ジェンダーハラスメントと医療現場の課題
ジェンダーハラスメントの具体例と医療現場での影響
医療現場におけるジェンダーハラスメントとは、性別に関する固定観念や差別的な意識に基づく言動によって、他の医療従事者を不快にさせ、職場環境を悪化させる行為全般を指します 。これは、セクシュアルハラスメントだけでなく、「男だから」「女だから」といった役割の決めつけや、性別を理由とした業務上の不利益な扱いなども含みます 。医療現場は、伝統的に男性医師と女性看護師という構造が存在し、性別による役割分業の意識が根強く残っているため、ジェンダーハラスメントが発生しやすい特殊な環境といえます 。
実際に医療現場で起こりがちなジェンダーハラスメントには、以下のような多様なケースが報告されています。
- 👨⚕️「男のくせに根性がない」「男性看護師は力仕事担当ね」など、性別による能力や役割の決めつけ 。
- 👩⚕️「女医は感情的だ」「どうせ結婚や出産ですぐに辞めるだろう」といったキャリア形成を妨げる発言や評価 。
- ☕「女性なのだから、お茶くみや雑用をするのが当たり前」といった、業務とは無関係な役割の強要 。
- 👬「男なのに育児休暇を取るのか」といった、ライフイベントに関する否定的な言動。
- 🗣️ 患者さんから「女性の先生は頼りない」「男性看護師に身体を触られたくない」など、性別を理由とした診療拒否やクレーム 。
- 🤫 性的な冗談や、容姿に関する不必要な言及、プライベートへの過度な干渉など、相手を不快にさせる言動 。
こうしたハラスメントは、被害者である医療従事者の心身に深刻なダメージを与えます 。精神的な苦痛による休職や離職につながるだけでなく、仕事への満足度やモチベーションの低下を引き起こします 。ある調査では、女性医療従事者の多くが、同僚からの軽視や不平等な昇進機会、患者からの不適切な扱いなどを経験していることが示されています 。
さらに、個人の問題にとどまらず、組織全体にも悪影響を及ぼします。職員の離職は人材不足を深刻化させ、残された職員の負担を増大させます 。また、職場の雰囲気が悪化し、チーム内のコミュニケーションが阻害されることで、情報共有や連携に支障をきたし、最終的には医療の質の低下や医療過誤のリスク増大につながる可能性も否定できません 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7587232/
以下の論文では、パンデミック下で女性医療従事者が経験したジェンダー差別の深刻さが浮き彫りにされています。
Gender discrimination among women healthcare workers during the COVID-19 pandemic: Findings from a mixed methods study
ジェンダーハラスメントの原因となるアンコンシャスバイアス
ジェンダーハラスメントの多くは、加害者に悪意がない「無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)」によって引き起こされることが少なくありません 。アンコンシャスバイアスとは、誰もが持っているもので、過去の経験や見聞きした情報から、無意識のうちに形成される「思い込み」や「ものの見方の偏り」のことです 。本人に差別しているという自覚がないため、問題が表面化しにくいという厄介な特徴があります 。
医療現場には、アンコンシャスバイアスを生み出しやすい土壌が存在します。例えば、以下のような偏見が無意識のうちに言動に現れてしまうことがあります。
- 🩺 **役割の固定観念**:「医師は男性、看護師は女性」という昔ながらのイメージが根強く残っており、女性医師を看護師と間違えたり、男性看護師の能力を疑ったりする言動につながります 。
- 💪 **能力に対する偏見**:「男性はリーダーシップがあり決断力に優れるが、女性は共感力は高いが論理的思考が苦手」といった科学的根拠のない思い込みです 。これにより、重要な意思決定の場から女性が排除されたり、逆に男性が感情的なサポートを求められたりすることがあります。
