肩こり治療でのモーラステープの適正使用と副作用対策

肩こり治療でのモーラステープの適正使用と副作用対策
💊

強力な抗炎症作用

ケトプロフェンの経皮吸収率は高く、深部組織まで薬剤が到達し鎮痛効果を発揮します。

☀️

光線過敏症と交叉感作

紫外線による皮膚炎だけでなく、日焼け止め成分オクトクリレンとの併用リスクに注意が必要です。

🤰

妊婦・授乳婦への禁忌

妊娠後期の使用は胎児動脈管収縮のリスクがあり、授乳中の移行性についても理解が求められます。

肩こり治療におけるモーラステープの適正使用と指導

医療現場において、肩こり肩関節周囲炎や頸肩腕症候群に伴う疼痛)の治療選択肢として、モーラステープ(一般名:ケトプロフェンテープ)は頻繁に処方されます。その優れた鎮痛消炎効果は多くの患者に恩恵をもたらしますが、一方で「貼るだけで手軽」という認識が、重大な副作用を見落とさせる原因にもなり得ます。特に光線過敏症は、患者のQOLを著しく低下させるだけでなく、医療不信につながる可能性もあるため、私たち医療従事者による適切な指導が不可欠です。本記事では、エビデンスに基づいた薬理作用から、意外と知られていない交叉感作のリスク、そして妊婦への厳格な禁忌について深掘りします。

ケトプロフェンの薬理作用と肩こりへの効果

モーラステープの主成分であるケトプロフェンは、プロピオン酸系の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)であり、シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することでプロスタグランジンの生合成を抑制し、鎮痛・抗炎症作用を発揮します。

参考)公益社団法人 福岡県薬剤師会 |質疑応答


経皮吸収に優れたテープ剤である本剤は、貼付部位の皮下組織、筋肉、関節滑膜などの深部組織へ高濃度に移行することが特徴です。経口投与と比較して血中濃度は低く抑えられるため、胃腸障害などの全身性副作用のリスクは比較的低いとされていますが、局所における薬効は非常に強力です。

参考)【薬剤師が解説】湿布の医薬品「モーラステープ」は市販で買える…


肩こりの主訴となる僧帽筋や肩甲挙筋の緊張、炎症に対して、モーラステープは直接的に作用します。特に、可動域の大きい肩関節や頸部においても、テープ剤特有の粘着力により剥がれにくく、持続的な薬剤放出が期待できます。しかし、この「剥がれにくい」という特性は、皮膚への物理的刺激による接触皮膚炎(かぶれ)のリスクとも表裏一体です。患者に対しては、入浴の30分〜1時間前には剥がすこと、毎日貼付位置をわずかにずらすこと、そして皮膚の保湿ケアを行うよう指導することが、長期的な治療継続(コンプライアンス維持)には欠かせません。

参考)東浦平成病院|ひがしうらニュース

また、肩こりに対する貼付位置の指導も重要です。単に「痛いところ」に貼るだけでなく、解剖学的な筋肉の走行を意識し、例えば僧帽筋上部線維に沿って貼付することで、より効率的な薬剤浸透が期待できる場合があります。漫然とした使用を防ぎ、症状改善に合わせた休薬や減量を提案することも、薬剤師や医師の重要な役割です。

参考)肩こりに湿布は効く?貼る場所と選び方を整骨院院長が解説

光線過敏症と交叉感作のメカニズム

モーラステープの指導において最も注意を要するのが、光線過敏症(光接触皮膚炎)です。これは、皮膚に残留したケトプロフェン紫外線(特にUVA)を吸収して光化学反応を起こし、ハプテン化することで生じる免疫アレルギー反応です。

参考)紫外線に注意 〜光線過敏症を知っていますか?〜

この副作用の厄介な点は、薬剤を使用している最中だけでなく、使用中止後も長期間にわたってリスクが持続することです。ケトプロフェンは皮膚の角質層や真皮内に長く残留する性質があり、剥がした後も最低4週間は遮光が必要とされています。患者は「薬を止めたからもう大丈夫」と考えがちですが、数週間後に紫外線を浴びて重篤な皮膚炎を発症するケースが後を絶ちません。

