軟膏の配合変化と一覧から読み解く基剤特性の壁

軟膏の配合変化と一覧

軟膏混合の落とし穴と対策
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外観変化の背後にある物理化学

分離や液状化はなぜ起こる?乳化破壊と基剤の相性を分子レベルで理解する。

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見えない「力価低下」の恐怖

外観は変化なしでも薬効が消える?pH変動による主薬分解のメカニズム。

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「蒼白化現象」から見る吸収性

混合が皮膚への浸透量を変える意外な事実と、臨床効果への影響。

軟膏の配合変化と一覧における基剤特性と乳化破壊のメカニズム

 

医療現場において、複数の外用剤を混合調剤することは日常的に行われていますが、その背後には複雑な物理化学的相互作用が潜んでいます。特に「軟膏の配合変化一覧」として語られる事象の多くは、基剤の物理的特性の不適合に起因するものです。配合変化を深く理解するためには、単に「混ぜると分離する」という結果だけでなく、なぜその現象が起こるのかという「乳化破壊」のプロセスを理解する必要があります。

クリーム剤には、水相に油滴が分散している水中油型(O/W型)と、油相に水滴が分散している油中水型(W/O型)が存在します。これらは界面活性剤によって不安定な平衡状態(乳化状態)を保っています。ここに、性質の異なる基剤や、界面活性剤のバランスを崩すような添加物が混入すると、その平衡が崩壊します。例えば、O/W型クリームに多量の油脂性軟膏を混合した場合、外相である水相の連続性が断たれ、あるいは界面活性剤のHLB値(親水性親油性バランス)が見かけ上変化することで、乳化系が維持できなくなります。これが巨視的な「分離」や「液状化」として現れる現象の正体です 。

参考)【Q】軟膏の配合変化の目安は? – CloseDi

しかし、より注意が必要なのは、目視では明らかな分離が確認できない場合でも、微視的なレベルでの構造変化が起きているケースです。これを「クリーミング」や「凝集」と呼びますが、均一に分散していた薬剤粒子が不均一になることで、塗布時の伸びの悪さや、患部への薬剤送達の不均一性を招く可能性があります。特に、マクロゴール軟膏のような親水性基剤と油脂性基剤の混合は、界面張力の大きな差により、極めて不安定な系を形成します。ハンドブック等の「一覧」で「混合不可」とされる組み合わせは、数時間から数週間という時間軸で、この力学的な不安定さが顕在化する組み合わせを指しているのです 。

参考)https://nupals.repo.nii.ac.jp/record/185/files/08P024_%E4%B8%8A%E6%9D%91%E5%84%AA%E4%BD%B3.pdf

さらに、近年注目されているのが、ヘパリン類似物質含有製剤とステロイド外用剤の混合における基剤の影響です。これらはアトピー性皮膚炎治療などで頻繁に処方されますが、特定のジェネリック医薬品や基剤の組み合わせ(例えば、特定のW/O型クリームとO/W型クリームの混合)において、予期せぬ粘度低下や分離が報告されています。これは、添加されている乳化剤の種類や濃度が製剤ごとに微妙に異なるためであり、添付文書上の分類が同じであっても、配合変化が起きないとは限らないという事実を示唆しています 。

参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-15K08861/15K08861seika.pdf

見かけは不変でも起こるpH変動と力価低下の真実

外用剤の混合において最も恐ろしいのは、外観には全く変化が見られないにもかかわらず、薬理作用が失われてしまう「力価低下」です。この現象の主たる原因は、混合による「pHの変動」と、それに伴う主薬の化学的分解です。多くの薬剤は、安定して存在できる固有のpH領域を持っています。しかし、異なるpHを持つ基剤同士、あるいは特定の添加物を含む製剤を混合することで、系全体のpHがシフトし、薬剤が不安定化する領域に入り込んでしまうことがあります。

代表的な例として、ステロイド外用剤とマクロライド系抗生物質の混合が挙げられます。特にナジフロキサシン(アクアチム)のような薬剤は、pH依存的に溶解性や安定性が大きく変化します。これを酸性の基剤や、特定の金属イオンを含む基剤と混合すると、キレート形成やpH変動により、主薬の構造が変化し、抗菌活性が著しく低下することが知られています。実際、ナジフロキサシン軟膏とテトラサイクリン軟膏を混合した実験では、外観上の変化(変色)に加え、経時的な抗菌活性の有意な低下が確認されています。これは、配合直後には問題がなくとも、患者が使用する数週間後には「塗っても効かない薬」に変貌している可能性を示しています 。

