クラウジウス・クラペイロンの式の導出と応用

クラウジウス・クラペイロンの式の導出

この記事で学べること
🔬

化学ポテンシャルからの理論展開

ギブズ自由エネルギーと化学ポテンシャルの等価性を利用した数式の段階的導出プロセスを理解できます

⚖️

相平衡の熱力学的条件

二相共存状態における化学ポテンシャルの等価性と、その微分による関係式の導出方法を学べます

💡

気液平衡への応用例

蒸気圧曲線の理論式や沸点の圧力依存性など、実際の化学現象への適用方法がわかります

クラウジウス・クラペイロンの式の化学ポテンシャルを用いた導出

クラウジウス・クラペイロンの式の導出は、二相平衡における化学ポテンシャルの等価性から始まります。温度TTT、圧力PPPにおいて二相α、βが平衡にあるとき、両相の化学ポテンシャルμ(T,P)\mu(T, P)μ(T,P)は互いに等しくなります。この関係はμ(α)(T,P)=μ(β)(T,P)\mu^{(\alpha)}(T, P) = \mu^{(\beta)}(T, P)μ(α)(T,P)=μ(β)(T,P)と表現され、純物質の場合、化学ポテンシャルは1molあたりのギブズ自由エネルギーGGGに等しいため、G(α)(T,P)=G(β)(T,P)G^{(\alpha)}(T, P) = G^{(\beta)}(T, P)G(α)(T,P)=G(β)(T,P)が成立します。

参考)http://www.ide.titech.ac.jp/~kandalab/ja/lecture/glossary/clap-clau_eq.pdf


温度をTTTからT+ΔTT + \Delta TT+ΔTに、圧力をPPPからP+ΔPP + \Delta PP+ΔPに変化させても平衡が維持されるとき、この等式が保たれます。この状態をテイラー展開し、2次以降の微小項を無視すると、以下の関係が得られます。

参考)Clausius-Clapeyronの式の導出など – 熱力…


G(α)(T,P)+(G(α)T)PdT+(G(α)P)TdP=G(β)(T,P)+(G(β)T)PdT+(G(β)P)TdPG^{(\alpha)}(T, P) + \left(\frac{\partial G^{(\alpha)}}{\partial T}\right)_P dT + \left(\frac{\partial G^{(\alpha)}}{\partial P}\right)_T dP = G^{(\beta)}(T, P) + \left(\frac{\partial G^{(\beta)}}{\partial T}\right)_P dT + \left(\frac{\partial G^{(\beta)}}{\partial P}\right)_T dPG(α)(T,P)+(∂T∂G(α))PdT+(∂P∂G(α))TdP=G(β)(T,P)+(∂T∂G(β))PdT+(∂P∂G(β))TdP
ここで熱力学の基本関係式dG=VdPSdTdG = VdP – SdTdG=VdP−SdTから、(GT)P=S\left(\frac{\partial G}{\partial T}\right)_P = -S(∂T∂G)P=−Sおよび(GP)T=V\left(\frac{\partial G}{\partial P}\right)_T = V(∂P∂G)T=Vが導かれます。これらを代入し整理すると、クラペイロンの式が得られます。

参考)http://www.chem.konan-u.ac.jp/PCSI/web_material/Pchem/Web/Clausius-Clapeyron.pdf


dPdT=S(β)S(α)V(β)V(α)=ΔtransSΔtransV\frac{dP}{dT} = \frac{S^{(\beta)} – S^{(\alpha)}}{V^{(\beta)} – V^{(\alpha)}} = \frac{\Delta_{trans}S}{\Delta_{trans}V}dTdP=V(β)−V(α)S(β)−S(α)=ΔtransVΔtransS

クラウジウス・クラペイロンの式のエンタルピー変化との関係

相転移α→βに伴う1molあたりのエントロピー変化ΔS\Delta SΔSは、相転移熱(エンタルピー変化)ΔHtrans\Delta H_{trans}ΔHtransを用いてΔS=ΔHtransT\Delta S = \frac{\Delta H_{trans}}{T}ΔS=TΔHtransと表現できます。これは、エントロピーの定義dS=dQTdS = \frac{dQ}{T}dS=TdQに基づいており、等温可逆過程における熱の出入りとエントロピー変化を結びつけます。

