溶存酸素量の基準
溶存酸素量(DO)は、水中に溶け込んでいる酸素の量を示す重要な水質指標です。日本では環境省が定める環境基準により、河川や湖沼、海域ごとに適切な基準値が設定されています。この基準は、水生生物の保全と水質環境の維持を目的として、平成28年3月に底層溶存酸素量が新たな環境基準項目として追加されました。
河川における溶存酸素量の基準は、利用目的に応じてAA類型からE類型まで6段階に分類されています。AA類型とA類型では7.5mg/L以上、B類型では5mg/L以上、C類型とD類型では5mg/L以上、E類型では2mg/L以上が基準値となっています。これらの基準値は、水道水源や水産生物の生息環境として適切な水質を維持するために設定されています。
参考)https://www.town.kaneyama.yamagata.jp/material/files/group/6/kasen_suishitsu_kijun.pdf
底層溶存酸素量に関しては、魚介類等の水生生物の生息・再生産の場を保全するため、生物1類型(4.0mg/L以上)、生物2類型(3.0mg/L以上)、生物3類型(2.0mg/L以上)の3段階の基準が定められています。生物1類型は、ワカサギやシラウオなど再生産段階で貧酸素耐性の低い水生生物が再生産できる場を保全する水域に適用されます。生物2類型は、コイやギンブナなど貧酸素耐性の低い生物を除き、多くの水生生物が生息できる場を保全する水域です。生物3類型は、ニホンウナギやキンフナなど貧酸素耐性の高い水生生物が生息できる場や、無生物域を解消する水域に設定されています。
参考)https://www.env.go.jp/content/000244313.pdf
溶存酸素量の環境基準値
環境基準における溶存酸素量の基準値は、水域の利用目的や保全すべき水生生物の種類によって詳細に区分されています。河川では、水道1級や自然環境保全を目的とするAA類型で7.5mg/L以上、水道2級や水産1級を目的とするA類型で同じく7.5mg/L以上、水道3級や水産2級のB類型で5mg/L以上が求められます。
底層溶存酸素量の基準値設定では、保全対象種の貧酸素耐性評価値に基づいて目標値が決定されます。貧酸素耐性評価値は、24時間の曝露時間において95%の個体が生存可能な溶存酸素量(24hr-LC5)として整理されており、この科学的根拠に基づいて各類型の基準値が設定されています。例えば、マコガレイの生息段階での貧酸素耐性評価値が2.4mg/Lの場合、小数点切り上げで3mg/Lが目標値となり、再生産段階では生息段階の評価値に+1して4mg/Lが設定されます。
霞ケ浦では、ワカサギ、シラウオ、イサザアミ、テナガエビなど17種の保全対象種が選定され、全域が生物1類型(4.0mg/L以上)に指定されています。東京湾や琵琶湖などの主要水域でも、それぞれの水域特性と保全対象種に応じた類型指定が行われており、水生生物の健全な生息環境の維持が図られています。
溶存酸素量の測定方法と精度
溶存酸素量の測定には、化学的分析方式と電気化学的方式の2つの主要な方法があります。最も標準的な測定方法はウインクラー法で、JIS K 0101「工業用水試験方法」やJIS K 0102「工場排水試験方法」に規定されています。
参考)5-2-2 溶存酸素計測器|JEMIMA 一般社団法人 日本…
ウインクラー法の測定手順は、まず試料水に塩化マンガン溶液を加え、次にヨウ化カリウムと水酸化ナトリウムの混合溶液を加えることで水酸化マンガンを生成させます。この水酸化マンガンが水中の酸素と反応して溶存酸素の量だけ酸化され沈殿します。沈殿にヨウ化物イオンと酸を加えて溶解すると、溶存酸素量に比例してヨウ素が遊離するため、これをチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定して定量します。
電気化学的方式には、隔膜電極法と蛍光式測定法があります。隔膜電極法は、酸素ガスを透過する選択性膜を用いて、隔膜を透過した酸素をカソードで還元し、酸素濃度に比例した電流を測定する方法です。蛍光式DO計は、蛍光物質に光を照射したときの蛍光の減衰時間が酸素濃度に反比例することを利用しています。隔膜電極法では定期的な隔膜や電解液のメンテナンスが必要ですが、蛍光式ではセンサーキャップの交換のみで済むため、維持管理が容易です。
化学的分析方式では、試料液中の着色や濁り、硫化物や亜硫酸イオンなどの還元性物質、残留塩素などの酸化性物質が妨害となるため、測定時には適切な前処理が必要です。また、滴定法では測定者による色の変化の判断で誤差が発生しやすいため、厳密な調合と操作が求められます。
溶存酸素量が魚介類に与える影響
溶存酸素量は、魚介類をはじめとする水生生物の生存に不可欠な要素です。一般に溶存酸素量が3mg/L を下回ると、魚類等の水生生物の生存が難しくなり、2mg/L を下回ると嫌気性分解によって硫化水素等の悪臭物質が発生するとされています。
