調剤録記載事項と調剤年月日
調剤録記載事項の法的根拠と薬担規則
調剤録の位置づけを最初に押さえると、記載事項の「粒度」を決めやすくなります。保険調剤では、保険薬剤師は調剤を行った場合に「遅滞なく、調剤録に当該調剤に関する必要な事項を記載」する義務があります。これは保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則(いわゆる薬担規則)の第10条で明確に規定されています。
さらに保険薬局側にも、調剤録に「療養の給付の担当に関し必要な事項を記載」し、他の調剤録と区別して整備する義務がある点が重要です。つまり、個々の薬剤師が記載するだけでなく、薬局として監査・照会に耐える形で“整備された記録体系”になっていることが問われます。
現場で意外に誤解されやすいのは、「調剤録=薬歴(薬剤服用歴)」と完全一致するものではない、という点です。薬担規則や関連資料では、調剤録が“請求の根拠”であることが強調されており、調剤行為の事実関係(誰が、いつ、何を、どれだけ、どんな根拠で)を追える状態が求められます。
参考)https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/gyomu/gyomu/hoken_kikan/documents/yakkyoku_2.pdf
一方で、実務上は電子薬歴・電子記録で運用している薬局が多く、調剤録の必須項目が薬剤服用歴等に適切に包含されていれば、規定を満たす設計にしているケースもあります(この“包含設計”は、薬局ごとに説明責任が生じやすい領域です)。
調剤録記載事項の具体例と必須項目
「調剤録記載事項」を具体化するには、列挙された項目を“監査で再現できる情報”として再整理すると実務に落ちます。地方厚生局の説明資料では、調剤録に記載すべき事項として、患者の氏名及び年齢、薬名及び分量、調剤年月日、調剤量、調剤した薬剤師の氏名が示されています。
加えて、処方せんの発行年月日、処方した医師等の氏名、処方した医師等の住所または勤務医療機関の名称・所在地も記載事項に含まれます。
また、変更調剤や疑義照会を行った場合は、その変更内容や照会に対する回答内容も記載すべき事項として挙げられており、ここが監査・返戻で刺さりやすいポイントです。
さらに保険請求と結びつく領域として、被保険者証記号番号、保険者名、生年月日、被保険者・被扶養者の別といった保険資格関連、処方せん上の用量・既調剤量・使用期間、薬剤点数・調剤手数料・請求点数・患者負担金額までを調剤録に記載すべき事項として整理しています。
ここでの“意外な落とし穴”は、電子レセコンには存在するが調剤録として出力・提示できない、あるいは「誰が入力したか」が追えない運用です。資料でも電子薬歴について「何時、誰が記録したかが判別可能か」「修正の記録はどうか」といった観点が示されており、監査目線では“システムの監査証跡”が実務品質の一部になります。
記載の際は、文章量を増やすより「監査で突合される組」を意識すると漏れが減ります。たとえば、次の組み合わせで最低限の整合が取れているかをチェックします。
・患者(氏名・年齢)+処方元(医療機関・医師・処方日)+調剤(調剤年月日・薬剤師名)
・薬剤(薬名・分量・調剤量)+変更/照会(変更内容・回答内容)
・請求(点数・患者負担金額)+根拠(当該薬局で調剤した薬剤、処方せん記載の用量・使用期間)
調剤録記載事項の保存期間と電子化
保存期間は、現行制度を理解しつつ、将来改正の方向性も押さえると安全です。厚生労働省の検討会資料では、薬剤師法において調剤済み処方箋・調剤録はそれぞれ「3年間保存」とされ、これは薬剤師法制定(昭和35年)以来改正されていない、と整理されています。
同資料では、保存期間が「調剤後の安全性に係る問題への対応」と「紙の運用を前提とした薬局の実施可能性」を考慮して設定された一方、近年は電子媒体保存や電子処方箋の活用で保管が容易になっている、と背景も説明されています。
また、医師・歯科医師の診療録が5年間保存であることに触れ、保存期間の不整合を解消する必要性が論点として示されています。
実務上の注意点として、保存年限“だけ”守っていても、検索・提示できなければ意味が薄いのが監査対応です。調剤録は「調剤報酬請求の根拠」と説明されており、指導・監査では処方せん・調剤録・レセプトの突合が前提になります。
