放射性ヨウ素とヨウ化カリウムの関係と内部被曝予防効果

放射性ヨウ素とヨウ化カリウムの関係

📋 この記事のポイント
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放射性ヨウ素の甲状腺蓄積

原発事故で放出された放射性ヨウ素は甲状腺に選択的に集積し、内部被曝の原因となります

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ヨウ化カリウムの防護効果

安定ヨウ素剤は甲状腺を飽和させることで放射性ヨウ素の取り込みを防ぎます

服用タイミングの重要性

被曝前24時間以内または直後の服用で90%以上の防護効果が得られます

放射性ヨウ素が甲状腺に集積するメカニズム

甲状腺はホルモン合成に必要なヨウ素を選択的に取り込む性質があります。この取り込みシステムは、栄養素としてのヨウ素と放射性ヨウ素を区別できません。原子力発電所事故などで環境中に放出された放射性ヨウ素(主にヨウ素131)は、呼吸や飲食を通じて体内に入ると血液中に移行し、その約10~30%が甲状腺に蓄積されます。

参考)甲状腺と「放射性ヨウ素」の関係|放射線医学県民健康管理センタ…


体内に取り込まれた放射性ヨウ素の生物学的半減期は年齢によって異なり、乳児で約11日、5歳児で23日、成人では80日程度です。甲状腺に蓄積された放射性ヨウ素は、放射線を連続的に放出し続けるため、甲状腺組織への内部被曝が長期間にわたって継続します。特に子どもは甲状腺の重量が小さく、単位質量あたりの被曝線量が大きくなるため、甲状腺がん発症のリスクが高まります。

参考)https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201902_SYUNINSYA_ITO.pdf


チェルノブイリ原発事故では、汚染地域で小児甲状腺がんが急増し、放射性ヨウ素が甲状腺がんの原因であることが確認されました。福島第一原発事故においても、放射性ヨウ素を含む放射性物質が広範囲に拡散したことから、住民の甲状腺への影響が懸念されました。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3395030/

ヨウ化カリウムによる内部被曝予防の原理

ヨウ化カリウムは安定ヨウ素剤として、放射性ヨウ素による甲状腺の内部被曝を予防・低減する効果があります。この予防効果の原理は、事前に大量の安定ヨウ素(放射線を出さないヨウ素)を服用することで甲状腺を飽和状態にし、その後体内に入ってくる放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを競合的に阻害することにあります。

参考)医療用医薬品 : ヨウ化カリウム (ヨウ化カリウム丸50mg…


具体的には、ヨウ化カリウムを服用すると、安定ヨウ素が血液中に高濃度で存在し、甲状腺に優先的に取り込まれます。これにより甲状腺のヨウ素受容体が飽和状態となり、後から入ってくる放射性ヨウ素は甲状腺に取り込まれず、尿中に排泄されます。この防護効果により、甲状腺への放射線被曝を90%以上減少させることができ、甲状腺がんの発生予防が期待できます。

参考)http://www.doyaku.or.jp/guidance/data/H24-1.pdf


ただし、ヨウ化カリウムの効果は放射性ヨウ素に対してのみ有効であり、セシウムなどのヨウ素以外の放射性物質には効果がありません。また、希ガス等による外部被曝や甲状腺以外の臓器の内部被曝に対しても予防効果はありません。

参考)原子力災害に備える「ヨウ化カリウム」 〜やりすぎ?防災シリー…

放射性ヨウ素による甲状腺がんのリスク評価

放射線による甲状腺がん発症のリスクは、線量依存性を示すことが疫学研究で明らかになっています。広島・長崎の原爆被爆者の調査では外部被曝、チェルノブイリ原発事故では放射性ヨウ素の内部被曝が、いずれも100ミリシーベルト以上から徐々に有意となり、線量が高いほど甲状腺がんの罹患率が上昇することが確認されています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/3/104_593/_pdf


チェルノブイリ事故後、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア西部では大量の放射性ヨウ素が大気中に放出され、特に汚染された牛乳を摂取した子どもたちの間で甲状腺がんが急増しました。事故後4~5年から小児甲状腺がんの増加が観察され始め、被曝時に子どもや青少年だった人々の中で4,000人以上が甲状腺がんを発症しました。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7813882/


福島第一原発事故においても、放射性ヨウ素131が環境中に放出され、事故直後の避難住民62人中46人の甲状腺からヨウ素131が検出されました。その後実施された甲状腺超音波検査では、事故当時18歳以下だった住民において、がん登録からの予想発症数と比較して数十倍の甲状腺がん検出率が報告されています。