参考)http://fnorio.com/0150chemical_equilibrium/chemical_equilibrium.html


この関係をクラペイロンの式に代入すると、以下の一般形が得られます。

参考)クラウジウス・クラペイロンの式 – Wikipedia


dPdT=ΔHtransTΔVtrans\frac{dP}{dT} = \frac{\Delta H_{trans}}{T \Delta V_{trans}}dTdP=TΔVtransΔHtrans
この式は固体-液体、液体-気体、固体-気体のすべての相転移に適用可能であり、相平衡曲線の傾きを熱力学的に記述する基本方程式となっています。相転移エンタルピーΔHtrans\Delta H_{trans}ΔHtransは常に正の値をとるため、相変化の方向性を明確に示すことができます。

参考)https://www1.doshisha.ac.jp/~bukka/lecture/thermodyn/pc-III-3(16).pdf

クラウジウス・クラペイロンの式の気液平衡への適用

液相と気相の平衡に特化すると、ΔVvap=VgVl\Delta V_{vap} = V_g – V_lΔVvap=Vg−Vlは気体のモル体積と液体のモル体積の差を表します。一般に気体の体積は液体の体積に比べて遥かに大きいため(VgVlV_g \gg V_lVg≫Vl)、ΔVvapVg\Delta V_{vap} \approx V_gΔVvap≈Vgと近似できます。さらに気体を理想気体とみなせば、Vg=RTPV_g = \frac{RT}{P}Vg=PRT(R:気体定数)が成立します。

参考)【クラウジウス-クラペイロンの式】を解説:蒸気圧と蒸発潜熱の…


これらの近似をクラペイロンの式に適用すると、以下のように変形できます。​
dPdT=PΔHvapRT2\frac{dP}{dT} = \frac{P \Delta H_{vap}}{RT^2}dTdP=RT2PΔHvap
変数分離して両辺を積分すると、クラウジウス・クラペイロンの式の標準形が得られます。​
lnP2P1=ΔHvapR(1T21T1)\ln \frac{P_2}{P_1} = -\frac{\Delta H_{vap}}{R} \left(\frac{1}{T_2} – \frac{1}{T_1}\right)lnP1P2=−RΔHvap(T21−T11)
この式は蒸気圧PPPと温度TTTの関係を明示的に示しており、蒸気圧曲線の理論的基盤となっています。

参考)蒸気のエントロピーとエンタルピーとは?飽和蒸気曲線の見方と合…

📊 導出過程での主な近似

  • 液体のモル体積を気体と比較して無視($$ V_l \ll V_g $$)
  • 気体を理想気体として扱う($$ PV = RT $$)
  • 蒸発エンタルピー$$ \Delta H_{vap} $$の温度依存性を無視

これらの近似により、実験データとの間に若干の誤差が生じる場合がありますが、多くの実用的な場面で十分な精度を提供します。

参考)https://www.mdpi.com/2673-7264/3/3/25/pdf?version=1689645568

クラウジウス・クラペイロンの式を用いた蒸気圧計算の実例

クラウジウス・クラペイロンの式は、異なる温度における蒸気圧の定量的な予測に広く応用されています。例えば、水の場合、1気圧(101.3 kPa)での沸点は373 K(100℃)であり、蒸発エンタルピーは約40 kJ/molです。この情報を用いて、富士山頂(標高3776m、気圧約635 hPa)における水の沸点を計算できます。

参考)用語解説 エンタルピーとは


クラウジウス・クラペイロンの式に代入すると、以下のようになります。​
ln6351013=400008.314(1T21373)\ln \frac{635}{1013} = -\frac{40000}{8.314} \left(\frac{1}{T_2} – \frac{1}{373}\right)ln1013635=−8.31440000(T21−3731)
これを解くとT2360T_2 \approx 360T2≈360 K(約87℃)が得られ、高度が上がり気圧が下がると沸点が低下することが定量的に示されます。エベレスト山頂(気圧約300 hPa)では約68℃で沸騰すると計算され、実測値ともよく一致します。​

