結晶性関節炎の包括的理解
結晶性関節炎の主要な原因:痛風と偽痛風の病態生理
結晶性関節炎は、関節内に関節液や組織に結晶が析出し、これを白血球が貪食することで炎症性サイトカインが放出され、急性の関節炎を引き起こす疾患群の総称です 。臨床で最も頻繁に遭遇するのは、尿酸ナトリウム(MSU)結晶による痛風と、ピロリン酸カルシウム(CPP)結晶による偽痛風(CPPD結晶沈着症)です 。
痛風は、体内で尿酸が過剰に産生されるか、または腎臓からの排泄が低下することによって生じる高尿酸血症が背景にあります 。血中尿酸値が飽和濃度を超えると、関節内、特に関節液の温度が低い足の母趾などに針状の尿酸塩結晶として析出しやすくなります 。発症は中年以降の男性に圧倒的に多く、肥満やプリン体を多く含む食事、アルコール過剰摂取などの生活習慣との関連が深いです 。
一方、偽痛風は、関節軟骨やその周辺組織にピロリン酸カルシウム結晶が沈着することが原因です 。痛風とは異なり、原因となる食事や生活習慣は特定されておらず、多くは原因不明です 。加齢とともに関節軟骨の変性が進むことで結晶が沈着しやすくなると考えられており、60歳以上の高齢者、特に女性に多く見られます 。変形性関節症や甲状腺機能低下症などの基礎疾患が関連することもあります。
参考)偽痛風について|コウセイコラム|JA愛知厚生連 稲沢厚生病院
痛風と偽痛風の比較表
| 項目 | 痛風 | 偽痛風 |
|---|---|---|
| 原因結晶 | 尿酸ナトリウム | ピロリン酸カルシウム |
| 好発年齢 | 中年以降の男性 | 60歳以上の高齢者 |
| 性差 | 男性に多い | やや女性に多い |
| 血液検査 | 尿酸値の上昇 | 特異的異常なし(炎症反応は上昇) |
| 関連因子 | 肥満、食事、アルコール | 加齢、変形性関節症 |
結晶性関節炎の診断:関節液検査と画像診断の重要性
結晶性関節炎の確定診断には、関節穿刺によって得られた関節液を顕微鏡で観察し、結晶を直接証明することがゴールドスタンダードです 。特に、痛風と偽痛風の鑑別には偏光顕微鏡が極めて有用です 。
- 痛風の診断 🔬
関節液を偏光顕微鏡で観察すると、白血球に貪食された針状の尿酸塩結晶が確認できます 。この結晶は、検光子に対して平行の際に黄色、直交する際に青色を呈する「負の複屈折性」を示します。臨床症状や高尿酸血症の存在から痛風が強く疑われる場合でも、感染性関節炎などとの鑑別のために結晶の証明が推奨されます。 - 偽痛風の診断 🦴
偽痛風では、関節液中に短桿状や菱形状のピロリン酸カルシウム結晶が観察されます 。これは尿酸塩結晶とは対照的に「正の複屈折性」または「弱い複屈折性」を示します 。高齢者の急性単関節炎では、常に偽痛風を鑑別診断に挙げるべきです 。
画像診断も補助的に重要な役割を果たします 。特に偽痛風の診断において、X線検査は有用です 。膝関節の半月板や関節軟骨に沿って線状の石灰化像(chondrocalcinosis)が認められるのが特徴的です 。関節エコーも、結晶の沈着や滑膜の炎症を評価するのに役立ちます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11103298/
参考リンク:日本リウマチ学会が提供する偽痛風に関する一般の方向けの解説ページです。症状、診断、治療について分かりやすくまとめられています。
結晶性関節炎の治療戦略:急性発作と長期管理のポイント
結晶性関節炎の治療は、急性の関節炎発作を鎮静化させる治療と、再発を予防するための長期的な管理に大別されます 。
急性関節炎発作の治療 🚑
急性発作時の治療目標は、迅速な疼痛緩和と炎症の抑制です 。痛風、偽痛風ともに第一選択薬は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)です 。腎機能障害や消化管潰瘍のリスクがある患者には、コルヒチンや経口・関節内注入のグルココルチコイドが代替選択肢となります 。
- NSAIDs: 炎症と疼痛を速やかに軽減しますが、消化器系や腎臓への副作用に注意が必要です。
- コルヒチン: 発作の極早期に投与すると有効ですが、下痢などの消化器症状が出やすいです。
- グルココルチコイド: 強力な抗炎症作用を持ち、単関節炎の場合には関節内注射が非常に効果的です 。
重要な注意点として、痛風発作の最中に尿酸降下薬を新たに開始したり、用量を変更したりすることは、血清尿酸値の急激な変動を招き、発作を遷延させる可能性があるため避けるべきです 。
