網膜ぶどう腫と診断と治療
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網膜ぶどう腫の病態と先天異常
「網膜ぶどう腫」という語は日常臨床ではやや揺れがあり、厳密には“網膜そのもの”が袋状に突出するというより、強膜の局所的な拡張(staphyloma)や、脈絡膜・網膜を含む後眼部形態の異常として捉えるのが実務的です。後眼部の局所的な壁の伸展・菲薄化があれば、その上に乗る脈絡膜や網膜は曲率変化を強いられ、血流・RPE・外網膜の負荷が増します。後眼部ぶどう腫は病的近視の重要所見(hallmark)としても整理され、「隣接部より曲率半径が小さい限局性の眼球壁の外方突出」という定義で論じられます。
先天異常の文脈では、コロボーマ(ぶどう膜欠損)が鑑別に必ず上がります。コロボーマは胚裂閉鎖不全により生じ、虹彩から脈絡膜・視神経乳頭まで幅広い表現型を取り得ます。脈絡膜欠損では対応する網膜の発生も障害され、眼球成長とともに欠損部に孔が生じて網膜剥離を起こし得る点が、小児・若年のフォローで重要です。
臨床の落とし穴は、「ぶどう腫」という語が前眼部形成異常(前部ぶどう腫)にも使われることです。前部ぶどう腫は角膜が薄くなり前方へ突出する病態で、後眼部の“網膜ぶどう腫”とは病変部位も対応も別物なので、紹介状・既往歴の用語だけで同一視しないよう注意します。
参考リンク(ぶどう膜欠損の概念、合併症としての網膜剥離リスク、診断の基本がまとまっています)
網膜ぶどう腫の診断と画像検査
診断は「眼底所見+断層情報+必要に応じて広範囲の形態評価」の組み合わせになります。ぶどう腫の本体は曲率変化なので、眼底写真だけでは“立体”が平面に潰れ、境界が曖昧になります。OCTは最初に選ぶべき検査で、ぶどう腫辺縁が黄斑を横切る場合、黄斑の漿液性変化(浅い漿液性網膜剥離)やRPE変化を拾い上げられます。傾斜乳頭症候群(tilted disc syndrome)では「下方ぶどう腫」を伴うことがあり、垂直方向のスキャンが有効という実践的ポイントが知られています。
後部ぶどう腫に伴う黄斑の問題は、単に“凹んでいる”ではなく、境界部で網膜・脈絡膜が硝子体側に突出するように見えることがある点です。症例報告レベルでも、OCTでSRDや浅いRPE剥離を示し、ぶどう腫部の脈絡膜厚が周囲と異なるなど、形態と滲出の関連が議論されています。さらに、近年は広範囲OCT(WF-OCT)等でぶどう腫の分類・把握が進み、病的近視の評価の中で“見える化”が進んでいます。
画像検査の目的は2つです。
- 形態の把握:ぶどう腫の位置、境界、黄斑・視神経乳頭との関係
- 合併症の検出:SRD、CNV、RPE萎縮、網膜分離、牽引の有無
「網膜ぶどう腫」を主訴に来る患者は、実際には“見え方の変化”で受診します。視力だけでなく、変視・暗点・コントラスト低下の訴えがある場合、OCTで中心窩直下の液体やRPEの変化を確認し、必要なら造影(FA)やOCTAでCNVの評価へ進めます(施設方針や患者背景で最適解は変わります)。
参考リンク(下方ぶどう腫と漿液性網膜剥離の臨床像、OCTでの見え方の例がまとまっています)
網膜ぶどう腫と鑑別と合併症
鑑別は大きく「先天形態(TDS、コロボーマなど)」「病的近視関連」「腫瘍性(“腫”という語につられて混同される領域)」に整理すると安全です。特に紹介で紛れやすいのが「網膜芽細胞腫」で、白色瞳孔や眼底で腫瘤が疑われ、かつ媒体混濁で眼底観察が不十分な場合には、超音波、CTでの石灰化、MRIでの充実性腫瘍の評価が診断補助となる、とガイドラインでも整理されています。つまり“網膜ぶどう腫”という検索語で来院しても、乳幼児ではまず命に関わる鑑別(腫瘍)を先に除外する導線が必要です。
