レキサルティとエビリファイの違い
レキサルティとエビリファイの作用機序の違い:SDAMとパーシャルアゴニスト
レキサルティ(一般名:ブレクスピプラゾール)とエビリファイ(一般名:アリピプラゾール)は、どちらも第3世代の抗精神病薬に分類されますが、その心臓部である作用機序には明確な違いがあります 。この違いを理解することが、両薬剤を適切に使い分けるための第一歩となります。
最大の違いは、レキサルティが「セロトニン-ドパミン・アクティビティ・モジュレーター(SDAM)」と呼ばれるのに対し、エビリファイが「ドパミン・システム・スタビライザー(DSS)」または「ドパミンD2受容体パーシャルアゴニスト(DPA)」と称される点です 。
- エビリファイ(DSS/DPA):ドパミンが過剰な状態(陽性症状に関連)ではアンタゴニスト(遮断役)として働き、ドパミンが不足している状態(陰性症状や認知機能低下に関連)ではアゴニスト(作動薬)として働く、というユニークな作用を持ちます 。これにより、ドパミン神経伝達を安定化させることから「システム・スタビライザー」と呼ばれます 。しかし、そのドパミン刺激作用が、時にアカシジア(静坐不能)といった副作用を引き起こす一因とも考えられています 。
- レキサルティ(SDAM):エビリファイを改良して創製された薬剤で、エビリファイの持つドパミンD2受容体へのパーシャルアゴニスト作用をよりマイルドにし、刺激作用を抑えています 。その一方で、セロトニン5-HT1A受容体へのパーシャルアゴニスト作用や5-HT2A受容体へのアンタゴニスト作用を強化しています 。このセロトニン系への強い作用が、ドパミン系の調節と相まって、より幅広い精神症状(特に陰性症状やうつ症状)への効果をもたらすと期待されています 。
以下の表は、主要な受容体への作用の強さを比較したものです。
| 受容体 | レキサルティ(ブレクスピプラゾール) | エビリファイ(アリピプラゾール) | 作用の違いがもたらす臨床的特徴 |
|---|---|---|---|
| ドパミンD2受容体(パーシャルアゴニスト) | よりマイルドな刺激作用 | 比較的強い刺激作用 | レキサルティはアカシジアのリスクが低い可能性。エビリファイは賦活効果が期待できるが、不穏につながることも。 |
| セロトニン5-HT1A受容体(パーシャルアゴニスト) | 強い作用 | 中程度の作用 | レキサルティは不安やうつ症状、陰性症状への効果がより期待される 。 |
| セロトニン5-HT2A受容体(アンタゴニスト) | 強い作用 | 両剤とも錐体外路症状のリスクを低減させ、陰性症状や認知機能への効果に寄与する 。 |
この作用機序の違いから、レキサルティはエビリファイの「改良版」と表現されることがありますが、単なる上位互換ではなく、それぞれに異なる特性を持つ「兄弟薬」と捉えるのがより正確です 。
作用機序に関するより詳細な情報源として、以下の資料が参考になります。
J-STAGE: 統合失調症治療薬ブレクスピプラゾール(レキサルティ錠® 1 mg, 2 mg)の薬理学的特性と臨床試験成績 – ブレクスピプラゾールとアリピプラゾールの薬理作用の比較について詳細な記載があります 。
レキサルティとエビリファイの副作用の違いと比較
レキサルティとエビリファイは、他の抗精神病薬と比較して副作用が少ないとされていますが、両者の間でも副作用プロファイルには注意すべき違いが存在します 。特に臨床現場で問題となりやすいアカシジア、体重増加、眠気について比較します。
主な副作用の比較
- アカシジア(静坐不能):じっと座っていられず、そわそわと動き回ってしまう副作用です。これはエビリファイで比較的多く見られる副作用の一つでした 。レキサルティは、ドパミンD2受容体への刺激作用をマイルドにしたことで、このアカシジアの発現リスクがエビリファイよりも有意に低いと報告されています 。これは患者のQOL(生活の質)とアドヒアランス(服薬継続)を考える上で非常に重要なポイントです。
- 体重増加・代謝系への影響:抗精神病薬の長期服用において懸念されるのが体重増加や糖尿病などの代謝系副作用です。エビリファイもこの点では比較的安全性が高いとされていましたが、レキサルティはさらにそのリスクが低い可能性が示唆されています 。特に長期的な治療が必要な統合失調症患者において、このメリットは大きいと言えるでしょう。
- 眠気(傾眠)・鎮静:レキサルティは、エビリファイと比較してα1受容体への結合が強く、眠気や鎮静を引き起こす可能性があります 。ただし、これは用量依存的であり、他の鎮静系抗精神病薬(例:オランザピン、クエチアピン)ほど強いものではありません。一方で、エビリファイは覚醒度を上げる方向に働くことがあり、不眠を訴える患者もいます。この鎮静作用の違いは、患者の生活リズムや症状(例:不眠か過眠か)に応じて使い分ける際の重要な判断材料となります。
