アクトシン軟膏の使い分け
アクトシン軟膏の作用機序と肉芽形成への効果
アクトシン軟膏の有効成分であるブクラデシンナトリウムは、サイクリックAMP(cAMP)の誘導体です 。この物質は細胞膜を比較的容易に通過し、細胞内でcAMPに分解されることでその効果を発揮します 。主な作用として、以下の4つが挙げられます。
- 局所血流改善作用
- 末梢血管を拡張させ、創傷部位の血流を増加させます 。血流の改善は、組織の修復に必要な酸素や栄養素の供給を促し、治癒環境を整える上で非常に重要です 。ウサギを用いた実験では、アクトシン軟膏の塗布により耳介の血流が増加したことが確認されています 。
- 血管新生促進作用
- 血管内皮細胞の増殖を促し、新しい血管の形成(血管新生)を助けます 。良好な肉芽組織を形成するためには、豊富な毛細血管網が不可欠であり、アクトシン軟膏はこのプロセスを直接的にサポートします 。
- 肉芽形成促進作用
- 線維芽細胞の増殖を促進することで、創傷治癒の足場となる肉芽組織の形成を活発化させます 。これにより、潰瘍の面積が縮小し、治癒までの期間が短縮される効果が期待できます 。
- 表皮形成促進作用
- 皮膚の最も外側にある表皮を構成するケラチノサイト(角化細胞)の遊走と増殖を促し、創傷の閉鎖、すなわち上皮化を促進します 。
これらの作用が複合的に働くことで、アクトシン軟膏は褥瘡や皮膚潰瘍の治癒を促進します 。基剤として使用されているマクロゴールは水溶性であり、滲出液を吸収する効果があるため、創面の洗浄が容易であるという利点も持っています 。
参考)https://miyukinosato.or.jp/hhlab/hhlab-936/
アクトシン軟膏の使い分け:褥瘡の状態(色や滲出液)に応じた判断基準
アクトシン軟膏は、褥瘡の治癒過程の特定の段階で特に有効とされています 。その効果を最大限に引き出すためには、創の状態を正確に評価し、適切なタイミングで使用することが重要です。
✅ **推奨される使用時期:赤色期~白色期**
アクトシン軟膏は、肉芽形成と表皮形成を促進する作用があるため、主に**赤色期から白色期**の褥瘡に適しています 。
- 赤色期: 創面に新鮮で赤い肉芽組織が見られる時期です。この時期は血管新生と肉芽形成が活発に行われており、アクトシン軟膏の血流改善作用と肉芽形成促進作用が治癒を力強く後押しします 。
- 白色期: 創が上皮で覆われ始め、治癒が最終段階に入った時期です。アクトシン軟膏の表皮形成促進作用が、創の完全な閉鎖を助けます 。
💧 **滲出液の量に応じた使い分け**
アクトシン軟膏の基剤は水溶性のマクロゴールで、吸水性があります 。このため、滲出液が**中等度~多い創**に適しています 。
- 滲出液が多い場合: 基剤が余分な滲出液を吸収し、創面を適度な湿潤環境に保ちつつ、浸軟(ふやけ)を防ぎます。
- 滲出液が少ない場合: 創が乾燥しすぎる可能性があります 。乾燥は細胞の活動を妨げ、治癒を遅らせる原因となるため、滲出液が少ない創には、保湿効果のある油脂性基剤の軟膏(例:プロスタンディン軟膏)の方が適している場合があります 。
🚫 **不適切な使用:黒色期・黄色期**
黒色期や黄色期の創には、アクトシン軟膏は推奨されません。
- 黒色期: 壊死組織(黒い痂皮)で覆われている時期です。この段階では、まず壊死組織を除去(デブリードマン)する必要があります。アクトシン軟膏には壊死組織を融解する作用はないため、効果は期待できません 。
- 黄色期: 壊死組織や感染性の滲出物(黄色い不良肉芽)が見られる時期です。感染が疑われる場合、アクトシン軟膏は抗菌作用を持たないため使用を避け、感染制御を優先する必要があります 。
臨床現場では、踵にできた水疱が破れてびらんや浅い潰瘍になった場合に、上皮化を期待してアクトシン軟膏が選択されることがあります 。創の状態を日々観察し、最適な薬剤を選択することが、褥瘡治療の鍵となります。
参考)【第17回日本褥瘡学会Close UP! 】⑤褥瘡外用剤の使…
アクトシン軟膏と他の褥瘡治療薬(プロスタンディン等)との比較と使い分け