参考)https://yakushi.pharm.or.jp/FULL_TEXT/128_8/pdf/1221.pdf

また、ステロイド外用剤の多くはエステル構造を有しており、アルカリ性条件下では加水分解を受けやすくなります。例えば、尿素製剤の一部は、経時変化によって微量のアンモニアを生じ、pHをアルカリ側に傾けることがあります。この尿素製剤とステロイドを混合しておくと、ステロイドのエステル結合が徐々に加水分解され、活性本体の濃度が低下してしまうリスクがあります。この反応は緩やかに進行するため、調剤時点での監査では発見が困難です。「配合変化一覧」において「用時混合」や「混合不可」と記載されている背景には、こうした化学反応速度論に基づく科学的根拠が存在するのです 。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakkyoku/11/1/11_nt.2018-1821/_pdf/-char/ja

さらに、添加剤同士の相互作用も見逃せません。保存剤として含まれるパラベン類が、他の基剤に含まれる界面活性剤(特に非イオン性界面活性剤)に吸着され、防腐効果が失われる現象も知られています。これにより、長期保存中に雑菌が繁殖しやすくなるという、間接的ながら重大な品質劣化を引き起こすこともあります。薬剤師は、単に主薬の安定性だけでなく、製剤全体の設計意図が混合によってどう崩れるかを推測する視点を持つ必要があります 。

参考)https://www.jiho.co.jp/products/55818

ステロイドの経皮吸収と蒼白化現象から見る混合の影響

配合変化の議論において、意外と見落とされがちなのが、混合による「経皮吸収性」への影響です。薬剤が皮膚から吸収されるためには、基剤から薬剤が放出され(放出過程)、角層へ分配され(分配過程)、さらに深部へと拡散する(拡散過程)というステップを経る必要があります。混合によって基剤の組成が変わると、この「放出」のステップが劇的に変化することがあります。ここで重要になる指標が、ステロイド外用剤の薬効評価に用いられる「血管収縮試験(蒼白化現象)」です。

ステロイド外用剤は、皮膚の毛細血管を収縮させ、塗布部を白くする作用(蒼白化)があります。この作用の強さは、抗炎症作用の強さとよく相関するため、力価の指標として用いられます。興味深い研究結果として、ステロイド軟膏(油脂性)を保湿剤のクリームで希釈混合した場合、単純な濃度低下以上に、この蒼白化反応が弱まる、あるいは逆に予期せず強まるケースが報告されています。これは「熱力学的活量」の変化で説明されます 。

参考)https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/08/di202006.pdf

油脂性軟膏の中で、ステロイドの多くは微細な結晶として分散しているか、飽和に近い状態で溶解しています。これを親和性の高い基剤で希釈すると、主薬が希釈基剤の方へ溶け込んでしまい、基剤中の主薬濃度が飽和溶解度を大きく下回ることがあります。皮膚への移行(放出)は、基剤中の化学ポテンシャル(飽和度に近いほど高い)に推進されるため、完全に溶解して「薄まった」状態では、皮膚へ移行しようとする力が弱まり、結果として経皮吸収量が激減します。逆に、基剤の親和性が低い場合や、揮発性成分の影響で主薬が濃縮される場合は、一時的に吸収が高まることも理論上あり得ますが、制御不能な状態と言えます 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10304192/

特にO/W型クリームと混合した際、ステロイドが内相(油滴)に閉じ込められるか、外相(水)との界面に留まるかで、皮膚への到達効率は変わります。ある研究では、ステロイド軟膏をヒルドイドソフトなどで混合・希釈した場合、混合直後と数週間後では、基剤中での薬剤の再配列が進み、吸収性が経時的に変化する可能性も示唆されています。「一覧表で混合可」となっていても、それは「物理的に混ざる」という意味に過ぎず、「臨床効果が維持される」ことを保証するものではないという事実は、臨床家として強く認識しておくべき独自視点です 。

参考)https://heisei-ph.com/pdf/H26.1.16_k.pdf

配合変化一覧に載っていない未知の現象と結晶転移

市販の配合変化ハンドブックや一覧表は非常に有用ですが、すべてのジェネリック医薬品や、新薬、そして無数の配合比率を網羅しているわけではありません。現場では、文献に記載のない組み合わせに遭遇することが多々あります。その際、特に警戒すべき「未知の配合変化」の一つに、主薬の「結晶転移」や「結晶成長」があります。これは、混合によって基剤環境が変化し、溶解していた薬剤が析出したり、あるいは微細だった結晶が大きく成長して粗大化したりする現象です。