参考)モーラステープやばい?効果・副作用・貼ると危険な場所を医師が…

さらに、ケトプロフェンによる感作が成立すると、化学構造が類似した他の物質に対してもアレルギー反応を示す交叉感作交差反応)が生じることがあります。例えば、脂質異常症治療薬のフェノフィブラートなどは、ケトプロフェンと化学構造の一部(ベンゾフェノン骨格など)が共通しており、内服によって全身性の皮膚炎を引き起こす可能性があります。問診の際には、過去に湿布薬でかぶれた経験がないかだけでなく、現在服用中の薬剤についても詳細な確認が必要です。

参考)https://www.mhlw.go.jp/www1/kinkyu/iyaku_j/iyaku_j/anzenseijyouhou/276-1.pdf


光線過敏症の症状は、単なる発赤や痒みにとどまらず、水疱形成や色素沈着、場合によっては全身への拡大を見せることもあります。一度発症すると治療に難渋することも多く、ステロイド外用剤による治療が必要となります。予防こそが最大の治療であり、処方時の徹底した遮光指導(サポーターや長袖の着用、色の濃い衣服の推奨など)は、医療従事者の法的責任とも言えるほど重要視されています。

参考)湿布と光線過敏症、その対策と注意点について

日焼け止め成分オクトクリレンとの併用リスク

ここからは、一般的な指導では見落とされがちな、しかし極めて重要な視点について解説します。それは、光線過敏症予防のために使用される「日焼け止め(サンスクリーン剤)」自体が、交叉感作の原因となり得るというパラドックスです。

市販の多くの日焼け止めや化粧品には、紫外線吸収剤としてオクトクリレンという成分が含まれています。このオクトクリレンは、ケトプロフェンと化学構造が類似しており、ケトプロフェンに対して感作された患者がオクトクリレン含有の日焼け止めを使用すると、光アレルギー性接触皮膚炎を誘発するリスクがあります。

参考)https://higashinagoya.hosp.go.jp/files/000162632.pdf

患者に対して「紫外線を避けるために日焼け止めを塗ってください」と安易に指導することは、実は危険を孕んでいます。もし患者が、モーラステープの使用歴があり、かつオクトクリレンを含有する日焼け止めを使用した場合、遮光を目的とした行為が、逆に重篤な皮膚炎の引き金になりかねないのです。

参考)「日焼け止め」「痛み止め」併用、NGのケースも 〝意外な副作…

欧州などではこのリスクが強く認識されていますが、日本国内の臨床現場ではまだ十分に周知されているとは言い難い状況です。具体的な指導としては、以下の点が挙げられます。

  • 成分表示の確認: 患者に日焼け止めを使用する際は、成分表示を確認し、オクトクリレン(octocrylene)が含まれていない製品(ノンケミカル処方や紫外線散乱剤のみの製品など)を選択するよう助言する。
  • 物理的遮光の優先: 日焼け止めによる化学的遮光よりも、衣服やサポーターによる物理的遮光を第一選択とするよう指導する。
  • 併用禁忌の認識: 過去にモーラステープでかぶれた経験がある患者には、特にオクトクリレン含有製品の使用を避けるよう警告する。

この「日焼け止めによる二次被害」を防ぐことは、専門知識を持つ医療従事者ならではの高度なリスクマネジメントと言えるでしょう。

妊婦・授乳婦への全身移行性と禁忌

モーラステープは局所作用型の製剤ですが、先述の通り経皮吸収効率が高く、成分は確実に全身循環へ移行します。そのため、妊婦、特に妊娠後期の女性に対する使用は「禁忌」とされています。

参考)https://mother-health.net/_src/56365/obj20251011001224268983.pdf?v=1760161964524


