P-CABの一覧とPPIとの違い
P-CABの一覧と各薬剤の薬価・特徴の比較
現在、日本国内で保険適用となっているP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)はボノプラザン(製品名:タケキャブ®錠)が唯一の薬剤です(2025年時点) 。しかし、世界に目を向けると、韓国で承認されているテゴプラザン(Tegoprazan)やフェキサプラザン(Fexuprazan)など、複数のP-CABが臨床応用または開発段階にあります 。
ボノプラザンの主な特徴は以下の通りです 。
参考)胃酸分泌抑制薬:PPIとP-CABを理解する〜長期内服のメリ…
- 速やかな効果発現:服用後、約3時間で効果が現れ、初回投与から強力な胃酸分泌抑制作用を示します 。
- 強力かつ持続的な効果:従来のプロトンポンプ阻害薬(PPI)よりも強力で、夜間の胃酸分泌もしっかりと抑制します 。
- 食事の影響を受けない:酸性条件下で安定しているため、食事のタイミングに関わらず服用可能です 。
- 効果の安定性:薬物代謝酵素CYP2C19の遺伝子多型による影響が少なく、患者間での効果のばらつきが小さいです 。
- 高いピロリ菌除菌成功率:強力な酸分泌抑制により、抗菌薬の効果を高め、PPIを用いた治療よりも高い除菌率が報告されています 。
以下に、P-CABであるタケキャブと、代表的なPPIの薬価(2024年4月時点の先発品薬価)を比較した表を示します 。
| 分類 | 一般名(製品名) | 規格 | 薬価(1錠) |
|---|---|---|---|
| P-CAB | ボノプラザン(タケキャブ®) | 10mg | 94.3円 |
| P-CAB | ボノプラザン(タケキャブ®) | 20mg | 141.0円 |
| PPI | ランソプラゾール(タケプロン®) | 15mg | 23.3円 |
| PPI | ラベプラゾール(パリエット®) | 10mg | 43.6円 |
| PPI | エソメプラゾール(ネキシウム®) | 10mg | 40.6円 |
P-CABの薬価はPPIの後発医薬品と比較すると高価ですが、重症の逆流性食道炎やピロリ菌除菌など、強力な酸分泌抑制が必要な症例では第一選択となります 。
P-CABの作用機序:PPIとの根本的な違い
P-CABとPPIは、どちらも胃酸分泌の最終段階を担う酵素「プロトンポンプ(H+, K+-ATPase)」を阻害することで胃酸分泌を抑制します 。しかし、その阻害メカニズムに根本的な違いがあります ⚙️ 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/146/5/146_275/_pdf
P-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)の作用機序
P-CABは、プロトンポンプがカリウムイオン(K+)を取り込む部位に、K+と競合する形で結合します 。この結合は可逆的であり、血中濃度に依存して阻害効果が変動するのが特徴です 。P-CABは酸による活性化を必要とせず、細胞外から直接プロトンポンプに作用するため、 resting phase(静止期)のポンプも阻害でき、初回投与から迅速かつ強力な効果を発揮します 。
参考)消化性潰瘍の話その2〜胃酸を止めるH2ブロッカーとPPI、P…
PPI(プロトンポンプ阻害薬)の作用機序
一方、PPIは、胃壁細胞の酸性環境である分泌細管で活性体(スルフェンアミド体)へと変換される必要があります 。この活性体がプロトンポンプのシステイン残基(SH基)と共有結合(S-S結合)を形成し、不可逆的に酵素活性を阻害します 。このため、効果発現には数日を要し、酸性環境下で不安定なため腸溶錠などの工夫がされています 。また、活性化されたプロトンポンプにしか作用しないため、夜間などプロトンポンプの活性が低い時間帯の酸分泌抑制効果は限定的でした 。
この作用機序の違いに関する詳細な解説は、以下の論文で確認できます。
新規カリウムイオン競合型アシッドブロッカー ボノプラザンの薬理学的特徴と臨床効果(日本薬理学雑誌)
P-CABの臨床効果とヘリコバクター・ピロリ除菌への応用
P-CABの強力かつ持続的な胃酸分泌抑制作用は、臨床においてPPIを上回る効果をもたらす場面があります 。特に、逆流性食道炎(GERD)とヘリコバクター・ピロリ除菌療法においてその有用性が確立されています 。
参考)https://www2.kuh.kumamoto-u.ac.jp/pharmacy/hokenyakkyoku/files/202312_formulary_ppi.pdf
逆流性食道炎(GERD)への効果
P-CABは、特にロサンゼルス分類でGrade C/Dに分類されるような重症の逆流性食道炎において、PPIよりも高い治癒率を示すことが報告されています 。これは、P-CABが夜間の酸分泌(nocturnal acid breakthrough)を効果的に抑制し、24時間にわたり胃内pHを高く維持できるためと考えられます 。
ヘリコバクター・ピロリ除菌への応用