参考)https://www.mdpi.com/2072-6694/15/18/4583/pdf?version=1694771601


ただし、動物実験においても、放射線被曝後の牛の甲状腺では重量の減少と安定ヨウ素の低下が観察されており、放射性ヨウ素の内部被曝が甲状腺機能に影響を与えることが確認されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9758204/

服用タイミングと効果の時間依存性

ヨウ化カリウムの防護効果は、服用するタイミングに大きく左右されます。最も高い防護効果が得られるのは、放射性ヨウ素に暴露される24時間前に服用した場合で、甲状腺への取り込みを90%以上抑制できます。暴露と同時に服用した場合でも約90%の抑制効果が期待できます。

参考)バセドウ病の治療でヨウ化カリウムはなぜ利用される?作用や注意…


しかし、服用が遅れるほど効果は急激に低下します。放射性ヨウ素を吸入してから8時間後の服用では防護効果は約40%まで低下し、16時間以降の服用ではほとんど効果がなくなります。さらに24時間後の服用では、抑制効果はわずか7%程度まで下がってしまいます。​
このような時間依存性から、原子力災害が発生した際には、できるだけ早期にヨウ化カリウムを服用することが極めて重要です。福島第一原発事故時には、対象地域で実際に安定ヨウ素剤の配布が行われましたが、服用のタイミングや指示の遅れが課題として指摘されました。

参考)原発事故と甲状腺がん


なお、効果の持続時間は約24時間程度とされているため、長期間にわたって放射性ヨウ素への暴露が続く場合には、追加投与が必要となる場合があります。

参考)ヨウ化カリウム(ヨウ化カリウム) href=”https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/potassium-iodide/” target=”_blank”>https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/potassium-iodide/amp;#8211; 内分泌疾患…

年齢別の用量と服用方法の違い

ヨウ化カリウムの服用量は、年齢によって細かく設定されています。これは、甲状腺の大きさや放射線感受性が年齢によって大きく異なるためです。

参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00058452.pdf


具体的な用量は以下のように定められています。13歳以上の成人には1回100mg(ヨウ化カリウム丸50mg を2丸)、3歳以上13歳未満の小学生世代には1回50mg(丸剤1丸)、生後1ヶ月以上3歳未満の乳幼児には1回32.5mg(ゼリー剤32.5mgを1包、または16.3mgを2包)、生後1ヶ月未満の新生児には1回16.3mg(ゼリー剤16.3mgを1包)となっています。

参考)https://www.nra.go.jp/data/000396856.pdf

年齢区分 ヨウ素として ヨウ化カリウム製剤
新生児(生後1ヶ月未満) 12.5mg ゼリー剤16.3mg×1包
生後1ヶ月以上3歳未満 25mg ゼリー剤32.5mg×1包
3歳以上13歳未満 38mg 丸剤50mg×1丸
13歳以上 76mg 丸剤50mg×2丸

参考)https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/kyougikai/pdf/05_takahama_shiryou29_3.pdf


服用方法については、通常は食後に水またはぬるま湯で服用することが推奨されています。これは、空腹時に服用すると胃腸への負担を感じる場合があるためです。ただし、緊急時には食事のタイミングにこだわらず、速やかに服用することが優先されます。​
小さな子どもや嚥下困難な場合には、丸剤を砕いて水に溶かして服用することも可能です。新生児や乳児向けにはゼリー剤が用意されており、より服用しやすい剤形となっています。​

