腓骨神経麻痺の症状と診断
腓骨神経麻痺の代表的な症状
腓骨神経麻痺の最も特徴的な症状は「下垂足(drop foot)」と呼ばれる状態で、足首(足関節)と足指(趾)を上に向ける動作ができなくなります。この症状により、歩行時につま先が地面に引っかかりやすくなり、歩行に大きな支障をきたします。下腿の外側から足背ならびに第5趾を除いた足趾背側にかけて感覚が障害され、しびれたり触った感じが鈍くなるのも典型的な症状です。
患者の多くは階段の上り下りや不整地での歩行が困難になり、転倒リスクが著しく増加します。感覚異常については、すねの外側と足の甲にしびれや痛み、感覚の低下が生じるため、日常生活での細かい動作にも影響が出ることがあります。足を引きずるような歩き方になるため、歩行バランスが崩れ、長時間の歩行が困難になるケースも少なくありません。
参考)腓骨神経麻痺ではどのような症状がありますか? |腓骨神経麻痺
腓骨神経麻痺の診断方法とティネルサイン
腓骨神経麻痺の診断では、下垂足の有無と感覚障害の分布を確認し、ティネルサイン(Tinel sign)という検査が重要な役割を果たします。ティネルサインは、神経傷害部をたたくとその支配領域に疼痛が放散する現象で、これが陽性であれば傷害部位を確定できます。腰部椎間板ヘルニアや坐骨神経障害との鑑別診断が必要なこともあるため、慎重な評価が求められます。
確定診断には筋電図検査、X線(レントゲン)検査、MRI検査、超音波検査などが必要に応じて実施されます。神経伝導速度検査により、膝の外側で神経の電気が流れるスピードが遅くなっていることが確認できるため、障害の程度を客観的に評価できます。超音波検査やMRIでは圧迫の原因となる皮下腫瘍やガングリオンを認める場合があり、これらの画像検査は治療方針の決定にも役立ちます。
腓骨神経麻痺の検査と筋電図の役割
筋電図検査は腓骨神経麻痺の診断において非常に重要な検査で、総腓骨神経が支配している部位の筋肉にしっかり電気刺激が伝わっているかを調べます。針電極を検査筋に刺入し、筋肉の活動を電気的に記録することで、筋力低下の有無や筋原性か神経原性の症状かを鑑別できます。末梢神経障害が生じると筋繊維は脱神経を受け、脱神経が部分的で慢性化または再生しない場合、電位は高振幅長持続化するという特徴があります。
参考)末梢神経障害の後遺障害等級認定のポイント(神経伝導検査・誘発…
運動機能検査では、足首の背屈力や足の外転力を徒手筋力テストで0から5まで6段階で評価し、関節可動域測定では足首の動く範囲を角度で測定します。歩行分析では患者の歩き方を観察し、足を引きずるような歩き方などの特徴的な異常を確認することで、日常生活への影響度も把握できます。これらの検査結果を総合的に判断することで、適切な治療方針を立てることが可能になります。
参考)総腓骨神経麻痺
腓骨神経麻痺と他の神経障害の鑑別
腓骨神経麻痺の診断では、腰部椎間板ヘルニア(L5の神経根障害)や坐骨神経障害、筋肉からの関連痛との鑑別が必要不可欠です。腓骨神経伸展テストでは、股関節を最大に屈曲させ、膝関節を伸展し、足関節を底屈・内反させると障害された神経に沿って疼痛やシビレが生じるため、障害部位の特定に有用です。このテストでは総腓骨神経、浅腓骨神経、深腓骨神経すべてが伸展され、足関節の底屈・内反のみによっても疼痛としびれが誘発される場合があります。
参考)浅腓骨神経麻痺と深腓骨神経麻痺 – やまだカイロプラクティッ…
問診では症状の発症時期と経過、症状の具体的な内容(しびれ、痛み、運動障害など)、日常生活への影響、既往歴や生活習慣を詳しく聴取します。視診では歩行の様子(足首の動きや歩行パターン)、足の変形や腫れの有無、皮膚の色みや状態を観察し、総合的に評価します。正確な鑑別診断により、適切な治療法を選択し、早期回復につなげることができます。
腓骨神経麻痺の原因と発症メカニズム
腓骨神経麻痺の最も多い原因は、腓骨頭部(膝外側)の外部からの圧迫により生じるものです。下肢の牽引などで仰向けに寝た姿勢が続いたり、ギプス固定をしているときに、腓骨頭部が後ろから圧迫されると発症します。膝関節の後方で坐骨神経から腓骨神経が分岐し、腓骨神経が膝外側にある腓骨頭の後ろを巻きつくように走行する部位は、神経の移動性が乏しく、骨と皮膚・皮下組織の間に神経が存在するため、外部からの圧迫により容易に麻痺が生じます。
ガングリオンなどの腫瘤、腫瘍、開放創や挫傷(ケガ)、腓骨頭骨折やその他の膝の外傷なども腓骨神経麻痺の原因となります。長時間の正座や足組みなど神経を圧迫する姿勢も発症のリスク因子となるため、日常生活での姿勢に注意が必要です。デスクワークなどで長時間座る場合は、定期的に姿勢を変えたり、立ち上がったりして血流を促進することが重要です。
参考)腓骨神経麻痺 – 中医中國鍼灸治療院|難病に特化した鍼灸治療…
この論文では、長時間の正座により腓骨神経麻痺を発症したものの保存療法で完全回復した症例が報告されています。