- その他:消化器症状(吐き気、便秘など)や頭痛は両剤で報告されていますが、大きな差はないという印象です。重要なのは、個々の患者によって副作用の出方は大きく異なるため、慎重なモニタリングが不可欠であるという点です。
副作用プロファイルの比較表
| 副作用 | レキサルティ | エビリファイ | 臨床的な意義 |
|---|---|---|---|
| アカシジア | 比較的少ない 👍 | 比較的多い 😥 | 服薬継続性に大きく影響。アカシジアの既往がある患者にはレキサルティが選択しやすい。 |
| 体重増加 | 少ない 👍 | 比較的少ない | 長期的な身体的健康を考慮する場合、レキサルティにメリットがある可能性 。 |
| 眠気・鎮静 | やや出やすい 😴 | 出にくい(むしろ不眠も) | 不眠や不安焦燥が強い患者にはレキサルティ、日中の眠気を避けたい患者にはエビリファイという使い分けが可能 。 |
副作用は患者のアドヒアランスを左右する最大の要因の一つです。両剤の特性を深く理解し、患者一人ひとりの体質や生活スタイルに合わせた薬剤選択が求められます。
副作用に関する公的な情報として、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査報告書が有用です。
PMDA: レキサルティ錠 審査報告書 – 臨床試験における副作用発現頻度など、詳細なデータが記載されています 。
レキサルティとエビリファイの効果と使い分け
レキサルティとエビリファイは、作用機序と副作用プロファイルの違いから、臨床現場ではその特性を活かした使い分けが行われています 。どちらも統合失調症の治療薬として承認されていますが、得意とする症状や使われる場面が異なります 。
統合失調症における使い分け
- 陽性症状(幻覚、妄想など)に対して:レキサルティはエビリファイよりもドパミンを抑える作用がやや強く、陽性症状に対してより確実な効果が期待できるという意見があります 。エビリファイのドパミン刺激作用が、かえって症状を不安定にさせることがあるため、陽性症状が主体の場合にはレキサルティが選択されやすい傾向があります。
- 陰性症状(意欲低下、感情鈍麻など)に対して:レキサルティの強力なセロトニン5-HT1A受容体刺激作用は、陰性症状や認知機能の改善に寄与する可能性が期待されています 。エビリファイも陰性症状への効果は認められていますが、レキサルティの方がより得意とする領域かもしれません。
うつ病・うつ状態における使い分け
米国などでは、両剤ともに大うつ病性障害の補助療法(増強療法)としての適応を取得しています 。日本でも適応外使用として臨床応用されるケースがあります。
- エビリファイ:抗うつ薬に少量追加する「ちょい足し」での増強療法で豊富な実績があります 。特に、意欲や活動性が低下しているタイプのうつ病に対して、その賦活作用が有効な場合があります。
- レキサルティ:セロトニン系への強い作用から、不安や焦燥感が強いタイプのうつ病にも効果が期待されます 。ただし、増強療法におけるエビリファイとの直接比較データはまだ少なく、エビリファイの方が優れているという報告もあります 。
臨床現場での使い分けのポイント
| レキサルティが選択されやすいケース | エビリファイが選択されやすいケース | |
|---|---|---|
| ターゲット症状 | 統合失調症の陰性症状、認知機能障害、不安・抑うつ | うつ病の増強療法、意欲・活動性の低下(賦活目的) |
| 副作用の懸念 | アカシジアの既往がある、またはリスクが高い患者 | 日中の眠気を極力避けたい、活動性を維持したい患者 |
| その他 | エビリファイで効果不十分、または副作用で継続困難だった場合 | ジェネリック医薬品があり、薬価を抑えたい場合 |
結局のところ、どちらの薬剤が最適かは患者の症状、副作用の許容度、合併症、経済的な背景などを総合的に判断して決定されます。エビリファイという確立された選択肢に加え、レキサルティという新たな選択肢が登場したことで、より個別化された治療戦略を立てることが可能になりました。
レキサルティとエビリファイの薬価の比較
治療薬を選択する上で、効果や副作用と並んで重要なのが薬剤費、すなわち薬価です。特に長期にわたる服薬が必要となる精神科領域では、患者の経済的負担はアドヒアランスに直結する重要な要素です。レキサルティとエビリファイでは、薬価に大きな違いがあります。
ジェネリック医薬品の有無
最も大きな違いは、ジェネリック医薬品(後発医薬品)の有無です 。
- エビリファイ(アリピプラゾール):2015年頃に特許が切れ、現在では多数のジェネリック医薬品が販売されています 。これにより、先発品であるエビリファイ錠と比較して、薬剤費を大幅に抑えることが可能になっています。
