬であるダントロレンナトリウムの投与を開始します。初回投与量は2.5mg/kgで、症状が改善するまで繰り返し投与します。
体温冷却のために、冷却輸液、胃洗浄、体表冷却などを積極的に行います。
過換気により呼気中の二酸化炭素を排出し、代謝性アシドーシスに対しては炭酸水素ナトリウムを投与します。高カリウム血症や不整脈にも対応し、尿量を確保してミオグロビン尿による腎障害を予防します。これら一連の処置を迅速かつ組織的に実施するため、各施設には悪性高熱症対応プロトコルと必要な薬剤・器材を常備しておくことが推奨されています。
悪性高熱症の既往がある患者や、悪性高熱症の家族歴を持つ患者、セントラルコア病やキングデンボローグ症候群などの関連疾患を有する患者には、スキサメトニウムと揮発性吸入麻酔薬の使用は絶対禁忌です。これらの患者には、プロポフォールなどの静脈麻酔薬と非脱分極性筋弛緩薬を用いた麻酔管理が選択されます。
日本麻酔科学会による悪性高熱症患者の管理に関する詳細なガイドライン
偽性コリンエステラーゼ欠損症における遷延性無呼吸
スキサメトニウムの作用持続時間が通常の6~11分ではなく、数時間に及ぶことがあります。これは偽性コリンエステラーゼ(ブチリルコリンエステラーゼ)の活性低下または欠損が原因で起こる遷延性無呼吸という合併症です。
偽性コリンエステラーゼは肝臓で合成される血漿中の酵素で、スキサメトニウムを速やかに分解する役割を担っています。この酵素の活性が低下している状態では、スキサメトニウムの代謝が遅延し、筋弛緩作用が異常に長時間持続してしまうのです。
偽性コリンエステラーゼの活性低下には、遺伝性と後天性の原因があります。
遺伝性の偽性コリンエステラーゼ欠損症は、BCHE遺伝子の変異により生じる常染色体劣性遺伝疾患です。完全欠損型(ホモ接合体)の頻度は約3,000~5,000人に1人、部分欠損型(ヘテロ接合体)は約30~50人に1人と推定されています。完全欠損型の患者では、通常量のスキサメトニウム投与後に4~8時間にわたる遷延性無呼吸が生じることがあります。
日常生活では全く問題ありませんが、麻酔時に初めて診断されることがほとんどです。
後天性の原因としては、重症肝疾患、栄養障害、悪性腫瘍、妊娠、経口避妊薬の使用、火傷、有機リン系農薬への曝露などが挙げられます。また、一部の薬剤(シクロホスファミド、エコチオパート、パンクロニウムなど)が偽性コリンエステラーゼを阻害することも知られています。これらの原因による活性低下は通常は軽度であり、極端な遷延性無呼吸を引き起こすことは比較的まれですが、注意が必要です。
遷延性無呼吸が発生した場合、患者は自発呼吸が回復するまで人工呼吸管理を継続する必要があります。通常、筋弛緩モニタリング(TOF刺激やテタヌス刺激)を用いて神経筋伝達の回復を評価します。TOF比が0.9以上に回復し、十分な呼吸努力と自発呼吸が確認できるまで、鎮静下で機械的人工換気を続けます。
この間、患者や家族への説明と精神的サポートが重要です。
治療として、新鮮凍結血漿の投与により正常な偽性コリンエステラーゼを補充する方法が報告されていますが、効果は限定的であり、一般的には推奨されていません。基本的には、時間をかけて自然に酵素が薬剤を分解するのを待つしかありません。
遷延性無呼吸を経験した患者には、遺伝性偽性コリンエステラーゼ欠損症の可能性について説明し、専門施設での遺伝子検査を勧めることが望ましいでしょう。診断が確定した場合、患者本人と血縁者に対して、今後の麻酔でスキサメトニウムの使用を避けるよう警告カードを発行するなどの対策が必要です。
術前評価において、過去の麻酔で遷延性無呼吸の既往がある患者、偽性コリンエステラーゼ欠損症の家族歴がある患者、重症肝疾患を有する患者などでは、スキサメトニウムの使用を避け、非脱分極性筋弛緩薬を選択することが賢明です。緊急時にスキサメトニウムを使用せざるを得ない場合は、遷延性無呼吸のリスクを十分に理解した上で、術後の呼吸管理体制を整えておくことが重要です。