浸潤性表層角膜炎と鑑別と治療
浸潤性表層角膜炎の原因:コンタクトレンズと無菌性浸潤
浸潤性表層角膜炎は、臨床的には「角膜上皮〜浅層実質に炎症細胞が集積して白色〜灰白色の混濁(浸潤)として見える状態」を主所見とし、感染ではなく免疫反応(無菌性浸潤)として出現することがあります。日本眼科学会のコンタクトレンズ合併症の整理では、CL装用に伴う角膜浸潤のうち病原体が検出されないものを無菌性浸潤と呼び、原因として酸素欠乏、防腐剤、ケア溶液、レンズ汚れ、細菌毒素に対するアレルギー反応などを挙げています。
無菌性浸潤は角膜周辺〜中間周辺部に小円形の浸潤が単発または多発し、無症状から異物感・痛み・充血まで幅があるとされます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/29ab0a9d7c81d02a49363df0abdbdec32befec07
一方で、症状が強い・病変が大きいほど「感染あるいは感染由来」の可能性が高くなる点が重要で、見た目だけで「無菌性」と決め打ちすると危険です。
また、コンタクトレンズ装用は感染性角膜炎そのものの最大級の誘因でもあります。感染性角膜炎ガイドラインでは、本邦の発症誘因としてCL装用が最多で、レンズケア不良による汚染が重要なリスク因子になり得ること、重症例では緑膿菌やアカントアメーバが多いことが述べられています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/ef31c51f9fc0af2812b6babe83b82f1292095668
したがって、浸潤性表層角膜炎を疑う場面ほど「無菌性浸潤」だけでなく「初期の感染性角膜炎」も同時に想定し、同じ問診項目(装用方法、連続装用、ケア、ケース交換、入浴・水回り曝露、外傷など)を丁寧に取りに行くのが安全です。
浸潤性表層角膜炎の症状:充血・痛み・視力低下
角膜浸潤に伴う自覚症状は、異物感、痛み、流涙、羞明、かすみ(混濁が視軸にかかる場合)などが中心で、軽症から中等症では「痛いが我慢できる」程度として受診する例もあります。角膜炎一般としては、感染性角膜炎では原則的に充血を伴う一方、ステロイド点眼が投与されていると充血を伴わないことがあり、所見が読みづらくなる点がガイドラインでも注意喚起されています。
医療者側で評価すべきは、①浸潤の部位(中心か周辺か)、②上皮欠損の有無(フルオレセイン染色)、③前房反応の有無(細胞・フレア・前房蓄膿)、④痛みの割に所見が軽い/重いなどの乖離、の4点です。感染性角膜炎ガイドラインでは、角膜に浸潤性混濁があればまず感染性角膜炎を疑い、前房内炎症細胞があれば可能性が高まる一方、認められない場合は非感染性角膜炎との鑑別が必要、と整理されています。
ここで臨床的に“意外に見落としやすい”のが、痛みが強いのに所見が軽いケースです。コンタクトレンズ装用歴があり、強い疼痛が前面に出て、初期には斑状の上皮〜上皮下混濁や偽樹枝状病変が中心となるアカントアメーバ角膜炎は、病期により像が変わり、ヘルペスとも紛らわしいため鑑別の網に入れておく必要があります。
浸潤性表層角膜炎の鑑別:感染性角膜炎と角膜ヘルペス
鑑別の大原則は、「浸潤=感染」とは限らないが、「感染を否定できるまでは感染として扱う」姿勢です。感染性角膜炎は原因(細菌・真菌・原虫・ウイルス)が多彩で、初期診断や治療を誤れば重篤な視力障害につながり得るため、的確な診断と治療が必要とガイドラインで明記されています。
検査に関しては、細菌性角膜炎の診断では塗抹検鏡と培養検査が強く推奨されています。
現場では全例に角膜擦過を行う体制がないこともありますが、「中心部浸潤」「上皮欠損が明確」「前房反応あり」「急速進行」「免疫抑制・ステロイド長期点眼」などがあれば、上位施設連携も含めて検査を前提に動くのが安全です。
角膜ヘルペスとの鑑別では、樹枝状病変と偽樹枝状病変の見分けが実地的です。ガイドラインは、HSVの樹枝状病変はterminal bulbの存在や上皮内浸潤(顆粒状混濁/軽度隆起)を特徴とし、偽樹枝状はterminal bulbを欠き先端が先細りで細いことが多い、と整理しています。
