痛覚過敏とアロディニアの違い
痛覚過敏とアロディニアの定義
痛覚過敏(hyperalgesia)は、通常痛みを引き起こす刺激に対して、本来の刺激以上に強い痛みが生じてしまう状態を指します。国際疼痛学会による定義では「通常痛みを引き起こす刺激からの痛みが増した状態」とされています。一方、アロディニア(allodynia)は「通常では疼痛をもたらさない微小刺激が、すべて疼痛としてとても痛く認識される感覚異常」であり、異痛症とも呼ばれます。つまり痛覚過敏は閾値は変わらないものの痛みの強度が増す症状で、アロディニアは痛みの閾値が下がり普段は痛みとして感じない弱い刺激でも痛みを感じる症状です。
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刺激の種類によってアロディニアはさらに分類されます。末梢神経でAδ線維とC線維の疼痛閾値低下による静的アロディニアは軽く圧迫しただけでも痛む場合を指し、障害部位に限局します。一方、Aβ線維における伝導路の変異による動的アロディニアは指でなぞるような刺激で痛みが生じる場合を指し、障害部位に限局せず広範囲に及びます。これらの分類は感覚を引き起こす感覚モダリティ(触覚、圧迫、針でつつく、冷たい、熱い)によって区別されています。
痛覚過敏とアロディニアの症状の違い
痛覚過敏では侵害刺激に対して感作が生じているため、どんなに軽微な侵害刺激でも本来の刺激以上に強い痛みが生じます。例えば外傷を受けた直後の皮膚などで刺激を受けると外傷前よりも痛むといった、一般的にみられる過敏性の反応がこれに該当します。刺激の強さに対して痛み感覚の強さの応答が、弱い刺激に対して正常より強く感じるのが痛覚過敏です。
対照的にアロディニアでは、皮膚に触覚刺激や軽い圧刺激など普通痛みを起こさないような非侵害刺激が加わっただけでも痛みを生じてしまいます。具体的には衣服や寝具が触れる、風が当たるなど軽微な刺激でも痛みを感じたりします。エアコンの風に当たるだけでも痛く、少し皮膚に触れるだけでも飛び上がるほどの苦痛を訴えるケースも報告されています。この症状は痛覚神経ではない他の神経(例えば触覚神経)からの信号が痛みの信号として伝わってしまうことが関係していると考えられています。
痛覚過敏とアロディニアはしばしば混同されますが、刺激の種類と痛みの感じ方において明確な違いがあります。痛覚過敏は侵害刺激で「ものすごく痛い」と感じるのに対し、アロディニアは非侵害刺激ですら「すごく痛い」と感じる点が特徴的です。
痛覚過敏とアロディニアの原因と発症メカニズム
痛覚過敏とアロディニアの発症には神経系の過敏性や持続興奮の発現が関与しています。神経障害性疼痛の患者では自発痛、アロディニア、痛覚過敏などの症状が共通しており、原因が異なっても類似した症状が現れます。神経障害性疼痛は「体性感覚神経系の病変や疾患によって起こる疼痛」と定義され、一般人口の約7%、中高齢者の14%が罹患しているとされます。
アロディニアの背景には複数の要因が複雑に絡み合っています。痛みを伝える神経が何らかの原因で過敏な状態になっているため、通常は「触られた」という感覚として処理されるはずの軽い刺激が、過敏になった神経を介して「痛い」という信号として脳に伝わってしまいます。また脳や脊髄といった中枢神経系の痛みを処理する回路の混乱も関与しています。末梢感作と不適応な中枢変化が、アロディニアと痛覚過敏の異なるサブタイプにおける別々のメカニズムによってこれらの反応の生成と維持に関係しています。
参考)302 Found
原因疾患としては、アロディニアは帯状疱疹後疼痛、片頭痛などの痛みのメカニズムとして注目されており、線維筋痛症の痛みとの関連も議論されています。抗がん剤治療の副作用、例えばビンクリスチンやパクリタキセルやシスプラチンの投与によってアロディニアを発症する場合があることも明らかになっています。神経障害性疼痛の患者の15-50%にアロディニアと痛覚過敏症が見られるとの報告もあります。
痛覚過敏とアロディニアの診断方法
痛覚過敏とアロディニアの診断では、患者自身の体験である疼痛を評価することが中心となりますが、医師などの他人が採血などで評価することは困難です。そのため患者の痛みの質や強さを把握するために、さまざまな痛みの評価法が編み出されて使用されています。
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痛みの評価法には数字や絵などによる評価、言葉を用いた評価、質問紙法による評価などがあります。物差しのようなものを使って評価する方法と言葉による評価は比較的簡単なので幅広く使われています。神経障害性疼痛の評価には神経障害性痛スクリーニングツール(簡易調査票)などが使用されます。
