ラフチジンとガスターの違い
ラフチジンとガスターの基本的な作用機序と効果の違い
ラフチジン(商品名:プロテカジンなど)とガスター(一般名:ファモチジン)は、どちらも胃酸分泌を抑制する目的で広く使用されるH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)に分類される医薬品です 。これらの薬剤の主な作用は、胃の壁細胞に存在するヒスタミンH2受容体を遮断することにあります 。ヒスタミンがこの受容体に結合すると胃酸分泌が促進されるため、H2ブロッカーはこれを競合的に阻害し、胃酸の分泌を効果的に抑制します 。
しかし、ラフチジンとガスターはその作用機序において重要な違いを持っています。理論上の胃酸分泌抑制作用、すなわちH2受容体への親和性はガスター(ファモチジン)の方がラフチジンよりも強力であるとされています 。しかし、臨床試験においては、胃潰瘍や十二指腸潰瘍に対する治癒率では両者に統計的な有意差は認められていないという報告が多数あります 。これは、ラフチジンが持つ独自の「防御因子増強作用」が関与していると考えられています。
具体的には、ガスターが持つ防御因子増強作用は胃粘膜の血流増加作用によるものが主ですが、ラフチジンはそれに加えて、胃粘液の分泌を促進する作用や、胃粘膜のゲル層を増加させる作用を持つことが大きな特徴です 。この多角的な防御機構により、ラフチジンは純粋な酸分泌抑制能の差を補い、ガスターと同等の臨床効果を発揮すると考えられています。
ラフチジンに特徴的な胃粘膜保護作用とそのメカニズム
ラフチジンの最も特筆すべき点は、他の多くのH2ブロッカーが持たない強力な胃粘膜保護作用です 。この作用は、単に胃酸を抑制するだけでなく、胃粘膜自体が持つ防御機能を積極的に高めるもので、複数のメカニズムによって発揮されます。
その中心的な役割を担っているのが、「カプサイシン感受性知覚神経」への刺激作用です 。ラフチジンがこの知覚神経を刺激すると、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)などの神経伝達物質が放出されます 。放出されたCGRPは胃粘膜の血管を拡張させ、血流を増加させます。これにより、粘膜組織への酸素や栄養の供給が促進され、組織の修復能力が高まります。
さらに、ラフチジンは胃の粘液産生を促進し、胃表面を覆う粘液ゲル層を厚くする作用も報告されています 。ラットを用いた実験では、ラフチジンを投与することで胃粘膜のゲル層に含まれるムチン量が増加したことが確認されています 。この厚い粘液層は、胃酸やペプシンといった攻撃因子が胃粘膜へ直接侵襲することを物理的に防ぐバリアとして機能します。
ラットを用いた動物実験では、ファモチジンがほとんど胃粘膜保護作用を示さなかった条件下でも、ラフチジンは用量依存的に胃粘膜の損傷を抑制したという研究結果もあります 。特に、ヘリコバクター・ピロリが産生するアンモニアによる胃粘膜障害に対して、ラフチジンは強い保護作用を示すことがわかっており、これも臨床における有用性の一因と考えられます 。
以下の論文では、ラフチジンが持つ胃粘膜防御因子増強作用について詳細に述べられています。
Onoda, Y., et al. “Lafutidine, a histamine H2-receptor antagonist with mucosal protective properties.” Folia Pharmacologica Japonica 117.6 (2001): 377-385.
