中枢性眼球運動障害と注視麻痺
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中枢性眼球運動障害の脳幹と小脳と内側縦束
中枢性眼球運動障害は、外眼筋や末梢神経そのものの障害では説明できない「指令系の破綻」として捉えると整理しやすい。
とくに脳幹は、水平・垂直の共同運動を成立させる中枢が密集し、ここが傷つくと「両眼の協調」が崩れる。MSDマニュアルの表でも、内側縦束(MLF)や水平注視中枢、垂直注視中枢の障害が、注視麻痺や核間障害と結び付く形で整理されている。
水平共同注視の基本は、橋の水平注視中枢(臨床的にはPPRFを含む)から外転神経核へ、さらにMLFを介して反対側の動眼神経核(内直筋)へ連絡して両眼を同方向へ動かす、という回路で説明される。
この連絡が切れると、いわゆる核間性眼筋麻痺(internuclear ophthalmoplegia)として「内転障害+対側外転時眼振」などの所見が出やすい。
MLFは眼球運動の複数要素(サッケード、滑動性追従、前庭動眼反射など)に関係する高度に髄鞘化された線維束であり、病変の臨床像が単純な“内転できない”に収まらないことがある点も重要である。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7771398/
小脳は「眼球運動の精度と学習」に深く関わり、眼球運動が“出るか出ないか”だけでなく、“行き過ぎる/足りない”“揺り戻す”といった測定障害を生みうる。
MSDマニュアルでも、小脳路障害が「注視のオーバーシュートに続く振動」など、運動の測定障害として提示されている。
参考)Table: 一般的な眼球運動障害-MSDマニュアル プロフ…
臨床では、脳幹で共同運動が破綻しているのか、小脳で精度制御が破綻しているのかを切り分けると、画像の当て方(中脳・橋・延髄・小脳のどこを見るか)も変わる。
中枢性眼球運動障害の注視麻痺と共同注視と鑑別
注視麻痺(gaze palsy)は「眼球を動かす筋力が落ちた」のではなく、眼球運動を起こす上位の指令が途絶する(核上性)ことで起こりうる。
共同注視麻痺は、原因として水平では脳卒中、垂直では中脳病変(梗塞や腫瘍など)が挙げられ、病変部位と症候の対応が比較的はっきりしている。
つまり、診察で注視麻痺を疑った時点で「末梢神経の単独麻痺」よりも「脳幹・中脳の病変」を優先して考える価値が高い。
鑑別の実務で役立つのは、同じ“動かない”でも、随意運動と反射運動で結果が変わるかをみる視点である。
たとえば核上性注視麻痺では、随意の上下運動が止まっていても、頭部を他動的に動かして前庭動眼反射(VOR)を使うと眼球が追加で動くことがある。臨床家向けの解説では、垂直性核上性注視麻痺の確認として、視標追跡で止まった後に頭部を他動的に動かし、さらに上転(または下転)が出るかを観察する手技が具体的に述べられている。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_4052
逆に、末梢神経や外眼筋の問題(核下性/筋性)で本当に眼球が動かせない場合は、随意でもVORでも動かないことが多い。
この切り分けは救急の現場でも強力で、時間がない状況でも「脳幹・中脳を疑うべきか」を早期に決める支点になる。
さらに、斜偏視や特殊な眼球運動異常(ocular bobbing等)も脳幹病変と結び付けて整理されており、所見を“神経解剖の言葉”に翻訳できるとチーム内コミュニケーションが速くなる。
中枢性眼球運動障害の眼振と視運動性眼振と評価
眼振は「目が揺れている」という現象名だが、鑑別に使うには誘発条件(注視、頭位、体位変換など)と、急速相の方向(水平・垂直・回旋)をセットで記述する必要がある。
日本眼科学会の解説でも、後天性眼振では動揺視を伴い、めまい、脳梗塞、小脳変性疾患、多発性硬化症などの中枢疾患が背景になることがある点が述べられている。
つまり「眼振=耳鼻科領域」と決め打ちせず、中枢性めまい・脳幹小脳病変の文脈でも評価を組み立てるべきである。
視運動性眼振(OKN)は生理的眼振として説明され、動く物体(背景)を追跡する際に出現し、頭部が静止しているときに動いている物体を目で追うことを可能にする。
参考)コラム
この“生理反射”がどの程度出るか、出方が左右差を示すかは、視覚‐眼球運動ネットワークの評価として使える場面がある。
