てんかん脳波 波形
てんかん脳波 波形の棘波と鋭波
てんかん診療で「波形」と言ったとき、まず中心になるのは発作間欠期に出るてんかん性放電(interictal epileptiform discharge)で、代表が棘波(spike)と鋭波(sharp wave)です。J-Stageの総説では、棘波は持続時間20~70ms、鋭波は70~200msという時間定義が明記され、背景活動から突出し、頂点が尖り、しばしば後続徐波を伴う点が強調されています。
臨床現場では「尖って見える=棘波」と短絡しがちですが、棘波らしさは形だけでは決まりません。奈良県臨床検査技師会の教材では、てんかん性異常波の特徴として「左右非対称」「陰性または陽性の徐波が後続」「2相性または3相性」「背景律動とは異なる周波数」「周辺に不規則徐波が混在しやすい」など、複数の“セット所見”として示されています。
実務でのチェックポイントを、判読の手順に落とすと次のようになります。
・波形の持続時間(棘波か鋭波か)
・背景からの突出度(その時点の背景律動と比べて“浮いている”か)
・後続徐波(slow after-wave)の有無と極性
・同一部位での反復性(同じ局在で繰り返すか)
・周辺の徐波混在(局在性徐波が混在していないか)
この「反復」「後続徐波」「周辺の徐波混在」は、良性変異やアーチファクトを切り分ける際に効いてきます(後述)。
てんかん脳波 波形の棘徐波複合と多棘徐波複合
棘波や鋭波が単発で現れるだけでなく、「棘+徐波」の組み合わせでパターン化したものが棘徐波複合(spike-and-slow wave complex)です。2016年の総説では、棘徐波複合、鋭徐波複合、多棘徐波複合など複数のパターンが挙げられ、全般てんかんでは全般性棘徐波複合や多棘徐波複合、3Hz棘徐波複合などがみられると整理されています。
棘徐波複合は「臨床症状と結びつく典型」が想起しやすい一方、見た目のインパクトで過大評価されることがあります。総説には「脳波でてんかん放電が記録されても、それが臨床発作症状を説明し得るものでなければ、必ずしもてんかんとは診断できない」「正常人でも0.5~1%にてんかん性放電が記録される」といった重要な注意があり、波形単独で診断を固定しない姿勢が求められます。
一方で、臨床では“波形の頻度・持続・分布”が治療戦略に影響する場面もあります。例えば、全般性に左右差が少ないパターンか、局所(focal)に位相逆転を伴って局在が推定できるかは、病型分類や薬剤選択に直結し得ます。総説では、双極導出で位相逆転から最大電位の場所(焦点)を決める考え方が図示され、局在診断の基本として提示されています。
てんかん脳波 波形の過呼吸と光刺激と睡眠賦活
ルーチン脳波で「賦活」を丁寧にやるかどうかは、てんかん性放電の検出率を大きく左右します。2016年の総説では、非誘発性発作の初回てんかん性発作では「光刺激・過呼吸・睡眠を含む脳波記録」が必要とされ、睡眠賦活脳波がてんかん性放電の出現頻度を上げることが明記されています。
賦活法の具体は、閃光刺激(photic stimulation)と過呼吸(hyperventilation)に加え、断眠による睡眠賦活が典型です。総説では、光刺激は複数周波数(例:3~21Hz)での刺激、過呼吸は1分間20回程度で3分間という実施目安が示され、光突発反応や発作波の記録が期待されると説明されています。
ここでの実務上の落とし穴は、「賦活で波形が出た=病的」と早合点することです。奈良県臨床検査技師会の資料でも、覚醒~入眠期に出るBETS、軽睡眠期に出る14&6Hz陽性棘波、入眠期に出る6Hz棘・徐波複合など、賦活(特に睡眠・うとうと状態)で現れやすい“境界領域”の波形が列挙され、鑑別の重要性が示されています。
現場で役立つ小技としては、賦活中の所見は「同時に背景の変化(眠気・過換気による徐波化など)も起きる」ことを意識し、波形単体ではなく“状態の文脈”に乗せて読むことです。賦活で出現するパターンほど、動画(患者状態)や筋電図・眼球運動などの混入評価とセットで見直すと誤判読が減ります(ビデオ脳波の有用性は総説でも強調されています)。