- レキサルティ(ブレクスピプラゾール):比較的新しい薬剤であり、2025年時点ではまだ特許期間中であるため、ジェネリック医薬品は存在しません。そのため、治療費は先発品の薬価に基づいて計算され、高額になる傾向があります。
2025年時点の薬価比較(概算)
以下は、代表的な規格における1日あたりの薬価の比較です(※薬価は改定されるため、あくまで目安です)。
| 薬剤 | 規格 | 薬価(概算) | 1日あたりの費用例(6mg/日と仮定) |
|---|---|---|---|
| レキサルティ錠(先発品) | 1mg | 約170円 | 6mg/日 → 約1,020円 |
| 2mg | 約320円 | ||
| エビリファイ錠(先発品) | 3mg | 約130円 | 6mg/日 → 約260円 |
| 6mg | 約260円 | ||
| アリピプラゾール錠(後発品) | 3mg | 約50円 | 6mg/日 → 約100円 |
| 6mg | 約100円 |
このように、同じ用量で比較した場合、レキサルティはエビリファイのジェネリック医薬品に比べて約10倍の費用がかかる計算になります。この価格差は、特に経済的に余裕のない患者や、公的医療費助成制度の対象とならない軽症のケースなどでは、薬剤選択における大きな制約要因となり得ます。
臨床現場では、まずジェネリックが存在するアリピプラゾールを試み、効果が不十分であったり、アカシジアなどの副作用が問題となったりした場合に、レキサルティへの切り替えを検討する、という流れが一般的です。ただし、最初から陰性症状が非常に強い場合や、アカシジアのリスクを極力避けたい場合には、経済的な側面を患者と相談の上で、初期からレキサルティを選択することもあります。
【独自視点】レキサルティの登場による精神科薬物治療の変化
レキサルティの登場は、単にエビリファイの代替薬という選択肢が増えた以上の意味を持っています。それは、SDAM(セロトニン-ドパミン・アクティビティ・モジュレーター)という概念が臨床現場に浸透し始めたことで、精神科薬物治療のパラダイムに静かな変化をもたらしている点です。
これまでの抗精神病薬の歴史は、ドパミンD2受容体をいかに「遮断」するかに主眼が置かれてきました。第1世代は強力な遮断、第2世代(SDA)はセロトニン5-HT2A受容体の遮断を組み合わせることで副作用を軽減しました 。そして第3世代のエビリファイ(DSS)は、遮断だけでなく「部分的に刺激する」ことで安定化を図るという画期的な概念を導入しました 。
しかし、レキサルティ(SDAM)は、その軸足をさらに「調節(モジュレーション)」へと移しています。ドパミンへの作用を少し控えめにする代わりに、セロトニン系、特に抗不安や抗うつ効果に関与する5-HT1A受容体への作用を強化したのです 。これは、統合失調症を単なるドパミン過剰の病態として捉えるのではなく、セロトニン系を含めたより複雑な神経伝達物質の「不均衡(アンバランス)」として捉え直す視点を具現化したものと言えます。
この変化がもたらす臨床的な意義は大きいと考えられます。
- 治療ターゲットの拡大:幻覚・妄想といった陽性症状だけでなく、これまで治療が難しかった陰性症状、認知機能障害、不安、抑うつといった、患者の社会生活機能に大きく影響する症状へのアプローチがより重視されるようになりました。レキサルティはまさにこれらの症状をターゲットとして開発された側面があります 。
- 個別化医療の深化:ドパミン系の副作用(アカシジアなど)に過敏な患者や、不安・抑うつ症状が前景に立つ患者など、より細かい患者プロファイルに応じて薬剤を選択するという「個別化医療」が、さらに一歩進んだと言えます。
- 将来の創薬への影響:レキサルティの成功は、今後の抗精神病薬開発が、単一の受容体だけでなく、複数の神経伝達システムをいかに精緻に「調節」するかに焦点を当てることを示唆しています。ドパミンとセロトニン以外のシステム(例:グルタミン酸、アセチルコリンなど)との相互作用を調節する、さらに新しい概念の薬剤が登場するかもしれません。
もちろん、エビリファイが持つ幅広い適応や増強療法での使いやすさといった魅力が色褪せるわけではありません 。しかし、レキサルティの登場は、私たち医療従事者に、統合失調症や気分障害の病態をより多角的に捉え、治療戦略をより精緻に組み立てることを促しています。これは、日々の臨床に新たな視点と武器を与えてくれる、非常にポジティブな変化と言えるでしょう。
大塚製薬による新薬開発の歴史は、この治療パラダイムの変化を象徴しています。
Discovery research and development history of the dopamine D2 receptor partial agonists, aripiprazole and brexpiprazole – アリピプラゾールからブレクスピプラゾールへの開発経緯と、その背景にある薬理学的な思想について述べられた貴重な文献です 。