臨床での診察では、感覚モダリティ(触覚、圧迫、針でつつく、冷たい、熱い)による分類が重要となります。静的アロディニアでは軽い圧迫刺激、動的アロディニアでは皮膚をなぞる刺激に対する反応を確認します。痛みの強さと緩和は臨床の痛み研究における重要な測定値ですが、痛みの複雑な経験を捉えるには十分ではないため、アロディニアと痛覚過敏症をより良く理解することが神経障害性疼痛の根幹である病態生理への手がかりを与えます。
痛覚過敏とアロディニアの治療法と対処法
痛覚過敏とアロディニアを含む神経障害性疼痛に対する治療では、薬物療法が最も確立した治療法とされています。日本ペインクリニック学会から発行された神経障害性疼痛薬物療法ガイドラインでは、第一選択薬として複数の神経障害性疼痛の病態に対して有用性が確立している薬剤が推奨されています。
具体的な薬物療法としては、侵害受容性疼痛にはアセトアミノフェンや一般的な消炎鎮痛薬以外に、ステロイドやオピオイド鎮痛薬が用いられます。神経障害性疼痛には抗うつ薬や神経障害性疼痛治療薬、オピオイド鎮痛薬を用います。ただしモルヒネなどオピオイド鎮痛薬を長期間投与すると痛みの増強(痛覚過敏)が生じることがあり、臨床的に大きな問題となっています。
参考)脊髄ミクログリアに発現するモルヒネ誘発性痛覚過敏の原因分子を…
薬物療法以外の治療法として、脊髄刺激療法があります。これは脊椎硬膜外腔から脊髄後方(後索)を電気刺激することで疼痛軽減を得る治療法で、脊椎手術後の難治性疼痛や幻肢痛、複合性局所疼痛症候群、帯状疱疹後神経痛、糖尿病性神経障害などの末梢神経性の神経障害性疼痛に適応されます。痛みが半減して満足が得られれば成功とされ、痛みの軽減により内服薬の減量や睡眠障害の改善、通院回数の軽減などの日常生活障害の改善が期待されます。
ストレス管理も重要な対処法です。真面目、几帳分、完璧主義などの性格とアロディニアの間には強い相関が見られ、この過敏な性格の人に心労や人間関係などの社会的なストレスがかかるとドパミンの分泌が減少しアロディニアを発症しやすくなると考えられています。慢性的な睡眠不足や運動不足もドパミン神経回路を疲弊させる要因となります。
日本ペインクリニック学会の詳細情報:日本ペインクリニック学会公式サイトでは、痛みのしくみや治療に関する専門的な情報が提供されています。
痛覚過敏における脳内メカニズムと最新研究
痛覚過敏のメカニズムに関する最新研究では、脊髄ミクログリアの役割が注目されています。九州大学大学院歯学研究院の研究グループは、脊髄ミクログリアに特異発現するBKチャネルα/β3サブタイプがモルヒネなどオピオイド鎮痛薬の長期間使用による痛覚過敏の原因分子であることを同定しました。モルヒネの連日投与がμオピオイド受容体を介し、このBKチャネルを活性化することが発見されています。
このBKチャネルの活性化はミクログリア細胞内で一連のイオン環境変化を引き起こし、最終的に神経伝達を促進する働きをもつ脳由来神経栄養因子(BDNF)を分泌させ、痛みの神経伝達を増強することが明らかになりました。この発見により、より安全で副作用の少ないモルヒネの使用が可能となるように、BKチャネルα/β3サブタイプに選択的な阻害剤の開発が進められています。
セロトニン系神経の機能低下も痛覚過敏に関与しています。セロトニン系は脊髄後角に通じており、内因性に痛覚をコントロールする重要な役目を担っています。ストレスや不規則な生活によるものや、もともとの特性としてセロトニン系神経機能が崩れやすい方は、内因性の鎮痛機能が働かず、些細な刺激に痛がることがあります。このため軽く触れただけでもものすごく痛がるといった症状が現れることがあります。
脊髄後角シナプス伝達の可塑性変化も重要な研究テーマです。末梢組織の炎症による脊髄後角シナプス伝達の可塑性変化のメカニズムに関する研究では、痛覚過敏やアロディニア誘発物質の作用点について検討が進められています。接触感覚刺激による治療で痛覚過敏とアロディニアの改善を得た症例も報告されており、理学療法的アプローチの有効性も示唆されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/48a8714c3c1f556d619768aef6ff178c29911d41
モルヒネ誘発性痛覚過敏研究の詳細:日本医療研究開発機構(AMED)のプレスリリースでは、脊髄ミクログリアに発現する痛覚過敏の原因分子に関する研究成果が公開されています。