水温は溶存酸素量に大きく影響し、水温が低いほど水に溶け込める酸素の量(飽和溶存酸素量)は多くなります。1気圧の下では、水温15℃で約10mg/L、25℃で約8mg/Lが飽和溶存酸素量とされており、きれいな水ほど飽和量に近い酸素が溶け込んでいます。水温の上昇により光合成の原料となる二酸化炭素の溶解度も低下して光合成速度が落ちるため、水中の溶存酸素濃度は低下します。一方で水温の上昇によって生物の活動は活発化し、呼吸や有機物の好気的分解による酸素消費速度が増加します。
魚種によって必要とされる溶存酸素量は異なります。サケやマスなどの魚は、底に住む種よりも高いDOレベルを要求します。暖かい水は溶存酸素を保持しにくく、暖かい水中の水生生物の代謝率の増加は、酸素要求量の増加につながります。DOレベルが低いと、ストレス、成長の低下、さらには魚の死を引き起こす可能性があります。
水質汚濁が進んで水中の有機物が増えると、好気性微生物による有機物の分解に伴って多量の酸素が消費され、水中の溶存酸素濃度が低下します。有機汚濁の進んだ河川水では、気温の高い夏期にDO不足による水中生物の壊死が発生しやすくなります。
貧酸素水塊の発生メカニズムと溶存酸素量
貧酸素水塊は、主に閉鎖性水域の底層で酸素供給量に対して酸素消費量が過多になることにより発生します。夏季には表層と底層の間に密度差による成層が形成され、この成層により表層と底層の海水交換が阻害されます。表層では植物プランクトンの光合成により酸素が供給される一方、底層では動植物プランクトンの死骸などの有機物が堆積し、この堆積物を分解するために酸素が消費されます。これらの結果として、夏季の底層に貧酸素水塊が形成されます。
参考)https://www.env.go.jp/council/09water/y0911-09/mat03-4.pdf
酸素消費の直接要因には、バクテリアによる底質の有機物の分解、アンモニア性窒素の硝化作用による酸素消費、生物の呼吸による酸素消費などがあります。また、大気への放出や外洋への流出も酸素減少の要因となります。一方、植物プランクトンの光合成活動や大気からの溶解により酸素が供給されますが、成層が形成されている底層では十分な供給が得られません。
酸素が全くない状態では、硝酸イオンが還元する硝酸還元過程(嫌気的分解)を経て、嫌気性細菌(硫酸塩還元細菌など)が硫酸イオンを還元して硫化水素や硫化物イオンなどを生成する硫酸還元過程に推移します。貧酸素水塊の発生原因はそれぞれの湾で異なり、大村湾や久見浜湾のように元々底層水の閉鎖度が非常に大きな海域では、人為的な富栄養化とは無関係に貧酸素水塊が発生することもあります。
参考)https://www.kaiseiken.or.jp/publish/reports/lib/2012_15_01.pdf
環境省が平成28年に底層溶存酸素量を環境基準として設定した背景には、CODを中心とした従来の体系では貧酸素水塊の発生や藻場・干潟等の減少といった課題に直接対応できないという問題がありました。底層溶存酸素量の確保により、魚介類等が生息・再生産できる溶存酸素を確保でき、青潮・赤潮などの発生リスクを低減できることから、魚介類等の水生生物保全の観点から底層溶存酸素量の指標が有効とされています。
溶存酸素量の測定における注意点と応用
溶存酸素量の測定では、水温、気圧、塩分濃度などの環境条件が結果に大きく影響するため、測定時にはこれらの条件を正確に記録することが重要です。酸素の溶解度は水温、塩分、気圧等に影響され、水温の上昇につれて小さくなります。そのため、測定時の水温を必ず記録し、適切な補正を行う必要があります。
連続測定による知見として、印旛沼での調査では、DOは各日とも朝から昼間にかけて増加し、夕方から翌朝にかけて減少するという日周変動が観測されています。これは水中植物による昼間の光合成(炭酸同化作用)による酸素生成と、夜間の呼吸による酸素消費に対応しているものと考えられます。このような日周変動を把握するためには、連続測定が有効です。
溶存酸素量の測定は、水質環境の評価だけでなく、産業分野でも重要な役割を果たしています。醸造業界では、酵母の最適な発酵のためにDOの正確な制御が重要です。酵母の成長と代謝には適切な酸素レベルが必要であり、糖をアルコールと二酸化炭素に効率的に変換します。逆に、過剰な酸素は酸化を引き起こし、ビールの風味と香りに影響を与える可能性があります。食品加工では、DOレベルが高いと酸化反応が加速し、油脂の酸敗、果物や野菜の色落ち、栄養素の分解を引き起こす可能性があります。
底層溶存酸素量の環境基準については、類型指定された後、当該水域の底層溶存酸素量を評価するための測定地点を設定し、5年間程度の情報収集を行います。そこで得た情報を基に目標とする達成率及びその達成期間が設定されます。目標とする達成率は、各水域区分における保全対象種を中心とした水生生物の生息が健全に保たれることを目指して設定され、新たな知見が得られた場合には適宜見直しが行われます。
環境省水・大気環境局「底層溶存酸素量に係る環境基準の水域類型の指定について」https://www.env.go.jp/content/000244313.pdf
底層溶存酸素量の環境基準の詳細な設定経緯と各水域の類型指定の考え方が解説されています。
環境省「別表2 生活環境の保全に関する環境基準(河川)」別表2 生活環境の保全に関する環境基準(河川)
河川における溶存酸素量を含む各種水質項目の環境基準値が一覧できます。