長期管理と再発予防 長期的な管理は、原因となる結晶によってアプローチが異なります 。
- 痛風: 発作が消失した後、高尿酸血症の是正を目的とした尿酸降下薬の投与を開始します 。目標血清尿酸値を6.0mg/dL以下にコントロールすることで、関節炎の再発や痛風結節の形成を防ぎます。生活習慣の改善も併せて行います。
- 偽痛風: 現時点では、沈着したピロリン酸カルシウム結晶を溶解させる特異的な薬物療法は存在しません 。そのため、治療は対症療法が中心となり、発作を繰り返す場合に予防的にコルヒチンを少量投与することがあります。変形が進行した関節に対しては、人工関節置換術などの外科的治療が検討されることもあります 。
結晶性関節炎における食事療法と生活習慣の役割
結晶性関節炎、特に痛風の管理において、食事療法と生活習慣の改善は薬物療法と並行して行うべき重要な治療介入です 。
痛風における食事療法 🍽️
痛風の食事療法の基本は、尿酸値を上昇させる要因を避け、バランスの取れた食事を心掛けることです。
- プリン体の摂取制限: プリン体は体内で尿酸に変わるため、プリン体を多く含む食品(レバー、あん肝、魚の干物など)の過剰摂取を控えることが推奨されます 。
- 適切なエネルギー摂取: 肥満、特に内臓脂肪の蓄積は尿酸値を上昇させます 。摂取カロリーを適切に管理し、肥満を解消することで尿酸値の低下が期待できます 。
- アルコールの制限: アルコール、特にビールはプリン体を多く含む上に、アルコール自体が尿酸の産生を促進し、排泄を阻害します。節度ある適度な量に留めることが重要です 。
- 十分な水分摂取: 水分を十分に摂取し尿量を増やすことで、尿中への尿酸排泄を促します。1日2リットル以上の水分摂取が目安です 。
- 推奨される食品: 牛乳などの乳製品は尿酸値を低下させる効果が報告されています 。また、野菜や海藻類を多く摂取し、尿をアルカリ性に保つことも尿酸の排泄に役立ちます 。DASH食や地中海食といった食事スタイルも尿酸値低下に有効である可能性が示唆されています 。
偽痛風と食事 🍚
一方で、偽痛風の発症や予防において、特定の食事療法が有効であるという科学的根拠は現在のところありません 。偽痛風は加齢や他の疾患との関連が指摘されており、食事との直接的な関係は薄いと考えられています 。したがって、偽痛風の患者に対して痛風のような厳格な食事制限を指導する必要はありません。ただし、全身の健康状態を良好に保つためのバランスの取れた食事は、関節の健康を維持する上でも有益です。
結晶性関節炎と人工関節:術後合併症としての結晶誘発性関節炎
一般的にあまり知られていませんが、結晶性関節炎は人工関節置換術後の合併症としても発症することがあります 。これは「人工関節周囲結晶誘発性関節炎」と呼ばれ、術後の疼痛や腫脹の原因が感染や緩みではない場合に考慮すべき重要な鑑別疾患です 。
この病態は、人工関節のコンポーネント周囲に尿酸塩結晶やCPP結晶が沈着し、異物反応と同様のメカニズムで炎症を引き起こすと考えられています 。症状は、術後感染症と非常に類似しており、急性の疼痛、腫脹、発赤、可動域制限などがみられます 。そのため、しばしば感染症と誤診され、不必要な抗菌薬投与や外科的介入が行われるケースも報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11401381/
診断は、人工関節周囲から採取した関節液を偏光顕微鏡で検査し、結晶を証明することで確定します 。治療は、通常の結晶性関節炎の急性発作と同様に、NSAIDsやコルヒチン、グルココルチコイドが用いられます 。
この合併症の存在を念頭に置くことは、特に高齢者の人工関節置換術後に関節炎症状が出現した場合に、適切な診断と治療介入につながり、不要な侵襲的処置を避ける上で極めて重要です。術前に痛風や偽痛風の既往がある患者では、特に注意が必要です。
参考文献:結晶性関節症の画像診断に関する最新の国際的推奨事項です。臨床現場での画像診断の役割について詳細に述べられています。
EULAR recommendations on imaging in diagnosis and management of crystal-induced arthropathies in clinical practice Ann Rheum Dis. 2024 Mar;83(3):335-346.