PL顆粒の睡眠薬代わりという危険な使用と成分プロメタジンの効果

PL顆粒を睡眠薬の代わりとして使うことの是非

PL顆粒の睡眠薬代わりは是か非か
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眠気の正体

PL顆粒の眠気は、第一世代抗ヒスタミン薬「プロメタジン」によるもの。脳への作用が強いのが特徴です。

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危険性と副作用

安易な連用は、依存や耐性の形成、予期せぬ副作用のリスクを高めます。決して「安全な睡眠薬」ではありません。

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睡眠の質への影響

抗ヒスタミン薬による眠りは、自然な睡眠とは質が異なります。長期使用は逆に睡眠の質を低下させる可能性も指摘されています。

PL顆粒で眠くなる理由:成分プロメタジン(第一世代抗ヒスタミン薬)の作用機序

 

医療現場で「PL」の略称で親しまれているPL配合顆粒は、多くの医療従事者にとって馴染み深い総合感冒薬です 。そのPL配合顆粒を服用した患者さんから「眠くなる」という声を聞くことは少なくありません 。この眠気の主たる原因は、4つの有効成分のうちの一つ、「プロメタジンメチレンジサリチル酸塩」にあります 。

プロメタジンは、抗ヒスタミン薬の中でも「第一世代抗ヒスタミン薬」に分類されます 。アレルギー症状を引き起こすヒスタミンという物質の働きを抑えることで、くしゃみや鼻水といった症状を緩和します 。

では、なぜ鼻炎などを抑える薬が眠気を誘発するのでしょうか。そのメカニズムは、第一世代抗ヒスタミン薬の性質にあります。

  • 血液脳関門の通過性: 第一世代抗ヒスタミン薬は脂溶性が高く、脳を保護する「血液脳関門」を容易に通過してしまう性質を持っています 。
  • 脳内ヒスタミンのブロック: 脳内に移行したプロメタジンは、脳内で覚醒や注意力を維持する役割を持つヒスタミンの働きをH1受容体でブロックしてしまいます 。これにより、脳の活動が抑制され、強い眠気や集中力の低下といった鎮静作用が現れるのです 。
  • 抗コリン作用: 加えて、第一世代抗ヒスタミン薬は、アセチルコリンという神経伝達物質の働きを阻害する「抗コリン作用」も併せ持ちます 。これも眠気や口の渇き、便秘などの副作用の一因となります。

近年主流となっている第二世代抗ヒスタミン薬(アレグラ、アレロックなど)は、この血液脳関門を通過しにくく改良されているため、眠気の副作用が大幅に軽減されています 。PL顆粒が強い眠気を引き起こすのは、あえてこの「古いタイプ」の抗ヒスタミン薬を含んでいるからに他なりません。風邪の諸症状による消耗を和らげ、安静を促すという目的も含まれていると考えられます。しかし、この作用を「睡眠導入」の目的で利用することには、多くの問題が潜んでいます。

PL顆粒を睡眠薬代わりに使う危険性と副作用(依存性・耐性)

「夜寝る前にもらうとよく眠れる」といった理由で、PL顆粒を睡眠薬の代わりとして希望する患者に遭遇した経験のある医療従事者もいるかもしれません 。しかし、総合感冒薬であるPL顆粒を不眠の改善目的で常用することは、極めて危険であり、絶対に避けるべきです 。その理由は、PL顆粒が持つ副作用と、長期連用によって生じるリスクにあります。

主な副作用
PL顆粒の添付文書には、副作用として眠気、口渇、胃腸障害(食欲不振、胸やけ、胃痛)、発疹などが明記されています 。特に眠気については、「自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように十分注意すること」と強い警告がなされており、その作用の強さがうかがえます 。

依存と耐性の問題
さらに深刻なのが、長期連用による依存と耐性の問題です 。

表:抗ヒスタミン薬の長期連用によるリスク

リスク 内容
精神的依存 「これを飲まないと眠れない」という思い込みから、薬を手放せなくなる状態 。
身体的依存(反跳性不眠) 薬が体内から抜けることで、かえって強い不眠症状が現れること 。
耐性 連用するうちに体が薬の作用に慣れてしまい、徐々に効果が薄れていくこと。同じ効果を得るために、より多くの量を求めるようになる危険性がある 。