また、追従(pursuit)とサッケード(saccade)を同じ「眼球運動が変」とひとまとめにせず、別物として観察すること自体が診断精度を上げる、という臨床的メッセージも示されている。
意外と見落とされがちなのは、眼球運動所見は「目の問題」ではなく「歩行・姿勢制御」と同じ回路障害の一部として出てくる点である。
めまい診療の標準的神経治療でも、前庭系は眼球運動に密接に関わり、脳幹や小脳に異常が生じた場合は中枢性めまいとして眼振が手掛かりになる、という趣旨が述べられている。
参考)https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/memai.pdf
眼振の観察を“付け足し”にせず、神経学的局在診断の中核に置くと、検査の優先順位(緊急MRIなど)も合理化しやすい。
中枢性眼球運動障害の進行性核上性麻痺と垂直性眼球運動障害
中枢性眼球運動障害の代表的な慢性進行例として、進行性核上性麻痺(PSP)は外せない。
難病情報センターの記載では、PSPの主要症候として核上性注視麻痺が挙げられ、垂直性核上性眼球運動障害は初期には垂直サッケードの緩徐化として現れ、進行に伴い上下方向への注視麻痺が顕著になる、と整理されている。
つまり「上下が動かない」だけを探すと手遅れになりやすく、「垂直サッケードが遅い」という早期サインを拾うことが重要になる。
PSPの診察では、視標を用いた垂直サッケードの誘発(上10度/下10度程度を交互に提示する等)や、追従運動との対比が実用的である。
臨床解説では、注視麻痺の出現より早くから衝動性眼球運動の緩徐化がみられること、そして具体的な誘発方法が示されている。
救急的な“急性中枢”だけでなく、外来で“じわじわ進む中枢”を拾うためにも、眼球運動を定型手順として組み込む意義は大きい。
また、PSPを疑うかどうかは眼球運動だけでは決まらず、易転倒性や姿勢反射障害などの全体像と一体で評価すべき疾患である。
難病情報センターでも、PSPは核上性注視障害、姿勢反射障害による易転倒性が目立つパーキンソニズム、認知症を主症状とする慢性進行性の神経変性疾患として説明されている。
参考)進行性核上性麻痺(指定難病5) &#8211; 難病情報セン…
眼球運動所見を「局在のヒント」としてだけでなく、「疾患像の核」として扱うと、紹介タイミングや多職種連携(転倒予防・嚥下評価)にも直結する。
中枢性眼球運動障害の独自視点:動画記録と遠隔評価
検索上位の一般的解説では、眼球運動異常は“ベッドサイドで観察”として語られがちだが、現場では「所見を残す技術」が診断の再現性を左右する。
スマートフォン等で眼球運動を短時間動画として記録できれば、急性期の眼振パターンやサッケードの遅さを、後から神経内科・神経眼科と共有しやすくなり、チーム医療の速度が上がる。
眼球運動の「見える化」という観点で、追跡眼球運動(pursuit)や衝動性眼球運動(saccade)、視運動性眼振(OKN)を具体的に言語化し、指標の提示が診察に必要である点が述べられており、“記録可能な手技”として再構成しやすい。
動画記録の利点は、上級医の一発診断を狙うことだけではない。
病棟での経時変化(例:注視麻痺が進行した、眼振が変化した、複視の訴えが変わった)を同一条件で残せると、病勢評価や治療反応(急性期なら脳卒中の進行や改善)の把握がしやすい。
もちろん個人情報・同意・院内規程の遵守が前提だが、眼球運動は“診察室で消える所見”になりやすいからこそ、記録の文化が臨床の質を底上げする。
また、動画に残すときは「何を撮るか」を定型化した方が使えるデータになる。
- 正面視での眼位(斜偏視の示唆など)を数秒
- 水平注視(右・左)での共同運動と注視方向性眼振
- 垂直注視(上・下)での可動域と垂直サッケードの速度感
- 可能なら視標追跡(pursuit)と、簡易OKN(安全な範囲で)
このようにサッケード/追従/反射を“別ファイルの短尺”で撮ると、所見が混ざらず、後からレビューしやすい。
参考:眼振の分類や後天性眼振で中枢疾患が背景になり得る点(眼振の基本整理に有用)
参考:垂直性核上性注視麻痺の確認手技(VORを利用した診察手順が具体的で、PSPなどの評価の参考になる)
参考:一般的な眼球運動障害と病変部位の対応(臨床所見→症候群→原因が表形式で整理されている)