抗てんかん薬の強さランキング
インターネット上の検索クエリとして頻出する「抗てんかん薬 強さランキング」ですが、医療従事者であれば周知の通り、抗てんかん薬(ASM: Anti-Seizure Medications)において、単一の「強さ(Potency)」を順位付けすることは臨床的に無意味であり、時に危険でさえあります。なぜなら、ある発作型に対して劇的な効果(強さ)を発揮する薬剤が、別の発作型では無効、あるいは増悪させるリスクを持っているからです。
しかし、患者や非専門医が求める「強さ」の正体を「第一選択としての信頼性」や「難治症例における最終防衛ライン」と解釈すれば、そこには明確な臨床的ヒエラルキーが存在します。本記事では、単純な力価の比較ではなく、「発作抑制効果(Efficacy)」と「忍容性(Tolerability)」を掛け合わせた総合的な「有効性(Effectiveness)」という観点から、主要な抗てんかん薬を評価・解説します。
[作用機序]から定義する発作抑制の強さとスペクトラム
抗てんかん薬の「強さ」を論じる上で、まず理解しなければならないのがスペクトラム(有効範囲)の概念です。薬剤が強力であればあるほど良いわけではなく、作用機序が病態生理に合致しているかが鍵となります。
例えば、バルプロ酸(VPA)は、Naチャネル抑制、T型Caチャネル抑制、GABAトランスアミナーゼ阻害によるGABA濃度上昇といった多重の作用機序を持つため、全般てんかんから焦点てんかんまで幅広いスペクトラムを有します。この意味で、VPAは「守備範囲の広さ」という意味での「最強」の座に長年君臨してきました。特に若年性ミオクロニーてんかん(JME)や欠神発作を含む全般発作においては、現在でも第一選択薬としての地位を維持しています。
参考)きょうのてんかん|東北大学大学院医学系研究科 てんかん学分野
一方で、カルバマゼピン(CBZ)は強力なNaチャネル遮断作用を持ち、焦点発作に対してはVPAを凌ぐ切れ味(強さ)を見せることがありますが、欠神発作やミオクロニー発作をかえって悪化させる可能性があります。つまり、焦点発作に限定した「強さランキング」であればCBZは上位に入りますが、全般発作を含めたランキングでは圏外、あるいは有害となるのです。
近年登場したレベチラセタム(LEV)は、シナプス小胞蛋白SV2Aに結合するという独自の作用機序を持ちます。これは従来の興奮・抑制バランスの直接的な操作とは異なるため、他の薬剤で制御できなかった発作に対しても有効性を示すことがあり、「強さ」の質が異なると言えます。また、LEVはVPAと同様に比較的広いスペクトラムを持つことから、発作型が未確定の段階でも使用しやすいという臨床的な「強み」を持っています。
参考)てんかん治療薬
参考:成人てんかんの薬物療法ガイドライン(日本神経学会)
[第一選択]薬レベチラセタムとラモトリギンの有効性比較
現在、焦点てんかんの治療において、実質的な「強さランキング」のトップを争っているのが、レベチラセタム(LEV)とラモトリギン(LTG)です。これらは新規抗てんかん薬の中でも特に使用頻度が高く、第一選択薬(Monotherapy)としての地位を確立しています。
一般的に、LEVはその使いやすさから「最強の利便性」を持つと評価されます。
- 急速な用量調節が可能: 初日から有効用量に近い投与が可能で、発作抑制までの時間が短い。
- 薬物相互作用が皆無に近い: 肝代謝酵素を誘導・阻害しないため、高齢者や多剤併用患者に極めて有利。
- 静注製剤の存在: 内服困難時や急性期にも対応可能。
対して、LTGは「最強の安定性」を持つと言えます。
- 精神症状への好影響: 気分安定作用を併せ持ち、うつ傾向のあるてんかん患者に有利。
- 催奇形性リスクの低さ: VPAと比較して妊娠可能年齢の女性に対して安全性が高い。
- スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)のリスク: 導入時の皮疹リスクがあるため、維持用量に達するまで数週間〜数ヶ月を要する(急速導入ができない)。
ここで注目すべきは、英国で行われた大規模臨床試験「SANAD II」の結果です。この試験では、新規発症の焦点てんかん患者において、LTGとLEVの有効性と費用対効果が比較されました。多くの臨床医の予想に反し、LTGはLEVと比較して、12ヶ月寛解までの期間および費用対効果において優越性を示しました(非劣性ではなく優越性です)。
参考)The SANAD II study of the effe…
LEVは精神的な副作用(易怒性、攻撃性)による治療脱落が一定数見られる一方、LTGは一度維持用量に達してしまえば、その後の忍容性が極めて高いことが示されました。つまり、導入のしやすさという「瞬発的な強さ」ではLEVが勝りますが、長期的な治療継続という「持久的な強さ」ではLTGに軍配が上がる可能性があります。
[ペランパネル]等、新規薬剤における併用療法の相乗効果
単剤で発作が抑制できない難治性てんかんにおいて、次に求められる「強さ」は、「既存薬のアドオン(上乗せ)としてどれだけ追加効果を発揮するか」です。ここで重要になるのが、既存薬とは異なる作用機序を持つ薬剤の選択です。
