一眼半水平注視麻痺症候群と内側縦束
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一眼半水平注視麻痺症候群の臨床所見
一眼半水平注視麻痺症候群(one-and-a-half syndrome)は、同側の共役水平注視麻痺と、同側の核間眼筋麻痺(INO)による内転障害が同時に起きる眼球運動パターンです。
結果として「同側眼は水平にほぼ動かず」「反対側眼は外転方向のみが目立って残る」ように見え、診察室では“1.5”という名前が示す通り、水平眼球運動の一部が失われた印象になります。
症状としては複視、かすみ、動揺視、めまい感などで受診し、注視方向で眼振パターンが変わることもあります。
この所見をベッドサイドで捉えるコツは、まず「正面視」「右注視」「左注視」を順番に評価し、内転できない眼(病変側)と、外転時に眼振が出る眼(多くは対側)をセットで記録することです。
さらに、輻輳(寄り目)が保たれるかを確認すると、MLF障害(INO)の典型像に合うかどうかの判断がしやすくなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10854879/
MSDマニュアルの表でも、水平注視時の内転麻痺は「輻輳時は正常」という点が特徴として整理されています。
一眼半水平注視麻痺症候群の病態生理と橋水平注視中枢
病態の理解には、橋背側被蓋の3要素(傍正中橋網様体:PPRF、内側縦束:MLF、外転神経核)をセットで思い浮かべるのが実用的です。
水平注視の指令はPPRFと外転神経核で統合され、外転神経核からは同側外直筋への運動ニューロンと、対側動眼神経核(内直筋)へ向かう核間ニューロン(MLFを上行)が出ます。
この回路の「PPRF(または外転神経核)+同側MLF」が一度に障害されると、同側への共同注視ができない(水平注視麻痺)うえ、反対側注視時にも同側眼の内転ができない(INO)ため、一眼半という特徴的な所見になります。
MSDマニュアルでも、one-and-a-half症候群は「内側縦束および同側の橋水平注視中枢における病変」と整理され、輻輳は保たれると示されています。
この「輻輳が保たれやすい」点は、MLFの核間ニューロンが主に共同運動(水平注視)に関わり、輻輳は別系統の回路が強く寄与するため、と理解すると臨床推論が安定します。
ただし病変が中脳側へ広がるなどすると、垂直注視や瞳孔反応も絡むことがあり、“典型”から外れる症例の存在も頭に置く必要があります。
一眼半水平注視麻痺症候群の原因疾患とMRI
原因は「橋病変を起こす疾患」全般で、血管障害(虚血性脳幹梗塞、橋出血など)が成人では頻度として多い、という整理が臨床では重要です。
実際に、橋背側被蓋のPPRF/外転神経核とMLFが同側で近接しているため、限局した梗塞や出血でも“セットで当たりやすい”構造的背景があります。
血管以外にも、炎症、外傷、浸潤性、脱髄、腫瘍性などが病因になり得るとまとめられています。
画像はMRIが病変同定と原因探索の中心で、臨床所見(眼球運動パターン)と放射線学的所見の組み合わせで診断するのが基本です。
ただし超急性期の脳幹梗塞ではDWI偽陰性が課題になり得ることが知られており、眼球運動所見から脳幹虚血を強く疑うなら、時間をおいた再検や撮像条件の工夫を検討する臨床判断が求められます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/32/1/32_1_60/_pdf
診療現場では、神経学的に局在が立っているのに画像が追いつかない状況があるため、「画像が正常=否定」と短絡しない姿勢が安全です。
参考:眼球運動所見と症候群の対応(one-and-a-halfを含む)が表で整理され、局在推定に使えます。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:一般的な眼球運動障害(表)
一眼半水平注視麻痺症候群の鑑別と検査
鑑別の要点は、「核間眼筋麻痺(INO)」を軸にしつつ、末梢の外眼筋・神経筋接合部・眼窩疾患を除外し、核上性(脳幹)所見として整合するかを詰めることです。
特に重症筋無力症(MG)は“疑似one-and-a-half”を取り得るとされ、内転障害があるように見えても、輻輳評価や日内変動、疲労性などの情報で違和感が出ることがあります。
MGや甲状腺疾患が疑われる場合、抗体検査や甲状腺機能検査を検討し得ると記載されています。
神経学的には、他の脳神経所見(顔面神経麻痺など)や四肢運動・感覚、小脳徴候を同時に拾うと、橋病変の“広がり”と責任血管の推定がしやすくなります。
MSDマニュアルの表は、水平注視麻痺、MLF病変、one-and-a-halfなどを同じ枠組みで示しているため、鑑別のチェックリストとして使いやすい資料です。
眼球運動は「診断名」ではなく「局在を示す言語」でもあるので、所見を“動きの方向”で細かく書き分けることが、チーム医療では重要になります。
一眼半水平注視麻痺症候群の独自視点:現場での伝達と安全設計
検索上位の解説は病態生理や原因に焦点が当たりやすい一方、現場の安全設計(申し送り・トリアージ・リスクコミュニケーション)に落とす工夫は意外に語られにくい領域です。
一眼半水平注視麻痺症候群は、患者訴えが「めまい」「複視」「見えにくい」「ふらつく」など非特異的になり得るため、救急・一般外来で“末梢性めまい”側に分類されやすいのが実務上の落とし穴です。
そこで、眼球運動の所見を短い定型文にして伝えると、専門外のスタッフにも危険度が共有しやすくなります。
例えば申し送りでは、次のような書式が役に立ちます(例文は施設運用に合わせて調整)。
- 👁️ 眼位:正面視で斜視/偏位の有無(例:外斜位、正中)
- ↔️ 水平注視:右注視で右眼/左眼の外転・内転可否、左注視も同様
- 🔎 INO所見:内転障害+対側外転時眼振の有無
- 🧪 付随所見:輻輳、垂直注視、瞳孔所見、顔面神経麻痺、構音、四肢運動
- 🧠 画像:MRI(DWI)所見、超急性期なら再検の予定
MSDマニュアルにあるように、one-and-a-halfでは「輻輳は保たれる」と整理されるため、輻輳の記載は“局在の芯”を共有する短いキーになります。
加えて、患者説明では「眼の筋肉自体の問題ではなく、脳幹の眼球運動回路の連携が一部うまくいかない状態」と言語化すると、不安の強い複視患者でも受け入れが進みやすいことがあります。
症状マネジメントとして、保存的にはアイパッチ(片眼遮蔽)やプリズムで複視を軽減する選択肢が示されていますが、まずは原因疾患(脳幹梗塞など)への対応が主である点をチーム内で統一しておくことが重要です。