痛み止めの強さと比較|WHOラダーを超えた薬剤選択とNNTの実際

痛み止めの強さと比較|WHOラダーを超えた薬剤選択とNNTの実際
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NNTによる客観的評価

感覚的な「強さ」ではなく、治療必要数(NNT)を用いたエビデンスベースの比較で、NSAIDsとアセトアミノフェンの真の有効性を再考します。

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遺伝子多型と個人差

日本人におけるCYP2D6活性の低下が、トラマドールなどの弱オピオイドの「強さ」にどう影響するか、薬理学的背景を解説します。

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鎮痛補助薬の役割

侵害受容性疼痛以外の痛みに対し、従来の鎮痛薬が「効かない」理由と、α2δリガンドなど鎮痛補助薬の適応を整理します。

痛み止めの強さの比較と臨床的判断

医療現場において患者から「強い痛み止めをください」と求められる場面は日常的ですが、我々医療従事者が認識すべき「痛み止めの強さ」は、単なる鎮痛作用の強力さ(Potency)だけではありません。臨床的な「強さ」とは、対象となる痛みの病態生理に対する薬剤の適合性(Efficacy)、忍容性、そして投与経路や代謝経路を含めた総合的な有効率で判断されるべきです。

本記事では、一般的なWHO三段階除痛ラダーの概念を再確認しつつ、NNT(治療必要数)を用いたNSAIDsアセトアミノフェンの比較、さらにはトラマドールの代謝における遺伝的な個人差など、教科書的なランキングでは語られない薬理学的な視点から「強さ」を深掘りします。

WHO三段階除痛ラダーと現代の薬物療法

WHO三段階除痛ラダーは、がん疼痛治療の基本原則として長年参照されてきましたが、その概念は現代の疼痛管理においても色褪せることなく、非がん性慢性疼痛の管理にも応用されています。しかし、このラダーを「弱い薬から順に強い薬へ切り替える」という単方向のステップとしてのみ捉えるのは、現代のマルチモーダル鎮痛の観点からは不十分と言えます。

第1段階では、軽度の痛みに対してNSAIDsアセトアミノフェンといった非オピオイド鎮痛薬が選択されます。ここで重要なのは、これらの薬剤には「天井効果(Ceiling effect)」が存在することです。NSAIDsは用量を増やしてもある一点を超えると鎮痛効果は頭打ちになり、副作用のリスクだけが増大します。したがって、「効かないから増量する」のではなく、作用機序の異なる薬剤への変更や併用(ステップアップ)を早期に検討する必要があります。

参考)WHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症…

第2段階の「軽度から中等度の痛み」に対しては、コデインやトラマドールなどの弱オピオイドが推奨されてきました。しかし、近年のガイドラインや臨床研究では、弱オピオイドを経由せずに低用量の強オピオイド(モルヒネ、オキシコドンなど)を開始する手法も議論されています。特にがん疼痛においては、弱オピオイドの鎮痛効果に限界がある場合や、副作用(悪心・便秘)が強オピオイドと同等に出現する場合があるため、「弱いオピオイド=安全・副作用が少ない」という図式は必ずしも成立しません。

参考)https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/pain_2020/03_04.pdf

現代の薬物療法では、ラダーの段階を遵守すること自体が目的ではなく、痛みの強さに応じて適切な「強さ」の薬剤を最初から選択する、あるいはベース薬にレスキュー薬を組み合わせるといった柔軟な運用が求められます。

参考リンク:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2020年版(日本緩和医療学会)|オピオイドの選択と推奨度についての詳細な解説

NSAIDsとアセトアミノフェンのNNTに基づく鎮痛効果の再考

NSAIDsアセトアミノフェンよりも強い」という認識は一般的ですが、これをEBM(根拠に基づく医療)の指標であるNNT(Number Needed to Treat:1人の患者の効果を得るために何人の治療が必要か)を用いて検証すると、より解像度の高い比較が可能になります。