さらに偽樹枝状病変は帯状ヘルペス角膜炎やアカントアメーバ角膜炎でも生じ得るため、樹枝状“っぽい”だけでヘルペス治療(+ステロイド)に寄せ過ぎないことが重要です。
もう一つの落とし穴は「ステロイド点眼で一時的に見た目が良くなる」ことです。コンタクトレンズ合併症の記載でも、感染が疑われる場合に副腎皮質ステロイド点眼薬の使用は避けるべきと明確に書かれています。
加えて、感染性角膜炎診療ガイドラインでも、ステロイド点眼が所見(充血など)をマスクしうる点が述べられており、初期の鑑別をさらに難しくします。
浸潤性表層角膜炎の治療:抗菌薬とステロイド点眼の使い分け
無菌性浸潤が疑わしい場合でも、初期対応は「CL中止+広域スペクトル抗菌点眼」をベースに置くのが現実的です。日本眼科学会の記載では、無菌性浸潤の治療はCL装用中止と広いスペクトルを有する抗菌薬点眼とされています。
ステロイド点眼は、無菌性(免疫反応)寄りで、前房炎症がなく、病巣が周辺部優位で、上皮欠損が軽微で、経過が安定しているなど条件が揃う場合に限って、抗菌薬併用下で検討します。コンタクトレンズ合併症の項では、多発性角膜浸潤(MPSや細菌毒素に対するアレルギー反応と考えられる)では、CL中止と副腎皮質ステロイド薬と抗菌薬点眼が治療として記載されています。
一方で「感染が疑わしい段階でステロイドを単独で開始」するのは避けるべきです。感染性角膜炎ガイドラインの推奨サマリーでは、細菌性角膜炎の治療に副腎皮質ステロイド点眼は併用しないことを提案する、とされており(弱い推奨ながら“原則は併用しない”方向)、漫然とした導入はリスクになります。
実務で役立つ運用例(施設プロトコルに合わせて調整)を挙げます。
✅ 初期(感染除外できない)。
・コンタクトレンズ中止、レンズとケースは持参させる(可能なら培養も検討)
・フルオレセイン染色で上皮欠損の範囲を記録する(写真/スケッチ)
・広域抗菌点眼を開始し、翌日〜48時間で再評価する(悪化なら擦過・培養・紹介)
✅ 無菌性が濃厚(周辺小浸潤、前房反応なし、経過安定)。
・抗菌点眼を継続しつつ、短期のステロイド点眼を併用し炎症を速やかに落とす選択肢
・眼圧モニターと再燃確認をセットにする(中止/減量は急がず計画的に)
✅ 再発/反復例。
・MPSやケア方法、ケース交換頻度、こすり洗いの有無を再点検し、必要なら1日使い捨て等への変更を検討する(再発時はケア変更やレンズ変更を検討、と記載)
浸潤性表層角膜炎の独自視点:ステロイドで“見えなくなる”リスク設計
検索上位の一般向け解説では「ステロイド点眼で改善」とまとめられがちですが、医療者側が本当に困るのは「改善したように見えるのに、実は感染が進行している」シナリオです。感染性角膜炎ガイドラインでも、ステロイド点眼が入っていると充血が乏しくなることがあり、典型像が崩れて評価を誤り得る点が示されています。
そこで、浸潤性表層角膜炎を“病名として確定”させるより先に、診療設計として次の3つをセットにするのが安全です。
- ①観察指標の固定:フルオレセイン染色の欠損面積、浸潤径、前房反応、疼痛の主観尺度を毎回同じ形で記録する(悪化の早期検出が目的)
- ②中止条件の事前合意:浸潤拡大、上皮欠損増大、前房反応出現、疼痛増悪、視力低下などがあればステロイドを止めて感染評価へ切り替える(“戻り道”を最初に作る)
- ③検査・紹介の閾値:中心部病変や進行例は、塗抹検鏡・培養検査を強く推奨する方針に沿って上位施設での擦過も含めて早期に動く
この「ステロイドを使うか?」という二択ではなく、「ステロイドを使った結果、評価が難しくなる」という副作用(診断妨害)を前提に、観察と撤退ラインを先に設計する発想は、浸潤性表層角膜炎のマネジメントを安定させます。
【参考リンク:感染性角膜炎の診断(塗抹・培養・PCR)や、原因微生物別の所見と治療方針の全体像】
日本眼感染症学会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第3版)PDF
【参考リンク:コンタクトレンズ合併症としての角膜浸潤(無菌性浸潤、多発性角膜浸潤、感染疑い時のステロイド回避など)の実務的要点】