化学物質 リスクアセスメント ツール
化学物質のSDSとGHS分類でリスクアセスメント
医療機関でも、消毒薬・洗浄剤・試薬・麻酔関連薬剤など「化学物質を含む製品」を日常的に扱うため、職場の安全衛生として化学物質のリスクアセスメントを回す必要があります。根拠情報の中心はSDSで、危険性(引火・爆発など)と有害性(健康影響)の両方を扱う点が重要です。厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」でも、安衛法に基づくリスクアセスメントは危険性と有害性の両方を対象にすること、そしてSDS交付義務対象物質を「製造する事業者だけでなく取り扱う事業者も対象」になることが明記されています。
特に実務で効くのは「SDSのどこを読むか」をチームで固定することです。例えば、(2)危険有害性の要約(GHS区分・注意喚起語・絵表示)、(8)ばく露防止及び保護措置、(11)有害性情報、(10)安定性・反応性などは、ツール入力と対策設計に直結します。また、研修資料でも「SDSのGHS分類は最新の知見を踏まえて更新されるため、リスクアセスメント時は最新のSDSを用意する」旨が強調されています。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/var/rev0/0114/5715/2017123162820.pdf
一方、医療現場で見落としやすい「意外な落とし穴」は、購入する製品名(商品名)が同じでも、ロットやメーカー変更で成分や濃度が変わるケースです。SDSの「組成及び成分情報」を確認し、現場の希釈手順(例:濃縮薬剤→調製液)まで含めて“実際に使う濃度”で評価しないと、ツールの結論が現実とズレます。さらに、清掃・滅菌の委託がある場合は、元方・請負の情報連携(RA結果の共有)が必要で、研修資料でも複数事業者が同一場所で作業する場合の情報提供に触れられています。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/var/rev0/0114/5715/2017123162820.pdf
化学物質のCREATE-SIMPLEでリスクアセスメント
CREATE-SIMPLE(クリエイト・シンプル)は、厚生労働省が提供する「サービス業や試験・研究機関などを含め、あらゆる業種」に向けた簡易な化学物質リスクアセスメント支援ツールで、取扱量・含有率・換気・作業時間/頻度・保護具などの取扱条件から推定したばく露濃度と、ばく露限界値(またはGHS区分情報)を比較する考え方が示されています。医療・福祉業のように、製造業ほど測定体制が整っていない現場でも、入力項目を揃えれば「まず見積もる」動きが作れます。公式説明では、有害性(吸入・経皮吸収)に加え、GHS区分情報と取扱条件(着火源の有無等)から危険性のリスクを見積もる機能も含む点が特徴とされています。
医療現場でCREATE-SIMPLEが刺さる場面は、たとえば次のような「多品種・少量・短時間」の繰り返しです。
・内視鏡室:洗浄・消毒薬(揮発性のある溶剤や刺激性薬剤を含むことがある)
・中央材料室:滅菌前処理の洗浄剤、器材処理の薬剤
・病理/検査:固定液・染色液・溶媒
・薬剤部:調製に伴う粉体、溶媒、清拭薬
CREATE-SIMPLEは“現場条件”を入れる設計なので、手袋・ゴーグル・局所排気の有無、作業時間の現実(1回数分だが1日に何回か)を素直に反映させるほど、対策の優先順位付けに使いやすくなります。さらに、公式の位置づけ資料では「簡易的な手法・ツールは、化学物質に何らかの危険性があることに気付くためのツール」としての活用が示されています。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/content/contents/001996528.pdf
ただし注意点として、簡易ツールの結果は「対策検討の入口」であり、ツールの出力だけで終わらせない運用が必要です。職場のあんぜんサイトでも、ツールは主に“リスクの見積もり”を支援するため、見積もった結果に基づくリスク低減措置の検討が必要とされています。ここを医療機関向けに翻訳すると、手順書改訂(薬剤の希釈・密閉、投入手順)、換気(局排・陰圧室の運用確認)、保護具(材質適合を含む)のセットで回すことになります。
化学物質のコントロールバンディングでリスクアセスメント
コントロール・バンディングは、ILOが中小企業向けに開発した簡易手法をベースに、厚生労働省がWebシステムとして整備した仕組みで、「ばく露濃度等を測定しなくても使用できる」「許容濃度等のばく露限界値がなくても使用できる(条件あり)」といった特徴が公式説明に整理されています。医療現場では、測定が難しい薬剤(複数成分の混合、低頻度作業、夜間作業)でも、SDSの有害性情報と取扱情報を入力することで、必要な管理対策の区分(バンド)と対策シートを得られるのが強みです。
現場実装のコツは、「バンド=設備投資の指示」だと誤解しないことです。コントロール・バンディングの良さは、対策を“層”で考えられる点(例:全体換気→局所排気→封じ込め→代替/中止)で、研修資料でもリスクレベルに応じた管理対策の例(全体換気、局所排気、封じ込め、特殊=代替化など)が示されています。医療では、設備をすぐ変えられない場合でも、薬剤の容器変更(小分けを減らす)、開栓時間短縮、投入・攪拌の方法変更、作業場所の固定(ドラフト・局排のある場所に寄せる)など、運用で“封じ込めに近づける”工夫ができます。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/var/rev0/0114/5715/2017123162820.pdf