急性の術後疼痛や外傷性疼痛において、一般的にNSAIDsのNNTは2〜3程度と報告されており、これは「2〜3人に投与すれば1人は効果(通常は50%以上の除痛)を実感できる」という非常に高い有効性を示しています。対してアセトアミノフェンのNNTは3〜4程度とされることが多く、単剤での切れ味(鎮痛のピーク効果)においてはNSAIDsに軍配が上がります。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6485506/

しかし、ここで考慮すべきは「安全性という名の強さ」です。NSAIDsはプロスタグランジン産生抑制に伴う消化管障害、腎機能障害、心血管イベントのリスク(特にCOX-2選択的阻害薬における血栓塞栓症リスク)を抱えています。一方、アセトアミノフェンは抗炎症作用はほとんど持ちませんが、中枢性の作用機序により、消化管や腎臓への負担が極めて少ないという特徴があります。

特に高齢者や基礎疾患を持つ患者においては、NSAIDsの使用が制限されるため、アセトアミノフェンを十分量(1日3000mg〜4000mg)使用することで、NSAIDsの通常量に匹敵する鎮痛効果を得ようとするアプローチが推奨されます。実際に、変形性関節症などの慢性疼痛においては、長期投与の安全性まで含めた「治療の継続性」という観点で、アセトアミノフェンが第一選択となるケースが多いのです。

参考)https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents1/12.html

また、最近の知見では、NSAIDsとアセトアミノフェンの併用が、それぞれの単剤投与よりも優れた鎮痛効果を示す(相加効果)ことが確認されており、NNTをさらに改善させる手法として周術期管理などで標準化しつつあります。つまり、「どちらが強いか」という対立構造ではなく、「組み合わせることで最強のベースを作る」という考え方が重要です。

参考リンク:慢性疼痛治療ガイドライン(厚生労働省研究班)|慢性疼痛に対する薬物療法の推奨度とエビデンスレベル

トラマドールの副作用とCYP2D6遺伝子多型による個人差

本セクションでは、検索上位記事ではあまり触れられない、トラマドールの「強さ」を左右する遺伝的要因について解説します。トラマドールは非麻薬性オピオイドとして扱われ、非オピオイド強オピオイドの中間に位置する使いやすい薬剤として普及していますが、その鎮痛効果には個人差が大きいことが知られています。

トラマドールはそれ自体もμ受容体への親和性を持ちますが、肝臓の薬物代謝酵素CYP2D6によって代謝されて生成される活性代謝物(M1:O-デスメチルトラマドール)が、親化合物よりもはるかに強力なμ受容体親和性(約200倍とも言われる)を持ち、主要な鎮痛効果を発揮します。つまり、トラマドールはプロドラッグとしての側面を持っています。

参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-17K15504/17K15504seika.pdf

ここで問題となるのが、CYP2D6の遺伝子多型です。欧米人に比べて日本人では、CYP2D6の活性が低下している「Intermediate Metabolizer(中間代謝者)」の割合が比較的多い(約20〜40%)とされています。また、活性が欠損している「Poor Metabolizer(代謝不全者)」も数%存在します。これらの患者群では、トラマドールを投与しても強力な鎮痛成分であるM1が十分に生成されず、期待されるほどの鎮痛効果(強さ)が得られない可能性があります。一方で、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害)様の作用は残存するため、悪心や嘔吐などの副作用だけが強く発現してしまう「効かないのに副作用だけ出る」という臨床的に厄介な現象が起こり得ます。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/amjsphcs/29/0/29_O89/_pdf/-char/en

逆に、CYP2D6の活性が過剰に高い「Ultra-rapid Metabolizer」の患者(日本人では稀)では、急速に血中M1濃度が上昇し、予期せぬ呼吸抑制などの重篤なオピオイド副作用が出現するリスクがあります。

「トラマドールは弱いオピオイドだから安全」と盲目的に信じるのではなく、効果が不十分な場合に漫然と増量するのではなく、遺伝的背景による不応の可能性を考慮し、早めに他の薬剤(別の代謝経路を持つオピオイドや鎮痛補助薬)へ切り替える判断力が、臨床的な「強さ」のコントロールには不可欠です。

