セロトニン縫線核と情動疼痛覚醒調節メカニズム

セロトニン縫線核と情動疼痛覚醒調節

セロトニン縫線核の要点まとめ
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情動と危険予測

背側・正中縫線核のセロトニン神経は、不安や恐怖だけでなく「危険を予測して冷静に対処する力」を支える中枢として働く。

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疼痛と覚醒のハブ

大縫線核を中心とした下行性疼痛抑制系と、覚醒・睡眠リズムの調節を介して、慢性疼痛や不眠に深く関わる可能性がある。

根気と患者行動

正中縫線核と海馬を結ぶセロトニン回路は「根気・粘り強さ」の維持に寄与し、治療継続行動の背景にも関与している可能性が示唆されている。

セロトニン縫線核の解剖とセロトニン神経系

セロトニン神経の細胞体は、脳幹正中部に連なる縫線核群(B1〜B9群)にほぼ集約され、そこから前脳・小脳・脊髄に広汎な軸索投射を行うのが大きな特徴である。

「縫線」という名称は左右の脳を縫い合わせる部位に由来し、この領域のニューロンの多くがセロトニンを含有するが、一部にはGABA作動性などセロトニン以外のニューロンも混在している。

縫線核からのセロトニンは、シナプス間隙だけに局在せず、放出部位から離れたニューロンにも広く作用する「拡散性伝達」の性質を持ち、いわばホースで脳全体にセロトニンを撒いているような機能を果たす。

参考)感覚系における抑制系の意義と下行性疼痛制御系を再考する

この拡散性のため、縫線核の活動変化は、前頭皮質、辺縁系、視床、脊髄など多数のネットワークに同時に影響し、情動・覚醒・疼痛・自律機能など多岐にわたる機能調節に波及する。

参考)https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BBamp;mobileaction=toggle_view_desktop

臨床的には、縫線核の頭側群(背側縫線核など)は覚醒や情動行動、摂食、体温、片頭痛、嘔吐、性行動などと関連し、尾側群は主に疼痛制御や自律機能に関与すると整理されている。

参考)https://medical-tribune.co.jp/rensai/articles/?blogid=11amp;entryid=558324

セロトニン作動薬やセロトニン毒を用いた研究から、縫線核の活動変調が、うつ病、不安障害、片頭痛、慢性疼痛などの病態生理の一部を構成していることが強く示唆されている。

セロトニン縫線核と情動・危険予測・パニック

縫線核セロトニン神経は、不安や恐怖の調節に関わることが古くから知られ、背側縫線核の回路や受容体レベルの解析により、不安と恐怖の制御メカニズムがある程度分離して理解できる段階に来ている。

特に、腹側手綱核から縫線核セロトニン細胞へ至る回路は「危険予測値」を符号化し、危険到来前に適切な回避行動を学習するために不可欠な経路として報告されている。

ゼブラフィッシュを用いた研究では、腹側手綱核からの入力を遮断すると能動的回避学習が成立せず、一方でこの領域を光遺伝学で活性化すると、危険を予測したような回避行動が誘導されることが示された。

参考)共同発表:危険に対して冷静かつ適切に対処できるようになるため…

この危険予測値の情報は、縫線核を介してセロトニンとして脳全体に伝達され、人間におけるパニック障害や不安障害の病態に関係する可能性が指摘されている。

参考)パニック障害の医学的メカニズム:生物学的要因と最新の研究成果…

また、縫線核のセロトニン神経はpH低下や二酸化炭素上昇を検知し、パニック反応の誘発に寄与することが報告されており、慢性的なCO₂過敏性が一部の患者のパニック発作脆弱性を規定している可能性もある。

このため、呼吸調整法や過換気への介入が、パニック障害治療で重要視される背景には、縫線核セロトニン系による化学感受性に基づくメカニズムが存在すると考えられる。

参考)危険に対して冷静かつ適切に対処できるようになるための神経回路…

意外な点として、側縫線核を含むネットワークは「長期将来報酬の予測」に関与し、将来得られる報酬を見越した意思決定プロセスの一部を担っているという画像研究も報告されている。

参考)https://jams.med.or.jp/event/doc/129006.pdf

単に気分や不安の調整だけでなく、危険予測と将来報酬予測の両面で「時間を見通す脳機能」の中核に縫線核セロトニン系が位置づけられつつある点は、臨床的にも注目に値する。

参考)辛抱強い人は楽観的?辛抱強さを促すセロトニン、2つの高次脳領…

セロトニン縫線核と疼痛・下行性疼痛抑制系

縫線核とくに大縫線核(raphe magnus、B3群)は、下行性疼痛抑制系の重要な起始核であり、脊髄後角へ投射するセロトニン作動性線維を通じて痛覚伝達を抑制する役割を担う。

セロトニンは末梢では発痛物質として働く一方、中枢では受容体サブタイプや局在に依存して、痛みの促進にも抑制にも働きうる二相性の性質を持つため、縫線核からの下行性入力も一様ではない点に留意が必要である。

感覚系における抑制系の再考をテーマとした総説では、縫線核群が闘争・攻撃・防御・逃避・すくみ反応などの情動行動に関与すると同時に、PAG(中脳水道周囲灰白質)と連携して痛みの抑制を行うことが強調されている。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/69/3/69_3_159/_pdf

