支援ツール発達障害の合理的配慮とICT活用
支援ツール発達障害の特性アセスメントとニーズ評価
支援ツールを選ぶ前提として、発達障害の特性を丁寧にアセスメントし、ニーズを言語化することが欠かせない。発達障害児者とアセスメントに関するガイドラインでは、医療モデルの診断だけでなく「生活状況や適応状況の把握」が福祉の現場で十分に活用されてこなかった点が指摘されている。
障害福祉サービスにおけるアセスメントマニュアルでは、ニーズ(生活上の要求)とデマンド(要望)、デザイア(欲求)を区別し、本人が「どうなっていきたいか」を100文字程度でまとめる「100文字アセスメント」を用いる方法が紹介されている。
このマニュアルは、生物・心理・社会(バイオ・サイコ・ソーシャル)モデルに基づき、ニーズアセスメントに加えて行動の機能的アセスメントや特性アセスメントを組み合わせる重要性を強調している。
医療従事者にとっては、診断名だけで支援ツールを決めず、以下の4層を区別して評価する枠組みが実務的である。
- 日常生活スキル(適応行動):食事・金銭管理・時間管理・余暇など。
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- 認知特性:情報処理速度、ワーキングメモリ、視覚優位か聴覚優位かなど(知能検査や心理検査レポートを活用)。
- 発達障害特性:ASDの社会的コミュニケーション、ADHDの不注意・多動性などをチェックリスト(ASSQ、ASRSなど)で把握。
- メンタルヘルス:抑うつ、不安、怒り、睡眠・食欲の変化を行動指標から評価し、二次障害の有無を確認。
たとえばASD当事者の感覚過敏・視覚情報処理の特性を評価する際には、感覚プロファイル(Sensory Profile)を用いて、明暗コントラストや音の反響が行動への影響として現れているかを確認し、支援ツールに必要な「フォントサイズ」「背景色」「音量調整」などの条件を抽出できる。
合理的配慮や環境整備を考えるうえでは、「この行動はどの特性から生じているのか」「どの特性に支援ツールが介入しうるのか」を支援チームで共有することが、ツール導入後の効果検証にもつながる。
支援ツール発達障害と合理的配慮・基礎的環境整備
合理的配慮は、特定の障害学生(利用者)が直面するバリアを、本人との建設的対話を通じて個別・事後的に取り除くための変更・調整と定義されている。大学のバリアフリー支援ガイドでは、配慮は「必要性」「適当性」「過度の負担でないこと」の3条件を満たす必要があると整理されている。
一方、基礎的環境整備は、不特定多数の障害者のために、本人からの申し出がなくても事前にバリアを除去しておく集団的措置であり、情報・物理・意識・制度面の整備が含まれる。
この二つは独立ではなく、ある個人のために導入した合理的配慮(例:スロープや静かな待合スペースの設置)が、結果として多数の人に役立つ基礎的環境整備になる場合も多い。
医療現場での発達障害の合理的配慮として、大学の事例から転用しやすいものには、以下のようなものがある。
- 評価の代替:口頭説明が困難な場合の筆記やピクトグラムの活用、オンライン事前問診フォームの利用。
- 提出期限・来院時間の調整:混雑時間帯を避けた予約枠の提供、途中退出・再入室を許可する柔軟な運用。
- 教示方法の調整:視覚呈示を増やした説明資料、チェックリスト形式の指示、手順を分割したプリントアウト。
- 環境調整:残響の少ない診察室、耳栓やノイズキャンセリングヘッドホンの使用許可、まぶしすぎない照明など。
支援機器のリストには、点字プリンター、画面読み上げソフト、入力スイッチ、トラックボールマウスなど身体・視覚・聴覚向けのものが多いが、発達障害・精神障害のある学生向けには「進捗管理の補助」「コミュニケーションの補助」といった目的で、タブレット・ICレコーダー・音声認識アプリなどが組み込まれている。
医療者にとって重要なのは、支援ツール自体が合理的配慮になるだけでなく、ツールを使う前提としての環境(Wi‑Fi、プライバシー確保、スタッフ研修)が「基礎的環境整備」に当たることを認識し、組織単位で整えていく視点である。
