脂肪乳剤の投与速度と副作用におけるガイドラインの注意点

脂肪乳剤の投与速度

記事の概要
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投与速度の厳守

0.1g/kg/hrの上限を超えると脂肪塞栓症候群などの重篤な副作用リスクが増大します。

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フィルターの適切な選択

脂肪粒子による目詰まりを防ぐため、必ず1.2μm以上のフィルターを使用する必要があります。

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検査値への影響

採血タイミングを誤ると、脂血により検査データが正確に測定できない可能性があります。

脂肪乳剤の投与速度の計算とガイドライン

 

医療現場において、脂肪乳剤(イントラリポスなど)の投与速度管理は、患者の生命予後を左右するほど重要です。しかし、添付文書の記載と臨床ガイドラインの推奨値に乖離があることをご存知でしょうか。ここでは、安全な投与速度の根拠と、臨床で即座に使える計算式について詳述します。

まず、最も権威ある指標として、日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)および欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN)のガイドラインでは、脂肪乳剤の投与速度の上限を以下のように定めています。

この数値は、ヒトの体内で脂肪粒子を加水分解する酵素(リポタンパク質リパーゼなど)が処理できる生理的な限界速度に基づいています。これを超えて投与すると、血中の脂肪粒子が代謝されず、高トリグリセリド血症を引き起こすリスクが急激に高まります。

一方で、製剤の添付文書(例えば20%イントラリポス)には「通常、250mLを3時間以上かけて点滴静注する」といった記載が見られます。これを体重50kgの患者に当てはめて計算してみましょう。

20%製剤250mLには50gの脂肪が含まれています。これを3時間で投与すると、約16.7g/hrとなります。体重50kgで割ると、約0.33g/kg/hrとなり、ガイドライン推奨値(0.1g/kg/hr)の3倍以上の速度になってしまいます。添付文書はあくまで製造販売承認時の古いデータに基づいた「許容される最短時間」に近い記載であり、現代の代謝栄養学的な観点からの「最適速度」とは異なることを理解しておく必要があります。

臨床現場で推奨される、20%脂肪乳剤を用いた場合の簡便な計算式(目安)は以下の通りです。

  • 20%製剤の投与速度(mL/hr) ≒ 体重(kg) ÷ 2

例えば、体重50kgの患者であれば、50 ÷ 2 = 25mL/hr となります。

25mL/hr × 20%(0.2g/mL)= 5g/hr

5g/hr ÷ 50kg = 0.1g/kg/hr

となり、ちょうどガイドラインの上限値と一致します。この「体重の半分」という数字は覚えやすく、ベッドサイドでの安全確認に非常に有用です。

参考:東北大学病院 脂肪乳剤の代謝と投与速度について

脂肪乳剤の投与速度による副作用のリスク

投与速度が適切に守られない場合、単なる高脂血症にとどまらず、「脂肪過負荷症候群(Fat Overload Syndrome)」と呼ばれる重篤な病態を引き起こす可能性があります。これは、代謝能力を超えた過剰な脂肪粒子が、生体のフィルター機能を持つ網内系(RES)細胞に取り込まれ、その機能を破綻させることで生じます。

主な副作用とメカニズムは以下の通りです。

  • 脂肪塞栓症候群・呼吸器障害
    • 血中に溢れた脂肪粒子が肺の微小血管に詰まり、換気血流不均等を引き起こします。急激なSpO2低下や呼吸困難が見られる場合、直ちに投与を中止する必要があります。
  • 免疫機能の低下
    • 網内系細胞(マクロファージなど)が脂肪粒子を貪食(処理)することに手一杯となり、細菌やウイルスに対する本来の免疫応答が抑制されます。敗血症などの重症感染症患者においては、急速投与が予後を悪化させる要因となり得ます。
  • 肝機能障害・肝腫大
    • 処理しきれない脂肪が肝臓に蓄積し、急性の脂肪肝のような状態を引き起こします。長期的な急速投与は、PN関連肝障害(PNALD)のリスクファクターとなります。
  • 凝固能異常
    • 脂肪粒子が血小板の機能を阻害したり、凝固因子に影響を与えることで、出血傾向を助長することがあります。特にDIC(播種性血管内凝固症候群)のリスクがある患者では厳密な速度管理が求められます。