実際に、市販の睡眠改善薬の主成分も抗ヒスタミン薬ですが、これらの薬の長期使用は推奨されていません 。風邪の症状がないにもかかわらず、PL顆粒を睡眠導入のためだけに服用し続けることは、薬物乱用につながる非常に危険な行為です。また、PL顆粒には解鎮痛成分であるアセトアミノフェンやサリチルアミドも含まれており、過剰摂取は肝機能障害などの重篤な副作用を引き起こすリスクも伴います 。

PL顆粒の長期連用が睡眠の質に与える影響と最新の不眠症治療

PL顆粒に含まれるプロメタジンの作用で得られる「眠り」は、自然な生理的睡眠とは大きく異なります。抗ヒスタミン薬による眠りは、レム睡眠(体を休ませる浅い眠り)を減少させ、深いノンレム睡眠のパターンを乱すことが知られています。その結果、以下のような問題が生じる可能性があります。

  • 睡眠の質の低下: 長時間寝たはずなのに熟睡感がなく、日中の倦怠感が抜けない 。
  • 翌朝への持ち越し効果(Hangover): 薬の作用が翌朝まで残り、強い眠気や集中力・判断力の低下を引き起こす 。これは、自動車事故や転倒のリスクを高めるため、特に高齢者では注意が必要です。
  • 認知機能への影響: 第一世代抗ヒスタミン薬の長期的な使用が、認知機能に悪影響を及ぼす可能性を示唆する研究報告もあります 。

これらの理由から、国内外の多くの睡眠に関する診療ガイドラインでは、不眠症の治療に抗ヒスタミン薬を使用することは推奨されていません 。2023年に発表された欧州不眠症ガイドラインでも、抗ヒスタミン薬は不眠症治療に推奨されないと明記されています 。

最新の不眠症治療アプローチ
現在、不眠症治療の第一選択として世界的に推奨されているのは、薬物療法ではなく「不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)」です 。CBT-Iは、睡眠に関する誤った思い込みや習慣を修正し、患者さん自身が眠る力を取り戻すことを目指す心理療法です。薬物療法に比べて効果が持続しやすいという大きなメリットがあります 。

薬物療法が必要な場合でも、漫然と睡眠薬を処方するのではなく、原因や症状に合わせて薬剤を選択します。近年では、より自然な眠りを誘発するオレキシン受容体拮抗薬(デエビゴ、レンボレキサントなど)といった新しい選択肢も登場しています 。

PL顆粒を睡眠薬代わりに使うことは、まさに「時代遅れ」で「不適切」な対処法と言えるでしょう。

下記の参考リンクは、日本の睡眠薬適正使用ガイドラインです。不眠症治療の基本方針や薬物療法の位置づけについて詳細に解説されています。

睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン

PL顆粒に含まれるカフェインが睡眠に及ぼす相反する作用

ここまでの解説で、PL顆粒の眠気の原因がプロメタジンにあることはご理解いただけたかと思います。しかし、PL顆粒の成分表をよく見ると、もう一つ興味深い成分が含まれていることに気づきます。それは「無水カフェイン」です 。

PL顆粒1g中には、60mgの無水カフェインが配合されています 。これはドリップコーヒー100mlあたりに含まれるカフェイン量と同程度です。ご存知の通り、カフェインは中枢神経を興奮させ、眠気を覚ます「覚醒作用」を持っています 。

ではなぜ、眠気を誘うPL顆粒に、覚醒作用のあるカフェインが同時に配合されているのでしょうか?この配合目的は、主に以下の2点とされています。

  1. 鎮痛補助作用: カフェインには、アセトアミノフェンやサリチルアミドといった解熱鎮痛成分の効果を高める働きがあります。
  2. 倦怠感の軽減: 風邪に伴う頭痛やだるさ、疲労感を和らげる効果が期待されます 。

ここで重要なのは、添付文書などでは「抗ヒスタミン薬による眠気を解消するものではない」とされている点です 。しかし、薬理作用だけを見れば、PL顆粒の中では鎮静系のプロメタジンと興奮系のカフェインがせめぎ合っている状態と言えます。