ケトプロフェンを含むNSAIDsは、胎児の動脈管を収縮させる作用があります。動脈管は胎児循環において重要なバイパス路ですが、これが子宮内で早期に収縮・閉鎖してしまうと、胎児循環不全や新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。さらに、羊水過少症や胎児の腎機能障害のリスクも報告されており、妊娠後期における使用は厳に慎むべきです。​

では、授乳婦についてはどうでしょうか。添付文書上では「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」や「授乳を避けさせる」といった慎重な記載が一般的です。しかし、臨床薬理学的な視点からは、テープ剤からの母乳への移行量は極めて微量であると推測されます。

ある研究データからの推計では、モーラステープL40mgを24時間貼付した場合の血中濃度は、経口薬や坐剤を使用した場合の5〜10%程度に留まるとされています。母乳への移行率(M/P比)を考慮しても、乳児が摂取する薬剤量は臨床的に問題となるレベルには達しにくいと考えられます。

参考)授乳婦とモーラステープ(ケトプロフェンテープ)について

ただし、乳児の安全性(特に腎機能が未熟な新生児や低出生体重児)を完全に保証するものではありません。授乳中の患者に処方する場合、以下の指導が推奨されます。

  • 授乳直後の貼付: 次の授乳までの時間を空けることで、血中濃度ピーク時の授乳を避ける。
  • 必要最小限の使用: 痛みが強い時のみ使用し、漫然とした連用は避ける。
  • 児の観察: 万が一、乳児に哺乳不良や機嫌の悪さなどが見られた場合は、直ちに使用を中止し受診するよう伝える。

「湿布だから大丈夫」という安易な自己判断を正し、科学的根拠に基づいたリスクとベネフィットのバランスを患者に提示することが重要です。

患者コンプライアンスを高める遮光指導

モーラステープの効果を最大限に引き出しつつ、副作用を防ぐためには、患者のコンプライアンス(およびアドヒアランス)の向上が鍵となります。特に遮光指導は、患者にとって日常生活の制限となるため、納得感のある説明がなければ実践されません。

単に「日光に当てないでください」と伝えるだけでは不十分です。具体的なシチュエーションを挙げた指導が効果的です。

  • 曇りの日や窓ガラス越しの紫外線: 「曇っているから」「家の中にいるから」と油断しがちですが、UVAは雲や窓ガラスを透過します。外出時だけでなく、日当たりの良い室内でも注意が必要であることを伝えます。
  • 素材と色の選択: 白く薄い生地のシャツでは、紫外線を透過してしまう可能性があります。黒や紺などの濃い色、あるいはUVカット加工された衣服やサポーターの着用を具体的に提案します。​
  • 剥がした後の期間: 「4週間」という期間は忘れられやすいため、カレンダーへの記入や、スマートフォンのリマインダー機能の活用を勧めるのも一つの方法です。

また、ジェネリック医薬品への変更時にも注意が必要です。基剤の違いにより、粘着力や剥がした後の皮膚残留性、あるいは匂いなどが異なる場合があります。患者が使用感の違いから勝手な判断で使用を中断したり、不適切な使用法をとったりしないよう、薬剤変更時のフォローアップも大切です。

参考)https://pharmacist.m3.com/column/kusuri_kihon/4145

最終的に、肩こり治療のゴールは痛みの緩和だけでなく、ADL(日常生活動作)の向上です。副作用によって新たな苦痛を生んでしまっては本末転倒です。

モーラステープという強力な武器を安全に使いこなすため、私たち医療従事者は、常に最新の知見に基づいたきめ細やかな指導を心がける必要があります。

久光製薬:モーラステープ インタビューフォーム(薬理作用や副作用の統計詳細)
国立病院機構東名古屋病院:薬と光線過敏症(オクトクリレンとの交叉感作についての詳細な解説)
授乳婦とモーラステープ(授乳中の移行量に関する薬学的考察)