新規個別指導と薬局の対策
新規個別指導の当日の流れと厚生局の視点
新規個別指導は、保険薬局としての指定を受けた後、概ね6ヶ月から1年以内に実施される行政指導です。この指導は、保険診療の質的向上と適正化を目的としており、決して「粗探し」だけが目的ではありませんが、準備不足で臨むと痛い目を見ることになります。当日は、指定された日時に地方厚生局の会議室などに出向く形式が一般的です。
当日の出席者と役割分担
原則として、管理薬剤師の出席が必須です。しかし、実際の現場では管理薬剤師一人ですべての質問に即答することは困難であるため、開設者(法人の役員など)や、レセプト請求業務に精通した医療事務スタッフの同行が強く推奨されます。特に、受付から会計までのフローや、一部負担金の徴収状況については事務スタッフでなければ答えられない詳細な質問が飛んでくることがあります。
- 管理薬剤師:調剤録、薬歴、疑義照会の内容、服薬指導の具体的な状況について回答します。
- 開設者・事務スタッフ:調剤報酬の請求事務、日計表、医薬品の購入伝票の管理状況について説明を求められます。
指導のタイムスケジュールと雰囲気
一般的には、指定時間の30分前には会場に到着し、受付を済ませます。待合室には他の薬局関係者もいますが、会話は慎み、緊張感を保つ必要があります。指導時間は通常1時間から2時間程度です。
指導は「面接懇談方式」で行われます。担当の技官(薬剤師資格を持つ厚生局の職員)と事務官が座り、持参した資料をもとに次々と質問を投げかけます。ここで重要なのは、技官の視点です。彼らは「保険請求のルール(算定要件)が守られているか」はもちろん、「患者の安全が確保されているか」「薬剤師として職能を発揮しているか」という実質的な側面も見ています。例えば、薬歴に「副作用確認」と書いてあっても、具体的にどのような症状を確認したのか記載がなければ、「実際には聞いていないのではないか?」と疑われることになります。
厚生局が最初に見るポイント
指導が始まると、まずは基本的な勤務体制がチェックされます。「出勤簿」と「薬剤服用歴の記載日時」の整合性は必ず見られます。もし、薬剤師が出勤していないはずの時間帯に投薬や薬歴の記載が行われていれば、無資格調剤や架空請求の疑いがかかります。これは「指摘」レベルを超えて「監査」に直結する危険なポイントですので、シフト表と実績の管理は徹底しておく必要があります。厚生局の主な指摘事項(東海北陸厚生局)などの公開資料を確認し、地域の傾向を把握しておくことも有効です。
新規個別指導で薬局が指摘されやすい薬歴記載の不備
新規個別指導において、最も時間を割かれ、かつ多くの指摘を受けるのが「薬剤服用歴(薬歴)」の記載内容です。薬歴は、調剤報酬請求の根拠となる最重要書類です。単に「薬を渡した記録」ではなく、「どのような指導を行い、患者がどう理解し、次回の指導にどう繋げるか」というストーリーが求められます。
SOAP形式の不整合
多くの薬局で導入されているSOAP形式ですが、それぞれの項目が論理的に繋がっていないケースが散見されます。
よくある指摘例。
- S(Subjective):「特になし」「変わりないですか?はい」といった無機質な記述。患者の具体的な訴えや、生活状況の変化が読み取れない。
- O(Objective):処方内容をただコピー&ペーストしただけ。検査値や残薬数、併用薬の状況など、客観的なデータの記載が不足している。
- A(Assessment):SとOに基づいた薬剤師の評価がない。「副作用なし」と断定しているが、その根拠が不明確。
- P(Plan):「継続指導」「用法用量の確認」といった定型文の乱用。次回、具体的に何を確認すべきかが書かれていない。
特に「コピペ薬歴」は厳しく追及されます。前回と全く同じ文章が続いている場合、「実際に指導していないのではないか」とみなされ、その期間の薬剤服用歴管理指導料の返還を求められる可能性があります。
指導内容の具体性欠如