結晶が粗大化すると、皮膚への刺激感(ザラつき)の原因となるだけでなく、単位重量あたりの表面積が減少するため、溶解速度が低下し、結果として生体利用率(バイオアベイラビリティ)が低下します。例えば、かつて特定のステロイド軟膏と点眼液を特殊な処方で混合した際に、数日後に針状結晶が析出した事例などが報告されています。軟膏×軟膏の混合でも、基剤中の溶剤(プロピレングリコールなど)の比率が変わることで、溶解度が低下し、保存中に結晶が析出するリスクは常に潜在しています 。

参考)https://medical.kowa.co.jp/asset/item/52/1-pi_129.pdf

また、意外な盲点として「容器への吸着」による配合変化(含量低下)も挙げられます。混合によって基剤の粘度や極性が変化することで、プラスチック容器やチューブ内壁への薬剤の吸着性が高まることがあります。特に低濃度の活性成分(例えば活性型ビタミンD3製剤など)を扱う場合、わずかな吸着でも有効濃度を割り込む可能性があります。これは軟膏板の上で混ぜている最中には気づけない変化であり、長期保存試験を行って初めて判明する類のリスクです。

さらに、ジェネリック医薬品への変更がもたらす影響も無視できません。先発品と主薬は同じでも、基剤の添加物(保存剤、安定化剤、pH調整剤)は異なる場合が多々あります。「先発品同士では問題なかった混合が、後発品に変えた途端に分離した」という事例は枚挙に暇がありません。これは、後発品で使用されている乳化剤が、混合相手の基剤と相性が悪かったり、pH緩衝能が異なっていたりするためです。したがって、配合変化一覧を参照する際は、必ず「銘柄(メーカー)」まで特定して確認する必要があり、一般名だけで判断するのは危険です 。

参考)https://med.nipro.co.jp/servlet/servlet.FileDownload?file=00P2x00000ClQapEAF

臨床現場での混合可否判断のフローチャート

最終的に、目の前の処方に対して混合すべきか否かを判断するためには、体系的な思考プロセスが必要です。配合変化一覧がない、あるいはデータが古い場合、薬剤師は以下のステップでリスクを推定し、医師への疑義照会や代替案の提示を行うべきです。

まず第一に、「基剤の型」を確認します。油脂性、O/W型(クリーム)、W/O型(ソフト軟膏など)、ゲル、ローションのどのタイプに属するかを分類します。原則として、O/W型クリームに多量の油脂性軟膏を混ぜる、あるいはゲル剤にクリームを混ぜる行為は、乳化破壊のリスクが極めて高いため避けるべきです。特に「ゲル基剤」は電解質(塩類を含む薬剤)に弱く、混合すると粘度が劇的に低下して水状になることが多いため、原則として他剤との混合は推奨されません 。

次に、「主薬の安定pH」を考慮します。配合しようとする2剤のpHが大きく異なる場合(例:酸性の薬剤とアルカリ性の薬剤)、またはpHによって分解しやすい薬剤(マクロライド系、一部のステロイドなど)が含まれている場合は、混合を避けて「重ね塗り」を指導するのが賢明です。重ね塗りの順序を指導することで、混合によるリスクを回避しつつ、治療効果を担保することができます 。

参考)ステロイド外用薬の真実

最後に、「治療目的の優先順位」を見極めます。混合によってコンプライアンス(服薬遵守)が向上するメリットと、配合変化による効果減弱のリスクを天秤にかけます。例えば、高齢者や小児で、複数回塗布が困難な場合、多少の物理的変化や力価低下のリスクを許容しても、混合して「塗ってもらうこと」を優先するケースもあり得ます。しかし、その場合でも、必ず「冷所保存」や「遮光」、「早めに使い切る(使用期限の短縮)」といったリスク軽減策をセットで提案することがプロフェッショナルの仕事です。混合は単なる作業ではなく、新たな製剤を設計する行為であるという認識を持ち、常に最新の知見(インタビューフォームやメーカーサイトの配合変化表)にアクセスする姿勢が求められます 。

参考)https://medical.nihon-generic.co.jp/uploadfiles/medicine/CLIND_HAIGOU.pdf



【第2類医薬品】フェミニーナ軟膏S 30g