つまり、電子保存にしても、①該当患者を引ける、②該当処方の調剤内容を引ける、③変更調剤や疑義照会の履歴を引ける、④入力者・入力日時・修正履歴を追える、という「説明可能性」を残す設計が必要です。
現場でありがちな事故パターンは、システム更新・ベンダ変更・マスタ入替のタイミングで、過去データの参照性や証跡が欠けることです。保存期間が3年であっても、監査や医療安全の観点では「いつでも速やかに確認できる」運用が期待されやすいので、バックアップや移行手順を“調剤録運用の一部”として明文化しておくと強いです。
調剤録記載事項の監査・指導での見られ方
監査・指導は「記載しているか」だけでなく、「整備されているか」「根拠として機能するか」で評価されやすい領域です。地方厚生局の資料では、調剤録は調剤報酬請求の根拠であり、保険薬局は調剤録を他の調剤録と区別して整備すべき、と明示されています。
また、適正請求の確保として「請求関係は事務に一任しているので知らなかった」は通用しない、保険薬剤師はレセプトを確認する努めがある、と釘を刺す記載もあり、調剤録は“薬剤師業務と事務業務の境界”にある記録だとわかります。
監査対応で強い調剤録は、「後追いで第三者が再現できる」形です。たとえば、疑義照会をしたのに調剤録に回答内容がない場合、処方内容の妥当性判断が後から追えず、医療安全・請求根拠の両面で弱くなります(照会した事実だけでなく、回答の要旨が要点)。
また、変更調剤をした場合も同様で、変更内容の記載がないと、処方せん記載と調剤実績の差分が説明できません。
実務的には、次のような“監査での突合ポイント”を意識すると、調剤録記載事項の漏れを減らせます。
・処方せんの「処方日」⇔調剤録の「処方せん発行年月日」
・調剤した日⇔調剤録の「調剤年月日」
・担当者⇔調剤録の「調剤した薬剤師の氏名」
・請求の内訳⇔調剤録の「薬剤点数、調剤手数料、請求点数、患者負担金額」
加えて、意外に見落とされやすいのが“区別して整備”の意味です。単にファイルがあるだけではなく、保険調剤分が他の記録と混在して監査時に抽出できない運用だと、整備不十分と判断されやすくなります。
調剤録記載事項の独自視点:医療安全とDXの“将来負債”
ここからは検索上位の解説では触れられにくい、現場の将来負債になりやすい観点です。厚労省資料では「調剤録等の薬局情報のDX・標準化の検討を進める」とされ、薬局―医療機関の情報共有の推進が求められる、という方向性が示されています。
この流れの中で、調剤録記載事項は“保存して終わりの帳簿”から、“共有・二次利用される前提のデータ”に性格が変わっていく可能性があります。
つまり今のうちに、記載事項を「自由記載で書けていればOK」ではなく、「データとして意味が崩れない」形で整備しておくと、将来の制度変更やシステム統合で痛手が減ります。
たとえば、疑義照会の記録がフリーテキストだけで、誰に・いつ・何を確認し・どう回答されたかが構造化されていないと、後年にデータ移行した際に“検索不能な知識”になります。電子薬歴の観点としても、誰がいつ記録したか、修正履歴が追えるかが問われており、監査証跡はDX時代の最低限の品質指標になっていきます。
また、保存期間が将来的に5年へ寄る議論がある以上、3年で消える前提のストレージ設計・バックアップ設計だと、方針転換のときにコストが跳ね上がります。
医療安全の視点では、調剤録記載事項の充実は「事故が起きないようにする」だけでなく、「起きたときに原因を再現し、再発防止を設計できる」ことに直結します。保存の背景として“調剤後の安全性に係る問題への対応”が挙げられているのも、単なる事務ではなく安全文化の一部だからです。
その意味で、調剤録は“監査に耐えるための書類”であると同時に、“薬局の医療品質を外部に説明するためのログ”でもあります。
有用:調剤録に記載すべき事項(具体的な列挙)がまとまっている(調剤録セクション)
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/gyomu/gyomu/hoken_kikan/documents/yakkyoku_2.pdf
有用:調剤録・処方箋の保存期間(3年)と、DX・標準化や保存期間不整合の論点(将来の制度改正背景)が読める