腓骨神経麻痺の治療法:保存療法と手術療法
腓骨神経麻痺の治療は、原因や回復の可能性を考慮して保存療法または手術療法を選択します。多くの場合、保存療法での治療が行われ、一時的な圧迫であれば数ヶ月程度で症状が改善することが多いです。保存療法では、まず腓骨頭付近の圧迫物(ギプスなど)を除去することが重要で、圧迫を受けることで神経が炎症を起こしているケースでは痛み止めやビタミン剤を処方することで炎症や痛みを抑えます。
リハビリテーションでは運動療法、装具療法、物理療法、徒手療法の4つが行われます。運動療法では麻痺した筋に対して筋収縮が感じられれば筋力トレーニングを行い、運動に対して反応が鈍い場合には電気刺激を用いて筋力トレーニングを実施します。装具療法は足底板や足関節固定装具を使用して歩行を補助し、回復が見られにくい場合に検討されます。
骨折や脱臼などの外傷や腫瘤によるものは早期に手術が必要で、3ヶ月ほど様子をみて回復しないものや麻痺が進行するものでは手術が必要になります。神経損傷がある場合は、神経剥離、神経縫合、神経移植などの手術が行われることがあります。手術の適応は慎重に判断され、保存療法での回復が期待できない症例に限定されます。
日本整形外科学会による腓骨神経麻痺の詳しい解説
腓骨神経麻痺の症状、原因、診断、治療について、日本整形外科学会が一般向けに分かりやすく説明しています。
腓骨神経麻痺のリハビリテーションと自宅でのケア
腓骨神経麻痺のリハビリテーションでは、麻痺した筋肉を回復させる筋力トレーニングや、足首の拘縮を防ぐストレッチやマッサージが有効です。具体的には、足関節の自動運動(背屈、外転)を中心に1日3回各15-20回実施し、タオルギャザー(足趾でタオルを引き寄せる運動)を1日2回各10回実施します。セラバンドを用いた抵抗運動では、背屈・外転方向に対して1日2回各15回実施することが推奨されています。
運動中に不適切な代償動作が生じないよう、鏡を見ながら行うことが推奨され、痛みや違和感がある場合は直ちに中止し報告することが重要です。下腿前面の筋と後面の筋でのバランスが崩れてしまい、足関節が底屈方向で硬くなってしまう可能性もあるので、アキレス腱を中心にストレッチを行っておく必要があります。適度な栄養や休養をとることも神経を回復させるために重要で、個人の回復力によって治るまでの期間は大きく異なります。
参考)腓骨神経麻痺を自分で治す方法はありますか? |腓骨神経麻痺
腓骨神経麻痺患者の日常生活での注意点
腓骨神経麻痺患者は歩行時に常に足元に注意を払い、つまずきを防止することが大切です。特に階段の上り下りや不整地では一層の注意が必要で、必要に応じて杖などの歩行補助具を使用することも検討すべきです。長時間の正座や足組みなど神経を圧迫する姿勢は避けるべきで、デスクワークなどで長時間座る場合は定期的に姿勢を変えたり立ち上がったりして血流を促進することが重要です。
就寝時の姿勢にも注意が必要で、膝を過度に曲げた状態や腓骨頭部に圧力がかかる姿勢は避けるべきです。症状の変化があれば速やかに医師に相談し、定期的な診察を受けて回復状況を確認することも大切です。自宅でのケアは専門的な治療の補助的な役割を果たすものであり、医師による適切な診断と治療計画が最も重要であることを忘れてはいけません。
日常生活における姿勢管理と定期的な医療機関の受診により、腓骨神経麻痺の悪化を防ぎ、効果的な回復を促進することができます。装具の使用や歩行補助具の導入は、転倒リスクを軽減し安全な日常生活を送るための重要な手段となります。
腓骨神経麻痺の予後と回復の見込み
腓骨神経麻痺の予後は原因や重症度によって大きく異なりますが、一時的な圧迫による場合は数ヶ月程度で症状が改善するケースが多いです。保存療法での回復が期待できる症例では、適切なリハビリテーションと圧迫の除去により、多くの患者が歩行能力を回復します。特に神経伝導ブロックによる軽度の麻痺(neurapraxia)の場合、保存的治療のみで完全回復する可能性が高いとされています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11883195/
神経損傷が重度で保存療法での改善が見られない場合、3ヶ月程度の経過観察後に手術療法が検討されます。手術により神経剥離や神経移植を行った症例でも、適切なリハビリテーションを継続することで機能回復が期待できます。定期的な筋電図検査や神経伝導速度検査により回復状況を客観的に評価し、治療方針を適宜修正することが重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/37/3/37_287/_pdf/-char/ja
早期診断と適切な治療開始が予後を左右する重要な要因であり、症状が出現したら速やかに整形外科を受診することが推奨されます。リハビリテーションの継続と日常生活での姿勢管理を徹底することで、多くの患者が良好な回復経過をたどることができます。