P-CABは、ピロリ菌除菌療法においても重要な役割を果たします。除菌に用いられるアモキシシリンやクラリスロマイシンなどの抗菌薬は、胃内pHが高いほど安定し、抗菌活性が高まることが知られています 。P-CABはPPIよりも強力に胃酸を抑制するため、抗菌薬の効果を最大限に引き出し、除菌成功率を向上させます 。複数のメタアナリシスにおいて、ボノプラザンを含む3剤併用療法は、従来のPPIを用いた3剤併用療法や4剤併用療法と比較して、有意に高い除菌率を達成したことが示されています 📈 。特に、クラリスロマイシン耐性株に対しても高い除菌効果が期待されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11095192/
ピロリ菌除菌におけるP-CABの有効性を検証したメタアナリシスの結果は、以下のリンクから参照できます。
The efficacy and safety of Vonoprazan and Tegoprazan in Helicobacter pylori eradication: a comprehensive systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials (BMC Gastroenterology)
P-CABの副作用とCYP2C19遺伝子多型の影響が少ない理由
P-CABであるボノプラザンの主な副作用としては、便秘、下痢、腹部膨満感などが報告されていますが、その頻度はPPIと比較して大きな差はありません 。しかし、P-CABが持つ特筆すべき利点の一つに、薬物代謝酵素の遺伝子多型による影響を受けにくいという点があります 🧬 。
多くのPPI(オメプラゾール、ランソプラゾールなど)は、主に肝臓の薬物代謝酵素であるCYP2C19によって代謝されます 。このCYP2C19の活性には遺伝子多型が存在し、日本人を含むアジア人では、代謝が遅い「Poor Metabolizer(PM)」の割合が欧米人よりも高いことが知られています。PMの患者ではPPIの血中濃度が高くなり効果が強く出すぎる一方、代謝が速い「Extensive Metabolizer(EM)」では効果が減弱する可能性がありました 。
参考)https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/04/a17d2f99b5f5474d5eb6a5e140a39b6e.pdf
これに対し、ボノプラザンは主にCYP3A4で代謝され、CYP2C19の関与は少ないとされています 。CYP3A4は遺伝子多型による活性の個人差がCYP2C19に比べて小さいため、ボノプラザンは患者の遺伝的背景に関わらず、より安定的で予測可能な酸分泌抑制効果を発揮することができます 。この特性は、特に多くの薬剤を服用している高齢者や、効果のばらつきを避けたい症例において大きなメリットとなります 。
P-CABとPPIの代謝経路の違いについては、以下の資料で詳しく解説されています。
タケキャブ(P-CAB)について(霧島市立医師会医療センター)
P-CABの今後の展望:新規開発中の薬剤と将来性
ボノプラザンの成功を受け、P-CABは次世代の酸関連疾患治療薬として世界中で注目を集めています 。現在、日本国内ではボノプラザンのみが使用可能ですが、海外では新たなP-CABの開発が進んでおり、将来的には治療選択肢がさらに広がる可能性があります 🌐。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11401795/
現在開発中または海外で承認されている主なP-CABには以下のようなものがあります 。
- テゴプラザン (Tegoprazan):韓国で承認され、逆流性食道炎などの治療に用いられています。ボノプラザンと同様に速やかな効果が特徴です 。
- フェキサプラザン (Fexuprazan):こちらも韓国で承認されている薬剤で、糜爛性食道炎に対する有効性が示されています 。
- Linaprazan glurate:開発中の薬剤で、長時間作用することが期待されています 。
- Zestaprazan:開発中の薬剤の一つです 。
これらの新しいP-CABは、それぞれ異なる薬物動態プロファイルを持つ可能性があり、特定の病態や患者背景に応じて使い分けられる時代が来るかもしれません。例えば、より半減期の長い薬剤が登場すれば、オンデマンド療法(症状がある時だけ服用する治療法)への応用も期待されます。
P-CABは、その強力かつ安定した効果から、PPIではコントロールが不十分だった症例に対する新たな解決策として位置づけられています 。将来的には、多くの酸関連疾患において、PPIに代わる第一選択薬となるポテンシャルを秘めており、今後のさらなる研究開発と臨床データの蓄積が待たれます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9972603/
P-CABの将来性に関するレビュー論文は、以下のリンクから参照できます。
Potassium-competitive Acid Blockers: Current Clinical Use and Future Developments (Current Treatment Options in Gastroenterology)

The Silence of the Lambs (Dubbed)