- 👨👩👧 **ライフイベントへの偏見**:「女性は出産や育児でキャリアを中断するのが当たり前」という考えから、重要なプロジェクトや役職から若手女性を外すといった判断につながることがあります 。
- 👔 **外見による判断**:「派手な化粧や服装は医療従事者としてふさわしくない」など、個人の外見や性的指向(LGBTQ+など)に対して、特定の「らしさ」を押し付けることもハラスメントの一種です 。
こうしたアンコンシャスバイアスは、特定の感情のスイッチが入ることで、より強く表に出ることがあります 。例えば、緊急時や多忙な状況下で冷静さを失った際、普段は抑えている偏見が攻撃的な言動として現れることがあります 。
参考)アンコンシャス・バイアスについて具体例から解説|従業員の意識…
重要なのは、誰にでもアンコンシャスバイアスは存在するという事実を認識することです 。自分自身の思い込みに気づき、それが本当に正しいのかを客観的に見つめ直す習慣を持つことが、ハラスメントの加害者にならないための第一歩となります 。
参考)代表的なハラスメントの種類10選|定義や発生原因、対策を解説…
アンコンシャスバイアスの具体例や企業での取り組みについては、以下のリンクで詳しく解説されています。
アンコンシャス・バイアスについて具体例から解説|従業員の意識改革を促すには
医療現場で実践できるジェンダーハラスメント対策と防止策
ジェンダーハラスメントをなくすためには、個人の意識改革だけでなく、組織全体で取り組む包括的な対策が不可欠です 。医療機関が主体となり、ハラスメントを許さないという明確な方針を示し、具体的な防止策を講じる必要があります 。
具体的には、以下の表に示すような対策を、組織レベルと個人レベルの両方で実践していくことが重要です。
| 対策レベル | 具体的な取り組み | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 組織レベルの対策 | ① ハラスメント防止方針の明確化と周知・トップが「ハラスメントを絶対に許さない」という強いメッセージを発信する
参考)ジェンダーハラスメントとは?具体例や企業が負うリスク、対策を… 。・就業規則にハラスメントに関する規定を明記し、全職員に周知徹底する 参考)職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメ… 。 |
職員の意識向上と、ハラスメント行為への抑止力となる。 |
| ② 定期的な研修の実施・全職員を対象に、ジェンダーハラスメントやアンコンシャスバイアスに関する研修を定期的に行う
参考)ジェンダーハラスメントの定義や対策とは?判例・具体例10選と… 。・管理職には、ハラスメント発生時の対応方法に関する研修も義務付ける 。 |
ハラスメントに関する正しい知識が身につき、加害者・被害者を生まない土壌を作る。 | |
| ③ 相談窓口の設置と機能強化・プライバシーが守られ、安心して相談できる窓口を院内外に設置する
参考)ジェンダーハラスメントの実際と対策、具体例について解説 。・相談担当者には専門的な研修を実施し、迅速かつ適切に対応できる体制を整える 。 |
被害者が一人で抱え込まずに済み、問題の早期発見と解決につながる。 | |
| ④ 公平な人事評価制度の構築・性別やライフイベントに左右されない、透明性の高い評価基準を設ける。・多様な働き方を許容し、男女ともに育児休業などを取得しやすい風土を醸成する 。 | 職員のキャリア形成を支援し、エンゲージメントを高める。 | |
| 個人レベルの対策 | ① 自身のアンコンシャスバイアスを自覚する・自分の言動が、無意識の偏見に基づいていないか常に振り返る。・多様な価値観に触れ、自身の思い込みをアップデートし続ける。 | 意図せず加害者になることを防ぐ。 |
| ② アサーティブなコミュニケーションを学ぶ・相手を尊重しつつ、自分の意見や気持ちを正直に、対等に伝えるスキルを身につける。・ハラスメントを受けたと感じた際に「やめてください」と明確に意思表示する勇気を持つ。 | 健全な人間関係を築き、ハラスメントを未然に防ぐ。 | |
| ③ バイスタンダー(傍観者)にならない・ハラスメントの現場に居合わせたら、見て見ぬふりをせず、勇気を持って介入する。・被害者に寄り添い、相談に乗るなど、自分にできるサポートを行う。 | ハラスメントを許さないという職場の雰囲気を作る。 |