ラフチジンとガスターの副作用プロファイルと使い分けのポイント
ラフチジンとガスターは、どちらも安全性が高く副作用が少ない薬剤とされていますが、そのプロファイルにはいくつかの違いがあり、臨床での使い分けの参考になります 。
主な副作用として、両剤ともに便秘、下痢、腹部膨満感といった消化器症状や、まれに頭痛、めまいなどが報告されています 。肝機能障害(AST, ALTの上昇)や黄疸、血小板減少なども共通の重大な副作用として挙げられますが、発生頻度は非常に低いです 。
両者を比較した際の重要な使い分けのポイントは、腎機能障害を持つ患者への対応です 。
- ガスター(ファモチジン): 投与量の約70%が未変化体のまま尿中に排泄される腎排泄型の薬剤です。そのため、クレアチニンクリアランスが低下している腎機能障害患者では、血中濃度が上昇し副作用のリスクが高まるため、投与量を減らすか、投与間隔を延長するなどの用量調節が必須です。
- ラフチジン: 尿中への未変化体排泄率は約10%と低く、主に肝臓の代謝酵素(CYP3A4およびCYP2D6)によって代謝されます 。このため、腎機能が低下している患者や透析患者であっても、用量調節を行う必要がありません 。高齢者など、腎機能が生理的に低下していることが多い患者層に対して、より安全に使いやすい薬剤と言えます。
薬物相互作用に関しては、ガスターはCYP酵素への影響がほとんどないとされ、併用薬が多い場合でも比較的安心して使用できます 。一方、ラフチジンはCYP3A4などで代謝されるため、これらの酵素を阻害または誘導する薬剤との併用には理論上注意が必要ですが、臨床的に問題となるケースは稀です 。
ラフチジンとガスターの薬価およびジェネリック医薬品の比較
医療経済的な観点から、薬剤の薬価やジェネリック医薬品の有無は重要な選択基準の一つとなります。ラフチジンとガスターはどちらも長年使用されており、多くのジェネリック医薬品が販売されています。
2025年現在の薬価を比較すると、先発医薬品・ジェネリック医薬品ともに、成分や剤形が同じであれば価格に大きな差はありません。しかし、処方日数や使用する剤形によって自己負担額は変動します。
以下に代表的な規格の薬価(2025年時点の参考値)を比較します。
| 薬剤名 | 規格 | 先発品薬価(参考) | ジェネリック薬価(参考) |
|---|---|---|---|
| ラフチジン(先発品: プロテカジン) | 10mg 1錠 | 約25円 | 約10円 |
| ファモチジン(先発品: ガスター) | 20mg 1錠 | 約28円 | 約10円 |
※実際の薬価は改定により変動します。上記はあくまで目安です。
ガスターには口腔内崩壊錠(OD錠)があり、嚥下機能が低下した患者や水分摂取制限のある患者にも投与しやすいというメリットがあります。ラフチジンにもOD錠を製造しているメーカーはありますが、ガスターの方が広く普及している傾向にあります。患者のコンプライアンスや生活状況に合わせて剤形を選択することが可能です。
どちらの薬剤もジェネリック医薬品を選択することで、薬剤費を大幅に抑えることが可能です 。薬効や安全性は先発医薬品と同等であることが証明されているため、特別な理由がない限りはジェネリック医薬品の使用が推奨されます。
以下のリンクは、沢井製薬が提供するラフチジンの添付文書情報です。薬価や詳細な製品情報が確認できます。
ラフチジン錠「サワイ」添付文書
ラフチジンとプロトンポンプ阻害薬(PPI)の夜間酸分泌抑制効果の比較
H2ブロッカーのラフチジンは、より強力な酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)との比較、特に夜間の酸分泌(Nocturnal Gastric Acid Breakthrough: NAB)のコントロールにおいて独自の有用性が注目されています。
PPIは主に食事によって活性化されたプロトンポンプを不可逆的に阻害するため、食後の酸分泌を強力に抑制します 。しかし、夜間、特に深夜から早朝にかけては新たにプロトンポンプが活性化するため、PPIの効果が減弱し、胃内pHが4以下になるNABという現象が約7割の患者で見られます 。このNABは、逆流性食道炎(GERD)患者の睡眠障害や胸やけ症状の原因となります。
一方、H2ブロッカーはヒスタミン受容体を介して酸分泌を抑制するため、食事の有無にかかわらず、特に基礎分泌(夜間など)を安定して抑制する効果が高いとされています 。中でもラフチジンは、他のH2ブロッカーと比較しても夜間の酸分泌抑制効果が持続するといった報告があります。
近年の研究では、PPIで日中の症状はコントロールできているものの、夜間症状が残存するGERD患者に対し、就寝前にラフチジンを追加投与する治療法(add-on療法)の有効性が示されています 。2025年に発表されたある研究では、PPIであるエソメプラゾールにラフチジンを上乗せすることで、NABの発生率が有意に低下し、患者の睡眠の質が改善したと報告されました 。
これは、PPIとH2ブロッカーの作用機序の違いを活かした合理的な治療法と言えます。ただし、PPIとH2ブロッカーの同時併用は、H2ブロッカーが壁細胞の活性化を抑制し、結果としてPPIの効果を減弱させる可能性があるため、原則として推奨されていません 。しかし、ラフチジンのように作用時間が異なる薬剤を時間をずらして投与(PPIを朝食前、ラフチジンを就寝前)する「Step-up and add-on」療法は、難治性の夜間症状に対する有効な選択肢として注目されています。
