クロロキンとヒドロキシクロロキンの違い

クロロキンとヒドロキシクロロキンの違い

この記事のポイント
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化学構造の違い

ヒドロキシクロロキンはクロロキンの側鎖末端にヒドロキシル基が付加され、N-エチル基のβ位が水酸化された構造を持つ

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薬物動態と安全性

ヒドロキシクロロキンは消化管からの吸収が速やかで腎臓からの排泄も速く、毒性が低い

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適応症の違い

クロロキンは日本で使用中止、ヒドロキシクロロキンは全身性エリテマトーデスや皮膚エリテマトーデスに使用可能

クロロキンとヒドロキシクロロキンの化学構造と薬物動態

クロロキンとヒドロキシクロロキンは、いずれも4-アミノキノリン類に分類される薬剤で、構造的に非常に類似しています。両者とも親脂質性の二酸塩基の弱塩基であり、pKa、LogP、LogD値も似通っています。ヒドロキシクロロキン(HCQ)は、クロロキンの側鎖末端にヒドロキシル基が付加された構造をしており、具体的にはN-エチル基のβ位が水酸化されています。

参考)ヒドロキシクロロキン – Wikipedia


薬物動態の面では、ヒドロキシクロロキンはクロロキンと同様の特性を持ちますが、消化管からの吸収がより速やかで、腎臓からの排泄も速いという特徴があります。ヒドロキシクロロキンはシトクロムP450酵素(CYP 2D6、2C8、3A4、3A5)で代謝され、N-脱エチルヒドロキシクロロキンとなります。体内では高い組織親和性を持ち、特に肝臓、脾臓、腎臓、肺、心臓などの組織に広く分布します。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cra/36/3/36_154/_pdf/-char/ja


ヒドロキシクロロキンとクロロキンの構造と薬理作用の詳細(PMDA資料)
生物学的半減期については、一般的に40〜50日とされていますが、最近の研究では約5日とする報告もあります。外国人成人におけるヒドロキシクロロキン単回経口投与の結果では、終末相の消失半減期は全血で約50日、血漿で32日であり、投与後120日で定常状態の91%に達すると推定されています。この長い半減期により、薬剤が体内で安定して蓄積されることが慢性的な疾患管理において有用となります。

参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2015/P20150618003/780069000_22700AMX00692000_KJ100_1.pdf

クロロキンとヒドロキシクロロキンの適応症と使用状況

クロロキンとヒドロキシクロロキンは、もともとマラリアの治療や予防のために開発された薬剤です。クロロキンは塩基性キノリン化合物の1種で、その構造は天然の抗マラリア薬であるキニーネに類似しています。日本では1955年頃から使用され、マラリア以外にも慢性腎炎てんかんなどに効果があるとされましたが、実際はこれらに対して何ら効果はありませんでした。

参考)クロロキン


一方、ヒドロキシクロロキンは、全身性エリテマトーデス(SLE)、皮膚エリテマトーデス(CLE)、関節リウマチなどの自己免疫疾患に対して世界各国で広く使用されています。戦時中にマラリア予防のために兵士に内服させたところ、関節炎を持っていた兵士でその症状が改善されたというエピソードがあり、このことからSLEだけでなくリウマチをはじめとする自己免疫性疾患に広く応用が可能であることが明らかになりました。

参考)ヒドロキシクロロキン(プラケニルhref=”http://www2.med.teikyo-u.ac.jp/rheum/disease/hcq.html” target=”_blank”>http://www2.med.teikyo-u.ac.jp/rheum/disease/hcq.htmlamp;reg;)|帝京大学医学部…


ヒドロキシクロロキンの適応症と使用方法の詳細(帝京大学医学部)
日本では2015年7月にヒドロキシクロロキンがCLEとSLEの適応症として承認されました。CLEでは、局所治療が不十分な限局性病変や、重症または広範囲に分布する病変に第一選択として推奨されます。SLEでは、皮膚症状、全身症状、筋骨格系症状などへの使用が推奨され、疾患活動性の低下にとどまらず、再発の予防、生存期間の延長、不可逆な臓器障害の防止、抗血栓症効果などの可能性が報告されています。

参考)医療用医薬品 : プラケニル (プラケニル錠200mg)

クロロキン網膜症と日本での使用中止の経緯

クロロキンの最も重大な副作用として、クロロキン網膜症が知られています。1959年にクロロキン網膜症という重篤な副作用が報告され、クロロキンの長期投与により眼底黄斑が障害され、網膜血管が細くなり視野が狭くなってしまうことが明らかになりました。クロロキン網膜症には治療法がなく、薬の服用を中止しても視覚障害が進行するという深刻な問題がありました。