支援ツール発達障害のICT・アプリ活用とライフログ
厚生労働科学研究による「障害福祉サービスにおけるICT活用マニュアル」では、発達障害当事者の地域生活支援にICTを活用した多様な事例が紹介されている。
たとえばライフログクリエイター(Life Log Creator)は、発達障害青年成人の生活支援モデルの一環として開発されたアプリで、本人の気分・睡眠・活動量などを継続的に記録し、支援者の客観評価と比較することでメンタルヘルスや適応行動の変化を可視化できる。
このアプリは、
- 抑うつや不安の悪化を、睡眠・食欲・活動量の変化として早期に察知できる。
- 生活リズムの乱れと職場での不調(遅刻・欠勤)の関係を数値的に説明しやすくなる。
- 医療者・福祉職・家族が共通のダッシュボードを見ながら支援方針を話し合える。
といった利点があり、精神科外来や就労支援の現場での活用が期待されている。
その他、同マニュアルでは複数のグループホームや自立生活援助事業でのICT活用が報告されている。
- チャットツール(LINE WORKS、Chatwork)で支援記録を共有し、夜間のインシデントに迅速に対応。
- 見守りカメラや服薬ロボットを使い、服薬忘れや夜間外出のパターンを可視化して支援につなげる。
- YouTubeや料理アプリ(クラシル、DELISH KITCHEN)を活用し、歯磨きや調理の手順を視覚的に提示して、意欲と理解を高める。
これらは医療機関でも応用できる。
- 診察前に生活記録アプリからエクスポートしたグラフを確認して、問診時間を短縮しつつ的確な質問につなげる。
- 在宅での服薬・血圧・睡眠状況をクラウドに蓄積し、遠隔でフォローアップする。
- オンライン面接やZoomを用いて、対面が難しい当事者の相談を継続しつつ、強い緊張や幻覚のある人には電話やテキストも選べるようにするなど、コミュニケーション形態を柔軟に選択可能にする。
一方で、ICTツールはすべての利用者に適するわけではなく、オンライン会議で支援者が多すぎると対人緊張が高まり、逆に症状が悪化する事例も報告されているため、「誰に」「どの場面で」使うかを慎重に検討する必要がある。
支援ツール発達障害の行動記録・機能アセスメントとデータ駆動型支援
ICT活用マニュアルでは、問題行動のアセスメントとICTによる行動記録ツール(Observation2)を用いた機能分析が詳細に解説されている。
行動問題(自傷・他害・破壊行動など)に対しては、「いつ」「どこで」「誰と」「何が起きて」「その結果どうなったか」を時系列で記録し、「事前の環境(Antecedent)」「行動(Behavior)」「結果の環境(Consequence)」から行動の機能(逃避か注目か感覚刺激かなど)を仮説立てすることが推奨されている。
Observation2のようなツールを用いることで、
- 紙のチェック表では煩雑だった記録が、タブレット上で簡便に行え、グラフ化も自動で行われる。
- 支援者ごとの「感覚的な印象」の差ではなく、頻度や時間といった定量データに基づいて議論できる。
- 介入前後の行動頻度を可視化し、支援計画の有効性を評価・修正するPDCAサイクルを回しやすくなる。
といったメリットがあり、「経験の蓄積による支援」から「データに基づいたよりよい支援」への転換を目指すべきだとされている。
医療従事者にとってのポイントは、
- 問題行動の背景に、発達障害特性だけでなく睡眠・疼痛・服薬の副作用・環境ストレスなど複数要因が絡むことを前提に、多角的な記録フォーマットを設計すること。
- 診察室での観察だけでなく、家族・学校・福祉事業所の観察ログを統合して評価し、必要に応じて医療・福祉・教育の三者会議でデータを共有すること。
- データは支援者だけでなく本人にもフィードバックし、「この時間帯は疲れて怒りやすい」「この環境だと集中しやすい」など、自己理解とセルフマネジメントの支援にも活用すること。
である。