もう一つ、医療従事者向けに強調したいのは「皮膚・眼」です。吸入ばく露だけでなく、経皮吸収や眼刺激性が問題になる薬剤(強アルカリ・強酸、刺激性消毒薬など)は、局排だけでは片付かず、手袋材質・ゴーグル・フェイスシールド・袖口の扱いが実害に直結します。研修資料でも、S評価(眼と皮膚に対するリスク)を別枠にする扱いが示されており、現場の保護具選定と教育に直結させるのが合理的です。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/var/rev0/0114/5715/2017123162820.pdf
化学物質の検知管でリスクアセスメント
「ツールで見積もったが、現場の納得が得られない」「換気を入れたのに本当に下がったか不明」といった場面では、検知管が強い選択肢になります。職場のあんぜんサイトには「検知管を用いた化学物質のリスクアセスメントガイドブック」が提示されており、検知管による簡易測定を活用したリスクアセスメントの進め方(事前評価→測定→評価→低減対策の検討)が具体的に解説されるとされています。医療現場に翻訳すると、ピークばく露が起きやすい“その作業”の瞬間(開栓、混合、清拭、払い出し)を狙って、短時間で確認できるのがメリットです。
意外と知られていないポイントは、検知管が「導入コストが低い=雑に使って良い」ではないことです。研修資料では、妨害物質(混在ガス)による指示値への影響など注意点が紹介され、測定器の仕様確認が必要であることが示されています。医療で起こりがちなのは、複数の消毒薬や洗浄剤が同一空間で使われ、揮発成分が混ざって“想定外の干渉”が起こる状況です。測定前に「その場で何が使われているか」を棚卸しし、測定対象を絞るだけで、検知管の信頼性が上がります。
https://jsite.mhlw.go.jp/okayama-roudoukyoku/var/rev0/0114/5715/2017123162820.pdf
評価の考え方としては、許容濃度やTLV-TWA、短時間ばく露限界(STEL)など“比較対象”が必要になります。検知管ガイドブック自体も、改正安衛法のリスクアセスメント手順や、評価と管理全体の進め方に触れています。医療現場では、終業時の平均ではなく「短時間で濃度が跳ねる作業」に合わせ、短時間の測定設計(どのタイミングを何回測るか)を先に決めると、対策が打ちやすくなります。
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/pdf/kenchi-guidebook.pdf
化学物質のAOPでリスクアセスメント(独自視点)
検索上位の実務記事では「SDSの読み方」「ツールの使い方」で止まることが多い一方、医療従事者にとって価値が出やすいのは“有害性の意味づけ”を一段深く理解することです。近年の毒性評価の文脈では、Adverse Outcome Pathway(AOP:有害性発現経路)という考え方があり、曝露から分子・細胞・臓器レベルの変化を経て最終的な有害影響に至る流れを整理して、評価や代替法(IATAなど)に活かす方向性が示されています。NITEの資料でも、IATAの一部としてAOPの概念が紹介され、AOPを通じて他の化学物質の毒性推定に役立つ可能性に触れています。
https://www.nite.go.jp/data/000147742.pdf
これを医療の化学物質管理に落とし込むと、「なぜこの曝露は避けるべきか」を教育しやすくなります。たとえば、刺激性の薬剤であれば、粘膜刺激(キーイベント)→炎症→症状悪化という連鎖を、単なる“危ないからマスク”より納得感のある形で説明できます。結果として、ツールで出た対策(局排・保護具・手順)を守る行動変容につながり、単発の評価で終わらない“自律的管理”に寄せられます。環境省資料でも、先進的な評価手法の一つとしてAOPが挙げられ、国際連携の中で開発が進む旨が触れられています。
https://www.env.go.jp/council/02policy/y020-86/mat02.pdf
また意外性のある実務メリットとして、AOP的な理解は「代替品選定」に効きます。医療現場では“同じ用途の製品”が複数あり、単に臭いが弱い、刺激が少ないという感覚評価だけだと、別の有害性(例:感作性や生殖毒性など)を見落とすことがあります。SDSの有害性項目をAOPの連鎖(どこに作用し、どんな有害影響につながるか)として読み直すと、代替後のリスク(置き換えリスク)を下げやすくなります。NITE資料では、AOPにおいて問題物質の動態や代謝の比較が重要である旨にも触れており、“似た化学物質だから安全”という短絡を避ける視点になります。
https://www.nite.go.jp/data/000147742.pdf
(SDS・ツール一覧の公式情報:どのツールが何を評価できるか、対象や特色の整理に有用)
(検知管を使った評価の進め方:事前評価から測定、判定、低減対策までの流れの参考)
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/pdf/kenchi-guidebook.pdf
(簡易ツールCREATE-SIMPLEの公式概要:対象範囲と位置づけの確認に有用)
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07_3.htm

産業医のための化学物質管理の実務