参考)クロロキン – Wikipedia


日本でのクロロキン網膜症患者は1,000人以上に及びました。アメリカでの報告や警告があったにもかかわらず、当時の厚生省が情報公開や製薬会社に対する指導など適切な対応をとらなかったために被害を拡大するという、他の薬害事件と同じような経過をたどりました。日本では、間違った用量でクロロキンを使用していたため失明患者が続出し、使用中止となったのです。

参考)マラリアの薬がリウマチに効く!生物製剤と比較し治療の経済的負…


クロロキン網膜症事件の詳細(日本臨床整形外科学会)
クロロキン網膜症患者とその家族は製薬会社、国、医師、医療機関を相手取って訴訟を起こしましたが、最高裁判所は国家賠償法に基づく国の賠償責任を認めませんでした。この痛ましい薬害の歴史があったため、日本ではクロロキンの使用が中止され、より安全性の高いヒドロキシクロロキンの有用性が見直されることになりました。​

ヒドロキシクロロキン網膜症のリスク管理と定期検査

ヒドロキシクロロキン(商品名プラケニル)も、副作用としてヒドロキシクロロキン網膜症を引き起こす可能性があります。黄斑部の網膜が薄くなり、視野が狭くなる、色の判別がつきにくくなる、視力が低下するといった症状が現れることがあります。しかし、適切な用量を守り定期的な眼科検査を行っていれば、臨床的に問題となることは稀です。

参考)クロロキン網膜症|盛岡市のたかはし眼科


2004年から2020年に実施された米国の研究では、ヒドロキシクロロキンを5年以上投与された患者3325例中81例(2.4%)がヒドロキシクロロキン網膜症を発症し、そのうち軽症56例、中等症17例、重症8例でした。投与後10年以内に網膜症を発症した症例は2.5%、15年では8.6%でした。1日の内服量別の発症頻度は、体重1キロ当たり6mgを超えると21.6%、5〜6mgで11.4%、5mg以下で2.7%でした。

参考)ヒドロキシクロロキン網膜症


ヒドロキシクロロキン網膜症のスクリーニング指針(日本眼科医会)
ヒドロキシクロロキン網膜症のリスクが高いとされる方には、以下のような条件があります:

参考)プラケニル眼科外来-クロロキン網膜症 – 王子さくら眼科|北…

  • 1日に飲むプラケニルが一定量を超えた方
  • 肝臓や腎臓に持病がある方
  • プラケニル服用以前から眼に疾患がある方
  • プラケニル服用後、検査にて異常が発見された方
  • SLE網膜症の方
  • ご高齢の方

プラケニルの服用を開始する前に検査を行い、その後は半年から1年に1度は検査を受けることが推奨されます。腎機能障害や肝機能障害のある患者、累積投与量が200gを超えた患者(1日200mg内服なら3年)、視力障害のある患者、高齢者では特に注意が必要です。​

クロロキンとヒドロキシクロロキンの毒性と安全性の比較

クロロキンとヒドロキシクロロキンの最も重要な違いは、毒性と安全性のプロファイルです。ヒドロキシクロロキンは、クロロキンに比べて毒性が低く、より安全に使用できることが知られています。この安全性の違いが、日本でヒドロキシクロロキンが承認された主な理由の一つとなっています。​
ヒドロキシクロロキンの副作用として、低用量・短期間の使用では副作用は少ないとされていますが、下痢、頭痛、発疹などがあらわれることがあります。重大な副作用としては、眼や鼻や外陰部などの粘膜ただれ(中毒性表皮壊死融解症、Stevens-Johnson症候群)、部分的な視野の喪失や色覚異常など眼の障害(網膜症、黄斑症、黄斑変性)、皮疹や水ぶくれ、発熱や感染症、脈拍や心電図の異常、心筋症、脱力(ミオパチー、ニューロミオパチー)、低血糖、肝機能障害などが報告されています。

参考)抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」の購入は品質保証の海外個…


ヒドロキシクロロキン適正使用の手引き(日本リウマチ学会・日本皮膚科学会)
使用上の注意として、網膜症や黄斑症のある方は使用できません。肝臓病、腎臓病、胃腸障害などの持病がある方、妊娠中、授乳中の方、高齢者は慎重な服用が必要です。糖尿病治療薬(インスリンなど)との併用にも注意が必要で、6歳未満の小児への使用は禁忌とされています。腎機能の低下した患者においては用量調整が必要です。​
日本リウマチ学会と日本皮膚科学会が合同で作成した適正使用の手引きでは、エリテマトーデスの治療経験をもつ医師が、網膜障害に対して十分に対応できる眼科医と連携のもとに使用するべきであると明記されています。WHOの指定する必須医薬品の一つでもあるヒドロキシクロロキンは、適切な使用と定期的なモニタリングにより、クロロキンに代わる安全な治療選択肢として確立されています。

参考)https://www.ryumachi-jp.com/info/guideline_hcq.pdf