褥瘡治療では、創の状態に応じて様々な外用薬が使い分けられます。アクトシン軟膏と頻繁に比較される薬剤との違いを理解し、適切に選択することが重要です。
| 薬剤名(一般名) | 主な作用 | 基剤の種類 | 適した創の状態 | 使い分けのポイント |
|---|---|---|---|---|
| アクトシン軟膏 (ブクラデシンナトリウム) |
肉芽形成促進 表皮形成促進 局所血流改善 |
水溶性(マクロゴール) | 赤色期~白色期 滲出液が多め |
滲出液を吸収しつつ、肉芽・表皮形成を促したい場合に第一選択となります。創の乾燥に注意が必要です 。 |
| プロスタンディン軟膏 (アルプロスタジル) |
血流改善 疼痛緩和 肉芽形成促進 |
油脂性 | 赤色期 滲出液が少なめ~中等度 |
強い血流改善作用と鎮痛作用が特徴です。油脂性基剤のため創面を保護・保湿する効果が高く、乾燥傾向のある創に適しています 。 |
| フィブラストスプレー (トラフェルミン) |
血管新生 肉芽形成促進 |
液剤(スプレー) | 赤色期 滲出液が少なめ |
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)製剤で、強力な血管新生作用と肉芽形成作用を持ちます。1日1回の使用で済む利便性があります。 |
| ゲーベンクリーム (スルファジアジン銀) |
抗菌作用 | 油脂性クリーム | 感染のある創(黄色期) | 広い抗菌スペクトルを持つため、感染が問題となる創に使用されます。壊死組織を軟化させる効果もありますが、正常な肉芽形成を抑制することがあるため、漫然とした使用は避けるべきです。 |
使い分けの具体例
- CASE 1:滲出液の多い赤色期の褥瘡
→ 滲出液を吸収しつつ肉芽形成を促進するため、アクトシン軟膏を選択します 。
- CASE 2:乾燥気味で血行不良が疑われる赤色期の褥瘡
→ 創面を保湿・保護し、強力な血流改善を期待してプロスタンディン軟膏を選択します 。
- CASE 3:感染を伴う黄色期の褥瘡
→ まずは感染制御が最優先です。デブリードマン後にゲーベンクリームなど抗菌作用のある外用薬を使用し、感染が落ち着いてからアクトシン軟膏などへの切り替えを検討します。
このように、各薬剤の特性を理解し、患者さんの創の状態や全身状態に合わせて最適な薬剤を選択する「創薬」の考え方が、褥瘡マネジメントにおいて極めて重要です。
以下のリンクは、褥瘡治療における外用薬の選択について、より詳細な情報を提供しています。
外用薬(軟膏など)が褥瘡に効くメカニズムを知って効果的に使用する
アクトシン軟膏使用時の注意点と副作用(疼痛・出血への対処法)
アクトシン軟膏は多くの褥瘡・皮膚潰瘍に有効な薬剤ですが、安全に使用するためにはいくつかの注意点と副作用について理解しておく必要があります 。
⚠️ 使用上の基本的な注意
- 感染創への使用: アクトシン軟膏には抗菌作用がありません 。したがって、明らかな感染(発赤、腫脹、熱感、疼痛、膿の排出)が見られる創には使用しないでください。感染が疑われる場合は、まず抗生物質の投与など適切な感染制御を行い、創面が清浄化してから使用を開始します 。
- 壊死組織の存在: 黒色や黄色の硬い壊死組織で覆われている創には効果が期待できません。外科的デブリードマンや壊死組織融解作用のある薬剤でこれらを除去した後に使用してください 。
- 使用前の処置: 本剤を使用する前には、必ず潰瘍面を生理食塩水などで十分に洗浄・清拭し、清潔な状態にしてください 。
- 塗り方: 1日1~2回、潰瘍面を清拭後、ガーゼなどにのばして貼付するか、患部に直接塗布します 。硬くて塗りにくい場合は、室温にしばらく置くと軟らかくなります 。
副作用とその対処法
臨床試験や市販後調査では、いくつかの副作用が報告されています。主な副作用は塗布部位における局所的なものです 。
- 疼痛 (0.9%〜2.9%)
-
最も頻度の高い副作用です 。これはアクトシン軟膏の血管拡張作用によるものと考えられています。多くは一過性ですが、痛みが強い場合や持続する場合は、患者のQOLを著しく低下させる可能性があります。対処法としては、以下が考えられます。
