セレニカとデパケンの違いと使い分け
セレニカとデパケンの徐放性の違いと血中濃度推移
セレニカとデパケンは、ともに有効成分としてバルプロ酸ナトリウムを含有する薬剤ですが、その最大の違いは「徐放性」にあります 。徐放性製剤とは、薬剤が体内でゆっくりと溶け出すように設計されたもので、これにより血中濃度の急激な上昇を抑え、作用時間を長く保つことができます 。
具体的に、先発医薬品の徐放錠であるデパケンR錠とセレニカR錠を比較すると、薬剤の溶け出し方に明確な差が見られます 。あるデータによれば、デパケンR錠が80%溶出するのに約9時間かかるのに対し、セレニカR錠は約14時間かけて80%が溶出するとされています 。この溶出速度の違いは、最高血中濃度に到達する時間(Tmax)にも影響を与えます。デパケンR錠を毎日服用した場合のTmaxが約9.4時間であるのに対し、セレニカR錠では約15.8時間と、より遅くピークを迎えます 。
参考)バルプロ酸(デパケン、デパケンR、バレリン、セレニカR)の特…
この特性により、セレニカRはデパケンRよりもさらに滑らかな血中濃度推移を示し、1日を通して安定した薬効を維持しやすいというメリットがあります 。血中濃度の変動(トラフ値とピーク値の差)が小さいことは、副作用の軽減や、けいれん発作の抑制閾値を安定して超える上で重要と考えられます。
ただし、剤形によっても特性は異なります 。例えば、セレニカRには錠剤の他に顆粒剤がありますが、顆粒は錠剤よりも最高血中濃度に達する時間が早い(約8〜10時間)という報告もあります 。一方、デパケンシリーズには徐放性でない通常の錠剤や細粒、シロップもあり、これらは1日に2〜3回に分けて服用する必要があります 。
参考)https://www.phamnote.com/2017/05/rr.html
このように、同じバルプロ酸ナトリウム製剤であっても、製剤技術によって体内動態が大きく異なるため、患者さんの状態やライフスタイルに合わせて適切な剤形を選択することが極めて重要です。
参考:徐放性製剤の体内動態の違いに関する情報
デパケンR、バレリン、セレニカR)の特徴・作用・副作用|川崎の心療内科・精神科
セレニカとデパケンのてんかん・双極性障害・片頭痛における使い分け
セレニカとデパケンは、添付文書上の適応疾患に違いはありません 。どちらも「各種てんかん」「躁病および躁うつ病の躁状態の治療」「片頭痛発作の発症抑制」に用いられます 。では、臨床現場ではどのように使い分けられているのでしょうか。
最も大きな判断基準となるのが、前述した体内動態の違いに起因する「用法」です 。セレニカR錠は、その優れた徐放性から血中濃度が長時間安定するため、1日1回の投与が基本です 。これにより、患者さんの服薬アドヒアランス(決められた通りに薬を飲むこと)の向上が期待できます。特に、1日に何度も薬を飲むことが困難な患者さんや、飲み忘れが多い患者さんにとっては大きなメリットとなります。
参考)バルプロ酸ナトリウム – 鳥取県米子市の睡眠外来・神経内科・…
一方、デパケンR錠の用法は1日1〜2回とされています 。1日1回投与も可能ですが、セレニカRに比べると作用の持続時間がやや短いため、1日2回に分けることで、より安定した血中濃度を維持できる場合があります 。例えば、早朝に発作が起きやすい患者さんなど、特定の時間帯に血中濃度を高く保ちたい場合に、朝夕の2回投与が選択されることがあります。
これらの特性から、使い分けのポイントをまとめると以下のようになります。
- セレニカRが選択されやすいケース
- ✅ 服薬アドヒアランスを向上させたい場合(1日1回投与を希望)
- ✅ 血中濃度の変動を可能な限り小さくしたい場合
- ✅ 日中の眠気などの副作用を軽減したい場合(就寝前1回投与)
- デパケンRが選択されやすいケース
- ✅ 1日2回投与で、より細やかな血中濃度コントロールを行いたい場合
- ✅ 患者の状態に合わせて1回投与と2回投与を柔軟に使い分けたい場合
- ✅ 後述する一包化が必要な場合
片頭痛予防に関しても基本的な考え方は同様です 。毎日規則正しく服用することが予防効果につながるため、飲み忘れを防ぎやすい1日1回投与のセレニカRは有用な選択肢と言えるでしょう。最終的には、患者さん一人ひとりの症状、ライフスタイル、副作用の現れ方などを総合的に評価し、最適な薬剤を選択することが求められます。
参考)バルプロ酸(デパケン・セレニカ)について 片頭痛に適応
セレニカに共通するバルプロ酸ナトリウムの副作用と注意点