    これらの副作用は、「投与速度」に強く依存します。総投与量が適切であっても、短時間で急速に滴下してしまえば発症リスクが生じます。特に、夜間のあいた時間に「早く落としてしまおう」として速度を上げる行為は、患者にとって極めて危険です。

    看護師や薬剤師は、以下の初期症状を見逃さないようにモニタリングする必要があります。

    1. 原因不明の発熱(脂肪熱)
    2. 頭痛、悪心・嘔吐
    3. 黄疸の出現
    4. 出血傾向(紫斑など)

    参考:大塚製薬工場 イントラリポス輸液20%の製品Q&A

    脂肪乳剤の投与速度とフィルターの注意点

    脂肪乳剤を投与する際、輸液ラインのフィルター選択は物理的な配合変化や閉塞を防ぐために決定的な要素です。ここを誤ると、投与速度が維持できないだけでなく、閉塞アラームが鳴り続けたり、乳剤が破壊されたりするトラブルに直結します。

    脂肪乳剤の粒子径(脂肪球の大きさ)は、平均して0.2~0.4μm程度です。これはカイロミクロンと呼ばれる生体内の脂質粒子とほぼ同じ大きさになるように設計されています。しかし、重要なのは「平均」ではなく「粒度分布」です。製品中には、わずかながら1μmを超える大きな脂肪球も含まれている可能性があります。

    一般的な輸液セットで使用される0.2μm(あるいは0.22μm)の精密フィルターを使用すると、以下の問題が発生します。

    • フィルターの目詰まり(閉塞):脂肪球がフィルターの孔を通過できず、すぐに閉塞して滴下が止まります。
    • 乳剤の破壊(コアレッセンス):無理に圧力をかけて通過させようとすると、脂肪球同士が合体・粗大化し、油水分離(水と油に分かれる現象)を起こす危険があります。粗大化した油滴が血管に入ると、即座に血管塞栓のリスクとなります。

    そのため、脂肪乳剤を単独、あるいは脂肪乳剤を含むTPN製剤(3in1製剤など)を投与する場合は、必ず1.2μm以上の孔径を持つフィルターを使用するか、フィルターを通さないルートで投与する必要があります。

    臨床での実践ポイント

    • 側管からの投与:メインの輸液ライン(フィルター付き)の「フィルターより患者側(下流)」の三方活栓から接続します。
    • 専用ラインの使用:脂肪乳剤専用のルートを確保する場合、フィルターなしのライン、もしくは1.2μmフィルター付きラインを選択します。
    • ライン交換の頻度:脂肪乳剤は細菌増殖の格好の培地となります。CDCガイドラインや国内の指針では、脂肪乳剤を使用したルートは24時間以内に交換することが推奨されています(通常の輸液ラインは72~96時間ごとの交換が一般的ですが、脂肪乳剤は例外です)。

    参考:白鷺病院 薬剤部 イントラリポス注使用時の注意

    脂肪乳剤の投与速度における成人および小児の適応

    脂肪乳剤の代謝能力は年齢によって大きく異なります。特に小児、とりわけ未熟児・新生児における投与速度管理は、成人よりもさらにシビアな配慮が必要です。

    小児・新生児における特殊事情

    新生児、特に低出生体重児は、皮下脂肪の蓄積が少なく、必須脂肪酸欠乏症(EFAD)に陥りやすいため、積極的な脂肪投与が必要とされます。しかし、リポタンパク質リパーゼの活性が未熟であるため、脂肪のクリアランス(処理能力)が低く、高脂血症になりやすいというジレンマがあります。