- 使用を一時中止し、痛みが軽減するか確認する 。
- 鎮痛剤の使用を検討する。
- 他の薬剤(例:プロスタンディン軟膏は鎮痛作用も持つ)への変更を検討する。
- 出血 (0.3%)
-
良好な肉芽組織は血流が豊富であるため、ガーゼ交換などの物理的刺激でわずかに出血しやすくなります 。これは治癒過程の一環とも言えますが、多量の出血や持続する出血が見られる場合は、薬剤の影響も考慮し、医師に報告してください。
- 接触皮膚炎(発赤、刺激感、そう痒など) (0.1%〜1%未満)
-
薬剤そのものや基剤に対するアレルギー反応や刺激によって生じます 。塗布部位やその周辺に発赤、かゆみ、水疱などが現れた場合は、使用を中止し、ステロイド外用薬などで対処します。
副作用は比較的軽微なものが多いですが、患者さんにとっては大きな苦痛となり得ます。異常が認められた場合は使用を中止し、適切な処置を行うことが重要です 。
以下の資料は、アクトシン軟膏の副作用についてまとめた公式な情報源です。
医療用医薬品 : アクトシン (アクトシン軟膏3%)
アクトシン軟膏の褥瘡以外の意外な適用可能性と今後の展望
アクトシン軟膏の添付文書上の適応は「褥瘡、皮膚潰瘍(熱傷潰瘍、下腿潰瘍)」です 。しかし、その作用機序である「局所血流改善」「血管新生促進」「肉芽形成促進」「表皮形成促進」は、創傷治癒の普遍的なプロセスであり、他の難治性皮膚疾患への応用が期待されています 。
💡 褥瘡以外の適用に関する考察
アクトシン軟膏の作用機序に基づくと、以下のような疾患・病態への効果が期待できるかもしれません。これらは現時点では適応外使用となりますが、今後の研究が待たれる分野です。
- 放射線皮膚炎・潰瘍
放射線治療後には、血行障害を伴う難治性の皮膚炎や潰瘍が発生することがあります。アクトシン軟膏の血流改善作用や組織修復促進作用が、これらの治癒を助ける可能性があります。
- 糖尿病性皮膚潰瘍の補助療法
糖尿病患者の足潰瘍は、血行障害と神経障害が背景にあり、非常に治りにくいことで知られています。感染のコントロールが前提となりますが、血流を改善し肉芽形成を促すアクトシン軟膏が、治癒を促進する補助療法として役立つ可能性が考えられます。bFGF製剤(フィブラストスプレー)が既に適応を持っていることからも、類薬としての期待が持てます。
- 強皮症に伴う指先潰瘍
強皮症では、レイノー現象など重度の末梢循環不全により指先に難治性の潰瘍が形成されます。プロスタグランジン製剤が治療に用いられることからも、同様に血管拡張作用を持つアクトシン軟膏が、症状緩和や治癒促進に寄与するかもしれません。
🔬 創傷治癒メカニズム研究への貢献
アクトシン軟膏の有効成分であるブクラデシンナトリウムはcAMPの誘導体であり、細胞内情報伝達物質であるcAMPの役割を研究する上で重要なツールとなります 。アクトシン軟膏の臨床データは、創傷治癒におけるcAMP経路の重要性を裏付けるものであり、さらなる解析は、より効果的な新しい創傷治療薬の開発につながる可能性があります。
例えば、特定の細胞(血管内皮細胞、線維芽細胞など)のcAMP濃度を標的として選択的に高める薬剤が開発されれば、副作用を抑えつつ、より強力な治癒促進効果が得られるかもしれません。
今後の展望
現在の褥瘡治療は、湿潤環境維持療法(Moist Wound Healing)が主流ですが 、薬剤によって治癒プロセスを積極的に促進する「アクティブな治療」も重要視されています。アクトシン軟膏は、その代表的な薬剤の一つです。
今後は、個々の患者の創傷の状態を分子レベルで診断し、最も効果的な薬剤をオーダーメイドで選択する「個別化創傷治療」の時代が到来するかもしれません。アクトシン軟膏の研究は、その未来に向けた重要な一歩と言えるでしょう。
以下の論文は、創傷治癒とバイオフィルムに関する研究で、新しい治療アプローチの可能性を示唆しています。
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