PAGに入力した脊髄中脳路からの信号は、縫線核ニューロンを興奮させて下行性疼痛抑制系を駆動し、精神状態や過去の体験に基づく快・不快の評価によって痛覚体験が増強・減弱される背景となる。

参考)https://jsrm.gr.jp/cms/wp-content/uploads/2022/04/2022.4.document_ito.pdf

慢性疼痛患者では、この下行性疼痛抑制系の機能低下(down-regulation)や情動的・精神的変調がしばしばみられ、縫線核セロトニン系の活動低下や受容体機能変化が一因として議論されている。

一方で、SSRIやSNRIなどセロトニン系に作用する抗うつ薬の一部は、慢性疼痛に対して鎮痛補助効果を示すことがあり、そのメカニズムの一部として縫線核を起点とした下行性抑制の増強が想定されている。

意外な知見として、パーキンソン病など運動疾患でも縫線核セロトニン系が運動症状・非運動症状に関与し、大脳基底核への投射を通じた運動調節ネットワークの一角を担う可能性が指摘されている。

この視点に立つと、うつ・不安・疼痛・運動症状が併存する症例で縫線核機能を一括して考えることが、症状の連関を理解するうえで有用な枠組みとなるかもしれない。

セロトニン縫線核と覚醒・根気・高次認知への投射

背側縫線核(dorsal raphe nucleus, DRN)のセロトニン神経は、側坐核、眼窩前頭皮質、内側前頭前野など多くの高次脳領域へ投射し、待ち時間に耐える「辛抱強さ」や楽観的な見通しの形成に関わることが示されている。

この研究では、DRNセロトニン神経の活動が、将来の報酬を見込んで待機する行動を促進し、楽観的な期待を伴う忍耐の神経基盤の一部を成している可能性が提案されている。

また、正中縫線核5-HT神経と海馬の連関に着目した研究では、正中縫線核の活性化と海馬でのセロトニン放出が、海馬神経細胞の抑制制御を通じて「根気」の持続を支えるメカニズムが報告されている。

参考)根気を生み出す脳内メカニズムの発見 ~粘り強さは海馬とセロト…

この回路を選択的に活性化する標的分子が同定できれば、忍耐力の低下や意欲低下を特徴とするうつ病などに対し、高い薬効と迅速な治療効果を持つ新しい治療法の開発につながる可能性がある。

参考)https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2023-02/2302_Nagayasu-28dac00b9c514ee9dc5003db4893e713.pdf

ヒトにおける7テスラMRIを用いた超高解像度機能イメージングでは、縫線核を含む脳幹神経核が覚醒−睡眠、情動行動、学習・記憶などに関与し、ヒトの行動および神経精神疾患と密接に結びついていることが確認されている。

参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-15H03127/15H03127seika.pdf

セロトニン神経系の活動は、覚醒に先行して増加し、外界刺激に対する注意や覚醒レベルの調整を担う青斑核ノルアドレナリン系と協調する形で、睡眠−覚醒サイクル全体を構成していると考えられる。

この「根気」と「覚醒」の観点を臨床に引き寄せると、治療への粘り強い取り組みが難しい患者や、慢性的な倦怠感・易疲労を訴える患者では、縫線核セロトニン系と海馬・前頭前野ネットワークの機能評価が今後の研究課題となる。

参考)[一般の方へ ]

単に「うつ気分」として一括りにせず、根気・待機行動・報酬予測といった行動特性に注目して問診・観察を行うことが、セロトニン縫線核の機能変化を推定する一つの手がかりになると考えられる。

セロトニン縫線核の臨床的意義と今後の応用視点

縫線核は、うつ病の「セロトニン仮説」の中心とされてきた一方で、側縫線核セロトニン神経を破壊しても必ずしもうつ様行動が増加しないなど、単純なセロトニン不足モデルでは説明できないデータも蓄積している。

オプトジェネティクスを用いた研究では、特定のセロトニン亜集団の選択的・可逆的操作により、情動や行動の変化が精密に解析されつつあり、縫線核内部のサブネットワークごとの機能分化が今後の鍵となる。

臨床的には、以下のような観点でセロトニン縫線核を意識することが有用と考えられる。

さらに、根気・忍耐力や治療継続行動といった行動特性に焦点を当てることで、従来の「気分中心」の診立てでは拾いきれなかった患者の困りごとを抽出できる可能性がある。

将来的には、背側・正中縫線核と海馬・前頭前野・側坐核を結ぶセロトニン回路を標的とした新規治療(薬物・神経調整法)が、うつ病・依存症・慢性疼痛の横断的治療ストラテジーとして展開されることが期待されている。

うつ病の脳科学的研究全般の整理と、縫線核を含む報酬予測ネットワークへの言及。

日本アルコール・アディクション医学会「うつ病の脳科学的研究:最近の話題」

危険予測と縫線核セロトニン制御に関するプレスリリース(手綱核−縫線核回路の詳細)。

科学技術振興機構「手綱核−縫線核神経回路によるセロトニン制御」

感覚系・疼痛と縫線核セロトニン系の役割を包括的に解説した日本語総説。

日本ペインクリニック学会誌「感覚系における抑制系の意義と下行性疼痛制御系を再考する」

セロトニン神経系と縫線核の基礎解説と受容体サブタイプ整理。

脳科学辞典「セロトニン神経系」

根気・忍耐の制御における正中縫線核5-HT神経と海馬の役割に関する解説。

日本神経科学学会「『根気』は海馬とセロトニンが制御する」