    ガイドラインにおける小児の投与速度上限は、成人と同様か、あるいは厳密なモニタリング下でわずかに許容される場合がありますが、基本原則としては「緩徐投与」が鉄則です。

    • ビリルビンとの競合リスク

      これが小児領域で最も警戒すべき点です。脂肪乳剤が分解されて生じる遊離脂肪酸(FFA)は、血液中でアルブミンと結合して運ばれます。しかし、アルブミンはビリルビンの運搬役でもあります。遊離脂肪酸が増えすぎると、アルブミンからビリルビンを追い出し(置換し)、遊離ビリルビンが増加します。この遊離ビリルビンが血液脳関門を通過し、脳の神経核に沈着すると、核黄疸(ビリルビン脳症)という不可逆的な脳障害を引き起こす可能性があります。

      そのため、高ビリルビン血症がある新生児への投与は慎重に行う必要があり、投与速度をさらに落とす、あるいは一時中止する判断が求められます。

    成人における注意点

    成人の場合、特に注意が必要なのは重症敗血症多臓器不全の状態にある患者です。侵襲時にはサイトカインの影響で脂肪代謝酵素の活性が低下していることが多く、通常時なら問題ない0.1g/kg/hrの速度でも高トリグリセリド血症をきたすことがあります。このような症例では、定期的に血中トリグリセリド値を測定し、TG値が400mg/dL(施設基準によるが一般的に300-400mg/dL)を超える場合は、減量または中止を検討すべきです。

    脂肪乳剤の投与速度と検査値への影響

    最後に、多くの医療従事者が見落としがちな、しかし臨床判断を誤らせる可能性のある「検査値への干渉(Laboratory Interference)」について解説します。これは検索上位の記事でもあまり深く触れられていない視点ですが、正確な診断のために極めて重要です。

    脂肪乳剤を投与中、あるいは投与直後に採血を行うと、検体が白濁(脂血)することがあります。この脂血(Lipemia)は、臨床検査機器の測定原理に物理的な干渉を引き起こします。

    • 吸光度測定への影響

      多くの生化学検査(肝酵素、CRP、血糖など)は、試薬と検体を反応させ、その色の変化や濁りを光の透過度(吸光度)で測定します。検体自体が脂肪で白く濁っていると、光が散乱してしまい、測定値が異常高値や測定不能(エラー)になることがあります。特にヘモグロビン(Hb)濃度総ビリルビンなどは、実際よりも高く測定される「偽高値」を示すリスクがあります。

    • 電解質への影響(偽性低ナトリウム血症)

      これは測定方法に依存しますが、血液中の水分に対する脂肪の割合が増えることで、相対的に水層の割合が減り、見かけ上のナトリウム濃度が低く出る現象です(イオン選択電極法の間接法などで起こり得ます)。実際に体液中のナトリウムが不足しているわけではないため、誤ってナトリウム補充を行うと危険です。

    • 赤血球膜への影響

      高濃度の脂肪粒子は赤血球膜の脆弱性を招き、溶血しやすくさせることがあります。溶血検体となれば、カリウム(K)やLDHのデータは信頼できなくなります。

    対策としての「ウォッシュアウト期間」

    正確な採血データを得るためには、脂肪乳剤の投与終了後、血中の脂肪粒子が代謝されクリアになるまで待つ必要があります。一般的には、投与終了から4~6時間あけて採血することが推奨されます。24時間持続投与を行っている場合や、どうしても投与中に採血が必要な場合は、検査室に「脂肪乳剤投与中である」旨を伝え、超遠心処理による脂肪除去などの対応が可能か相談することが、データの信頼性を担保する鍵となります。

    参考:J-Stage 脂肪乳剤の安全・簡便な使用方法の探求

    白アリミケブロック業務用400ml 白蟻駆除用木部処理用乳剤