この配合は、ほとんどの患者さんにおいては問題になりません。プロメタジンの鎮静作用がカフェインの覚醒作用を上回ることが多いため、結果として「眠気」という副作用が前面に出るのです。

しかし、これは非常に重要な視点を提供してくれます。もし患者が「眠りたい」一心でPL顆粒を過量に服用した場合、どうなるでしょうか。プロメタジンの作用が強まる一方で、カフェインの摂取量も当然増加します。これにより、以下のような予期せぬ事態が起こり得ます。

  • 動悸、不整脈
  • 神経過敏、不安、興奮
  • かえって目が冴えてしまう(覚醒作用の増強)

つまり、睡眠を求めて服用したはずが、カフェインの過剰摂取により、逆に心身が興奮状態に陥るという本末転倒な結果を招きかねないのです。これは、PL顆粒を睡眠薬代わりに使うことの「隠れたリスク」であり、医療従事者として患者指導を行う際に、ぜひとも言及すべき独自視点と言えるでしょう。

下記の参考リンクは、プロメタジンとカフェインを同時に服用した場合の相互作用について議論している医療者間の情報交換です。実際の臨床現場での感覚を知る上で有用です。

PA配合錠RやPL配合顆粒Rを考える – あだちPAS企画

PL顆粒の代替となる市販の睡眠改善薬と医療機関での不眠症治療

不眠に悩む患者さんが、まず手を出してしまうのが市販薬です。ドラッグストアには「睡眠改善薬」と銘打たれた製品が並んでいます。

しかし、これらの市販の睡眠改善薬の有効成分のほとんどは、実はPL顆粒で眠気を引き起こす成分と同じ「第一世代抗ヒスタミン薬」(ジフェンヒドラミン塩酸塩など)です 。つまり、作用機序は同じであり、あくまでも「一時的な不眠症状の緩和」を目的としたものです。連用すればPL顆粒と同様に、依存や耐性、睡眠の質の低下といったリスクを伴います 。したがって、慢性的な不眠に悩む患者さんに対して、市販の睡眠改善薬を安易に勧めるべきではありません。

医療機関への受診勧奨の重要性
「眠れない」という訴えの裏には、さまざまな原因が隠れている可能性があります。

  • 精神的なストレス: 不安、うつ病など
  • 身体的な疾患: 睡眠時無呼吸症候群(SAS)、レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)、痛み、頻尿など
  • 生活習慣: 不規則な生活、カフェイン・アルコールの過剰摂取、スマートフォンの長時間利用など
  • 薬剤性: 他の治療薬の副作用

PL顆粒や市販薬でごまかし続けることは、これらの背景にある根本的な原因を見過ごし、治療の機会を失うことにつながります。医療従事者としては、患者さんがなぜPL顆粒を睡眠薬代わりに使おうとしているのか、その背景を丁寧に聞き取り、適切な受診行動へと導くことが極めて重要です。

不眠症状が週に数回以上あり、それが1ヶ月以上続いているような場合は、専門の医療機関(精神科、心療内科、睡眠外来など)への相談を強く推奨すべきです。専門医による正確な診断のもと、前述したCBT-Iや、患者さん一人ひとりの状態に合わせた適切な薬物療法など、科学的根拠に基づいた治療を受けることが、安全かつ効果的な不眠解消への唯一の道です 。

医療従事者として、総合感冒薬の不適切な使用に警鐘を鳴らし、患者さんを正しい治療へと導くこと。それが私たちの重要な責務の一つと言えるでしょう。

下記の論文は、不眠症に対する薬物療法として、従来の睡眠薬に不満を持つ患者が新しい作用機序の薬剤(レンボレキサント)へ切り替えることの有効性と安全性を検討した研究です。最新の治療選択肢について知見を深めることができます。

Efficacy and Safety of Transitioning to Lemborexant from Z-drug, Suvorexant, and Ramelteon in Japanese Insomnia Patients: An Open-label, Multicenter Study

【指定第2類医薬品】パイロンPL顆粒 24包 ×3