ペランパネル(PER)は、AMPA型グルタミン酸受容体非競合的拮抗薬という、世界初のメカニズムを持つ抗てんかん薬です。Naチャネル遮断薬(CBZ, LTG, LCMなど)やSV2Aリガンド(LEV)で抑制不十分な症例に対して、興奮性シグナルの伝達をポストシナプスレベルでブロックすることで、強力な追加効果(Add-on effect)を発揮します。
PERの特筆すべき「強さ」は、その半減期の長さ(約70時間〜)にあります。1日1回投与で血中濃度が安定するため、服薬コンプライアンスが低い患者や、うっかり飲み忘れた際の発作リスクを軽減できる点は、実臨床における大きな武器です。ただし、易怒性などの精神症状やふらつきには注意が必要であり、就寝前投与が基本となります。
また、ラコサミド(LCM)もNaチャネル遮断薬ですが、従来のCBZなどとは異なり「Naチャネルの緩徐な不活性化」を選択的に促進するというユニークな機序を持ちます。これにより、従来のNaチャネル遮断薬が無効だった症例に対しても効果を示すことがあり、さらに心伝導系への影響や薬物相互作用がCBZより少ないため、高齢者や合併症のある患者に対する「使い勝手の良い強薬」として評価が高まっています。
参考)https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0057_01_0001.pdf
新規薬剤をランキングするならば、以下のようになります。
- 追加効果の期待値: ペランパネル(全く新しい機序のため)
- 忍容性と使いやすさ: ラコサミド、レベチラセタム
- 特異的な発作型: フィンゴリモド(多発性硬化症治療薬だが、てんかんへの応用も研究されている)※現時点では適応外
[副作用]リスクと天秤にかけるナトリウムチャネル遮断薬の評価
「強い薬」は往々にして「副作用も強い」という宿命を背負っています。抗てんかん薬の強さランキングを考える際、副作用によるQOL低下を無視することはできません。
古くからあるカルバマゼピン(CBZ)やフェニトイン(PHT)は、発作抑制力は極めて強力ですが、現在の「推奨ランキング」では順位を下げています。その理由は、用量依存性の副作用(眠気、ふらつき、複視)に加え、特異体質性の副作用(重篤な皮疹、肝障害、造血器障害)、そして酵素誘導による他剤との相互作用が頻発するためです。
特にCBZやPHTはCYP誘導作用が強く、抗凝固薬や経口避妊薬、他の抗てんかん薬の血中濃度を著しく低下させるため、現代の高齢化社会(ポリファーマシー患者の増加)においては、「管理が難しい薬」と見なされています。
対照的に、新規のNaチャネル遮断薬であるラコサミド(LCM)や、別機序のレベチラセタム(LEV)は、発作抑制効果が同等でありながら、これらの副作用リスクや相互作用が大幅に軽減されています。
副作用の観点からの「強さ(安全性)ランキング」では、以下の薬剤が上位に来ます。
- 認知機能への影響が少ない: ラモトリギン、ラコサミド
- 眠気が少ない: ラモトリギン
- 体重変動が少ない: ラモトリギン、レベチラセタム(トピラマートは体重減少、バルプロ酸やガバペンチンは体重増加のリスクあり)
臨床医としては、「発作を止める力」だけでなく、「患者の生活を守る力」を持つ薬剤を上位にランク付けする必要があります。例えば、知的労働に従事する患者にトピラマート(言葉が出にくくなる副作用がある)を高用量で投与することは、発作が止まったとしても治療成功とは言い難い場合があります。
参考)てんかんの薬の種類と副作用を解説|治療への不安を解消|コラム…
[継続率]を指標とした真の薬剤評価と長期予後の視点
最後に、検索上位の記事にはほとんど見られない、しかし専門医が最も重視する独自視点の指標である「継続率(Retention Rate)」について解説します。
継続率とは、ある期間(通常1年〜数年)経過した時点で、その薬剤を飲み続けている患者の割合です。これは「発作抑制効果(有効性)」と「副作用のなさ(忍容性)」の総合力を表す究極の指標と言えます。どれだけ発作を止める力が強くても、副作用で脱落すれば継続率は下がりますし、副作用がなくても発作が止まらなければ他の薬に変更されるため継続率は下がります。
多くのリアルワールドデータや観察研究において、ラモトリギン(LTG)とレベチラセタム(LEV)は常に高い継続率(60-80%程度)を誇ります。これは、この2剤が「最強」のバランスを持っていることの証明です。
参考)The impact of side effects on …
一方で、かつての王様であるカルバマゼピン(CBZ)やフェニトイン(PHT)は、長期的な継続率においては新規薬剤に劣る傾向があります。これは長期服用による骨代謝への悪影響や、加齢に伴う代謝能の変化による副作用発現が影響しています。
興味深いデータとして、高齢者てんかんにおいては、ラモトリギンがカルバマゼピンや他の薬剤と比較して有意に高い継続率を示す研究結果があります(Levetiracetamも同等に良好)。高齢者は副作用が出やすく、かつ発作抑制に必要な用量が若年者より少なくて済むことが多いため、「マイルドだが忍容性が高い」薬剤が、結果として「最も治療成功率が高い=強い」薬剤となるパラドックスが生じます。
参考)https://jamanetwork.com/journals/jamaneurology/fullarticle/799945
結論として、現代における「抗てんかん薬 強さランキング」の覇者は、単純な神経抑制作用の強さではなく、この「継続率」を最大化できる薬剤(LTG, LEV, LCMなど)であると言えます。