てんかん脳波 波形のBETSと6Hz棘徐波の鑑別
検索上位でも頻出しやすいのが「棘波・棘徐波複合の見分け方」ですが、実務で本当に困るのは“てんかんっぽいけれど、てんかんではない”波形です。奈良県臨床検査技師会の資料では、BETS(Benign epileptiform transients of sleep)は成人に多く、入眠移行期~睡眠stage1・2で見られ、低振幅(50μV以下)・短持続(50ms以下)で、局在は前~中側頭部優位だが一局所に固定しにくい点がまとまって提示されています。
同資料は「BETSとてんかん性棘波の鑑別点」も明確で、てんかん性棘波は一局所に反復して出現し得ること、鋭波や局在性徐波が混在しやすいこと、覚醒時にも認めることがある、という差が挙げられています。ここは読み手の主観ではなく、記録全体を俯瞰した“統計”で勝負する発想(反復性・分布・状態依存性)が重要です。
また、6Hz棘・徐波複合(phantom)は、短い群発で全般性に見えることがあり、鑑別が難しい代表格です。奈良県臨床検査技師会の資料では、てんかん性棘徐波より棘波成分が低振幅で、しばしば陽性成分が目立つこと、覚醒や入眠期に出現し、過呼吸や光刺激で賦活されること、前頭優位型ではてんかんとの関連が指摘される一方、後頭優位型は病的意義が少ないと考えられていることが述べられています。
ここに「意外性」を足すなら、同じ“6Hz”でも意味合いが揺れる点です。つまり「周波数が6Hzだから良性/病的」ではなく、最大振幅の分布(前頭優位か後頭優位か)や振幅、状態(覚醒・傾眠)、臨床症状との整合で判断が変わる、という“波形の文法”が存在します。波形の名前を覚えるより、名前が付いた理由(どの所見が固定で、どこが可変か)を押さえると誤判読が減ります。
てんかん脳波 波形の局在と位相逆転の実務
(独自視点)「棘波を見つける」だけでなく、「その棘波を臨床で使える情報に変換する」工程が、医療従事者の現場では重要です。2016年の総説が示すように、基準電極導出は半球性・左右差の異常を見つけやすい一方、双極導出は位相逆転(phase reversal)から局在を決められる、という役割分担があります。
そこで提案したい実務フレームは、「波形の確からしさ」と「局在の確からしさ」を分けて記述することです。
・波形の確からしさ:棘波/鋭波の時間定義、後続徐波、背景からの突出、反復性
・局在の確からしさ:位相逆転の一貫性、導出法での再現性、アーチファクト混入の影響
総説でも、耳朶(基準)電位の影響で基準電極導出の判定が難しくなる場合があり、双極導出の位相逆転が局在決定に有利だと説明されています。
さらに、局在が“きれいに決まらない”ケースの扱いも、現場での差が出ます。総説では、長時間脳波ビデオモニタリングが、てんかん発作と非てんかん性発作の鑑別、全般か部分か、焦点局在、通常脳波で拾えない発作間欠期異常の検出に有用とされ、発作起始部が筋電図や体動などのアーチファクトで見えにくい場合には発作終了後の背景抑制や徐波化が手がかりになることも述べられています。
この考え方を日常のレポートに落とすなら、次のような表現が安全です(例)。
・「右中側頭部優位に鋭波を認め、双極導出で位相逆転が一致するため局在を支持」
・「全般性棘徐波複合を認めるが、臨床症状との整合・賦活条件・背景活動を踏まえ総合判断が必要」
波形を“診断名”に直結させず、波形→推定→臨床統合という階段を明示すると、チーム医療での誤解が減ります。
権威性のある日本語資料(てんかん診断における脳波・賦活・位相逆転・ビデオ脳波の要点)。
権威性のある日本語資料(BETS・6Hz棘徐波など境界領域の具体的鑑別ポイント)。
https://naraamt.or.jp/Academic/kensyuukai/2005/kirei/nouha_tenkan/nouha_tenkan.html

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