「相互作用を確認した」という記述だけでは不十分です。「A薬とB薬の併用による血圧低下のリスクについて説明し、ふらつき等の症状が出たらすぐに連絡するよう指導した」のように、具体的な指導内容と、それに対する患者の反応まで記録する必要があります。
また、ハイリスク薬(特定薬剤)に関する指導加算を算定している場合は、特に詳細な記録が求められます。一般的な指導内容に加え、その薬剤特有の注意点(例:抗凝固薬なら納豆の摂取制限や出血傾向の確認など)について、毎回確認し記録しているかが問われます。
残薬確認と後発医薬品への変更対応
残薬の確認は、医療経済的側面からも重視されています。「残薬なし」とする場合でも、単に患者に聞いただけでなく、お薬手帳の記録や来局間隔から妥当性を判断した形跡が必要です。
後発医薬品(ジェネリック)への変更に関するやり取りも重要です。患者が希望したのか、拒否したのか、その理由は何か。これらが記載されていないと、後発医薬品調剤体制加算の算定要件を満たしていないと判断されるリスクがあります。記載漏れを防ぐためには、薬局内で統一したチェックリストを作成し、薬歴記入時に漏れがないか相互確認する体制を整えることが推奨されます。
新規個別指導での自主返還リスクと加算算定の要件
新規個別指導の結果、請求内容に誤りや不当な点が認められた場合、「自主返還」を求められます。これは、過去に受け取った調剤報酬を保険者に返す手続きであり、薬局経営にとって大きな痛手となります。返還額は数万円で済むこともあれば、算定の根幹に関わるミスがあれば数百万単位になることもあります。
返還対象となりやすい「加算」の落とし穴
基本料以外の「加算」は、算定要件が厳格に定められており、一つでも要件を欠けば返還対象となります。
1. 夜間・休日等加算の不適切な算定
薬局が開局している時間内であっても、処方箋受付時間が規定の時間(平日19時以降など)を超えている場合に算定できるものですが、この時間を証明するタイムスタンプや受付記録が不正確だと指摘されます。特に、「患者が来局した時間」と「処方箋を受け付けた時間」のズレについて説明できないと、意図的な操作を疑われます。
2. 重複投薬・相互作用等防止加算
この加算は、単に疑義照会をしただけでは算定できません。「処方変更が行われた場合」あるいは「処方変更はなかったが、重大な副作用回避のために情報提供を行った場合」など、結果に応じた要件があります。疑義照会の結果、単なる形式的な問い合わせ(記載ミスや日数調整など)であったにも関わらず加算を算定しているケースは、高確率で返還を求められます。
かかりつけ薬剤師指導料の同意書不備
かかりつけ薬剤師指導料は点数が高いため、チェックも厳格です。最も多いのが「同意書の不備」です。患者の自筆署名がない、日付が入っていない、担当薬剤師の氏名が空欄である、といった基本的なミスが命取りになります。また、同意書をもらったものの、実際にはかかりつけ薬剤師以外が対応した日に算定しているケースも返還対象です。「かかりつけ薬剤師が不在の時は算定できない」という原則をスタッフ全員が理解していないと、組織的な不正請求とみなされかねません。
自主返還の実務的影響
自主返還となると、単にお金を返すだけでなく、対象となる患者一人ひとりのレセプトを特定し、修正申告を行う膨大な事務作業が発生します。また、一度「返還」の履歴がつくと、次回の指導(定例の個別指導)において、その項目が改善されているか重点的にチェックされることになります。経営的な損失だけでなく、地域での信用問題にも発展しかねないため、日々の算定要件チェックは極めて重要です。
新規個別指導で問われる処方箋の不備と疑義照会の記録
処方箋は、調剤業務の開始点であり、全ての記録の原点です。新規個別指導では、持参した処方箋の原本と、レセプトコンピューターの入力内容、そして薬歴の記載内容の「三点照合」が行われます。ここで矛盾が生じると、架空請求や付替え請求を疑われることになります。