合併症は、視機能を左右するものが中心です。文献的には、後部ぶどう腫(特に病的近視関連)では、萎縮、CNV、網膜分離などさまざまな「近視性黄斑症」が関連します。傾斜乳頭症候群+下方ぶどう腫では、RPE萎縮部位に一致した漏出や漿液性黄斑剥離が問題となり、慢性CSCとの鑑別が話題になります。さらに、コロボーマ(脈絡膜欠損)では、眼球の成長に伴い欠損部の異常網膜に孔があき、網膜剥離を発症し得る点が重要で、長期フォローの説明に直結します。
臨床で見逃しやすい“意外な論点”として、傾斜乳頭症候群(下方ぶどう腫)に「網膜疾患に対する保護的効果」が示唆されたという議論があります。下方ぶどう腫によって眼底に曲率の異なる領域が共存し、特定の疾患の出現が偏る可能性が述べられており、病態を「単なる形態異常」ではなく“局所の生体環境の違い”として捉える視点は、患者説明の深みや研究的興味につながります。
参考リンク(網膜芽細胞腫の診断で画像検査をどう使うかがまとまっています:超音波・CT・MRIの役割)
網膜ぶどう腫の治療とフォロー
治療の基本方針は「形態そのものを“戻す”発想より、合併症を早期に拾って介入する」になります。先天・形態異常は根治が難しい一方で、合併する網膜剥離、CNV、黄斑浮腫などは治療可能性がある、という整理は重要です。コロボーマ関連でも、先天異常自体は治せないが、合併症の多くは治療できるという総説の立場が示されています。
一方、ぶどう腫に関連する漿液性網膜剥離(SRD)に対しては、標準治療が一枚岩ではありません。傾斜乳頭症候群のserous maculopathyでは、FAで漏出点があれば光凝固が選択肢として挙げられることがあります。さらに稀な報告ですが、下方後部ぶどう腫に伴う両眼SRDに対して、強膜短縮術+硝子体手術でSRDが軽快した症例も報告されており、「ぶどう腫=経過観察しかない」と短絡しない姿勢が求められます(ただし再発可能性やエビデンスの限界も併記して説明が必要です)。
フォロー設計は、患者の背景で変えます。
- 小児・先天異常疑い:視機能発達、弱視リスク、家族歴、全身合併の確認(必要時に遺伝相談へ)
- 近視性の後部ぶどう腫:黄斑合併症(CNV、分離、SRD)の自覚症状教育と、OCT中心の定期評価
- 境界が黄斑を横切る形態:変視・暗点が軽微でもOCTで液体を拾う運用
患者説明で使える実用的フレーズとしては、「病気の“形”は変えにくいが、そこで起こりやすい“トラブル”は治療で抑えられることがある」が有効です。加えて、急な視力低下・変視・暗点が出た場合に早期受診する理由(CNVやSRDの可能性)を、検査(OCT、必要ならFA/OCTA)とセットで具体的に伝えると、受診遅れを減らせます。
網膜ぶどう腫と独自視点と説明
医療者側の“説明の質”が転帰に影響しやすい領域です。ぶどう腫は慢性経過になりやすく、症状が日内変動したり、視力が保たれていても「見え方が不快」「片眼での距離感が狂う」など、数値化しにくい訴えが出ます。ここで有用なのが、OCT画像を患者と一緒に見ながら「曲率の境界」「黄斑の液体」「RPEの変化」を言語化することです(医療不信の芽を早期に摘む意味でも有効です)。
また“意外に効く”運用として、傾斜乳頭症候群や下方ぶどう腫が疑われる場合、OCTは水平スキャンだけで満足せず、垂直方向・長尺スキャンで境界を捉える、という手順の徹底があります。現場では撮像プロトコルの差が診断遅れに直結するため、視能訓練士・検査スタッフと「疑うべき症例」の共通認識を作る価値があります。
最後に、用語の混乱対策です。患者が検索してくる「網膜ぶどう腫」は、実際には「後部ぶどう腫」「下方ぶどう腫」「傾斜乳頭症候群」「コロボーマ」「病的近視」「(誤って)腫瘍」まで混ざります。問診の最初に、過去に言われた病名・年齢・眼底写真や紹介状の記載(前眼部か後眼部か)を確認し、同音異義的な“ぶどう腫”を整理してから説明に入ると、診療が早く安全になります。