急性感染症と急性呼吸器感染症の予防と届出

急性感染症と急性呼吸器感染症

急性感染症と急性呼吸器感染症:臨床で迷わない要点
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まず「症候群」として捉える

急性呼吸器感染症(ARI)は単一疾患名ではなく、上気道炎・下気道炎を含む症候群概念。病原体確定前でも感染対策の初動を揃えるのが目的です。

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標準予防策+経路別予防策が軸

手指衛生・PPE・咳エチケット・環境整備を標準化し、飛沫・接触・エアロゾルのリスク評価で上乗せします。

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届出・サーベイランスを理解する

ARIは5類感染症として定点サーベイランスで動向把握する枠組みが整備され、日常診療を変えずに公衆衛生の探知力を上げる設計です。

急性感染症の急性呼吸器感染症(ARI) 定義と臨床的特徴

 

急性感染症という言葉は広く、医療現場では「急激に発症し、短期間で症状が変化しうる感染症」を指す文脈で使われがちです。ここで狙いワードに直結する“急性呼吸器感染症(ARI)”は、厚生労働省が「急性の上気道炎(鼻炎、副鼻腔炎咽頭炎、喉頭炎)または下気道炎(気管支炎、細気管支炎、肺炎)を指す病原体による症候群の総称」と整理しています。出発点が「病名」ではなく「症候群」である点が、急性感染症の中でも運用上とても重要です。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

臨床の目線で言えば、ARIは“検査確定前の段階”で患者導線・PPE・換気などの感染対策を即座に起動するための共通言語になります。届出(定点報告)の世界では、ARIの「臨床的特徴等」として、咳嗽(がいそう)・咽頭痛・呼吸困難・鼻汁・鼻閉のいずれか1つ以上、発症から10日以内、かつ医師が感染症を疑う外来症例という枠組みが提示されています。つまり「発症10日以内」「症状いずれか」「疑い例」という設計で、重症だけでなく“流行の芽”も拾う思想です。

厚生労働省:感染症法に基づく届出(急性呼吸器感染症)

ここで意外に見落とされやすいのが、「ARI=インフルやCOVIDの別名」ではない点です。厚労省Q&AではARIがインフルエンザや新型コロナを含む“総称”として扱われる一方、届出基準の定義文には除外される疾患名が列挙されるなど、制度上の整理と臨床概念が交差します。現場では「患者対応の初動はARIとして統一し、確定したら個別疾患の運用(隔離期間や院内フロー)へ切り替える」と二段構えにすると混乱が減ります。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

急性感染症の急性呼吸器感染症(ARI) 感染経路と飛沫感染対策

ARIが「周囲の人にうつしやすい」のは、飛沫感染等で伝播しやすいという特徴が強調されているためです。厚労省のQ&Aでも、ARIを5類感染症に位置づける目的として「飛沫感染等により周囲の方にうつしやすい」こと、そして流行動向の把握や未知の呼吸器感染症の迅速な探知につなげることが挙げられています。つまり、感染経路の中心に“呼吸器由来の排出(咳・くしゃみ・会話)”がある前提で仕組みが作られています。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

医療従事者向けに重要なのは、飛沫・接触・エアロゾルの“線引き”を議論する前に、まず外来・救急の初期動線で「咳のある患者を同じ空間に滞留させない」運用を作ることです。たとえば、受付時点で咳・咽頭痛・鼻汁などを短いチェックで拾い、マスク着用(可能ならサージカルマスク)と座席分離、換気の効くエリアへの誘導を定型化します。ここは個々の病原体を当てにいくより、ARI症候群としての“伝播しやすさ”に合わせて仕組みで勝つ領域です。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

意外な実務ポイントとして、咳エチケットやマスクだけでなく「患者の会話量」を下げる工夫が、待合の曝露を減らすことがあります。説明が長くなると飛沫・エアロゾルの放出機会が増えるため、受付では“短い定型文+掲示+紙での案内”に寄せ、詳しい問診は隔離スペースや診察室で行う設計が有効です。感染対策は高度な機器より、コミュニケーション設計のほうが効く場面が少なくありません。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

急性感染症の急性呼吸器感染症(ARI) 標準予防策 手指衛生 PPE

ARIの患者対応で最初に固定すべきは、標準予防策の徹底です。厚労省資料の「標準予防策と経路別予防策」では、標準予防策の項目として手指衛生、個人防護具(PPE)の使用、呼吸器衛生・咳エチケット、患者ケアに使用した器材の取り扱い等が挙げられています。ARIは“疑い例”が大量に来る状況があり得るため、ルールが曖昧だと現場判断が割れて破綻します。

厚生労働省資料:標準予防策と経路別予防策(PDF)