また、行動記録と合わせて日常生活スキル(適応行動)を測定することにより、「問題行動を減らす」だけでなく「代替となる適応行動を増やす」という視点を持つことができる。Vineland-II適応行動尺度では、コミュニケーション・日常生活スキル・社会性・運動スキルを包括的に評価し、どの領域を強化すれば就労や自立につながりやすいかを具体的に検討できるように設計されている。
適応行動は「修正可能な行動」と定義されており、たとえ重度の知的発達症があっても、身辺自立や簡単な家事など、環境調整とスモールステップを組み合わせることで徐々に獲得しうることが報告されている。
支援ツール発達障害の当事者視点と独自のコミュニケーション・デザイン
あまり知られていないが、ASD当事者研究からは、文字や音の知覚特性に合わせて情報提示をデザインし直すことで、いわゆる「支援ツール」の効果が劇的に変わることが示されている。
綾屋紗月らの研究では、ディスレクシアやASDの人が個々の「文字のちらつき」や「パーツでしか文字を見られない」特性を持つことが示され、Comic Sansのような不揃いなフォントが読みやすさを高める例や、背景色を薄茶色にする・文字サイズを12〜14ポイントにする・行間を1.5〜2行空ける・光沢のない紙を使うなど、具体的な調整が提案されている。
音の処理でも、ASDではオリーブ・蝸牛系の機能差や先行音効果の弱さから、反響音や環境音を強く拾いすぎ、授業や会話の聞き取りが困難になることが報告されている。これに対しては、
- 残響の少ない静かな環境での面談。
- 複数人が同時に話さない進行。
- 重要な内容は字幕やチャットでも重ねて提示する。
といった「ASDフレンドリーな音環境デザイン」が提案されている。
言語コミュニケーションについても、オースティンやサールの言語行為論を踏まえ、「現実・意味を伝える機能」と「目的・行為を伝える機能」が多数派の暗黙のルールで使い分けられていることが、発達障害のある人とのすれ違いを生んでいると指摘される。
当事者研究では、このギャップを埋めるために「意味づけ介助」という概念が提案されており、
- 上司や医療者の曖昧な言動の「意図」を第三者が明示的に翻訳する。
- 会議や診察後に、「何が良くて何が問題だったのか」を一緒に振り返る。
- 暗黙のルールや期待値(暗黙の「空気」)を、図表や例示を通じて可視化する。
といった支援が有効とされている。
この観点からみると、支援ツールとは単なるアプリやデバイスにとどまらず、「当事者と多数派社会のあいだの翻訳機能」を持つものとして捉え直す必要がある。
- 予定表アプリ:時間管理だけでなく、「この場面で何が期待されているか」をアイコンや短文で明示する。
- チャットツール:対面よりも時間をかけて返信でき、字義通りのやり取りがしやすい「安全な会話空間」として位置付ける。
- 当事者研究ノートアプリ:自分の困りごとと、それに対する試行錯誤・うまくいった工夫を記録し、支援者と共有して共同で仮説を立てる。
こうしたツールは、医療従事者が「診る」「評価する」だけでなく、当事者と一緒に生活を組み立てるための共同編集プラットフォームとして使うときに、最大限の効果を発揮する。
作業療法視点からの教材・教具と合理的配慮の整理は、以下の論文も参考になる。
学校教育における合理的配慮と教材・教具活用の視点を整理したレビュー論文。
作業療法の視点から提案する教材・教具の活用―合理的配慮と基礎的環境整備(医学書院作業療法ジャーナル)
発達障害児への合理的配慮の理論的整理と教育現場での事例。
発達障害児への合理的配慮に基づく支援に関する一考察(J-STAGE)
大学における合理的配慮と基礎的環境整備、発達障害学生への具体的支援例。
基礎的環境整備と合理的配慮(国立障害者リハビリテーションセンター)
発達障害者の地域生活におけるICTと支援ツール活用の実践的マニュアル。
障害福祉サービスにおけるICT活用マニュアル(厚生労働科学研究)

発達障害の人の就労アセスメントツール: ◎BWAP2〈日本語版マニュアル&質問用紙〉 ([実用品])