参考リンク:日本人のCYP2D6遺伝子多型とトラマドールの鎮痛効果に関する臨床研究論文

鎮痛補助薬の併用による神経障害性疼痛へのアプローチ

痛みの種類が「侵害受容性疼痛(炎症や組織損傷)」ではなく、「神経障害性疼痛(神経の損傷や機能異常)」である場合、一般的なNSAIDsやオピオイドの「強さ」は著しく低下します。神経障害性疼痛に対しては、従来の鎮痛薬は「効きにくい」とされており、ここで登場するのが鎮痛補助薬です。

鎮痛補助薬の中でも、プレガバリンやミロガバリンといったα2δリガンドは、過剰に興奮した神経のカルシウムチャネルに結合し、興奮性神経伝達物質の放出を抑制することで鎮痛効果を発揮します。これらの薬剤は、帯状疱疹後神経痛や糖尿病性神経障害性疼痛、脊柱管狭窄症に伴う下肢痛などに対して第一選択薬となります。

参考)https://www.mhlw.go.jp/content/000350363.pdf

ここでの「強さ」の指標もNNTで語ることができます。神経障害性疼痛に対するプレガバリンのNNTは7〜8程度(50%の痛みを軽減するために)と報告されており、NSAIDsの急性痛に対するNNT(2〜3)と比較すると、数字上は「弱い」ように見えるかもしれません。しかし、NSAIDsがほぼ無効(NNTが極めて大きい)である神経障害性疼痛に対して、確実に効果を発揮するという点で、その臨床的な価値は計り知れません。

参考)https://medical-tribune.co.jp/rensai/articles/?blogid=11amp;entryid=531000

また、抗うつ薬(三環系抗うつ薬やSNRI)も、下行性疼痛抑制系を賦活させることで強力な鎮痛補助作用を示します。特にデュロキセチンなどのSNRIは、慢性腰痛症や変形性関節症に対しても適応を持っており、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛が混在するような「混合性疼痛」に対して、NSAIDsやオピオイドとは異なるルートから痛みをブロックする「強さ」を持っています。

重要なのは、これらの薬剤は即効性を期待するものではなく、数週間かけて用量を調節(タイトレーション)しながら定常状態を作ることで、持続的な鎮痛効果を発揮する点です。患者に対して「飲んですぐ効く強い薬」ではないことを十分に説明し、副作用(眠気、ふらつき)を管理しながらアドヒアランスを維持することが、治療成功の鍵となります。

参考リンク:神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン 改訂第2版|各鎮痛補助薬の推奨度と使用方法

オピオイド鎮痛薬における「強さ」の換算とローテーション

最後に、強オピオイド間での「強さ」の比較について触れます。オピオイドには、モルヒネを基準(1とする)とした等鎮痛力価(Equianalgesic Dose)という概念が存在します。例えば、オキシコドンはモルヒネの約1.5倍、フェンタニルはモルヒネの約100倍の力価を持つとされますが、これは「1mgあたりの強さ」を示しているに過ぎず、フェンタニルがモルヒネより100倍優れた薬という意味ではありません。

臨床現場では、あるオピオイドで副作用が強く出る場合や、耐性が形成されて鎮痛効果が減弱した場合に、別のオピオイドに変更する「オピオイド・ローテーション」が行われます。この際、単純な力価換算だけでなく、各薬剤の受容体サブタイプへの親和性の違いや、代謝経路の違いを考慮します。

オピオイドの真の「強さ」とは、レスキュードーズを用いた際の迅速な立ち上がり(Tmaxの短さ)や、持続性製剤による安定した血中濃度の維持能力にあります。

医療従事者は、「最強の痛み止め」という単一の正解を探すのではなく、患者個々の病態(炎症、神経障害、心因性要素など)と、薬理遺伝学的な背景、そして臓器機能を総合的にアセスメントし、最適な「強さ」の薬剤パズルを組み立てる能力が求められているのです。