🔬 ベンゼンの蒸気圧計算例

  • 1気圧での沸点:80℃(353 K)
  • 蒸発エンタルピー:31 kJ/mol
  • 25℃(298 K)での蒸気圧を求めると約0.14気圧と算出される

このように、クラウジウス・クラペイロンの式は一点の蒸気圧データから他の温度における値を推定する実用的なツールとして機能します。​

クラウジウス・クラペイロンの式と相図の関係

クラウジウス・クラペイロンの式は、相図(状態図)における相平衡曲線の形状を理論的に説明します。P-T図(圧力-温度図)上で、気液平衡曲線(蒸発曲線)、固気平衡曲線(昇華曲線)、固液平衡曲線(融解曲線)はそれぞれクラペイロンの式に従います。

参考)https://www1.doshisha.ac.jp/~bukka/lecture/thermodyn/resume_t/PCb-12-03.pdf


気液平衡および固気平衡では、ΔH>0\Delta H > 0ΔH>0かつΔV>0\Delta V > 0ΔV>0であるため、dPdT>0\frac{dP}{dT} > 0dTdP>0となり、曲線の傾きは正になります。一方、固液平衡曲線ではΔV\Delta VΔVが非常に小さいため傾きが急峻になりますが、水のように固相の方が液相より体積が大きい例外的な物質では、傾きが負になります(ΔslV<0\Delta_{s \to l} V < 0Δs→lV<0)。

参考)http://www.amsd.mech.tohoku.ac.jp/Thermoacoustics/Chap_6.pdf


三重点は固相、液相、気相の三相が共存する特異点であり、相図上で三つの平衡曲線が交わる点として現れます。また臨界点を超えた超臨界領域では、気液の区別が消失し、クラウジウス・クラペイロンの式の適用範囲外となります。​

📈 相平衡曲線の特徴

相転移 曲線名 ΔH ΔV dP/dT
液体→気体 蒸発曲線 正(大) 正(緩やか)
固体→気体 昇華曲線 正(大) 正(緩やか)
固体→液体 融解曲線 正(小)または負 正(急)または負

これらの関係は、CO₂やH₂Oなどの実験的に測定された相図と良好に一致しています。​

クラウジウス・クラペイロンの式の医療・生理学への応用

クラウジウス・クラペイロンの式は、医療現場における滅菌装置の設計原理に密接に関わっています。高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)では、圧力を高めることで水の沸点を上昇させ、より高温の蒸気を生成します。例えば、2気圧では約121℃、3気圧では約134℃で水蒸気が飽和状態となり、これらの温度が医療器具の滅菌温度として標準化されています。

この温度と圧力の関係は、まさにクラウジウス・クラペイロンの式が予測する蒸気圧曲線上の点であり、滅菌効果の最適化に理論的根拠を与えています。また、低圧環境下での生理学的影響を理解する上でも重要です。高山病の研究において、低気圧下では体液中の溶存気体の挙動が変化し、これが酸素運搬能力や体液蒸発速度に影響を与えます。

参考)301 Moved Permanently

🏥 医療関連での応用例

  • 圧力鍋の原理:加圧により沸点が上昇し、調理時間が短縮される(約120℃で調理可能)
  • 凍結乾燥(フリーズドライ):減圧下で昇華温度を下げ、医薬品や生体試料を低温で乾燥
  • 呼吸器内加湿システム:温度と湿度の制御に蒸気圧の理論的理解が必要

さらに、薬物の揮発性や安定性の評価においても、温度依存的な蒸気圧データは保管条件の設定に不可欠です。このように、クラウジウス・クラペイロンの式は単なる理論式ではなく、実際の医療技術を支える基盤となっています。​
熱力学を応用した医療システム開発の参考資料(J-STAGE)
クラウジウス・クラペイロンの式の導出と計算例の詳細解説(甲南大学)