杆体と錐体の違い
杆体の視物質ロドプシンと錐体のフォトプシン
網膜に存在する視細胞である杆体と錐体は、それぞれ異なる視物質を持っています。杆体細胞にはロドプシンという視物質が含まれており、このタンパク質は光を受容する色素タンパク質として機能します。一方、錐体細胞にはフォトプシンという視物質が含まれ、光の波長に応じて異なる反応を示します。
参考)視細胞 – 脳科学辞典
ロドプシンは、アポタンパク質と発色団レチナールから構成されており、レチナールが光を吸収することで異性化し、タンパク質部分の構造変化を起こします。この構造変化がGタンパク質を介して細胞内シグナル伝達系を駆動し、視覚情報として脳に伝達されます。杆体の外節と呼ばれる光受容に特化した領域には、円盤膜と呼ばれるパンケーキ状の膜構造があり、ロドプシンはこの膜構造の中に大量に埋め込まれて存在しています。
錐体細胞のフォトプシンは、特定の波長の光に反応する性質を持ち、色彩を区別する機能を担っています。錐体には短波長に感度のピークを持つS錐体(約440nm)、中波長に感度のピークを持つM錐体(約540nm)、長波長に感度のピークを持つL錐体(約560nm)の3種類が存在します。これら3種類の錐体が協働することで、人間は幅広い色彩を認識できるのです。
参考)視覚の基礎
杆体と錐体の光に対する感度の違い
杆体と錐体の最も顕著な違いは、光に対する感度の差です。杆体の光に対する感度は、錐体と比べて100~1000倍ほど高いことが研究で明らかになっています。コイを用いた実験では、錐体の感度は杆体の100~1000分の1であることが示されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/48/2/48_2_102/_pdf
この感度の違いにより、錐体は明るいところでものを見るとき(明所視)に働き、杆体は暗いところでものを見るとき(暗所視)に働きます。杆体細胞は光に対する感度が高いため、暗い場所でも光を感知することができますが、逆に錐体細胞は暗い場所では機能が落ちてしまいます。
参考)https://mh.rgr.jp/memo/mz0384.htm
杆体が高感度である理由として、視物質によるトランスデューシン(Gタンパク質)の活性化効率が錐体よりも高いことが挙げられます。実際、杆体の視物質ロドプシンは、1分子あたり後続のGタンパク質をより多く活性化することができます。さらに、ロドプシンは光刺激なく活性化(熱活性化)する効率が小さいため、暗ノイズを極力抑えることができ、わずかな光刺激を正確に検出できます。
杆体と錐体の応答時間と機能の差異
杆体と錐体の光に対する応答の仕方には、持続時間の違いがあります。閃光刺激を与えた後の応答を記録すると、杆体の応答はしばらく持続するのに対して、錐体では速やかに応答が終息することが観察されています。
応答の持続時間は錐体の方が短いため、錐体が働く明るい光環境下では、高い時間分解能で光刺激の変化を検出できます。この特性により、動く物体を追跡したり、素早い動きを認識したりすることが可能になります。錐体と杆体では応答形成に関わる酵素の多くについて、杆体では杆体型、錐体では錐体型の酵素が発現しており、応答形成に関わる酵素反応の速度・効率が異なります。
錐体細胞はものをはっきり見る機能と色を感じる機能をもち、主に黄斑部に存在しています。黄斑部の中心窩には錐体細胞が密集しており、この密集により解像力が高められています。応答を停止させる反応の効率は、錐体の方が高いため、連続的な光刺激に対しても迅速に対応できます。
参考)暗順応について|広辻眼科
杆体と錐体の網膜における分布の違い
網膜における杆体と錐体の分布パターンは大きく異なります。人間の網膜には杆体が約1億2000万個、錐体が約600万から700万個存在しており、それらが網膜上にモザイク状に分布しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1978/47/1/47_1_68/_pdf
錐体細胞は黄斑に集中して分布し、盲斑には存在しません。特に黄斑の中心窩と呼ばれる小さな窪みに錐体細胞が集中して存在しており、まっすぐに入ってきた光を受容することで、色づいたものとして認識することができます。中心窩における錐体視細胞は約2μmの距離で隣り合っていますが、中心窩を10º離れると錐体視細胞間の距離は10μmになり、密度が大幅に低下します。
一方、杆体細胞は基本的に網膜全体に分布しており、黄斑と盲斑には存在しません。杆体細胞が網膜全体に分布しているため、様々な角度から入ってくる弱光を認識することができます。杆体細胞は錐体細胞よりもはるかに数が多く、主に網膜の周縁部に集まっていて、像を鮮明に見る働きはありませんが、周辺視野の機能を担っています。
参考)https://www.try-it.jp/chapters-15447/sections-15448/lessons-15474/point-3/
杆体と錐体の暗順応における役割
暗い場所に入ったときの目の適応過程である暗順応において、杆体と錐体は異なる役割を果たします。暗がりに長い間いると不思議と目が慣れてきてぼんやりでも見えるようになる現象が暗順応です。
参考)https://www.try-it.jp/chapters-15447/sections-15448/lessons-15479/point-3/
暗闇に移行した直後からロドプシンは少しずつ合成され始めます。錐体細胞は暗闇移行直後から働き、感度上昇が見られます。実験開始からの約7分間で感度の上昇が見られるのは、錐体細胞の感度上昇が起こっているためです。部屋が暗くなった直後から錐体細胞は働いており、錐体細胞の感度が上昇したために、認識できる最小光強度が減少します。
約7分後には杆体細胞が働き始め、さらなる感度上昇が見られます。杆体細胞は明暗の反応に長けており、トンネルの中など暗がりでも「目が利く」ようになるのは杆体細胞のおかげです。ただし、はっきりとした見え方ではなく、色もモノトーン調に感じるのは、杆体細胞が色を感じる機能をもっていないためです。
脳科学辞典の視細胞ページでは、杆体と錐体の応答形成メカニズムや光応答の詳細について、より専門的な情報が提供されています。
日本生物物理学会誌の論文には、錐体と杆体の光応答の違いに関する研究データが掲載されており、感度差や応答持続時間の違いについて実験結果が示されています。