手指衛生は「最重要だが崩れやすい」工程です。手袋の着用で安心してしまい、手袋交換と手指衛生のタイミングが遅れると、結局“手袋の外側で環境を汚染する”ことになります。外来のARI対応では、患者接触前後、体液曝露の可能性がある手技の前後、環境接触後など、タイミングをポスターだけでなく業務フロー(受付→導線→診察→検体→会計)に埋め込み、誰が見ても同じになるよう整えます。

厚生労働省資料:標準予防策と経路別予防策(PDF)

PPEは“正しく着て、正しく外す”までがセットです。ARIでは、飛沫が主の場面が多いとしても、咳が強い患者、吸引、ネブライザー等の状況ではリスクが変化し得ます(施設方針に従うことが前提)。現場でありがちな事故は、PPEそのものより、着脱時に顔や髪、スマホに触れて自己接触感染を起こすパターンです。鏡の前での着脱、廃棄導線、手指衛生の挿入位置を“見える化”すると事故が減ります。

厚生労働省資料:標準予防策と経路別予防策(PDF)

急性感染症の急性呼吸器感染症(ARI) 5類感染症 定点サーベイランス 届出

ARIは、厚生科学審議会感染症部会での審議等を経て、令和7年4月7日から感染症法上の5類感染症に位置付けられ、定点サーベイランスの対象になるとされています。ここで重要なのは、発生届(全数把握)のように患者ごとに詳細な届出を求める設計ではなく、定点医療機関が週あたり患者数を報告する枠組みである点です。つまり「現場負担を増やしすぎず、流行の波を早く掴む」方向性です。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

届出基準のページでは、定点における報告対象が「(咳嗽、咽頭痛、呼吸困難、鼻汁、鼻閉のいずれか)+発症10日以内+医師が感染症を疑う外来症例」と整理されています。さらに、指定届出機関の管理者は、週単位で翌週月曜日に届け出ることが示されています。医師個人が“毎回の診療で”届出書を作るイメージではなく、施設として集計し提出する運用です。

厚生労働省:感染症法に基づく届出(急性呼吸器感染症)

ここであまり知られていないが重要な見方として、ARIサーベイランスは「未知の呼吸器感染症の増加を迅速に探知」する狙いも明記されています。つまり“いつもより増えている”というシグナルを制度的に作り、検体提出や病原体監視と組み合わせて早期対応につなげる思想です。臨床側は、流行期に個別疾患の鑑別だけに意識が寄ると、院内導線・換気・職員の体調管理などの基礎が緩みますが、ARIを軸にすると「まず拡げない」が優先順位の上に来ます。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

参考:制度の位置づけ(5類化・サーベイランス目的)の根拠

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

急性感染症の急性呼吸器感染症(ARI) 独自視点:外来トリアージの「言い換え」設計

検索上位の解説は、定義・類型・感染対策の“正論”が中心になりがちですが、現場で差が出るのは「スタッフが瞬時に同じ行動を取れる言語化」です。ARIの症候群定義は、実はトリアージ会話のテンプレに落とし込みやすい利点があります。たとえば「咳・のど・息苦しさ・鼻の症状があって、10日以内に始まったか」を、受付の短い確認に固定し、該当すれば“ARI導線”へ自動で乗せると、テランの勘に依存しません。

厚生労働省:感染症法に基づく届出(急性呼吸器感染症)

独自の工夫として有効なのが、院内で使う言葉を「隔離」ではなく「優先導線」や「呼吸器優先」などに言い換えることです。隔離という語は患者の心理的抵抗を上げ、マスク着用や移動の協力が得にくくなることがあります。一方で「ほかの患者さんを守り、待ち時間を短くするために呼吸器優先エリアへ案内します」と言えると、協力が得られやすく、結果的に曝露が減ります。これは感染症学というより“運用設計”ですが、ARIのように患者数が増える局面ほど効きます。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

また、スタッフ側にも同様で、「飛沫かエアロゾルか」の議論で迷うより先に、「ARI疑いはまず標準予防策+咳症状対応をフルセットで開始」という合言葉を作ると、判断の揺れが減ります。厚労省Q&Aが“基本的な感染対策(換気、手洗い・手指消毒、マスク、咳エチケット)を変更しない”と明言している点は、現場の合言葉の根拠として使えます。ルールが増えるほど遵守率が落ちるため、言い換えで行動を単純化するのが現実的です。

厚生労働省:急性呼吸器感染症(ARI)に関するQ&A

参考:届出基準(症状・発症10日以内・週報告)を確認でき、院内トリアージ文言の根拠に使える

厚生労働省:感染症法に基づく届出(急性呼吸器感染症)

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