セレニカとデパケンは製剤学的な違いこそあれ、有効成分は同じバルプロ酸ナトリウムであるため、副作用のプロファイルは基本的に共通しています 。バルプロ酸ナトリウムは、脳内の興奮を抑制する神経伝達物質GABA(γ-アミノ酪酸)の濃度を高める作用や 、ドパミン濃度の上昇、セロトニン代謝の促進など、複数の機序を介してその効果を発揮すると考えられています 。これらの作用が、副作用の発現にも関わっています。
比較的よく見られる副作用としては、以下のようなものが報告されています 。参考)バルプロ酸の効果や副作用を医師が解説【片頭痛の予防薬】 – …
分類 主な副作用の例 精神神経系 傾眠、眠気、ふらつき、めまい、頭痛、不眠、振戦(手の震え) 消化器系 悪心、嘔吐、食欲不振、胃部不快感、便秘、下痢、食欲亢進 皮膚 脱毛、発疹 その他 倦怠感、体重増加 これらの副作用の多くは、内服開始初期や増量時に現れやすく、体が慣れてくるとともに軽減することが多いです。しかし、特に注意すべき重大な副作用も存在します。
【特に注意すべき重大な副作用】- 重篤な肝障害: 劇症肝炎などの重篤な肝障害が報告されており、特に投与開始後6ヶ月以内は注意が必要です 。全身倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)といった初期症状を見逃さないことが重要です 。定期的な肝機能検査が必須となります。
- 高アンモニア血症を伴う意識障害: 原因不明の意識障害や傾眠傾向がみられた場合、血中アンモニア濃度の上昇が疑われます 。速やかに医師に連絡する必要があります。
- 血液障害: 溶血性貧血、赤芽球癆、汎血球減少症、重篤な血小板減少などが起こることがあります 。あざができやすい、鼻血が出やすいなどの症状に注意が必要です。
また、アルコールとの併用は、眠気やふらつきといった中枢神経抑制作用を増強させるだけでなく、肝臓への負担を増大させるため、原則として避けるべきです 。妊娠可能な女性においては、胎児への影響(催奇形性)に関するリスクがあるため、必ず医師・薬剤師に相談し、適切な情報提供を受ける必要があります。
参考)バルプロ酸ナトリウムの効果・副作用|「やばい」って本当?知っ…
参考:医薬品の副作用情報に関する公的機関の情報
医薬品の安全対策|独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
セレニカの一包化における注意点とデパケンRとの比較
医薬品の管理において、「一包化」は多くの薬剤を服用する高齢者や、自己管理が難しい患者さんにとって服薬アドヒアランスを向上させるための重要な手法です。しかし、全ての薬剤が一包化に適しているわけではなく、セレニカR錠の取り扱いには特に注意が必要です。これは、医療従事者でも意外と見落としがちな、実用上の大きな違いと言えるでしょう。
結論から言うと、セレニカR錠は一包化には不向きとされています。その理由は、薬剤の安定性にあります 。セレニカR錠は、PTP(Press Through Pack)シートから取り出して空気に触れると、吸湿などにより品質が変化しやすい性質を持っています。あるデータでは、PTPシートから出した状態で保管した場合、2日後には規格外(品質基準を満たさなくなる)になったと報告されています 。
一方で、デパケンR錠は比較的安定性が高く、一包化にも適しています。同様の条件下で、デパケンR錠は6ヶ月後も品質に問題がなかったとされています 。
この安定性の違いは、薬剤のコーティング技術や添加剤の違いに起因すると考えられます。臨床現場では、この違いが薬剤選択に直接影響することがあります。例えば、在宅医療や施設入所の患者さんで、服薬カレンダーや配薬ケースの使用、あるいは薬局での一包化が必須の場合、たとえ1日1回投与のメリットがあったとしても、安定性の問題からセレニカRではなくデパケンRが選択されるケースが少なくありません 。
薬剤師が処方監査を行う際には、この点を念頭に置く必要があります。「バルプロ酸ナトリウム徐放錠 1日1回」という処方箋で、患者さんが一包化を希望している場合、安易にセレニカRを選択すると、意図せず品質が劣化した薬剤を患者さんに渡してしまうリスクがあります。このようなケースでは、処方医に疑義照会を行い、デパケンRへの変更を提案する、あるいは患者さんの服薬状況を再確認し、一包化が本当に必要か検討するといった対応が求められます。
このように、セレニカとデパケンは有効成分が同じでも、製剤の物理化学的な特性が臨床上の使いやすさや処方選択にまで影響を及ぼす、非常に興味深い事例と言えます。薬剤取り違えのリスクも報告されており、両剤の特性を正確に理解しておくことが安全な薬物治療につながります 。