これらの対策は、一度行えば終わりというものではありません。継続的に見直しと改善を重ね、組織文化として根付かせていくことが、すべての医療従事者が安心して働き続けられる職場環境の実現につながります 。
参考)https://hyogo-roki.or.jp/iryou_roumusc/pageofseminar/shiryouh1.pdf
職場におけるハラスメント対策の法的な義務については、厚生労働省の以下のページが参考になります。
職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)
患者・家族からのジェンダーハラスメントと具体的な対処法
医療現場におけるジェンダーハラスメントは、同僚や上司だけでなく、患者やその家族から受けるケースも深刻な問題です 。患者という立場を利用した理不尽な要求や言動は、医療従事者に大きな精神的苦痛を与え、安全な医療提供の妨げにもなりかねません 。これは「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の一種とも言え、組織的な対応が急務です。
患者や家族から受けるジェンダーハラスメントには、以下のようなものがあります。
- 🚫 **性別による診療拒否**:「男性看護師は嫌だ、女性に変えてくれ」「若い女性の医師では不安だ」など、性別を理由に担当者の変更を要求する 。
- 💬 **性的な言動**:診察と無関係な性的な質問をする、身体に不必要に触れる、容姿を執拗に褒めたり貶したりする 。
- 🗣️ **性別役割の押し付け**:「女性なのだから、もっと優しく対応しろ」「男なら、このくらいの痛みは我慢しろ」など、性別に対するステレオタイプを押し付ける。
- ❓ **プライベートへの過度な詮索**:「結婚しているの?」「恋人はいる?」など、業務に無関係な私生活に関する質問を繰り返す。
こうしたハラスメントに対して、医療従事者が個人で耐え忍ぶ必要は全くありません 。毅然とした態度で対応し、組織として問題を解決していくことが重要です。
ステップ1:個人での初期対応
- **明確な意思表示**:まずは冷静に、しかしはっきりと「そのような言動は不快ですので、おやめください」と伝えます。曖昧な態度や作り笑いは、相手に誤ったメッセージを与えかねません。
- **その場を離れる**:身の危険を感じたり、相手が言動を改めなかったりする場合は、一人で対応しようとせず、速やかにその場を離れて安全を確保します。
- **一人で抱え込まない**:決して「自分が我慢すればいい」と考えず、どんな些細なことでも信頼できる上司や同僚に報告・相談します 。
ステップ2:組織としての対応
- **事実確認と情報共有**:報告を受けた上司は、速やかに事実関係を確認し、院内の関係部署(リスクマネジメント部門、ハラスメント相談窓口など)と情報を共有します。対応は複数人で行うのが原則です。
- **組織としての方針伝達**:上長や責任者が患者・家族に対応し、ハラスメント行為は許容できないという病院としての方針を明確に伝えます。担当者の変更要求が正当な理由に基づかない場合は、安易に応じない姿勢が重要です。
- **院内掲示などによる啓発**:院内の目立つ場所に「院内での暴力・暴言・ハラスメント行為はお断りします」といったポスターを掲示し、ハラスメントを許さないという組織の姿勢を日頃から示しておくことも有効です。
- **警察への通報**:暴行や脅迫など、悪質で犯罪に該当する可能性がある場合は、ためらわずに警察に通報します。
患者や家族からのハラスメントは、医療従事者の尊厳を傷つけるだけでなく、他の患者への医療提供にも影響を及ぼす問題です。医療機関は、職員を守るための明確なガイドラインを作成し、職員が安心して働ける環境を整備する責務があります 。
看護現場でのハラスメント全般に関する相談先として、日本看護協会のウェブサイトも参考になります。
看護現場におけるハラスメント対策|日本看護協会

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