副作用と使用上の注意点

ヨウ化カリウムには様々な副作用が報告されており、使用には十分な注意が必要です。一般的な副作用としては、発疹などの過敏症状、悪心・嘔吐・胃痛・下痢といった消化器症状、口腔や咽喉の灼熱感、金属味覚などがあります。まれに唾液腺の腫れや甲状腺機能低下症を引き起こすこともあります。​
特に注意が必要なのは、長期間使用した場合に現れる「エスケープ現象」です。これはヨウ化カリウムの効果が徐々に弱まる現象で、甲状腺がヨウ素過剰状態に適応してしまうために起こります。そのため、原子力災害時の一時的な予防目的以外での長期使用は推奨されません。​
他の薬剤との相互作用にも注意が必要です。エプレレノンなどのカリウム保持性利尿剤やカリウム含有製剤と併用すると、高カリウム血症を起こすリスクが高まります。また、リチウム製剤や抗甲状腺薬と併用すると、相加的に甲状腺機能低下作用が増強される可能性があります。ACE阻害剤アンジオテンシンII受容体拮抗剤との併用でも高カリウム血症のリスクが上昇します。​
妊娠中や授乳中の使用については慎重な判断が求められます。胎児や乳児の甲状腺機能に影響を与える可能性があるため、利益とリスクを十分に検討した上で、医師の指示のもとで使用する必要があります。​
また、日本人は海藻類などから日常的にヨウ素を多く摂取しているため、ヨウ化カリウムとの併用で総ヨウ素量が過剰になり、甲状腺機能異常につながる恐れもあります。ビタミンやミネラルのサプリメントにもヨウ素が含まれる場合があるため、服用している薬や健康食品の情報を医療従事者に正確に伝えることが重要です。​

原子力災害時における安定ヨウ素剤の配備と備蓄体制

日本では原子力発電所周辺地域を中心に、原子力災害に備えた安定ヨウ素剤の事前配布や備蓄が進められています。原子力規制委員会のガイドラインに基づき、原発から概ね5km圏内の住民には事前配布が、5~30km圏内では備蓄と緊急時の配布体制が整備されています。

参考)日医工の安定ヨウ素剤、備蓄しやすく 使用期限3年から5年に …


安定ヨウ素剤の使用期限についても改善が図られており、日医工が製造するヨウ化カリウム丸は、長期保存試験を経て厚生労働省の承認を得て、使用期限が従来の3年から5年へ延長されました。この延長により、自治体の備蓄コストの削減と管理負担の軽減が期待されています。​
福島第一原発事故の教訓から、服用のタイミングや住民への情報伝達の重要性が再認識されました。事故当時、政府は放射性ヨウ素の被害を予防するためにヨウ素剤を飲むよう指示することになっていましたが、実際の配布や服用指示には課題が残りました。​
個人で安定ヨウ素剤を備えることについては、インターネット上の個人輸入サイトで購入可能ですが、医学的知識なしでの安易な服用は推奨されません。適切な服用タイミングや用量、副作用への対応など、専門的な判断が必要であるため、原則として自治体や医療機関の指示に従うことが重要です。​
WHO「放射線緊急時における甲状腺防護のためのヨウ化カリウムの使用」ガイドライン(国立医薬品食品衛生研究所)- 安定ヨウ素剤の使用基準と服用タイミングに関する国際的な指針

バセドウ病治療におけるヨウ化カリウムの医療応用

ヨウ化カリウムは、原子力災害時の甲状腺防護だけでなく、バセドウ病などの甲状腺疾患の治療薬としても活用されています。バセドウ病は甲状腺ホルモンが過剰に分泌される自己免疫疾患で、動悸、体重減少、手の震えなどの症状を引き起こします。​
バセドウ病治療におけるヨウ化カリウムの作用メカニズムは、原子力災害時の予防とは異なります。治療においては、過剰なヨウ素が甲状腺ホルモンの合成を一時的に抑制する「ウォルフ・チャイコフ効果」を利用します。これにより、甲状腺ホルモンの急激な放出を抑え、症状の改善を図ります。​
また、放射性ヨウ素内用療法を受けるバセドウ病患者においても、ヨウ化カリウムが重要な役割を果たします。治療前にヨウ化カリウムを投与することで甲状腺の血流を減少させ、手術リスクを低減する効果があります。一方で、放射性ヨウ素内用療法では、治療効果を高めるために事前にヨウ素制限を行う場合もありますが、日本のようにヨウ素摂取量が多い地域では、ヨウ素制限期間が治療成功率にあまり影響しない可能性も報告されています。

参考)ヨウ素摂取量が多い地域におけるバセドウ病放射性ヨウ素内用療法…


ヨウ化カリウムは慢性甲状腺炎や甲状腺機能低下症の治療、さらには慢性気管支炎や喘息に伴う喀痰喀出困難の治療にも用いられることがあります。用量は疾患や症状によって異なり、通常成人では1日0.1~0.5gを3~4回に分けて経口投与します。​
日本薬学会「ヨウ素131-Radioimmunotherapyにおける甲状腺ブロックとしてヨウ化カリウムとリオチロニンナトリウムを使用した経験」- バセドウ病の放射性ヨウ素治療における甲状腺防護の実例