処方箋原本の不備と修正方法
処方箋の記載事項に不備があるまま調剤を行うことは認められません。
- 医師の押印漏れ:公印省略の場合を除き、医師の記名押印が必要です。漏れがある場合は疑義照会を行い、その旨を備考欄に記載するか、医師に追記してもらう必要があります。
- 有効期限切れ:原則として発行日を含めて4日以内です。期限を過ぎた処方箋を受け付け、疑義照会による延長措置の記録がないまま調剤した場合、その調剤報酬は全額返還となる可能性があります。
- 手書き修正の処理:処方箋の内容を訂正する場合、誰が、いつ、どのような理由で訂正したかが明確でなければなりません。薬局側で勝手に追記・修正したと見なされると、「変造」と判断される恐れがあります。必ず疑義照会の記録(日時、相手先、内容、回答)とセットで残す必要があります。
疑義照会記録の徹底
「電話で確認しました」という記憶だけでは通用しません。新規個別指導では、疑義照会の記録が物理的にどこに残されているかを確認されます。
望ましい記録方法。
- 処方箋の備考欄または裏面に、照会日時、回答者名、変更内容を赤ペン等で記載する。
- 薬歴の「S」または「O」の項目に、照会の経緯と結果を記載する。
- 調剤録(レセプト摘要欄等)に反映させる。
この3箇所で整合性が取れていることが重要です。例えば、処方箋には「残薬調整のため削除」とメモがあるのに、薬歴にはその記載がなく、レセプトでは削除後の日数で請求されている場合、「本当に医師に確認したのか?」と突っ込まれる原因になります。また、後発品への変更不可チェックがあるにも関わらず変更している場合など、医師の指示を逸脱した調剤は重大な指摘事項となります。
新規個別指導から監査へ移行させないための書類管理
新規個別指導はあくまで「指導」ですが、内容が悪質であると判断された場合、即座に指導が中止され、「監査」へと移行します。監査になると、薬局の指定取り消しや薬剤師の免許停止など、行政処分を前提とした調査が行われることになります。この最悪の事態を避けるためには、日頃の書類管理と、指導当日の誠実な対応が鍵となります。
監査へ移行する危険なサイン
厚生局が監査への移行を判断する基準には、「不正の手段による請求」が明確に見られた場合が含まれます。
- 嘘をつくこと:資料がないのに「あります」と答えたり、その場で書類を捏造しようとしたりする行為は絶対にしてはいけません。分からないことは正直に「確認して後日報告します」と答える方が傷は浅く済みます。
- 書類の隠蔽・改ざん:指導の直前に慌てて過去の薬歴をまとめて入力したり、日付を改ざんしたりすることは、システムログを見ればすぐに発覚します。「未記載」であることよりも、「改ざん」することの方が罪は重いです。未記載であれば指導で済みますが、改ざんは不正請求の隠蔽工作とみなされ、一発で監査対象になり得ます。
整理しておくべき必須書類リスト
指導当日に「書類が見つからない」というだけで、管理体制の不備を指摘されます。以下の書類は必ず整理し、すぐに取り出せるようにファイリングしておきましょう。
【基本書類】
- 保険薬局の指定通知書、施設基準の届出控え
- 管理薬剤師・勤務薬剤師の免許証写し、雇用契約書、出勤簿(タイムカード)
- 調剤録、処方箋、薬歴簿(電子薬歴の場合は出力の準備)
【購入・在庫関連】
特に医薬品購入伝票は、「架空請求」がないかをチェックするための最重要証拠です。「購入量よりも請求量の方が多い」という矛盾が出れば、言い逃れはできません。伝票は月別に整理し、欠品がないように管理してください。個別指導で準備すべき書類の詳細なども参考に、抜け漏れがないか二重のチェックを行いましょう。
新規個別指導は、薬局の管理体制を見直す良い機会でもあります。指摘された事項を真摯に受け止め、業務改善に繋げることができれば、その後の薬局運営はより強固なものになるでしょう。恐れすぎず、しかし侮らず、日々の業務を誠実に行うことが最大の対策です。